ナケワメーケを浄化した事で、役目を終えた四葉も消え去り
静けさを取り戻した公園の野外ステージの上に、四人は降り立った。
そして、互いに顔を見合わせて勝利を確信する。
「やったね!」
ピーチの言葉と共に、ピーチとパッション、ベリーとパインが
それぞれ笑顔でハイタッチを交わす。
「あ、そうだ、ケーキ!」
パッションはふと気付いて周囲を見回す。
浄化された事で元に戻ったクリスマスケーキがどこかにある筈だ。
無事なのか、どこか崩れたりしていないか、ちゃんと守る事が出来たのか。
確かめたくて、その姿を探し求める。
「あ、パッション、あそこ!」
パインが指差した先。
ステージの観客席となっているベンチの一つの上に、ケーキの箱が置かれていた。
「……良かった」
それを確認したパッションは、安堵の溜息を一つ吐き、表情を柔らかくする。
そして箱の中身を確認しようと、ベンチに向けて歩き出す。
「パッション、大丈夫?」
「まだあちこち痛むけど……歩くくらいなら、平気よ」
心配そうに声を掛けてくるピーチに振り返り、笑ってみせる。
そしてベンチに辿り着き、ケーキの箱に手を伸ばそうとしたその瞬間、
「おおっと、そうはいかないなぁ!」
ウエスターがパッションの目の前に飛び込んで来たかと思うと、
彼女よりも速く手を伸ばし、クリスマスケーキの入った箱をその手に取り上げる。
「ウエスター!」
「ナケワメーケが倒されたのは残念だが……これは返さん!」
「これ以上何をしようっていうの?!」
まだFUKOを集める事を諦めてないのかと、
更に悪行を続けようとするかつての同僚に対して厳しい視線で問いかけるパッション。
それに対して、ウエスターは口端を持ち上げ、ニヤリと笑う。
「何をするかって?こうするんだよ……いっただっきまーす!」
言うが早いか、ケーキの箱を開けると中に納まっていたホールケーキを取り出し、
自らの口を大きく開くと一気に口の中に押し込んだ。
「ああっ!!」
「んぐ……むぐっ……ぶはっ!……ふむ、カオルちゃんのドーナツとは比べ物にならんが
これはこれでなかなか……」
パッションが制止する間も無く、咀嚼して、飲み込まれるケーキ。
「うむ、ごちそうさまでした……と、いうわけだ。確かに俺達は戦いには負けた。
だがお前のケーキを奪ってやるという目的は見事に達成されたわけだ!
……ん、なんだその目は……って、おい……」
唇を強く噛み締め、ウエスターを睨みつけるパッション。
それを見て、自分に対して怒りを向けているのだと、ウエスターは最初はそう思った。
だが、その次の瞬間に彼女に起こった変化を見て、言葉を失う。
「……ひどい」
パッションの目元に浮かんだ滴。
それが、彼女の言葉と共にその頬を流れ落ちる。
「みんなの為に買ってきたケーキなのに……みんなが楽しみにしてたのに……」
続く言葉と共に、それまで彼女の目に込められていた力も失せ、
下げられた目尻から何度も涙の滴が零れ落ちていく。
「お、おい……イース。いや、俺だってそんな事言われてもな、
FUKOを集める為には仕方なくってな……ってなんでこんな言い訳しなきゃいかんのだ。
ああ、もう、とにかくそんな顔するなっての!」
今まで一度も見たこともない、かつての仲間の見せた顔に戸惑い、
慌てふためくウエスター。
「「ダブルプリキュア、パーンチ!!」」
そこに飛び込んでくる、キュアベリーとキュアパイン。
二人の息を合わせた必殺のパンチが、ウエスターをその場から吹き飛ばす。
「ぐはっ!」
パッションに気を取られていた為、完全に不意を突かれた形になり
受身を取れずに地面に叩きつけられるウエスター。
「アンタ、女の子泣かせるなんて、本当にサイテーよ!」
「パッションが一生懸命守ったケーキを食べるなんて……ひどい」
はっきりと怒りを露わにするベリーと、
いつもの大人しい物言いながらも、言葉の中には静かな怒りを滲ませるパイン。
「な、なにおぅ……」
二人の言葉に何か言い返してやろうと、ウエスターは上半身を起こそうとする。
だが。
「やああああああああっ!!」
そこに空中から降って来る声。
同時に、自らの身を一本の槍のように、細く、鋭く伸ばしたキュアピーチが
右腕の肘を前面に出し、ウエスターに向けて飛来してくる。
「ぐあああああっ!」
その一撃のインパクトによって、再び地面に叩きつけられるウエスター。
対するピーチは激突の反動で宙に身を躍らせると、そのまま彼の目の前に着地。
右手の人差し指を突き出し、ウエスターに向ける。
「せつなを泣かせるなんて……何てことするのよ!
あたしはせつなの幸せを壊す奴の事は、絶対に許さないんだから!!」
パッションでは無くて、せつな。
本来の名前で呼んでしまうくらいに強い怒りが込められたピーチの言葉と、
それ以上の怒気が込められた視線。
「……う」
それに射竦められたかのように、ウエスターはうろたえる。
だが、纏わり付く弱気を吹き飛ばすかのように首を振り、立ち上がると、叫ぶ。
「うるさいうるさーい!そいつは裏切り者だぞ!
裏切り者が泣こうと不幸になろうと俺の知った事かってんだ!
