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たくさんの人たちが波を作る。

波は大きな流れとなって人々を誘う。

大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。ラビリンスでは馴染んだ光景。

違うのは表情。そして、繋がり。

家族、友達、恋人同士。

笑顔と興奮と感動。

そこにある――幸せ。






「どうしたの、せつな。驚いちゃった? 休日の遊園地だもの、このくらい当然よ」
「もし、調子悪いなら言ってね。色々お薬もあるから」

「ごめんなさい、平気よ。みんな楽しそうね」

心配そうな美希とブッキーに笑顔を返す。せつなにとって初めての遊園地だった。

「お待たせ! チケット買ってきたよ。今日は一日フリーパスなんだから」
「そうこなくっちゃ」
「うん、楽しみ!」
「私もたくさん乗ってみたいわ」

せつなは期待に胸を膨らませる。それは、幾度か経験のあるラブたちも同じ。
せつなと乗れる。せつなと遊べる。新鮮な喜びを分かち合える。それが何より楽しみだった。

入場門をくぐる。

一歩先はおとぎの国。人を楽しませるためだけに存在する空間。幸せの集う場所。

「さあ、行こう!」

ラブにつられるように、四人はいっせいに駆け出した。



「私、あれに乗ってみたい!」

せつなが指さしたのはメリーゴーランド。
優しい光と、楽しい音楽。可愛い動物達に乗って回転に身を任せる。誰に振ったかわからない
手を見つけて、せつなは手を振り返した。

「とほほ、この年で乗ることになるなんて」
「まあまあ、このポニー、家で預かってる子にお鼻が似てるし」
「知らないわよ、そんなの」
「恥ずかしくないよ、美希たん。あたしは今でも好きだよ」



次はコーヒーカップ。
緩やかな螺旋を描きつつ高速で回転する。――いや、高速なのは一重にラブのせいだ。
せつなは平然と。美希とブッキーは抱きあって悲鳴を上げていた。

「いっくよ~」
「ちょっと、ラブ、早すぎよ!」
「ラブちゃん目が回る」
「複雑な動きね。サイクロイド曲線になっているのね」
「だから……知らないわよ」



そして……観覧車で休憩。
コトコトコト。ゆっくりと上昇していく。室内は冷房が効いていて快適だ。
ラブは案内図を見ながらせつなとコースを確認する。美希とブッキーは……。

「う~~気持ち悪い。酔った……」
「はい、美希ちゃん。乗り物酔いのお薬。先に飲んでおけばよかったね」

そう言うブッキーも、青い顔をしながら薬を飲み込んだ。



そして、ジェットコースター! 最近リニューアルされた目玉アトラクションだ。
ゴンゴンゴン。ゆっくりした上昇から一気に急降下する。自由落下に迫る下降速度は、人体の
感覚を狂わせ混乱に陥れる。
水平回転、宙返り、垂直ループ。バンク角度と高低差がついた急カーブ。次々に襲いかかる恐
怖に乗客は絶叫する。

「「「きゃぁぁぁぁぁ」」」

みんなも叫んだ。ラブは笑顔で、美希とブッキーは目を閉じて。
せつなはそんな様子を不思議そうに見ていた。

「どうしたの、せつな? 楽しくなかった?」
「楽しくないわよ、アタシは死ぬかと思った」
「うん、怖かったよ~~」

「どうして……。――ううん、なんでもない」



乗り物は疲れたので、お化け屋敷に入ることにした。
このお化け屋敷は本格派と評判も高い。
ラブはせつなと。美希はブッキーとそれぞれペアで歩いた。

「わぁぁぁぁ、せつな、あれ! あれ!」
「落ち着いて、作り物よ。そっちはただの水蒸気よ」

「きゃぁぁぁぁぁ」
「大丈夫よ美希ちゃん。この子はかわいいよ」

なんとか出口にたどり着いた。



「なんか色々疲れた……」
「わたしは楽しかった!」
「あたしもすっごく楽しい。せつなは? あれ……せつな?」

「ねえ、ラブ。どうして……わざわざ恐怖を与えるような物を作るのかしら。
ジェットコースターにしてもそう。スピード感を楽しみたいにしては、度が過ぎていたわ」

不満、と言うほどでもない。ただ、何か釈然としないとせつなは語った。
実際、出口から出てくる子供達の中には、恐怖で泣いている子も少なくなかった。
そして、そんなものほど人気が高いのも納得がいかなかった。

「えっと、なんて言うんだろう。怖いから楽しいというか」
「叫ぶのが気持ちいいのかな?」
「勇気を試すのよ……多分」

ラブたちの説明も、どれも満足のいくものではなかった。

(この世界で育っていない私には、理解できないのかもしれない)

なんとなく寂しい気持ちになる。



「えーん。えーん。おにいちゃん。ぱぱー。ままー」

小さな女の子が泣いていた。迷子らしい。ラブたちは駆け寄った。

「どうしたの?」

ラブはしゃがんで手を握り、事情を尋ねる。ブッキーはハンカチを取り出して涙を拭う。
美希は係員を呼びに走った。
手際のよい行動にせつなは目を丸くする。自分は何もできなかった。

少し考えて、アイスクリームを買うことにした。甘いものを食べれば気持ちが落ち着くかもし
れない。

「はい、どうぞ」

お姉さん達に囲まれ、優しくしてもらって安心したのだろう。お礼を言って女の子は食べ始め
た。
そのまま、しばらく話し相手になった。両親とはぐれて兄妹だけになったこと。そのお兄さん
ともはぐれてしまったこと。
話していて恐怖を思い出したのか、また泣き出しそうになる。
大丈夫よ、そう言ってせつなは抱きしめた。
遊びにきて、悲しい思いをする。残念なことだと思う。

「あっ! ぱぱ~まま~おにいちゃん~」

女の子が迎えに来た家族を見つけて駆け寄った。抱きついて号泣する。そして満面の笑顔を取
り戻した。
その子のご両親が丁寧にお礼を言う。

別れ際、その笑顔を見て思う。それは――今日見たどんな笑顔よりも輝いていると。


でも、どうして……。

そう考えて、思い至る。あの子の心を満たすもの。それは――安心。
はぐれるという恐怖を体験したことで、普段感じていない家族といられる幸せを実感したんだ。
幸せと不幸は隣り合わせ。幸せを求めることは、ただ不幸を否定して遠ざけることではないの
かもしれない。

だったら……。

ジェットコースターもお化け屋敷も、同じなのかもしれない。
安全に恐怖を体験することで、無事帰還する安心と幸せを得るためのアトラクション。

やっぱり……この世界の全ては優しさに満ちている。せつなは嬉しくなった。


「ラブ~美希~ブッキー~。私、もう一度ジェットコースターに乗りたいの。行きましょう!」

「うん、行こう。せつなっ」
「「えぇぇぇ―――!!」」

せつなとラブは、それぞれ嫌がる美希とブッキーの手を取って駆け出した。

「ねえ、ラブ。私はあまり恐怖は感じないの。だから、みんなほどさっきは楽しめなかった」

幼い頃からの訓練の繰り返し。その中にはGの耐性訓練も含まれていた。

「でも、今度は楽しんでみせる。精一杯、大声で叫んでやるんだから!」

そう言って笑うせつなの表情は――やっぱり今日一番に輝いていた。






たくさんの人たちが波を作る。

波は大きな流れとなって人々を導く。

大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。繋がり、共感し、分かち合う喜び。

思いやりに満ちた施設と催し物。

家族、友達、恋人同士。

緊張と恐怖と安堵。

そして思い出す――幸せ。



最終更新:2010年07月24日 00:36