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避2-268


 桃園家。蒸し暑い夏の夜。
 寝苦しさに何度もベッドの上で寝返りを打つ私の耳に、部屋のドアをノックする音が届いた。


「へへ……せつな、起きてる?」


 返事を待たずに開いたドアから顔を覗かせるラブ。


「起きてるわよ……今夜は一段と暑いんですもの……眠れないわ……」
「ホントだよねー…ね、ちょっと話でもしない?どうせ夏休みだし……少しくらいの夜更かしならいいで
しょ?」
「そうね……少しくらいなら」


 気候すら管理されていたラビリンスとは違い、この世界は四季の移り変わりを感じさせてくれる素敵な
ところ。
 だけど、如何せんこう暑くてはそれすら恨めしく感じてしまう。
 現在進行中のラビリンスの改革にはそういった所も取り入れていきたいわね……でもやはり自然を管理
するのは良くないし……。


「もー、またラビリンスの事考えてるでしょ?な・つ・や・す・み、だよ?せつな」
「あ、ごめんなさい…。つい、ね」


 ラブの指摘も最もだわ。せっかく休暇をもらってこっちに戻ってきてるのに……。


「……だけどちょっと考えちゃうのよ。こう暑くて眠れないと次の日に影響があるかもしれないでしょ?
こちら側ではどうしてるのかしら?」
「んー、そうだなー。暑い時は怖い話なんか定番かも。ヒュ~…ドロドロ~、ってね。『怪談』っいうの」


 両手をだらりと胸の前で垂らすラブ。
 ―――?『かいだん』?よく理解できないけど……怖い話をすれば熟睡できるのかしら?
 もしその方法が適しているのなら―――あ、いけないいけない。


「まあもう少ししたら涼しくなるし……寝苦しいのも今のうちだけだよ。ホラ、覚えてない?去年の冬と
今年の春の事……」


 ラブの言葉に、私の脳裏にある記憶が蘇る。
 そうそう、確かあれは―――――。



                    *

「ねえラブ、これは何?」


 季節は冬。大雪に見舞われ、一面真っ白になってしまったクローバータウン。
 それを珍しがるせつなにせがまれて、公園へと散歩に来ていたあたしの目に入ったのは……。


「ああ、これはカマクラ、っていうんだよ。懐かしいな。昔はお父さんと作ったりしたっけ」
「?カマクラ?この半円状のドームのようなものにどういう意味があるの?」
「んー…どういう意味って言われると難しいけど、この中は空洞になってて、入ると暖かいんだよ」
「え?雪の塊なのに暖かいの?」


 不思議そうにするせつな。
 説明するにしてもどう言っていいか分からないあたしの目に、少し陰に作られた小さな楕円状の入り口
が映る。


「そだ!中に入ったら分かるんじゃないかな?ろんよりしょーこ、ってね」
「あ、ラブ、勝手に入ったら……」


 引き止めるせつなを置いて、あたしは膝をついて入り口をくぐる。
 うーん…入りにくいな……何でこんなに小さく作ったんだろ……まるで何かを隠してるみたい……って
……。


「わ!!」
「ど、どうしたの?!ラブ!?」


 あたしの声に驚いたのか、せつなも慌てて入り口から入ってくる。
 中に入ったあたし達を待っていたのは、暖かい、どころではないすごい熱気と―――――。


「ら、ラブちゃん!?せつなちゃん!?」


 何故か冬だと言うのに半裸で前を手で隠す……ブッキーだった。



「―――というワケで、冬山なんかで体温が低下すると眠くなってしまって遭難っていうパターンが多い
から……本来は濡れた衣服を替えてあげて乾いた物に着替えさせたりした方がいいんだけど。そうそう、
私たちは未成年だけど、そういう時はお酒を飲ませたりしてはいけないのよ。血管が広がって熱放射量が
上がるし…逆に煙草は血管を収縮させるからダメなんだけど」


 ブッキーの講釈を、ふんふん、と真面目に頷きながら聞き入るせつな。
 あたしはといえば、そんな事よりもブッキーの傍に横たわってる「彼女」が気になって仕方がない。


「―――で、よくドラマなんかである方法はどうなのかなって思って……ちょっと試しに、ね」


 一通り聞いた後、感心したように小さく拍手をするせつな。
 ブッキーはその反応に照れたように微笑んだ。


(ちょっとって……ここまでやっておいて)


 二人に聞こえないように小声でツッコミを入れるあたし。


「成程、そういう理由だったのね。納得したわ」
「嬉しい、分かってくれたのね、せつなちゃん!……ラブちゃんは?」
「あ、あは……分かったような、分からないような………」


 まあなんとなく状況は分かったかな。
 要はその……ブッキーが暴走しちゃったって事よね。
 誤魔化そうと必死なブッキーを余所に、あたしはちらりと「彼女」を盗み見た。
 えーと、つまり、ブッキーの説明によると体温の低下とやらで眠っちゃってる「彼女」。


 その身に受けた快感の余韻からか、意識もなく大きく胸を上下させている―――蒼乃美希を。


 あたしは目のやり場に困りつつ、裸で暖めあうのもいいけど、美希たんに下着くらい着せてあげてくれ
ないかな、なんて考えていた。



                    *

 季節は春。クローバータウンからちょっと離れた丘へと続く小道を、私とラブはのんびりと歩いていた。
 穏やかな日差しが心地良い……ラビリンスもこんな風に変わっていって欲しいものだわ。


