アットウィキロゴ

み-801

美希がイースに連れ去られてどれくらいがたっただろう。
四つ葉町は人が一人消えても何も変わらない。

ブッキーと二人でプリキュアのことはふせ、美希がいなくなったということをレミおばさんに伝えに言った時、おばさんは

「そうなの?警察に届けないとね」

他人事のような口調で、玄関には男物の靴が置いてあった。
美希は行方不明者扱いとなり、書類にのった。ただそれだけだった。

何度もイースたちの居場所を突き止めようとしたが、駄目だった。

「ラブちゃん。美希ちゃんに会いたい」

クッションを抱きしめて、美希のベッドに横になっていたブッキーがそんなことを呟いた。私は立ち上がりブッキーの隣に腰をおろす。
美希がいなくなってから本人不在の部屋にいることが増えた。おばさんはいつでも快くあげてくれる。美希がいなくても変わらずに。

「あたしも」

美希に会いたい。

「ねぇ、美希ちゃん何か変わったよね?なんていうか、雰囲気?」
「うん」

ある日を境に美希が変わった。それはあたしもブッキーも感じていたことだった。

「でも私は変わった美希ちゃんの方が好きかも」

ブッキーは起き上がり私の肩に頭をのせる。私はそっとブッキーの腰に手をあてた。

美希は変わった。

何がと言われても言葉にするのは難しい。

ブッキーの言う通り雰囲気がという漠然とした答えしか浮かばない。

「美希の部屋って落ち着く」

淡いブルーだったり比較的落ち着いた色で揃えられた部屋。美希らしく化粧台には香水などが綺麗に並んでいる。

ふと、視線が本棚の見慣れない一冊に吸い寄せられた。




昨日美希から放課後遊ぼうとメールがあった。
ドーナツカフェに三人で集まるのは久しぶりで少し身構えてしまう。

「ラブー、こっち」

あたしはきっと面食らった顔をしてしまっただろう。
戸惑いながらも席に座る。ブッキーも居心地悪そうにきょろきょろしている。

「今日はあたしのおごり!って何でそんな顔してるのよ。ブッキーも」
「えと、ここに来るの久しぶりだったから……」
「久しぶり?」
「最近は来てなかったでしょ」



美希は一瞬何かを考えるような顔をしてすぐさま笑顔になった。その一瞬がひっかかり今度はあたしが怪訝な顔になる。

「そうだったわね。とりあえず食べよ。お腹空いたわ」

美希は始終にこにこしていた。よほど嬉しいことがあったのかと思い聞いてみたが別に何もないという。

「今日はどうしたの?」
「え?ただ会いたいなぁって思っただけよ」

駄目だった?と美希は不思議そうに聞いてくる。

「駄目じゃないけど、美希たんなんかいつもと違う」
「いつも?」
「悪いモノでも食べたのかもね」

ブッキーはそう言って帰る支度を始めた。美希は急に不安そうな顔でおろおろしている。

「ブッキー?」
「私、帰るね。明日から定期試験だから」
「待って!」

美希がブッキーの腕を掴む。ブッキーは面倒臭そうに振り返った。

「もう少し一緒にいて」
「ごめんね。また今度」

美希は泣きそうな声で、あたしはその顔をずっと見ていた。美希が小さな子供のように、迷子のように見えたから。

「もう、ブッキーってばつれないんだから」
「モデルさんがそんなに食べちゃダメじゃない?」
「そうだけど」

美希はいつも以上のペースでドーナツを頬張る。綺麗な顔をしているのだから口の周りにドーナツつけるのは止めてほしい。

「美希たんが悪いよ」
「あたしが!?」
「うん、あたしも帰るね」
「ラブ!?あたしたち親友よね?」
「はぁ?そうでしょ。意味わかんないよ今日の美希。じゃあね」

あたしは美希を残してそこを去った。

マフラーをつけなおす。

寒いはずなのに、何故か少しだけ温かかった。


次に会った時の美希はいつも通りだった。隣には珍しくタルトがいて。

いや違う。

いつも通りを振る舞っているようだった。


つんつんしていて高慢な態度で。話す内容も回数も今までのように。

