少し強めの日差し。
街路樹の緑もいっそう色を濃くする。
熱気を掃うように一陣の風が吹きぬける。
せつなは片手でスカートを、もう片手で帽子を飛ばないように押さえた。
のどかな土曜日のお昼過ぎ。
せつなはラブと商店街のスーパーにお買い物に出かけていた。
「みんなでおうちでゆうごはん~」
「ちょっと、ラブったら。恥ずかしいから街中で歌うのはやめて!」
ラブは、にははと笑いながら商店街の人達に手を振って応えた。
「楽しいと、自然に歌いたくなるんだよ」
(もう……理由を聞いてるんじゃないのよ)
そう思いながらも、せつなもつい口ずさみそうになり顔を赤らめる。
今日はおかあさんが残業で遅くなる日。
ラブとせつなの食事当番の日。
美味しい料理でもてなそうと、おかあさんが勤めるスーパーにやってきた。
「トマトが実れば、医者が青くなるんだって」
ラブが果肉の大きなトマトを手の上で転がす。
キュウリ・ナス・ピーマン。オクラ・ニガウリ・モロヘイヤ。
みずみずしい夏野菜が美しく並ぶ。
「ことわざね、わかってるわよ。旬の野菜は大事よね」
せつながあきらめたような顔でピーマンを買い物カゴに入れた。
ふと、足を止める。目に映るのは黄色いポップ。
「ニンジンが、特売なのね」
「いや、ニンジンは昨日食べたばかりっていうか、その……」
せつなが無言でラブを見つめる。
「うっ……わかりました。なんてね。全然平気だよ、せつな。だって……」
せつなが居ない食卓。そんなところで食べるハンバーグより、せつなが作ってくれたニンジン
料理食べるほうがずっと楽しいもの。
「もう。そんなこと言われたら買えなくなるじゃない。わかったわよ、栄養は他のもので補い
ましょう」
「えっ! ほんと? やったね」
「なんてね、冗談よ。作ってあげるからしっかり食べてね」
せつなは容赦なく買い物カゴに徳用袋の人参を放り込んだ。
ラブの悲鳴を無視しながら思う。
私も……どんなご馳走よりも、ラブと食べるご飯の方が美味しいと。
おかあさんを見つけた。ファイルを持って豆腐とにらめっこしてる。
「「おかあさ~ん」」
嬉しそうにラブとせつなが駆け寄る。あゆみも笑顔で自慢の二人の娘を迎えた。
「何しているの? おかあさん」
「ああ、これはね」
発注台帳と言うのよ。と関心を持ったせつなに説明する。
一品ごとに細かく書かれた数字の羅列。前年の販売数。先週の数。気温ごとの誤差。
「より新鮮なものを、売り切れの無いようにするために頑張ってるのね?」
「その通り! 全てはみんなの幸せのために、ね」
あゆみがパチリとウィンクする。
広い通路。読みやすい大きさの字。背が低くても届く陳列棚。
やさしさは至る所に溢れている。
店内放送でレジに呼ばれたあゆみに別れを告げ、買い物を続けた。
「苦手なものもちゃんと食べるのよ」
そう言い残したおかあさんに応えて、ラブが思い付きを提案する。
「せつなっ、勝負しようよ!」
お互いに苦手な食材を使って一品づつ調理する。判定はもちろんおかあさん。
「料理なら負けないよ~!」
「私が上達してないとでも思ってるの!」
しばらく睨みあって、そして笑う。今夜も楽しくなりそうだった。
夕飯の下ごしらえを済ませてから、いよいよ本番。
ピンクと赤のお揃いの可愛いエプロンをつけて腕まくり。
二人とも自信たっぷりだ。
ラブはフライパンにごま油を入れて、何やら炒めだした。
短冊に切ったピーマンを後から加えて更にじっくり焼いていく。
せつなはおろし金を引っ張りだした。
ボールにサラダオイル、砂糖、玉子、シナモン、アーモンド、塩、すりおろした人参を入れ、
全部一緒にする。
水で溶いた小麦粉と一緒に練りこんでいく。
互いに苦手な食材で作りあってるのに、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
既に勝負は始まっていた。
「「「「いただきま~す」」」」
いつも通りに美味しいラブのハンバーグ。今夜は大きさは小さめ。
そして出てきたのが――。
「これは、ピーマンの炒め物?」
砂糖と醤油で味つけて乾燥させた、たっぷりの鰹節。
カリカリに焼いたちりめんじゃこと刻んだうす揚げ。
両面をこんがり炒めた短冊状のピーマン。
「美味しい……」
苦手なはずのせつなの箸もどんどん進む。特有の青臭さと苦味をあまり感じなかった。
「これは……ビールが欲しくなるなあ」
「はいはい、ちゃんと用意してあるわよ」
あゆみが冷蔵庫から出してきて栓を開ける。せつながグラスを用意した。
ラブが勝ち誇った顔をする。
「まだまだ、勝負はこれからよ」
食後の紅茶の時間になる。今回せつなが作ったのはデザートだった。
「私の料理はこれ。たっぷりのニンジンを使ったキャロットケーキよ」
こげ茶色のバウンドケーキ。表面はホイップクリームで飾られている。
「うわっ――せつな、これ、凄く美味しい」
「ほんと――やわらかい味って言うのかしら」
「上品なお菓子だね。せっちゃんにぴったりだ」
砂糖を使いすぎず、ニンジンが持つ自然な甘みを引き出す。
柔らかい生地に仕込まれた、砕いたアーモンドの舌触りが楽しい。
少しパサつくところを、ホイップクリームが上手に補っていた。
紅茶もいつもより美味しく感じられる。
「う~ん。おかわり!」
ラブが一番に食べ終わった。
一人ひとつよ。そう言ってせつなが笑う。つられておとうさん、おかあさんも。
「さあ、判定よ」
あゆみが立ち上がる。ラブをせつなは息を呑んで待った。
「今日のところは――両方美味しいので引き分けよ」
「「えぇ~~~!」」
「それじゃこうしましょう! 勝ち負けは次の対決で決めるの。
次は……そうね。ほうれんそう料理よ」
「おかあさん、それズルイ」
「いいわ。私、精一杯頑張る」
「だって……わたしも苦手食材克服したいんですもの」
「夏場に無理に食べなくても……」
圭太郎はそう言いながらも嬉しそうだ。僕は苦手なものがないからなあ、とぼやいていた。
ラブが再び歌いだす。
「みんなでおうちでゆうごはん~」
今度はせつなも一緒に、みんなで一緒に歌いだす。
四つ葉になった桃園家に響き渡る。
それは――――幸せの歌。
最終更新:2010年09月27日 23:33