み-475

「ねぇ、キスして」

散々愛しあったのに、まだ求めてくる相手に苦笑してしまう。忠実に唇を押し付けるあたりあたしは毒されてるなぁと思う。

「よかったよ美希。またメールする」
「うん。撮影頑張ってね」

ホテルの一室に残されたあたしはまだ時間があることを確認し、もう一度シャワーを浴びに行く。
ベッドに置かれた数枚のお金をポケットに突っ込んで部屋を出る。

モデルを始めて少しした頃、間違えて入った休憩室で声をかけられた。

可愛いね。高校生?こっちおいで。お話しようよ。

モデルや女優、トップを突っ走ってる人達は心に隙間があった。
美希は癒しだね。
初めて寝たあの人はあたしを抱くたびにそう口にする。

別にこれでスキルアップなんて狙ったわけではない……とは言い切れないけど、日常のスパイスとしてあたしも楽しんでいたのだ。
「美希が中学生とはなぁ。ねぇ私以外とも寝てるでしょ?誰が一番いい」

子犬のような目をして……さんが一番だよ、捨てないでって伝える。あたしが相手をする人は皆綺麗な顔をしていたが心はポッカリと穴があいている。

最近は人によって接し方を変えることも覚えた。完璧だねーあたし……



自分の部屋が一番落ち着く。

香水の匂いが部屋中に広がっていく。気分を落ち着けたいとき、紅茶をいれるよりも手軽に安らげる。手に軽くつけてその手を優しく首にもっていく。

ふわりとピーチの匂いに体中が包まれた。甘ったる過ぎず爽やかさもあるこの香りは気にいっていた。

ふとピーチという単語から一人の人物が思い浮かぶ。小さい頃から元気いっぱいで笑顔が可愛くて……よく手もやかされたものだ。自然と笑みがこぼれた。

最近は彼女は新しく仲間に加わったせつなに夢中で少し寂しい気持ちもしたが、せつなはせつなで今までの三人にはない新鮮な風を持ってきてくれた。

学業と仕事そしてプリキュア、大変なこともあるが充実した生活がとても楽しい。

お肌の手入れなど寝る前の準備も終わりそろそろベッドに入ろうかと思っていた頃、テーブルのリンクルンがチカチカと着信を示していた。

「もしもし、どうしたのせつな?」

電話の相手はせつなで一言今から行ってもいいと聞かれ、こんな時間にとも思ったが肯定の意思を伝えて電話を切った。

「はやっ!!」
「ごめんなさい、こんな遅くに」

アカルンを使用した彼女はあたしが電話を閉じた瞬間には目の前にいた。

とりあえずミルクティーを用意し二人で向かいあった。

せつなは学校は楽しいやダンスは難しいがやりがいがあることなどとりとめなくいつもより饒舌に話す。あたしは相槌をうつ以外は聞き手にまわっていた。

「そういえば、私は飲み物で一番美希のいれるミルクティーが好き」
「ラビリンスにはどういう飲み物があったの」

ラビリンスという言葉を聞いた途端彼女は表情をくもらせた。カップを持ったまま黙っている。



あたしはなんとなくわかってしまった。このままでいてもらちがあかないので直球で聞いてみる。
「ホームシックにでもなった?」

せつなはハッとしてあたしを見つめ、複雑な顔をする。

「ちが……う。ただ……」

あたしが逆の立場でも否定するだろう。認めるのは恥ずかしいのだ。こんな時間にまで付き合わされたのだからとことん関わってやろうと思った。

「ラブには家族の一員として迎えてもらってるから言いづらいんでしょ?あたしだって同じ立場だったら……泣いてるかもしれない。かもだからね」
「仮定でも意地をはるのが美希らしいわね」

せつなはやっと弱々しく笑顔を見せた。意地ってゆーな。

せつなはラビリンスに戻らずあたしたちといることを選んだ。アカルンを使えばラビリンスに帰れないこともないが、イースからプリキュアになったせつなをラビリンスの人が皆理解してくれるわけではない。それはせつなをラビリンスに帰りづらくしていた。

「私……自分がこんなに弱いとは思わなかったわ」

せつなは悲しい声色でそう言ったけどあたしはそれを否定するようにせつなの手を強く握った。

「それは弱いんじゃないよ。泣きたいときは泣いていいんだよ。寂しいときはあたしもラブもブッキーも皆いるんだから」

あたしはせつなの側に回り込んで優しく抱きしめた。それが合図のようにせつなはあたしの肩に顔を押し付けて泣いた。最近は感情をよく出すようになったけどこんなせつなを見るのははじめてだ。なぜだか少し笑ってしまった。
「ひくっ……うー、笑わないでよ」
「あー、はいはい。あたしは何も見てないよ。鼻水つけられた気がするけど気にしないことにします」

せつなはばかって囁いてあたしにキュッと抱き着いた。ぎゅーと抱きしめかえして、それにこたえる。



「んー2時だ。とりあえず泊まってきなよ。明日ラブにはあたしから、夜中にせつながコスプレを求めてブルンを利用しにきたって言っとくから」
「それはそれで嫌」

冗談を言いあってポイとせつなをベッドに寝かせる。珍しく泣いたせいで頬を紅くしておりすぐに毛布に隠れてしまった。

「つーめーて。あたしが寝らんない」
「美希は最初の頃と大分イメージ変わったわ」

そうかも。あたしはせつなには一度完璧じゃないところを見られたからラブやブッキーとは違う接し方ができていた。

「相手がせつなだから」

なにそれとせつなが顔をだしたとき、おやすみとキュッと鼻をつまんだ。あまり意識したことはなかったが自然体でいられるのだ。
「美希……ありがとう」

真っ赤な顔で律儀にあたしの目を見て言うせつなにふにゃっと笑顔を返して枕にダイブした。

今日は多忙な上にどS(ここ重要)な人の相手をして疲れていたが、気持ちよく眠りにつけそうだった。

せつなが布団のΦで握ってきた手を反射的に握り返して目を閉じた。



み-483
最終更新:2010年11月24日 22:44