「ふわぁ~あ……むにゃ…」
「ラブ……女の子なのにはしたないわよ?」


 口を大きく開けて欠伸をするラブをたしなめる。


「それとも……私と一緒じゃ退屈?」
「そ、そんな事ないって!久しぶりにせつながこっちに来たんだもん!退屈なんて―――」
「ふふ、冗談よ。―――昨日よく眠れなかった?」
「ん、そうでもないんだけど……なんかね、春は眠くなる季節なんだよ」


 ?眠くなる季節?変な言い訳ね。


「……で、ラブの言ってたお花見のスポットってどこにあるの?」
「もうちょっとだよ。林の奥まったところにあるから、普通の人は絶対に入って来ないちょー穴場なんだ。
子供の頃美希たんやブッキーとよく来たんだよ」


 こっちこっち、と手招きするラブに続いて裏道へと入り、藪をかき分け先へと進む。
 へえ、クローバータウンの近くにこんなところあったのね……。
 少し歩くと、私達の前に咲き誇る大きな桜の木が現れた。


「す……ごい……」
「でしょ~!きっとクローバータウンでも一番大きな桜の木なんじゃないかな。もっと近付いて―――――」


 言った途端、硬直したようにラブが足を止める。
 あまりにも唐突だったので、私はその背中に思い切りぶつかってしまい……。


「痛た……ら、ラブ、どうしたの?」


 鼻を押さえ、立ち止まったラブの脇から前を覗く私。
 そこに見えたのは舞い散るピンク色の桜の花びらと――――。


「ラ、ラブちゃん!?せつなちゃん!?」


 私達の登場に焦ったかのようにわたわたと着衣の乱れを直す……ブッキーの姿だった。



「―――だから、春になると眠くなるというのは元々は漢詩から来ているのよ。孟浩然って人の書いた一節
………『春眠暁を覚えず』っていうのがあって、春の寝心地のよさに朝になったのも気が付かないって事
なんだけど。確かに気候的には冬や夏と違って過ごしやすいからそう言う風に言われるのも分かるわよね。
ぽかぽかして気持ちいいから……お昼寝なんかにも向いてるし」


 すごいわ。ブッキーは本当に何でも知っているのね。勉強になるわ。
 ということは、さっきラブが眠くなる季節って言ってたのもあながち間違いではないんだわ。


「という事でついつい桜を見ているうちにうたた寝をね―――聞いてる?ラブちゃん?」
「え?あ、き、聞いてるよー」


 ブッキーの声にハッとしたように返事をするラブ。
 ラブったら……折角ブッキーがためになることを教えてくれてるのに……。
 ふふ、本当にお勉強は嫌いなんだから。


「もう、ラブったら……あなたまで眠くなって来ちゃったの?そういえば授業中もよく居眠りしてて先生に
怒られてたものね。さっきも欠伸してたし……」
「い、いやあ~、ね、眠気ならすっ飛んじゃったよ……は、ははは……」


 ブッキーの傍で横になっている「彼女」を横目で見ながら、照れたように笑うラブ。
 ―――まあそれも仕方ないわ。私もさっきからちょっと気にはなっていたし。
 それにしても……いくら眠いからっていっても屋外なんだし、あんな風に無防備に寝ちゃうのはどうなの
かしら。それに……。


(……全く……起きたらきっちりと叱ってあげなくちゃいけないわね)


 いくらなんでも服を全部脱ぎ捨ててお昼寝なんて、有り得ないもの。


 私は心の中でお小言の内容を考えながら、「彼女」―――怖い夢でも見てるのか、時折身体をビクビクと
震わせている蒼乃美希を見つめていた。



                    *

「……美希はいつでもよく寝てたわよね……呆れちゃうくらい。こんなに暑くてもグッスリなのかしら?」
「あ、あはは……ぶ、ブッキーがもしも一緒ならそうかもねー」
「?どういう事?」


 あたしの台詞に眉をひそめるせつな。あ、やっぱり分かってないんだ……どれだけ純粋なんだろ。
 だけど―――それならそれで……。


「あ、よく眠れる方法をブッキ―が知ってるって事だよ。せつなも良かったら試してみる?」
「何?さっき言ってた『かいだん』っていうもの?」
「わはー、『かいだん』っていうよりも……」


 胸の前で両手を構え、指をワキワキ動かすあたしを見て、せつなは何か勘違いしちゃってるみたい。
 あたしは油断しまくってる様子の彼女に一気に踊りかかる。


「ちょ、ちょっとラブ―――な、何を―――!!」


 ベッドに押し倒され。突然の事に目を白黒させるせつな。
 そんな事お構いなしで、あたしは彼女の着ている赤いパジャマの下に手を潜り込ませていく。


「ん……ら、ラブ……やめ……」
「……『かいかん』かもー、ぐはっ、なんちゃってー」


 戸惑うせつなに強引にキスすると―――――――。




 せつながたっぷりと汗をかいた後、気を失うように眠りについた、なんてのは言わなくてもいいかな。
 ……けどラビリンスでこの方法を広めたりなんかは……しない、よね?


 ちょっぴり不安。





                                             了



5-575は物語の始まりで…
最終更新:2010年08月24日 00:22