それでもやはり何かが違う。
それはふとした時に感じた。

友達と喧嘩したり、テストで悪い点数だったり。
そんな時美希はそっと寄り添ってくれた。言葉にしなくても、言葉ではあたしを突き放しても優しく包んでくれるようだった。

そしてたまに凄く寂しそうに見えた。



「美希たんドーナツカフェ行かない?」

休日何の予定もなく暇で、携帯をいじっていてなんとなく美希に電話したら、あたしの口からそんな言葉が出た。
美希は珍しく嬉しそうな声で返事をしてくれた。

ただドーナツを食べてジュースを飲むだけなのに、楽しいと思った。

「ラブ」
「何?」
「あたしが変わったらどうする?」

気になる質問だった。
適当に答えようかと思ったが美希がとても真剣であたしはゴクリと唾をのむ。

「嫌……」
「……そうよね」

だけど―――

美希が目をふせあたしが言葉を続けようとした時だった。
突然町中から悲鳴が聞こえてくる。

「ラビリンスね!」

美希はキッと表情を変え走り出した。あたしも遅れて彼女の後を追いかける。



『だけど、

変わることで新しい関係が築けるかもしれない。
新しいことには不安がつきものだけれどそれも楽しいかもしれない』


続く言葉は結局言えず、

そして美希はいなくなった。




「場所はわかったわ」
「イース!」

すぐにでも飛び出して行こうとしていた私を止めたのはウエスターだった。

「身体がまだ癒えてないだろ。一晩休め」
「でもっ……ちょっと!」

視界が反転する。ウエスターにお腹を肩で抱えられるようにされ身動きが取れない。

「君はまだ子供だよ。そんな身体でノーザに勝てるとでも思ってるの?」

サウラーが抱えられている私と視線を合わせる。

「あなたたちには関係ないでしょ!ほっといて!」

足をばたつかせるとウエスターは一層強い力で抱きしめる。

「わかってないね」

サウラーにぐいっと顎をつかまれ顔をあげさせられた。私が睨みつけても彼は涼しい顔をしている。

「君なんて僕らからしたらまだまだなんだよ。唇奪ってあげようか?」
「寄るなっ」
「おい、サウラー」



「でも君は女が好きなんだっけ?」
「離せっ」

サウラーの手が頬に移動する。女性のような顔をしているのに手の大きさはやはり男性で。

「また寝ててもらうね」
「っ!?」

ぐっと指を口の中に突っ込まれる。何かを喉に押し込まれた。

「おやすみ」

薄れる意識で一日に二度同じ言葉を聞くなんて。


「助かったよ、サウラー。こんな身体じゃイースはノーザに何をされるか……」
「どういたしまして」

サウラーはウエスターとイースを部屋に見送り自室に戻った。


「僕は中立の立場だからねぇ。ノーザさんは、一晩は彼女と愉しみたいみたいだし」

サウラーの机の上には白い紙がのっていた。



夜が明けた。


朝日が顔を出しきった頃、私は私達の洋館と同じくらいの建物の前で立ち止まる。
こうして建物を認識できるということは彼女は私を待っているということだろう。

今朝サウラーは見あたらなかった。そのかわりノーザの手紙を見つけた。彼はわざと私にわかるように置いていたのだろう。

《今夜はイースを来させないで》


美希はノーザといる。

自分が同性を好きだとは意識したこともない。むしろノーザのせいでそういうことに苦手意識を持ったくらいだ。

だったら美希は?



門が自動で開き私は中に入る。
広い庭は手入れがされているが、植えられている植物が庭の雰囲気を重苦しいものにしている。
黒い薔薇に濃い色の木々。
そういえば彼女の専門は植物だった。
あの頃はよく私も彼女の日課である水やりなんかに付き合わされていたものだ。

建物の扉の前に立つ。ドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。足を踏み入れた瞬間壁にかけてある蝋燭の日が灯る。


