み-151

「ラブちゃん、はい。これ、ミルクティーね。」
「……うん。」
「…あのね、最近美希ちゃんに紅茶の入れ方色々教わってるんだ。」
「………ふぅん。」
「……味、どうかな…?」
「………おいしーよ…。」


祈里はラブには分からないように、そっと溜め息を付いた。さっきからずっとこの調子だ。
あの気まずい別れ方をした買い物から一週間。せつなの様子が気になりつつもどうする事も出来ずにいた。

だから学校から帰宅した時、自分の家の前で一人佇むラブを見た時には心底驚いた。
上がっていいかな?そう尋ねるラブを二つ返事で部屋に招き入れた。


そのラブには似つかわしくない、少し硬い表情から決して楽しい話である訳ではないのは分かりきっている。
それでも、また気になっていたせつなの様子が聞ける。
不安、緊張、動揺、色んな感情がない交ぜになって手のひらに汗をかいてしまった。
しかし心の奥底が「嬉しい」と感じていた。
ラブが一人で。例えそれが祈里の不用意な行動を咎める為てあったとしても、自分から訪ねて来てくれた。
その事が自分でも信じられないくらいに嬉しかったのだ。


しかしラブは部屋に上がって見たものの、せつなの話どころか目も合わせようとしない。
遠慮がちに話かけてみても生返事がポツポツと返ってくるばかり。
こちらからせつなの様子を聞いてみてもいいものだろうか。
気まずさと居心地の悪さに逃げ出したくなりながら、祈里はラブのリアクションを待ち続けた。


チラチラとラブを伺いながら落ち着かなさに足がもじもじする。
部屋を見回すラブの視線。
ラブは祈里のベッドに腰掛けながら、シーツの端をいじくっている。
この部屋で、このベッドで何が行われていたのか。ラブは十二分に知っているのだ。
自分の恋人が親友に凌辱されたベッド。そこに触れながらラブは何を感じているのだろう。
淡いパステルカラーで纏められた、いかにも女の子らしい可愛らしい部屋。
それもラブの目にはどれほど穢れた淫靡な物として映っているのだろう。


まだ早かったのかも知れない。
祈里はつい舞い上がってラブを部屋に通してしまった事を後悔していた。
冷静でいられるはずがない。ここに祈里と二人きりでいるなんてラブには苦痛以外の何物でもない。
少し考えれば分かりそうなものだ。
何か適当に理由を付けて他所で話す事も出来たはずではないか。


(やっぱり、わたしってかなり駄目な子なんだわ…)
今からでも遅くない。部屋から出た方がいい。
何か言い訳……そうだ、図書館に返しそびれてた本があったっけ。
それを返しに行くって言えば……。歩きながらでも話せるよね。


「…あっあの、ねぇ。ラブちゃん、わたし、忘れてたんだけどちょっと図書館に用が…」
思いきって、そう声を掛けながらラブに近付いて行った。


「……ーーっ??」


ぐいっ、と手首を引かれ視界が反転する。背中でベッドのスプリングが弾み、天井が揺れて見える。
体にのし掛かる重み、シャツの裾がスカートから引き出され、ボタンが外されていく。
乳房が外気に晒されているのを感じて、ブラがずらされているのだと祈里はハッと我に返った。


「ーーっ!らっ、ラブちゃん!?」
思考停止しかけていた祈里が反射的にラブを跳ね退けようともがきかける。


「!!うぅっ、つぅ…! 」
力任せに乳房を鷲掴みにされ、祈里は痛みに顔を歪める。
揉むと言うよりは捻り、絞り上げるようなラブの指。
急激な刺激と下着の締め付けから解放された胸の先端が意志を無視して硬く尖る。
ラブはそこを容赦無くつねりあげた。


「いやぁぁ!!ーーっラブちゃんっ!」
「……おっきいね…。せつなより大きいな。」


ラブは祈里の悲鳴を無視しながら胸を乱暴にいじくり回す。
その淡々とした声に祈里の喉は一瞬で乾上がる。
恐る恐る目を向けると、そこにはすべての感情を押し隠したラブの顔。
すぅっ…と心に氷が張っていく。


「…ぅあ…、は……」
鈍い痛みに支配されていた胸にゾクリと甘い疼きが走る。
ラブが乳房を掴んだまま、その先端に舌を絡めてきた。
熱い口の中でも硬くなった乳首がきつく吸われ、ヌメヌメと舌が這い回る。
羞恥と混乱の中、自分の体が性的な快感に反応していると言う事実。
祈里は自分の反応の穢らわしさに頭の奥で赤い火花が散るのを感じた。


「いっ…イヤっ!ラブちゃん駄目!……あっ、やめ…っ!」
駄目だ。こんな事は絶対にさせちゃいけない。
こんな事をしたらラブが汚れてしまう。ラブの方が傷ついてしまう。
それに……、またせつなを悲しみの底に突き落としてしまう。
止めさせないと。突飛ばしてでも逃げないと……。


「……せつなは…嫌だって言うことも出来なかったんだよね…」


祈里の心の奥で何かがひび割れる音がした。
クタリ…と糸の切れたマリオネットのように力が抜ける。
あの夜のせつなが脳裏に蘇る。
抵抗すら許されず、気付いた時には信頼仕切っていた相手に裏切られ、体を汚された後だった。
絶望に彩られたせつなを更なる汚泥に沈めるような言葉を投げつけたのは自分。
薄ら笑いさえ浮かべ、せつなの心にナイフを突き立てたのだ。

