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「おとうさん、おかあさん、そしてラブ、美希、ブッキー。今まで本当にありがとう。
短い間だったけど、私はここで過ごしたことを一生忘れない。そして、精一杯頑張ってくるわ」

せつながラビリンスに旅立ってから半年が過ぎた。
大切な仲間、家族。共に追いかけた夢と戦いの日々。ずっと続くと思ってた賑やかな毎日。
それらを思い出に変えて、それぞれの道を歩みだす。その先により大きな幸せが待っていると
信じて。

ラブの生活にも変化が現れた。
目覚ましが鳴るのを待つまでもなく早朝に目覚める。
軽いランニングと早朝のダンスレッスン。学校の授業にも身が入り、成績も見る見る上がって
いった。
帰宅したら、すぐにレッスン。夕方まで汗を流したら、残りの時間は勉強に費やした。
心身ともに充実した日々、少なくとも周りにはそう見えていたはずだった。



日が沈みかけた公園の中央。ラブは一人で音楽を鳴らしながらダンスレッスンに励んでいた。
自分は忙しくてあまり練習を見てあげられない。一人で続けるには限界があるから、どこかに
所属しなさい。
ミユキの勧めにも首を振り、一人で練習を続けた。ずっと、ただひたすらにーーーー。

「こんなところに呼んでどうしたの、ブッキー」

しばらくぶりに四ツ葉町に戻ってきていた美希にブッキーが連絡を取った。ラブの練習風景を
指差す。

「やっぱり、一人で続けているのね」

美希が悲しそうに目を伏せた。せつなが帰還したのがきっかけとは言え、直接クローバーの解
散に繋がったのは自分がモデルの道に進むと宣言したからだった。

「うん、美希ちゃんはどう思う? 確かにラブちゃんは頑張ってる。でも、わたしには何だか、
自分を傷つけてるようにも見えるの」

ラブちゃんはよく笑う。もしかしたら以前よりもっと。だけど、この笑顔はなんだか違う気が
する。そう語った。

「わたし、もう一度ダンスしようかな……。
獣医の勉強もあるけど、それほど切羽詰ってるわけじゃないし」

美希がブッキーの肩をそっと抱き寄せる。視線を交わしてから、そっと首を振った。

「気持ちはわかるけど、それは多分ラブのためにはならない。ラブはきっと、自分がダンスを
する意味を探しているんだと思うの」

アタシには、ラブは自分自身と対話しているように見える。そう美希は語った。



「美希たん、ブッキー、来てたんだ。声かけてくれたらいいのに」

ラブが練習を終えてこちらに走ってきた。

「頑張ってるみたいね、ラブ」

「うん、美希たんこそ、パリでモデルとか凄いよ。こんなに早く夢が叶っちゃうなんてね」

まだまだよ、美希はそう答えながら、何か言おうとするブッキーに視線を送って押し留めた。

「せつな、今頃どうしてるかな。
タルトとシフォン、元気にしてるかな。ちゃんと食べてるかな」

遠い目で夕日を見ながら、ポツリと語った。普段あまり口にはしなくなった名前。二人と再会
したことで我慢できなくなったんだろう。






――ピカッ――

後で何かが光った気がした。ラブ達が振り返る。

「お呼びでっか、ピーチはん。パインはんに、ベリーはんも、お久しぶりやなあ」

「キュアキュア。らぶ、みき、いのり。だいすきー」

えーーーー?

えぇーーーー?

「タ、タルト! シフォン! どうして!?」

飛び込んでくるシフォンをラブが抱きとめる。美希とブッキーも慌てて駆け寄った。

「いつ来たの? どうして」

「もしかして、何かあったの?」

驚きから喜び、そして不安と次々に表情を変化させる二人にタルトが笑って答える。

「ちゃうちゃう。スイーツ王国で遊んでる時にな、ワイがピーチはん達のこと思い出して名前
口にしてしもたんや。そしたらシフォンが急に泣き出してな。気が付いたらこの街に来とった
ちゅうわけや」

