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み-793

「ノーザのところ……?」

サウラーの話によるとノーザは薄々美希の存在に気づいていたらしい。怪しんでいた時に、二人と出くわし交換条件を持ち掛けてきたそうだ。

よりによってノーザなんて……。
ラビリンスで名を知らぬ者はいない。
女性にして最高幹部、メビウス様の側近。美しく、強い。ラビリンスの人々の憧れに近い存在。

だが、よくない噂もある。

「若い女を毎夜連れ込んでるって噂があったな。精神をやられたものもいたとも。危ない女に違いはない」

実際彼女に溺れた女の子達がいるとも聞く。

「ねぇ、君はどうしてそんなに必死で彼女を助けたいの?彼女のおかげで生きてるんだし、愛玩具としては最高に役に立った」

愛玩具………

確かにそうだったかもしれない。そう思うのに、サウラーの言葉にカチンとくる。

私は何故必死になっているのだろう。

ぐるぐると想いは変わる。

さっきはただ無我夢中で私の知らない所でことが進んでいることに納得いかなくて走った。

そして、話を聞いてノーザの手に渡ったことが許せなかった。

今は、さっきとはまた少し違う。
美希の真意がわからない。知りたい。
彼女は私を助けるこの計画に進んでのったという。

彼女をいたぶり続けた私を助ける為に、自ら自分を差し出したと。

死を恐れ、私に平伏した彼女が何故―――


「私が私であるために……よ」


自分がメビウス様の駒であることは知っている。それはウエスターもサウラーも変わらない。
それが私たちがここにいる理由だから。

メビウス様の為に存在する私。
しかし、私の存在を形あるものにしたのは美希だ。

私は私の存在意義を彼女を通して確かめていた。

「話が……したいの」

助けたい

よりも

話がしたい。



ウエスターは複雑な顔をしていた。

サウラーは感情のない瞳をしていた。

私はどんな表情をしていただろう。

サウラーは比較的素直にノーザの居場所を教えてくれた。そこはラビリンスではなかった。

ノーザか……

私は、覚悟を決めた。




「美味しいかしら」
「…………」
「結構高いのよコレ。年代物なの」

匂いでむせ返りそうだった。自分では大分飲んだつもりなのに赤黒い色はまだグラスに残っている。あたしは勢いにまかせて赤ワインを飲み干した。

「っ…………!」
「へぇ、可愛いわね」

ノーザはあたしを見てクスリと笑い、自分もグラスに口をつけた。
必死に平常心を装う。
イースにされてきたことを考えれば。たかがお酒に付き合わされているだけではないか。椅子に座り普通に飲んでいるだけ。
なのに怖い。
根本的な何かが彼女とイースでは違うような気がする。

「知ってる?イースは私の部下だったのよ」
「え?」

初耳だった。そもそもノーザの存在すら知らなかったのだから当たり前だけれども。
ノーザは新しいボトルを開けた。

「可愛いかったわよ。ずっと後ろをついてきてて。彼女が幹部になって……疎遠になってしまったけれど」

含みのある言い方だった。あたしのグラスに新しいワインがそそがれる。彼女はあたしがお酒を飲んだことがないのはわかっているのだろう。あたしを愉しそうに見つめる。

「イースは優秀だったわ」
「あなたの話は聞いたことがない」

ノーザの鋭い目がさらに細まり、空気がピリッと引き締まった気がした。

「そう。つくづく、むかつく娘ね」

彼女は立ち上がりあたしに近づいて来る。

「わたしの部下の中で彼女だけ、私に抱かれなかったの」
「だから?」
「何故?でしょう」

あたしの言葉が気に入らなかったらしく、ますます険しい顔になる。ノーザの指が頬を撫でた。

「私を拒絶したのよ?幹部にしてあげるって持ち掛けたのにっ」

ぐっと喉にそえられていただけの手が首を絞める。

「あっ……か、は……っ」
「ふふっ。私のもとを出ていって、さぞや辛酸をナメたと思っていたわ」



どさっと身体が床に落とされた。あたしは横になったまま必死に呼吸を繰り返す。

「イースははい上がってきたのよ。あの頃よりも成長してね。私が彼女を幹部として紹介されたとき何を感じたと思う?」


「悦びよ」

ノーザは唇の端をもちあげた。

「私と同じラインに立って私を睨みつけてきた彼女に愛しささえ込み上げてきたわ」

呼吸が整ってくると、ようやく思考も正常に働いてきた。

「より完成したモノを壊せるのだから」

ノーザは酔いしれたように話し続ける。

「そしてあなたの存在を知ったのよ」
「やきもちかしら?」
「ああ、それもあるかもね」

彼女は鼻で笑った。

「メビウス様に忠実な、忠実過ぎるほどの彼女がプリキュアである貴女を隠していたのだから。不思議だったわ」
「……あなたの目的は何?」

彼女の顔が近づいてくる。どちらのものかわからないアルコールの匂いが二人を纏う。

「壊したいの。ぐちゃぐちゃにね。そして私に服従させるのよ」

意地とか恨み、嫉妬、憎悪、そして愛情。多分いろいろなものが彼女を包んでいる。あたしは震えていた。

「その為には周りから崩していくべきでしょう?追い詰めて追い詰めて、ね」
「あたしには、その価値はないかもしれないわよ?」

今や声の震えも隠せない。それでも視線は外さない。

「その時はただ女として愉しむだけよ」

一つのカードに過ぎないのだから、とノーザは言った。

「美しいわ。私の悪い癖がでちゃいそう」

彼女の手が身体をはい、気持ちが悪い。

「何故イースはあなたを。よっぽどよかったのかしら。あなたたちの声、全部拾ってたのよ」

盗聴器。
この女ならやりかねないと思った。そして恥ずかしさで身体中が熱を持つ。

「顔が真っ赤よ……イースはこういうのがよかったのかしら。確かにそそるものはあるわね」
「ラビリンスの幹部はそんなに暇なの?」
「あら、震えながらも強気なのね。弱いくせに、その目は嫌いじゃないわ」