ラブが祈里の足を割り、間に体を捩じ込む。
下着越しに触れてくる指に、祈里は目の前が暗くなるのを感じた。
秘裂をなぞられ、その上の突起を爪で引っ掻かれる。
そこは意志とは関係なく蜜を吐き出し、硬く勃ち上がってくる。
感じている。反応する自分の体に対する吐き気を催すほどの嫌悪感。
叫び、暴れ出したいほどの不快な快楽。


「……せつなはね、ここを弄られるのが好きなの…」
疼く突起を布で擦るようにしながらラブが囁く。


「…ゆっくり、焦らしながら口でされるのに弱いんだ。聞いてるこっちが蕩けちゃいそうな声出すんだよね。」


(やめて……ラブちゃん…お願いだから…)


「ブッキーだって知ってるよねぇ…?せつな、可愛かったでしょ?」


(知らない…!そんなの、知らない………)


知らない。自分から体を開き、愛撫をねだるせつななんて知らない。
甘い声で誘い、求めてくるせつななんて知らない。
唇を噛みしめ、きつく目を閉じ、時々堪え切れなくなって濡れた吐息を漏らす。
何も映らない虚ろな瞳。ただ温かいだけの人形。


それが、祈里の抱いていたせつな。


いや、違う。一度だけ知ってる。
初めての夜、意識の無いせつなを抱いた時。微笑みさえ浮かべながら柔らかく波打つ肌。
腕を伸ばし、体を絡め、うっとりと身を任せながら口付けに応えてくれた。
恋人との甘美な情事の夢に漂っていたせつな。
目覚めた後、親友の手で地獄に突き落とされるとも知らずに。



喉に込み上げる嗚咽を必死に飲み込む。

せつなを悲しませたくない?
ラブを汚したくない?


嘘だ。自分が酷い目に合いたくないだけではないのか。
せつなを蹂躙しておきながら、自分が同じ目に合うのは耐えられないだけだ。


ラブの目が言ってる。



せつなはもっと苦しかった。
せつなはもっと悲しかった。
次は貴女が悪夢に追い立てられる番。



もう…甘い夢なんか見られない。
泣き叫ぶせつなを犯していた黒い影。
今夜からは自分が犯される夢を見る事になるだろう。


「ーっ!…うくっ、やぁっ…っ、あ…」
労りの欠片も感じられないぞんざいな愛撫。それでも体は忠実に刺激を受け取り、潤って行く。
嫌と言うほど思い知らされる。自分が玩んでいたのはせつなの抜け殻。
体なんて相手が誰でも触れられれば当たり前の反応を返すだけの物なのだから。

せめて涙だけは見せるまい。祈里は歯を食い縛り、喉の奥に声を閉じ込める。
意地か、罪の意識か、それとも捨て切れない矜持なのか。この行為で泣く事だけはしたくなかった。


(…………?)


不意に祈里を責め苛んでいた下腹部の感覚が遠退いた。
ずし…と体全体に重みがかかる。首筋の辺りにラブが顔を埋めている。
抑え、堪えるような息遣い。何かに耐えるように震える肩。
抱き締められている訳ではない。ただラブは祈里に覆い被さり、荒い呼吸を整えていた。


(…まさか、泣いてる……?)


「ダメだぁ……、出来ないよ…。」

「…………ラブ……ちゃん……?」

「……こんなの、無理………。」

「…ー!!」


諦めるような、呆れたような、少し震える声。
そこにはさっきまでの身を竦ませるような張り詰めた緊張感は消え失せていて。


「勘違いしないでよ……。ブッキーが可哀想とか、こんな酷い事出来ないとか、
そんなんじゃぜんっっぜんないからっ!!」

「………?」


「その気になれないの……。エッチな事とか…まっったく、そんな事する気分にならない。」


祈里の顔の横に両手をつき、ラブが体を起こす。
ベッドから降りるラブを見て、そのまま部屋を出て行くのかと思った。
だけど彼女はそうはせず、ベッドにもたれるように座り込んでいる。


「考えて見れば当たり前か。無理だよ、友達とこんな事するなんて。」


その時一瞬だけ合った視線。すぐに逸らされてしまったけど、その顔に浮かぶ表情。
気まずそうな、少し照れくさそうな、ばつの悪さを隠しきれない表情。
いつもの、よく知ってるラブの顔だった。



(…………友…達……………)



何気無く、発せられた言葉。ラブにすれば無意識の事だったのかも知れない。
そのあまりにもありふれた、特別視なんてしたこともなかった言葉。


(………友達……。)



ラブへの罪の意識。ただ一人、せつなに求められる事への嫉妬、羨望。
しかしそれでも尚、捨て去る事の出来ない、狂おしい程の………。
ラブもまた、祈里のかけがえのない親友だと言う事。
姉妹のように育ち、お互い忘れてしまったような遠い過去から共有している記憶。
実の姉妹だってこれほど大切かどうか分からない、そう思えるほどに愛していた友達。
祈里の中で、ずっと堪えていた物が洪水のように堰を切って溢れ出した。


「ーーっ、ごめんっなさい…!」


祈里は両手で顔を覆い、溢れた涙を隠す。それでも震えて揺れる声は隠せない。


「…なんでよ。この状況でブッキーが謝るのはおかしくない?」

「…違う…!…違うの……!」


ラブだって本当は分かってるはず。



あんな事してごめんなさい。
ずっと謝らなくてごめんなさい。
それでも側に居続けてごめんなさい。


そして…………


それでもまだ、せつなを愛していてごめんなさい。



何も言わないラブ。
夕暮れに染まり始めた部屋に祈里の嗚咽だけが響き続けた。




み-217
最終更新:2010年08月12日 23:00