「やっぱり来た」


暗闇から一人の女性が姿を現した。

私が一番苦手とする相手。

「美希は?」
「そう焦らなくてもいいでしょう。ご飯は?一緒に食べない?」
「いらないわ」
「私はまだなの。付き合いなさい」

有無を言わさず広い部屋に通される。
パンとスープ、温野菜、スクランブルエッグ。洋風の朝食が二人分並べられている。
私は促された席に着いた。



こちらの世界に来て食文化の違いには驚かされた。
栄養をとるだけのラビリンスの味気ない食事とは違い、ここでは栄養・見た目・味様々なことが工夫されている。

「ほら、美味しいわよ。毒なんていれないわ」
「…………」

私は溜息をつきパンに手を伸ばした。既に彼女のペースに飲み込まれてしまっている気がする。

熱くなってはいけない。

冷静でいなければいけない。


ノーザは上品に食べている。
こうして二人で食事をするのもいつぶりだろう。不意に少しだけ懐かしさを感じた。


食事が終わり、紅茶が用意される。そして、ようやく彼女が話を切り出した。

「何しに来たのかしら?」

私は脚を組み彼女を睨みつける。

「美希を取り戻しに来たわ」

彼女は表情を変えずに私を見る。

「何故?」
「私のモノだからよ」
「ふふ、子供のような理屈ね。彼女はあなたの命を助ける代わりに私が貰ったのよ。それとも死ぬかわりに彼女を自由にしたい?」

「私は死ねないわ」

ウエスターとサウラーに生かされ、美希に生かされたこの命。同じことを繰り返すなど許されない。そして彼女が言うであろうもう一つのことも推測がつく。

「そう。私のモノにならない?そしたら美希のこと考えてあげるわよ」
「断るわ」

ピシィとティーカップにひびが入り、場の空気が引き締まった。

「交渉決裂ねぇ」

「美希に手は出してないでしょうね」
「さぁ、どうかしら」

ノーザはにやっと意地悪く笑う。

「なんで彼女にこだわるの?」
「関係ないでしょ」
「気になるわねぇ。彼女に会わせてあげましょうか?」

自分の所有物のように扱うノーザにカチンときた。しかし、考えて見れば自分も美希をそういう風に扱っている。ノーザと大差はないのだ。

それでも、

ノーザとは違うと思われていたい。


「私は会いに来たんじゃなく――!」

はっと息が止まり言葉が出ない。ノーザは先ほどから変わらず笑顔を浮かべているが、その雰囲気はまがまがしい。視線を外された瞬間どっと汗が出た。

「会わせてあげるわ」


一つの部屋に通された。
薄くライトがついていてかろうじて部屋は見渡せ、ノーザがベッドの方を目配せする。



彼女に注意しつつそちらを見ると、真ん中が盛り上がり人が寝ていることがわかる。

「美希!」

ベッドを覗くとすやすやと美希が寝息をたて、心なしか顔色も大分いいように見えた。

「ぐっすりよ。よほど疲れてたのね」
「何をしたの?」
「何もしていないわ」

ノーザは嘘を言っていないように思え、私は眉を寄せる。

「何が目的なの?」
「同じことを聞くのね。美希を使ってあなたを服従させたかったのよ」

ますます不可解だった。彼女だったら交渉の道具に使うとしても、美希に手を出していそうなのに。

「ほんと腹がたつわ。この娘は私を受け入れておきながら……見ていなかった」

ノーザは悔しそうに言った。
私は彼女のこんな顔を初めて見たかもしれない。

そして親近感を覚えた。

私もよく感じていたから。
美希はいつも遠くを見ていた。私を見ていてもその視線は揺るぎなく、ここにはなく、だからムキになって彼女に私の証をつけようともした。
結局それはわたしの欲は満たしてもあまり意味はなかったけれど。