メビウス戦後、シフォンの能力は随分安定してきたらしい。今では自由に異世界間を転移する
ことも出来るらしい。その力はアカルン以上だそうだ。

「ほんまは、よその世界に首突っ込んだらアカンて長老から釘さされてるんやけどな。内緒や
で」

思わぬ再会に喜び、会話も弾む。ラブにも久しぶりに、心から溢れる笑顔が戻った。

「ねえ、シフォンちゃん。ひょっとして、ラビリンスにも行ける?」

ブッキーが両手を合わせて祈るように尋ねた。ラブの瞳が揺れる。美希が身を乗り出した。
3人とも聞くタイミングを計っていたのだ。

「キュアキュア」
「行けるらしいで、早速行きましょか」

「うん」
『ええ』

「キュアキュアプリプ~~」



光に包まれ、瞬きもする間もなくラビリンスの地に降り立った。

「シフォン、本当に凄い。確かにアカルン以上ね」

美希が驚きの声を上げる。
アカルンですら、異世界クラスの移動ともなると数分の時間を必要とするのだ。
きょろきょろしてる二人を他所に、美希は慎重に周囲を探った。これは不法侵入だ。

強度と歩きやすさと見渡しの良さ。実用だけを目的とされた、一切の飾りもデザイン性も無い
無骨な通路。
少し先の扉のプレートに目が行く。そこに書かれた文字。

――SE・TSU・NA――

「せつなっ」

三人は駆け寄りドアを見つめる。深呼吸する。高まる鼓動を静めながら、そっとドアをノック
した。

「はい、どなた?」

細いうなじに美しい黒髪、真っ白な肌、やや小柄で美しいスタイル。儚げで寂しそうな表情。
見慣れない服、ラビリンスのもの。少し痩せた? 髪も伸びたかな? でもその姿は間違いよ
うも無く。

――せつな
何度も夢にまで見た。

――せつなっ
会いたかった、ずっと我慢してた。

――せつなぁ
少しづつ、現実感が戻ってくる。これは夢じゃない。

「せつなっ」

ラブはせつなに飛びついた。

「ラブ? どうして」

何の心の準備もしていないせつなは戸惑った。抱きしめられながらも呆然としている。
やがて落ち着いたのか、徐々に表情が柔らかくなって、嬉しそうに頬を寄せた。

「そうだったの、シフォンが……
おとうさんとおかあさんは元気?」

三人にお茶を入れながら穏やかに話すせつな。やっぱり痩せたように見える。無理をしてるの
かもしれない。

ラブは部屋を見渡す。机には大量の書類とディスクらしきものが散らばっている。よほど忙し
いのだろう。
少なくともラブは、部屋を散らかしたせつなを見たことが無かった。
机以外は綺麗だ。綺麗というか、散らかるようなものが何も無い。まるで生活感の無い空間。
見ていて悲しくなってくる。

唯一の私物と言えそうな物。それは質素な写真立てに入った一枚の写真。別れの前の記念写真
だ。

「ねえ、ラブ、美希、ブッキー、タルト、シフォン。こんなこと言いにくいんだけど、
お茶を飲んだら、このまま帰って欲しいの。そして、もう来ないで欲しいの」

ガチャン!!

ラブがカップを落としそうになった。言ってる意味がわからない、と言いたげに口を広げるが
言葉にならない。

「せつなちゃん、何を……」

「せつなっ、自分が今、何を言ったかわかってるの!」

いち早く立ち直った二人が抗議する。

「ごめんなさい、ひどい事を言ってるのはわかってるわ。
でも、私はあの時、もう会わない覚悟でラビリンスに戻ったの。だから……」

「見損なったわ、せつな。帰りましょう、ラブ、ブッキー、いくわよ」

悲しそうに目を伏せるせつなを置いて、呆然としてるラブと困惑したままのブッキーを引きず
るように部屋を出た。

「キュアキュアプリプ~」

同じく元気の無いシフォンが転移する。



「一体、パッションはん、どないしてもたんや。全然らしくなかったで」

「わたしも信じられない。せつなちゃんが、わたしたちに、ラブちゃんにあんなこと言うなん
て」

「キュアァ」

未だに一言も口がきけないで居るラブを横目で見ながらつぶやく。

「ラビリンスに帰って、また昔のせつなに戻っちゃったのかもしれないわね」

「美希ちゃん!」

続きは言わせないとばかりにブッキーが叫ぶ。美希がしまったとばかりに俯く。

「本当は、そんなこと全然思ってないんでしょ」

「もう、いいよ、ブッキー。
美希たんはあたしが悪いこと考えないように、代わりに怒ってくれてるんだよね。
でも、こんなことなら、会いになんて行かなきゃよかった……」

そう言ったっきり、ラブは座り込んで動かなくなってしまった。
美希はブッキーを見つめる。頷くのを確認した後、静かにその場を離れた。

瞳に、決意の色をたたえて。


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最終更新:2010年04月05日 21:05