ぱさりとシャツを端に投げ、あたしは心細くなり胸と秘所を隠す。逆にイースはいつも堂々としていた。それはまるで本物の女王様のようで。
今も手早く、シャツを投げ捨てるとあたしとの間合いを詰める。
細い指があたしの身体に触れた。
「濡れてる」
音を聞かせるようにわざと指を激しく動かされ、あたしの羞恥心をも掻き乱す。
あたしがイースに勝手に触れることは許されないから、手を掴んで引き離すことはできない。
あたしの指は白くなるまできつくシーツを握り締める。
「キスで濡れたの?それとも私に奉仕してるときから?」
「いたっ」
「答えなさい」
クリトリスをつままれ、あたしは悲鳴をあげる。
「キス……したとき……」
「よくできました」
「っあ」
ぐっと指が一本入ってきた。
圧迫感を感じ身をよじるが、イースがすかさず腰を掴む。
「まだいけるでしょ?」
腰を掴んでいる手に更に力が入れられた。イースの人差し指が中指にそって押し入ってきた。
「ああっ、や……だ」
「きついわね」
中で二本の指がぐにゅぐにゅと動き回り、嫌なはずなのに、身体からは蜜が溢れ出る。
いつものように。
思考がとろとろと蕩け、だらしなく口が開く。
あたしの神経は一点に集められる。
「ふあ、あ、あああああぁぁ」
胸に口づけされ、強く吸われるとあたしは逆らうことなく身を委ね上りつめた。
ヒューヒューと浅い呼吸を何度も繰り返し、足りない酸素を補う。
薄く目を開けてイースを見ると、無表情に指を嘗め、あたしを見ている。
唾液とは違うものがイースとイースの指の間に糸をひいた。
彼女があたしに手を伸ばそうとしたとき、あたし達以外の声が部屋に響いた。
「イース、ちょっと来てくれ」
髪の長いあの男だろう。疲れた声だった。
「ちっ、今行く」
イースは手を合わせ、いつもの服に着替え、ベッドを降りてあたしを見る。
「部屋から出なければ休んでていいわ」
そう言い残して部屋を出て行った。
今はあたしが逃げ出さないことがわかっているから、鎖を巻き付けたりはしない。
一度だけ、玄関フロアまで逃げたことがある。
身体を陵辱されることに、快楽を与えられることに耐えられなくなって、隙をついて。
そしてあたしは絶望した。
開かない扉。
ここさえ開けば外に出られるのに。
手が赤くなっても扉を叩き続けるあたしにイースはただ一言
「諦めなさい」
そう告げた。
控えめなノックが聞こえ、扉が開く。イースにしては早いと思ったら、姿を見せたのはガテン系の男だった。
「入るぞ」
プリキュアの時、そしてこの館では数回だけ見たことがある、名はウエスター。
イースはあたしと他の二人が接触することをとても嫌った。
その内の一人が目の前にいる。
「その格好……」
あたしはシーツで前だけを隠すように、ベッドに座っている。
彼は小さく溜息をついて後ろ手に扉を閉めた。
「イースは?」
「まだサウラーのとこだ。俺がここにいることがわかったらあいつ怒るだろうな」
それがわかっていて、何故彼が此処にきたのかあたしにはわからない。
「あいつの寿命が決まった」
「寿命?」
「寿命というか、死ぬわけだ」
この男の話は要領を得ない。
ただ『死』という言葉だけがあたしの頭に刻まれる。
話を聞くうちにようやくあたしは理解する。
イースは明日死ぬ、と。
正確に言えば国家にメビウスに殺される。
「上手くいかないものだな。どんなに力があっても、それが結び付かない」
そんなに不器用な人だっただろうか。あたしの知るイースはいつだって生気に溢れていた。
「本人は知ってるの?」
「ああ」
口の中はカラカラだった。
そんな素振りすら彼女は見せなかったのに。
「助からないの」
「……無理だろうな」
「なんで、あたしに?」
「知る必要があるかと、思った」
「……………」
知る必要はあたしにあるのだろうか。
彼女が死ねばあたしは彼女から解放される?
