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競-382

爽やかな風、春の空気の香り。
薄着の春物を軽やかに着こなす美希。
軒先に咲く梅の花を見ながら、新しい季節の到来を感じる。

最近、美希と一緒に過ごす時間がどんどん増えてきた。
誘うのはいつも美希の方。でも、せつなの表情も嬉しそうだ。

ただ、一つ問題が。


「そうね」

「………………」
「………………」

また会話が途切れてしまう。
せつなは急いで次の話題を探す。
あれこれ思案してる美希の負担を軽くするために。

ずいぶんこの世界に慣れたとは言え、せつなには色んな知識が足りない。
大抵の場合、せつなにとっての会話は、やりとりではなく知識の吸収だ。
だから、どうしても返答が短くなる。

「ごめん、せつな」

「もう、どうして美希が謝るのよ」

しょげた顔で美希が謝ってきた。
せつなも何も思いつかない、せめて一歩距離を縮めて気持ちを伝えた。

クラスの様子を思い出す。せつなはクラスの人気者だ。
憧れている者も多く、たくさんの人がせつなに話しかける。
しかし長くは続かない。間が持たず、隣のラブに話し相手を移してしまう。

ラブとブッキーは違った。
ラブと一緒に居る時は、不思議と自然に口から言葉が紡がれていく。

ブッキーとはやはり会話が続かない。しかし、彼女の側は心が安らぐ。
ときどき目を合わせる。そっと笑いかける。それだけで満たされた。


「だって、誘ったのはアタシなのに……退屈してない?」

「私は楽しいし、嬉しいわ。私こそごめんなさい」

美希とは、会話が続かない上にそれがつらかった。
気まずい空気。美希の困った顔。
その原因が自分にあると知ってからは、せつなも緊張するようになった。

でも会いたい。
それでも嬉しい。
どきどきして、わくわくする。
焦りと不安と緊張感の連続。
なのに、どうしてこんなに楽しいのか不思議だった。


「ねえ、せつな、もうじきバレンタインよね」

美希がこれだっ!とばかりの顔で話しかけてきた。

「好きな人にチョコレートを渡して告白する日ね。不思議なイベントね」

せつなも安心した顔で続ける。そのイベントはラブから聞いていた。

「どの辺が不思議なの?」

「告白するなら、その日じゃなくてもいいのにって、そう思っただけよ」

みんなでいっせいに同じ日に告白をする。
自由を良しとするこの世界において、それは不自然にも思えた。

「それはそうね。でも、普段は言い出しにくいから、
 バレンタインデーに背中を押してもらうってのもいいんじゃないかしら」

「ふふ、なんだか美希、張り切ってるわね」

気がついてないのだろうか。美希は握りこぶしまで作っていた。
生き生きしてる美希の表情を見て、せつなも気持ちが弾んできた。

「そっ、そうかしら。気のせいよ」

「ならいいけど、美希が誰かに告白しちゃうんじゃないかって思ったわ」

くるっと一回転して振り返って笑いかける。
本気で思ってるわけじゃないわって意思表示。

「アタシが誰かに告白したら、嫌?」

せつなの顔を覗き込みながら話す。表情を見逃すまいとするように。

「嫌って言うか……なんだか寂しいわ。
 うん、やっぱり嫌なのかもしれないわね」

美希に好きな人が出来る。美希が幸せになるのは嬉しい。
でも、もう自分とこうして過ごせる時間が取れなくなるかもしれない。
それは寂しかった。


「そ、そっか。せつなは誰かに告白したりするの?」

期待を込めた顔でせつなを見る。
意味が理解できずぽか~んとしてしまった。
美希の表情がすぐに不安そうなものに変わっていく。

「えぇ~、私は考えてないわ」

愛の告白。愛ってなんだろうと思う。
大切な人はたくさん居る。命にかえても守りたい人たち。
だけど、もし、二人きりでずっと過ごすなら。

「そっか……」

「もしかして、今度は落ち込んでる?」

せつなは、元気のなくなった美希を見て不安になる。
また良くないことを言ってしまったのかもしれない。


「えっ、ううん。そんなことないわよ。
 むしろほっとしたと言うか」

「ほっとした?」

告白しないほうがいいと思ってる。
なら美希も自分と同じように、寂しいと感じてくれているのかもしれない。

「あ、やっぱりなんでもないない」

探るようなせつなの表情に気がついて、美希は笑ってごまかした。

「ほんと、今日の美希は変よ」

きっと自分も変なんだろう。意識しすぎだ。
今まで相手の気持ちがこんなに気になることはなかった。
でも、心はこんなにも弾んでいるもの。だからこれは悪いことじゃない。
そう思うことにした。






