コツコツとヒールが地面に当たる音が聞こえる。
だんだんと音が大きくなり、一番大きくなったところで音が止んだ。
「起きなさい」
今日もまた長い一日が始まる。
格子で囲まれた牢屋を横目に銀髪の少女の少し後ろを歩く。
彼女もあたしも黙ったまま。
地下を出ると、人工的な光があたしを照らす。
「早く」
ドアを開け、彼女はあたしに入るよう促した。
重たい。
ねっとりと空気が張り付くような気がした。あたしは黙って立ち尽くす。
「お腹空いてるでしょ」
不敵な笑みで彼女、イースは話しかけてきた。
こくりとあたしは頷く。
正直お腹はペコペコだった。
茶色い丸テーブルの上に二つの皿が置かれた。
一つにはパン、もう一つにはシチューらしきものが入っている。鼻腔がくすぐられ、喉が鳴る。
イースは食事が置いてある方とは逆の椅子に座ると、頬杖をついた。
あたしは椅子に座りシチューが熱くないことだけを祈った。
「いい眺め」
箸やスプーン、フォークはない。そしてあたしは手を使うことも許されてはいないから、両手はテーブルの上に置かれたまま。
空腹には逆らえず、がつがつとそれらを貪る。
犬や猫のように。
口の回りだけではなく、鼻の頭にもシチューがついた。
最初の頃食事の皿は床の上だった。
いつの間にかそれがテーブルに移った時、あたしは彼女の優しさなのかと思った。
それは大きな勘違いだったのだけど。
「やっぱり床よりはっきり食べてるとこが見える」
かっと両の頬が熱くなる。
クスクスとイースが笑う。
「喉渇くでしょ」
彼女の右手にはコップがある。
イースは立ち上がるとあたしの口の回りについたシチューを、左手の手袋が汚れるのもかまわず拭った。
「口を開けなさい」
あたしは上を向いて小さく口を開ける。
硝子コップの端が唇にのり、ゆっくりと水が流れ込んできた。少ない量でも人のタイミングで飲むのは難しい。
あたしの口から零れていく水が増える。
ゴボッと音がして、むせ返る。
「けほっ、かはっ、っ」
ぱしゃっと頭に水がかけられた。コップの中に残った水をイースがあたしにかけたようだ。
「ほら」
あたしに、彼女は白いタオルとシャツを差し出す。
それを受け取って、いつも通り浴室へ向かった。
浴室の扉を閉めて、ゆっくり安堵の息を吐く。
この時間だけが唯一あたしの心安らぐ時で、場所だった。
着ていた服を脱いで裸になる。
身体中べたべたしていて気持ちが悪い。
思いっ切り蛇口を捻り温水に包まれると、ようやく身体の汚れがなくなっていく気がした。
綺麗な部分なんて
あたしの身体にはもうないのに……
毎日繰り返される行為。
終わった後に彼女はあたしを浴室には入れない。そのまま牢屋に向かわせる。その方が精神的ダメージを与えられることがわかってるから。
身体に残る液体、消えない匂い、赤く残る痕。
牢屋の中であたしは暗い夢に脅かされる。
渡されたタオルで身体の水気を拭き、ドライヤーのスイッチを入れた。髪が長いと時間がかかる。
待たせることはできないので、少し湿り気を含んではいるが電源を切った。
下着も付けずシャツを上から羽織る。
男物だと思われる大きさ。あたしの身長でも、袖はゆうに手先を超える。
扉を開ける前にゆっくりと深呼吸した。
「遅かったわね」
ベッドの上で彼女は退屈そうにカードをきっていた。占いの道具、タロットカードだと思う。
起き上がった彼女の服装はほとんどあたしと同じだった。
違うのは、あたしは下着を付けていないこと。
ベッドから脚だけを落とし、あたしに笑いかける。
あたしはひざまづき、脚の指を口に含んだ。一本一本丁寧にしゃぶる。
綺麗に整えられた爪は、昨日あたしが揃えたものだ。
もう一つの足で顔を踏み付けられても、乳飲み子のように吸い続ける。
蒼い髪が一房掴まれた。
イースはくるくると遊んでいる。髪を巻き込みその手が頭の上に置かれた。
それを合図にあたしはようやく口を離す。
「今日はどうしようか」
あたしの頬を撫でながらイースは問いかける。
問いかけるがあたしへ答えは求めていない。
じっとあたしの瞳を見て、スッと視線をそらしイースはベッドへ脚を戻す。
「とりあえず、満足させて」
あたしはそっとベッドへ上がった。
簡素なこざっぱりとした部屋の中で、異質な存在感を放つベッド。
天蓋付きダブルベッドで、枕は大小合わせて三つ。四つん這いで歩くとふわふわとした感触が伝わってくる。
母に連れられそれなりに高級なホテルへも行ったことはあるが、これ程までのベッドに出会ったことはない。
幅のある枕を背もたれにしてイースはあたしと向かい合う。
「来て」
何度やっても慣れることはない。心臓はさっきからドクドクと高鳴っている。
どんなにゆっくりとした動作でもいつかはイースにたどり着く。
細い腰に手をやり、紐を解いた。
黒く布地の薄いそれをイースが腰を浮かせたとき、そっと身体から外した。
太ももに手をかけると、ぴくっとイースが身じろいだ。
ピンク色の秘所は既に湿り気をおびている。
ちゅっと軽く口づけ、舌を伸ばす。
下から上へ嘗めあげるように。
蜜がだんだんと溢れてくる。
ぴちゃぴちゃと音をたて、味わう。しょっぱいような不思議な味。どんなに嘗めとってもなくなることはない。
イースの息が耳元で聞こえるような錯覚を覚える。
本当に五感が麻痺しているのかもしれない。
いっそ麻痺した方が楽かもしれない。
「んうっ?」
ぐちゅと顔を埋められる。
息が、苦しい……。
僅かな隙間から呼吸をする。
頭を押さえられていて離れることができない。
「屈辱的?」
頭上からそんな声が聞こえる。
あたしは必死にその声を遮断しようとするが上手くいかない。
屈辱でしょ?それとも愉しい?
