抜けるような青い空。透き通った水色で澄みきっていて――
どこまでも見渡すことができそうだった。
だから――なんだと言うのだろう。
この空の果てにだってせつなは居ない。海の向こうにも、どこにも――
もう――違う世界の人間なのだから。
「続きを桃園、読んでみなさい」
「あっ、えっと……すみません。聞いていませんでした」
「それ以前にお前が持っている教科書は日本史だ。今は現国の時間だ、わかるね?」
職員室に呼ばれて叱られた。思ったほど厳しくではなかったけど。
きつく叱ってくれても良かった。落ち込むくらいに叱られたら、その間だけでも考えなくてすむか
ら。
「どうしたの、ラブ? こってり絞られた?」
「由美……平気だよ。むしろ悩みでもあるのかって心配されちゃた」
本当に悩みがあるのかって由美の質問を笑ってごまかした。
跳び箱でつまづいた。バレーボールを顔面で受け止めた。何もないところで転んだ。
もう――笑顔でも隠せなくなってきていた。
「もしかして、東さんのことが忘れられないの?」
「忘れないよっ! せつなは確かに居たんだもの」
思わず大きな声を出してしまった。ごめん、どうかしてるって謝った。
由美は悲しそうな顔で言った。
会いたい人と会えない辛さは、私もよくわかるって――
辛い? 辛くなんてないよ。やっと、やっとせつなが自分の夢を見つけたんだもの。
自分の幸せを見つけられたんだもの。
こんなに――嬉しいことはないよ。
なのに――なんでこんなに胸が痛いの?
美希たんも正式な雑誌契約のモデルになった。
ブッキーも本格的に獣医の勉強を始めた。
みんなの笑顔と幸せがあたしの幸せだもの。そしてあたしの笑顔と幸せをみんなに喜んでもらうん
だ。
何も間違っていない。
望んだ全てが――確かにあるんだもの。
嘘だ――わかってる――嘘だ……。
一番大切なものが足りないじゃない!
あたしがせつなと一緒に過ごせる時間が足りないじゃない!
会いたい――会いたいよ――せつなに会いたいよっ!
ずっと考えないようにしていた――これでいいんだって――これが一番いいんだって。
ずっと――自分を騙していた。
でも、気が付いてしまった。本当の気持ちと向き合ってしまった。喪失感が、心を蝕んでいく。
嫌だ――嫌だ――嫌だ――嫌だよ!
がむしゃらに駆け出した。行き先なんてわからない。
ただ――せつながいない。こんな――こんな場所には居たくなかった。
どこを走ってきたのか、商店街の大通りに出た。力尽きて近くの樹にもたれかかり、荒い息を吐く。
馬鹿だ――探したっていないのに。この世界の――どこにもいないのに。
顔を上げる。ここは――一年前にせつなと出会った場所。
占い師じゃなくて、同じ年の女の子としてのせつなと出会って、友達になった場所。
知らなかったよ、せつな。せつなの力になってあげたかった。せつなの幸せを見つけてあげたかっ
た。
あたしが――こんなにたくさん――せつなから幸せをもらっていたなんて――――
突風が吹きつける。
フワリ――フワリ――フワリ――
あたしの胸に、腕の中に飛んでくる白い帽子。
既視感――頭に走る懐かしい過去の記憶。
「お久しぶり。私のこと、覚えているかしら」
白い清楚な服。やわらかい、少し低めでやさしい声。 うそ……そんなはず……。
これも――既視感? 願望が生み出している幻?
頭が――働かない。一歩でも動けば――一言でも言葉を発すれば、目の前のせつなは消えてしまう
ような気がした。
「冗談よ、ラブ。ただいま」
「せつな……ほんとうに、せつななの?」
記憶の中のせつなは、冗談なんて言わなかった。あたしの中の時間が少しづつ動き出す。
目の前にせつなが居る。柔らかい笑顔。でもその目には確かに涙が浮かんでいて。
「やだっ、ほんとうに忘れちゃったの?」
「せつなっ!」
――ドンッ
「きゃっ! こほん。苦しいわ、ラブ」
「せつな、せつな、せつな、せつな、せつな、せつな」
体当たりするくらい強くせつなに飛びついた。力いっぱいに抱きしめる。それだけしか考えられな
かった。それが今のあたしの望みの全てだった。
せつなもそっと、両手をあたしの背中に回してきた。
「ただいま、ラブ。心配かけてごめんなさい」
涙声のせつな。 本物だ。間違いない、夢じゃないんだ。
この声、匂い、温かさ、あたしが忘れるはずが無い。こんな確かな夢なんてあるはずがない。
「おかえり、せつな」
街の人通りの多さも、取り巻き注がれる視線も気にならなかった。
ずっと――ずっと長い間、あたしたちの影は重なり続けていた。
最終更新:2010年09月26日 09:39