「大丈夫か?」
あたしはいつの間にか俯いていた。
「へ……きだかっ」
言葉の途中で立ち上がる。
走ってトイレへ向かう為に。
べちゃっ
「ごほっ、がっ、けほっ」
気持ち悪い…………。
頭がぐちゃぐちゃと掻き乱されるような感覚。
のろのろと動いてあたしは顔を洗いに行く。
ようやく落ち着いて顔を拭いていると、ふわりと背中からシャツをかけられた。
「いい加減服を着ろ」
「触らないで」
シャツを握り締め、ウエスターの手を払う。しかし、払ったはずの手はかわされ、逆に手首を掴まれる。
「俺はイースの意志を無視した。お前に知らせる気はなかったようだったしな」
「何が言いたいの?」
手首にぴりぴりと痛みが走る。あたしが力を入れて振りほどこうとしてもびくともしない。
「さぁな。気まぐれだったのかもしれない」
きっとこの人は馬鹿だ。
脳みそまで筋肉でできているのかもしれない。
そう思うのに、
真っすぐな、揺らぎのない瞳を見ていると言いようのない不安にかられる。
彼の真意を探そうとしてしまう。
「何をしてるの?」
あたしとウエスターは声のした方に顔を向ける。
そこには不機嫌な顔を隠そうともせず、腕を組んだイースが立っていた。
「イー……ス」
ウエスターがあたしの腕から手を離す。
「私の部屋に勝手に入るなんて何を考えてるの。薄汚い奴隷とヤリたかったのかしら」
「悪かった。すぐ出ていく」
彼等はメビウスに仕えながら個を重んじる。
余計な干渉を好まない。
だからなおのこと、ウエスターの言動が理解できなかった。
もしここがイースの部屋でなかったら、彼にも言い分はあったかもしれない。
しかしここは、彼女の部屋で領域、波風を立てないように黙ってウエスターは出ていった。
「何をしていたの?」
「何も……」
「男とヤリたかった?」
「っああ」
胸を握り締められる。耐え切れずあたしが悲鳴をあげても、イースは暫く睨みつけていたが乱暴に手を離した。
「あっち」
彼女がゆび指したのは黒いソファーだった。
近くまできたとき身体ごと押し倒され、あたしは小さくうめき声をあげる。
身体に跨がられ、胸倉を掴まれる。
「その瞳はどこを見つめてるの?」
イースの声は抑圧的でも、震えているわけでもなく淡々としていた。
あたしの返事も待たずに自分のモノで彼女はあたしの口を塞ぐ。
あたしはそれを受け入れるだけ。
イースの唇はだんだんと下に降りていく。
首もとまできたとき、イースの動きが止まった。
「…に……んで……る…」
「え?……痛っ」
イースが何事か囁いた後、鈍い痛みが襲ってきた。
「んっ、いた……い、離して」
痛みは更に強くなる。
プチッと
肌の裂ける、音がした。
イースはようやく歯をたてるのを止める。彼女の顔が少し離れたときに指を首に這わせてみた。
ぬるっとした感触が伝わる。
彼女の唾液かそれとも
「血が……」
鮮やかな赤色が視界に入る。
痛いわけだ……。
イースはあたしにもたれ掛かるように体重をかけたまま動かない。
起き上がった彼女の口元には血が付着していた。彼女はソレを乱暴に拭う。
「それで、何をしていたの?」
「ただ……話をしただけ」
「どんな?」
「死んじゃうんでしょ?」
彼女にしては珍しく驚いた顔をしている。
そして、けたけたと笑い始めた。
「そうね。私は明日死ぬわ」
まだ笑い続けている。
「受け入れるの?」
ぴたりと彼女は笑うのを止めた。
「メビウス様が決めたことよ。私はそれに従うだけ」
「…………そう」
返事が送れてしまった。
イースの顔が、表情が、能面のようだったから。
「痛い?」
「ひりひりする」
イースが首もとに触れる。今も血が滲んでいるらしくその手であたしのシャツを触るから、白い服に赤い色が増えていく。
それが視界に入る度、嫌なことを思い出す。それがわかっているから、その手をあたしの顔にもなすりつける。
「怒ってるの?」
「不快で仕方がないわ」
「私が死んでも忘れることはないでしょうね」
とても、愉しそうに見えた。
「プリキュアさえいなければ、私の運命は変わっていたかしら」
「憎い?」
「殺したいくらい」
少しだけ安心した。
彼女も血の通った人間のようだ。
あたしが彼女を傷つけることはできないから、本物の血を見ることはできないけれど。
「あなたは私のモノでしょう?」
「ええ」
「一緒に死んでみる?」
「……いや」
イースは気分を害した風でもなく、不敵に笑っていた。
あたしと彼女の関係は変わっている。
イースとの言葉のやり取りには、正解があるのかわからない。
始めはあたしも敬語を使ったり、言葉を選んだり、気に入ってもらおうと必死だった。
でもそれは何の意味もなかった。逆に彼女を怒らせていることに気づいたから。
「ニセモノには興味がないの」
あの時のあたしは彼女にとって偽者で偽物だった。
従順な奴隷で、意思のある玩具を彼女は欲しがった。
ボーン
重低音が館に響く。
下の階にある六時間ごとに鳴る大時計。
今のは18時の鐘のようだ。
「二十四時間を切ったわ」
明日の今頃、彼女は既に死んでいるらしい。
ぐいと引っ張られ、あたしはソファーに普通に座らされる。
膝の上に向かい合って彼女が座った。
「どうしたい?」
「?」
「私が死んだら、プリキュアに戻りたい?」
言葉が出てこなかった。
先ほど彼女から解放されるとは考えた。
その先は真っ白だったけど。
プリキュアって何だっけ?
あたしがプリキュアだったことなんて今では霞んで見える。
戻りたい?
いや、戻れない。
あたしには戻る資格がない。
「あなたの瞳には何が写っているの?」
「イー…ス…」
あたしが写すものは―――
イースだけだった。
今のあたしにはイースしかいない。
彼女が死んでしまったら、
あたしは――――。
「………ないで」
「え?」
「死なないでよ」
「無理よ」
イースはおでこをくっつけくすくすと笑う。そして、触れるだけのキスをされた。それは恋人同士がするようなもので、あたしはさらに不安にかられる。
「私は失敗したのよ。必要なくなったの…………なんで泣くの?」
指摘されて初めて気づく。
ぽたぽたと涙がこぼれ落ちるのを。
ここにきて
たくさん泣いた。
悔しくて、辛くて、怖くて。
でもこれは違う。
他人の為に流した初めての涙だった。
そんなあたしを
イースは興味深そうにずっと見ていた。
監禁された人が加害者に好意的な気持ちを持つことがあるということが、少しだけわかった気がする。
極端な話、今のあたしにはイース以外に何も存在しないのだ。
依存できるのも、話相手も彼女だけ。
あたしは彼女に生かされている。
そして、
いつものように零時の鐘で牢屋に戻る。
イースが鍵をしようとした時、あたしは彼女に話しかけた。
「あたしはどうなるの?」
「死ぬ前に教えてあげるわ」
「なんで、冷静でいられるの?」
「……冷静だと思った?」
彼女は呟くように地下室を出ていった。
最終更新:2011年03月25日 20:12