それでもあの時だけは彼女の中に私を見つけた。彼女は私を必要としてくれていたから。


「もういいでしょ。美希を返して」
「興味がわいたのよ。あなたとは違う形で私を馬鹿にした。あなたが私のモノにならないのなら彼女が欲しくなったの」

ようやくノーザらしい顔に戻り、私はベッドを背に彼女と向かい合う。

「私は昔とは違うわよ。全力で奪い返すわ」
「やれるものならね」

ノーザが不敵に笑いベッドに視線を移す。

「だそうよ。どっちを応援する?」


私が振り向くと、蒼い瞳が私をとらえ驚いた顔をしている。

「イース……なんで……?」
「今はそんなこっ、ぐっ!?」

「ノーザ!!」

気づけば身体中ノーザが操る蔓が巻き付いている。もがこうとするほどそれはきつく締め付けてきた。

「殺しはしないわよ。仲間ですものねぇ」
「あっ、くっ…ああ……」
「イース!止めてノーザ!」


ぱあんと蔓が飛び散り私はようやく解放される。

「衝撃波?一時しのぎね」
「はぁはぁ、時間を稼げれば十分よ。あなたの結界はオートでしょ。自分で開発したものよね」
「逃げれないわよ」

ノーザがもう一度蔓を仕向けようとする。
私は二段飛びをして距離をとる。



「蔓があなたの意思で動くのはせいぜい五メートル。接近戦以外は向いてないのよ」
「そうねぇ。でも接近戦に持ち込めば私の勝ちね。あなたたちには逃げ場が――」
「あるのよ。逃げ道が」

ノーザが眉を寄せ私を凝視する。私は一つのチップを取り出す。

「あなたのもとで働いていた時作ったの。システムを止めることはできなくても壊すことはできると思うわ」
「あらあら。とんだ部下ね。上司に内緒でそんなものを作るなんて」
「変態上司だからお互い様でしょ」


「地下よ!」
「!」

美希にソレを投げると彼女ははっと私を見て走り出した。


「さぁ、始めましょうか!」



システムが駄目になった証拠に、館の中の電気照明は消え蝋燭の明かりだけになった。
寄り道をしたがあたしは急いでイースの元へ向かう。

彼女は何故来たのだろう。

先ほどから何度も繰り返し考えるがあたしが考えられるのはそこまでで後はイースしかわからない。

「はあ、はあ、はあ」
暗い中を走ると平衡感覚がおかしくなったような気になる。イース達がいるはずの部屋に近づいているはずなのに不気味なほど音がない。

キィ

そっと中の様子を伺うはずだったが、あたしはバッと扉を開けた。

「イース!!!」

ぽたっ


ぽたっ


微かに聞こえるのは滴の音で、あたしは足が竦みそうになった。一本の蔓に身体を串刺しにされ持ち上げられたイースの身体。

それに加え擦り傷、切り傷、打撲があり痛々しく、あたしの目には涙が浮かぶ。

「っ………」
「イース!」

駆け寄ろうとするあたしをノーザが遮る。

「システムは壊せたわねぇ。一人で逃げる?」

シュッ

あたしはきっと彼女を睨みつけ、彼女には暗闇で見えなかったであろうソレを投げつけた。



ぱあんと割れたそれは真っ赤に燃え上がる。


「きゃあああああああ」

あたしはイースの身体を抱え部屋を後にする。後ろから聞こえる断末魔に足がもつれそうになりながらも必死で出口へ向かう。

扉を開けると外にはウエスターがいて、イースを見たとたん顔が真っ青になった。



「イース!」
「生きてるわ!早く手当てしなきゃ!」
「こっちだ」

ウエスターは赤々と燃え上がる部屋を見て、あたしとイースを軽々と抱えるとその場を離れた。
強烈な血の匂いにあたしとウエスターは顔をしかめる。

「あれは、何をした……?」
「即席火炎瓶よ。引きこもりの読書生活も無駄じゃなかったわ」

【サバイバルの極意】何とは無しに読んでいた本がこんな形で役に立つとは思わなかった。彼女と屋敷が植物だらけだったのも幸いした。

「死んだのか?」
「生きてるでしょうね。念のため地下もアルコールまいて燃やしたから緊急時の安全装置は働かないわ」


「怖いのか?」

あたしにウエスターがそっと呟いた。
怖いに決まっている。常人なら死ぬレベルのことをやってきた。

「平気よ」

ウエスターはあたしをちらっと見てまた前を向いた。


「こんなことになってイースの寿命は大丈夫なの?」
「そこら辺はサウラーが交渉の時に上手くやってる。しかもメビウス様にはノーザがイースの死を取り消すよう持ち掛けたのだから、メビウス様がまた寿命を終わらせようとしない限りノーザの意思ではどうにもならない。彼女自身メビウス様に隠し事をしたしな」

「よかった……」

「後はこの傷が命取りにならないようにするだけだ」


あたしは震えを止めるようにウエスターにぎゅっと抱き着いた。



新-045
最終更新:2011年06月05日 21:10