次々と浴びせられる言葉。
心がえぐられる。
けれど少しだけほっとした。
まだあたしは、壊れていない。
「んんっ」
前に進むしか終わりはこない。
イースの声が一層高くなり、あたしは夢中で貪る。
クリトリスを口に含み、舌で転がすと髪を引っ張られた。
彼女が高まっている証だ。
あたしは彼女の呼吸を読み取ってそれに合わせる。シーツの染みが増えていく。
最後に吸い付くように中心を嘗めると、びくんと大きく震え、イースは達した。
荒く息をするイースを見ながら袖で口を拭う。
あたしはただ次の指令を待つ。
逆らうこと、逃げ出すこともせずただ黙って待つ。
あたしは彼女の玩具だから。
ピーチが敗れ、パインが倒され、身体中ぼろぼろで立ち上がったあたしは、笑みを浮かべる彼女に恐怖を覚えた。
ピーチとパイン二人は瀕死の状態で、立ち上がることはおろか、息すらまともにできてはいない。
あたしの脚はガクガクと震える。
殺される
そう思った。
「お、お願い……たすけて」
一歩一歩近づいてくる彼女。
あたしは咄嗟に後ろへ下がろうとして、脚がもつれて尻餅をつく。
「なんでもするから!!」
叫ぶようにそう口にした。
あたしは悪魔を見た。
ニタリと笑う悪魔の姿を。
あたしの世界は彼女を中心に回っている。
ここに来てどのくらい傷を作ったかわからない。
それでもあのときほどの恐怖を感じることはなかった。
その要因はラビリンスの最先端の医療技術にもあるのかもしれない。
殴られ痣を作っても、特殊な薬を塗られると一日で腫れも痕も消える。
「美希」
ふいに名前を呼ばれあたしは身構える。
そんなあたしを気にする風でもなく、イースはもう一度あたしの名前を呼ぶ。
「明日死ぬとしたらどうする」
それはあたしが明日殺されるということなのだろうか…………。
そんなあたしの考えを見透かすように、別にあなたを殺すわけではないと言われた。
急速に身体中に血が巡るのがわかった。
ただの言葉遊びでこの反応だ。
生に対して執着があるというよりも、死に対して恐怖があるのを改めて感じた。
「死なない……方法を探す」
ああと彼女はにやりと笑った。
「美希は死ぬことを受け入れないものね。だから、今ここにいる」
死を受け入れる人間などいるのだろうか。死を近くで感じたからこそ、今のあたしは回避を選ぶ。
それがイースが求めた答えから的を外していても。
彼女はきっと、死ぬ前にしたいことでも聞きたかっただろうから。
「プリキュア達はあなたを探してるわ。此処がわかるわけないけど。嬉しい?」
どうだろうか。
あたしがあのとき助けて欲しかったのは………
「あなたは自分のことしか考えてなかったのにね」
イースがあたしの頭を抱え、耳元で囁く。
……自分だけだった。
彼女たちの姿に震え、自分の命を守ろうとした。
優しい彼女たちはきっと勘違いをしている。あたしがイースに自分を差し出すことで、二人を守ったと。
「まぁ、でも賢い選択だったのかも。私の奴隷になったのだから」
耳に湿り気を感じた。
イースの舌は軟体動物のようにはい回る。
「綺麗な顔と身体でよかったわね」
小さい頃から容姿を褒められてきたが、ここまで素直に喜べないのは初めてだった。
あたしは彼女の顔を見る。
鋭い眼差し、透明度の高い肌、鼻や唇どれをとっても美しい。
あたしにとってもこれはプラスの要素だったのかもしれない。
「何?」
「なんでもない」
そうと呟いて彼女が顔を近づけてきた。
柔らかい……
何度キスをしてもそう感じる。
初めてのキスはイースだった。
噛み付くような激しいもので、息の仕方すらわからなかった。
唇を触れ合わせるだけでは足りず、頑なに閉じていた歯を無理矢理開かされる。
舌を差し込まれれば、自ら舌を絡め彼女を求める。
唾液が垂れるのも気にせずキスを繰り返し、イースが肩を押し返しようやく離れた。
「服脱いで」
震える指でボタンを外していく。
ふっとイースが笑ったのが感じられた。
最終更新:2011年03月10日 00:03