コトコトコト
湯気が立ち上る。
チョコレートの匂いが部屋中に染み渡る。
外はまだ薄暗い。まだ普通なら誰も起きていない時間。
せつなはチョコを湯煎してハートの型に流し込む。

「せつな、おはよ~」

「ラブッ、こんな時間にどうしたの?」

寝巻き姿のラブが元気よく入ってきた。

「ん~なんか良い匂いにつられて起きちゃった」

「普段は起こしても起きないくせに」

(目覚まし鳴らしても起きてくれませんのや)
タルトに何度か泣きつかれたこともあった。

「たはは、せつなチョコ作ってるんだ」

「ええ、ラブは昨日の晩作ってたでしょ。私はまだだったから」

興味津々って感じで、ちょこまかちょこまかとくっついてくる。
幸せに敏感なラブは、こういった行事やイベントに凄く関心が強い。


「へ~、せつなもハートの型なんだ。えっ、これ?」

「だめよっ、見ないで!」

慌てて体で隠した。特に一人一人に書いたメッセージは読まれたくなかった。
英文で書いたから、ラブにはすぐに解らないかも、と思うのは酷いだろうか。

「え~、いいじゃん」

「だめよ、渡す楽しみなくなっちゃうじゃない。
 朝ごはんも私が作っておくから、ラブはもう少し寝ててね」

朝ごはんのメニューを頭の中で選んでいく。
今朝くらいは用意してもてなしたかった。


「は~い。
 そっか、せつな、やっぱり……」

ラブには四つのハートを集めたクローバーの大きなチョコレート。
美希とブッキーにはそれぞれハート型の中くらいのチョコレート。
ブッキーのチョコには犬っぽい顔が描かれていた。

そして、美希のチョコには赤いトッピングが散りばめられて、
中心に青いスペードの意匠が刻まれていた。


ラブは、ドアの外でもたれかかって考えた。
全部は読めなかった。
でも多分あれは、あの言葉の意味は。

(あたしのチョコのメッセージカード、抜いておかなくちゃ)

「大は小をふくむ、な~んてね」

先に洗面所で顔を洗おう。
そう決めてフラフラと廊下を歩いた。


「今朝はずいぶん早くから頑張ったのね、せっちゃん」
「おはよう、せっちゃん」
「おはよ~おとうさん、おかあさん、せつなっ」

「おはよう、おとうさん、あかあさん、ラブ」

ほとんど三人同時に居間に入ってきた。
ラブはあれからは寝られなかったのかもしれない。
少し目が赤かった。

「あの、おとうさん。今日は遅くなるって聞いたから、
 これ、いつもありがとう…………大好き」

真っ赤な顔でせつなは恐る恐るチョコを手渡した。
もらえるとは思っていたおとうさんも、それ以上に真っ赤だ。
躓いたり、どもったりしながらなんとか受け取った。

「えへへ~おとうさん、あたしからも」

せつなに触発されたのか、ラブも軽く抱きついてから渡した。

「あらあら、今日は良い日になったわね、お父さん。
 これは残業も頑張らなくちゃね」

おかあさんも凄く嬉しそうだ。


「ラブにはこれ、持って行くにも大きいし、
 …………大好きよ、ラブ」

「うん、あたしもだよ、せつな」

自作のチョコレートを交換してから、ラブがせつなを見つめる。
その目はとても愛しそうで、でもどこか寂しそうな憂いもあった。

「さっ、遅刻するわ、急ぎましょうラブ。
えっ!」

突然、手をぐっと引かれる。
ラブはせつなの首に両手をかけて強く抱きしめた。
ぎゅ~っと。

「どうしたの、ラブ。ちょっと苦しいわ」

「……………………っ、
 なんでもないっ、行こっ、せつな!」

惜しむように離れた後にあったのは、いつもの笑顔満面のラブだった。



競-389
最終更新:2010年02月14日 12:38