やはり一筋縄でいく相手ではない。余裕も力もある。今のあたしが倒すことは不可能にちかい。
あたしが逃げるすべはあるだろうか。

「イースは来ないわ」
「そうかもしれないわね」

同じような会話を繰り返すのは面倒臭いのだろう。軽くあしらってあたしの脚を触る。



イースが来るわけがない
天敵らしいノーザの所にいるのだから尚更。

別にあたしがいなくてもイースは困らない。

ずきっと、心がいたんだ。


「あたしの居場所はここじゃないわ」
「そう、じゃあイースの所かしら?プリキュアをよく躾たものね」

彼女が長い爪で太股をすっとなぞると、そこから血がつーっと線になって滲み流れた。

『ここ』じゃない

恐怖に怯えながらも必死に彼女が発する狂気を追い払う。
取り込まれてはいけない。自分を見失ってはいけない。

『親友』の笑顔を思い出す。小さい頃からずっと一緒だった彼女たちを。

あたしが裏切っていない二人を。

少しだけ心は軽くなった。

はずだったのに

あたしの脳裏には姿・形が全く同じなのに違う二人の存在がくっきりと浮かび上がった。
彼女たちは気づいていた。何をとまではわからずとも何かを感じとっていた。

それでもあたしと友達で、あの時も今も助けようとしてくれている。

そして、イースがあたしの中にいる。

あたしの居場所はここじゃない

それなのに

あたしの中にここが組み込まれていく。

それは

少しずつあたしの歯車を動かしていくのだった。



―――――――――



夢を見た

銀髪の少女の夢

せつなが敵だった頃の姿

なのに、それはあたしが知っている彼女じゃない気がした

暗い

どこまでも深い瞳

お前は誰だと問われる

少し考えて

蒼乃美希だとこたえる

彼女は眉を寄せた

訝しがるように

あたしはその反応が不思議だった

キュアベリーと言わないと彼女には伝わらなかったのだろうか


沈黙が二人を包む


手を伸ばそうとすると、スッと暗闇にとけるように消えてしまった




「美希たんはカフェオレでよかったよね?」
「ありがとう。ラブ」


学校終わりにカオルちゃんのドーナツカフェにいつもの四人で集まった。シフォンとタルトも来て、皆でドーナツを食べる。
楽しくて、あたしにとっては大切な大切な時間だ。

「どうしたの美希ちゃん?何だが元気ないね」
「そう?いつも通りよ。ただ、なんか、幸せだなって」
「美希たん?ドーナツ食べるのが?」

ラブとブッキーはきょとんとして、せつなはじっとあたしを見ている。

「ラブがいて、ブッキーがいて、せつながいて、皆でいれることが幸せだなぁって」
「それは幸せなことなの?」
「もちろん。あたしはせつなが仲間になってすっごく嬉しいのよ」

せつなはふっと柔らかく笑ったようだった。
まだまだぎこちないものだったけど、きっと完璧になるだろう。


「ちょいちょい、ベリーはーん。わいとシフォンもいるがな」
「もちろんシフォンもね」
「わいは!?」

飛びかからんばかりの勢いのタルトをひょいと抱き上げぎゅーと抱きしめる。

「かなわんなぁ」
「タルト赤くなってるよ」
「ピーチはん!?わいには心に決めた子がおるんや」

ドーナツカフェにはずっと笑い声が響いていた。



「なぁ、シフォン」
「キュア?」

夜、タルトはシフォンと二人桃園家のベランダにいた。
その表情は昼間とは違い陰がある。

「ベリーはんは幸せなんやろか」
「みきぃ、しあわせ」
「そうやなぁ。『彼女』はそうみたいや」

タルトは苦笑する。

彼女は何も知らない。

気づいていない。

良いのか悪いのか、彼女は蒼乃美希として支障のない生活を送っている。

ラブと祈里も何も知らない。

『あたしが帰れば笑い話ですむでしょ?心配かけたくないのよ。よくわからないことに二人まで巻き込むことになったら大変でしょ』


美希は笑顔でそう言った。あたしは大丈夫、『ラブ』も『ブッキー』も『皆』もいるしと。
その時美希の横で胸を張った『タルト』を見たら、何かわからない居心地の悪さを感じた。
後で考えてみると、美希を中心としての話であってあちらのタルトが知る『美希』のことは蚊帳の外だったのに彼は『美希』を気にしていなかったから。


そしてタルトは美希の意見を尊重した。

半月が過ぎタルトは不安になった。まだ時期ではないことはわかっている。
胸がざわついて落ち着かない。

時は流れる。

そしてせつなが仲間になった。
こちらとあちらでは同じ時間が流れているのだろうか。
あちらでもせつなが仲間になったのだろうか。


せつなはこのことを知っている。アカルンを使えるかどうか試してみたから。結果それは無理だったけれど。

そしてせつなを少なからず困惑させてしまった。
彼女が仲間になり心を通わせたのは『あちらの美希』だったから。友達と呼べる関係になったのもあちらの美希とだったから。


今美希はどうしているのだろう。

「交わる時がもうすぐくるんや。あのときはほんのちょっと話すだけしかできんかったけど、ベリーはんはもちろん帰ってくる。そしたら……」


そしたら―――。



み-801
最終更新:2011年04月03日 21:48