み-638

さむい

いたい

つかれた

声を発したかと思えば、もれてきたのは不満ばかりで少しムッとする。
乱れた呼吸を整えた彼女が、私の肩を押し返したので重なっていた身体が離れ視線が交じる。

大丈夫?

そう声をかけると、うんとけだるそうに言い、また私に抱き着いてきた。汗でベタベタする身体でも彼女なら嫌な気はしない。

「寝る?」
「あー……うん」

身体を傾け彼女ごとゆっくりとベットに沈む。

ごめんね

私が目を閉じようとした時、小さなとても小さな声で彼女は呟いた。
私は何も答えず抱きしめる腕に力を入れる。
寒さだけではなく少し震えていた彼女は苦笑して私に身体を預ける。


ねぇ、美希

いつからかな

こうして不安な気持ちで眠りにつくのは

あなたの気持ちが私からどんどん離れていく

あなたを他の人が満たしていく


規則正しい寝息が聞こえてきた頃、枕元の携帯が震え出した。
慎重に手を伸ばし、青いソレを手にする。

『ブッキー』

メールを開いて、名を見て、私は深呼吸する。

『削除しますか』

………………ぽち

携帯を元の場所に戻して、その手を蒼い髪にそえる。
優しく梳くと、少しほつれていた髪はするすると元通りになった。

最近は見なくなった穏やかな顔に目を奪われる。
普段私といる時の美希は辛そうな顔をしているから。



「笑って欲しいだけなのに……」


付き合い始めた頃は

笑いかけてくれるのがくすぐったくて

絡めただけの指から伝わる温もりが嬉しくて

肌を触れ合うことは知らなかったけど幸せだった

今よりはずっと……

どれだけ彼女を抱いても埋まらないすき間

むしろ開いていくばかり

底無しの沼に足を踏み入れたみたいに抜け出し方がわからない

美希もそうなのだろうか

だから私に抱かれているのだろうか

「美希はずるいわ……」

私はもっとずるい

全てを知っていながら

優しさにつけこんで美希を縛りつけている

もしかしたら

いつかは

また私だけを好きになってくれる

そんな幻想が頭を離れない



ぽた……ぽた……

視界が滲む。私はもれそうな声を必死に抑える。

つらい

かなしい

いたい

心が、身体が悲鳴をあげる。
こんなに近くにいる美希が遠くに感じる。

きっともう限界なんだ

こんな関係が続くわけない


「せつな……?」

蒼い瞳が私をとらえた。
心配そうに覗き込んでくる。

「せつな……」
「ねぇ、美希……」

もう一度彼女に告白しよう

好きだと伝えて

こんなのは辛いと

美希は何て言うだろうか

恐い

それでも聞かなければいけない


重ねた指から伝わる温度はあったかくてあの頃と変わらない。
私は美希の携帯を見る。
消せなかったメール。

こんな思いをはするのは今日で終わらせなければいけない。

不安な顔をする美希に精一杯頑張って笑顔を見せる。


「あのね、美希――――――」




END



新-164
最終更新:2011年07月16日 23:18