フン、もうお前らなんかに付き合っていられるか!ばーかばーか!!」
ひとしきり大声で喚くと、その場から走り去るウエスター。
「あ、逃げるな!」
「待ちなさーい!」
それを追おうとするベリーとパインだったが、
「待てといわれて待つ奴がいるかーっ……とうっ!!」
ウエスターはその巨体に似合わない大きな跳躍で、木々の向こうに消え去ってしまう。
一気に距離を離された事で、追跡を断念する二人。
先程の物言いからして、おそらくこれ以上街で暴れる事はないだろうと構えを解く。
そして侵略者は去り、守る者達が残ったことで
今回の戦いもプリキュアの勝利に終わったのだった。
「全く……子供か、君は」
走るウエスターに、どこからかサウラーが追いついてきて、呆れた顔で告げる。
「………………うるさい。途中からどっかに行ってた奴に言われたくないぞ」
「……やれやれ、今回のは君の作戦だと、最初に言った筈だけど?
成功すれば良し、失敗したらしたでノーザさんの部屋以外にも
行く場所くらい考えてあるさ。
そんなわけで、僕には必要以上に君に協力する理由は無いんだよ」
「……フン、言ってろ!」
サウラーに言われた事を誤魔化すように、彼に怒りの矛先を向けたが
それをあっさりとにかわされ、面白くなさそうに顔をウエスターはしかめる。
だが、すぐにその表情が変わる。
「……あいつ、泣いてたな」
それはいつもの彼からは想像も付かない、力の篭っていない表情。
「ああ、そうだね」
サウラーもそれに同意する。
一緒に占いの館に居た時には決して見せなかった、脆く、儚げな彼女の泣き顔。
それを頭の中で、もう一度思い浮かべる。
「……あんな顔も出来るんだ」
一人呟く、サウラー。
彼の言葉が耳に届いたわけでは無いのだろうが、
ウエスターはそれに応えるように言葉を続ける。
「あのさ……俺……さっきのは流石に悪い事したかなって……」
「そうか……」
「今の話、ノーザ……さんには内緒だぞ」
「ああ、構わないさ」
サウラーにしては珍しく、ウエスターをからかう事も、薄笑いで受け流す事も無い返事。
彼自身、何故そうしようと思ったのか、いまいちよくわからない。
だが今だけはウエスターの言葉を素直に受け止めておこうと、そう思った。
「すまん……ところで、行く所があるって言ってたな。俺もそこに行ってもいいか?」
「いいけど、君、ネットカフェの会員証は持っているのかい?」
「ねっとかふぇ?何だそれは?」
「そこから説明しなきゃいけないのか……」
「ははは、すまん!まあ頼むわ!」
陽気に笑うウエスターの姿に、やれやれと溜息をつくサウラー。
そして男達の姿は町並みに消えていくのだった。
「せつな……落ち着いた?」
一方の公園内、屋外ステージの上。
先程まで、泣いているパッションを腕の中に抱きとめて、
彼女の感情の赴くままにさせていたピーチ。
腕の中の少女の体の震えが止まった事を確認した上で、声を掛ける。
「うん……ありがとう、ラブ」
顔を上げて、コクリと頷き、パッションは問われた声に応える。
「でも……ケーキが」
しかしすぐに、その顔に憂いの表情を浮かべ、俯いてしまう。
守れなかったもの、みんなが楽しみにしていたクリスマスケーキの事を思って。
「ケーキの事なら、大丈夫!」
自責と後悔で占められたパッションの心情。
それを汲み取ったピーチは、柔らかな表情で彼女に話し掛ける。
その瞳に溢れんばかりの優しさを満たして。
「確かにお店のケーキは駄目になっちゃったけど、
それなら代わりのケーキ、作ればいいんだよ」
「作ればいいって言うけど……ラブ、ケーキ作れるの?」
前に一度、ラブに食べて貰おうとケーキを作った時の事をパッションは思い出す。
まだラブの家に住むことになったばかりで、料理の作り方もまだ良くわからない中で
悪戦苦闘してようやく作り上げたケーキ。
あの時作ったのはカップケーキで、しかもたった一人分。
それに対して、今回のは大人数に切り分けるホールケーキ。
もっと難しい筈だし、焼き上げるのにも時間が掛かる筈。
「それに、今からじゃパーティーに間に合わないんじゃないの」
「あ、流石に同じものを作るってわけじゃないよ」
思った懸念を口にするパッションに、ピーチは手を振って言われた事を否定。
「でも、手作りのケーキって事で、それはそれでみんな喜んでくれると思うんだ。
……で、勿論、せつなにも手伝って貰うから」
「私も?」
「そう、あたしと一緒にケーキを作る事。それでケーキを駄目にしちゃった件は帳消し。
それで良いよね?」
「……!」
勿論ケーキが無くなってしまったのはパッションのせいでは無い。
それでも真面目な彼女の事、自分にも責任があると思ってしまうだろう。
だからピーチは、パッションが納得出来る形での提案を出してきたのだ。
そんな彼女の心遣いが嬉しくて、また目が潤みそうになるパッションだったが、
両目を手で拭い、笑顔を作ってピーチに応える。
「うん、精一杯……頑張るわ!」
「ん、幸せゲットしよっ、せつな」
そしてピーチもまた、笑顔をパッションに返すのだった。
<続く>
最終更新:2010年01月31日 09:32