「世界の為に、個を犠牲にする。この在り様はきっと“世界の敵の敵”、でしょうね」






――――忘れられた個人《誰か》のためのキリエ。











 生まれてきた意味を、問うたことがあった。
特定の誰かを生きる理由にしてはいけないのか、悩んだことがあった。
そして、そんな懊悩でさえ考えなかった時もあった。
全部、全部。過ぎ去ったことだ。そして、今後死ぬまで考えがよぎることでもあるだろう。
シロウ・コトミネは聡明だ。聖杯戦争が齎す意味と理由――この瞬間自体が運命であることを知っている。

 ――空は青い。

 どんな場所でも、例え偽りであっても。閉じられた箱庭であっても。
生前に見上げたモノ、島原の空と変わらない形であった。
黄金の奇跡はあの地獄を、かつて失った世界を再び提示する。
喪ったもの――平和と民。
永遠に取り戻せない空白、蘇らない、自ら捨てることを決めた運命でもある。



「この戦争にやる気がない貴女には申し訳ないですが、私は聖杯を欲している。申し訳ありませんが、ね」
「欠片も思っていない言葉をいけしゃあしゃあと。
黄金の奇跡は過去の破滅を覆せますもの。聖杯の導きがある以上、願いは必ず叶えられる」
「ええ、そうです。取り戻したいもの、無くさずに済んだもの。
 悔やみ切れない後悔はたくさんある。けれど、私にはその余分は必要ない」
「奇跡は必要であるのに?」
「ええ。その辺りは色々とあったということで。まあ、前提の時点で奇跡はもう十分に貰っているのですが。私は欲張りでしてね。
もっと強欲に手に入れていこうと思いまして」
「この身はサーヴァント。主の意思を叶える刃であり、盾でもある。
例え、偽りであったとしても、張り付いた役割は消えないし、揺らがない」

 シロウの笑みに、やる気なさげに言葉を返す銀髪の女性は表情一つ変えず。

「まあ此処までの前フリは一旦置いといて。正直、戦争――やる気がないんですよねぇ」
「――――はぁ?」

 正直、今の状況は予定外だった。シロウも流石にため息を禁じ得ない。
これから聖杯戦争に挑もうという時に別の聖杯戦争に参加することになった。
言葉にしてしまえば、簡単ではあるが、損失は尋常ではない。

「だって、進捗リセットですよ? 数十年単位のアドバンテージが全部台無しになったのは、本当に痛すぎるといいますか。
 資金と拠点、人員をまた最初から構築しろとと言われて、落ち込まない訳ないでしょう?
 荒事が苦手であるからこそ、こちらは入念に用意をしてきたというのに」
「つまり、それら全部ぶち壊されて、やる気がないってことですか」
「ええ、まあ。今回もまーたちゃぶ台返しでもされて、リセットの可能性もあるので。
様子見でいきますよ、今回の戦争は。
あ、聖杯はもちろん欲しいですし、最後まで生き残るのは私ですが」

 突然前触れもなく、呼び寄せられたせいで、シロウが数十年単位で準備をかけていたものは水の泡だ。
加えて、用意していた手駒及びサーヴァントも全部自分の手から離れてしまった。
つまるところ、今のシロウは裸一貫で聖杯戦争を勝ち抜かなければならないということになる。
それはとても困る。いつものアルカイックスマイルも今回ばかりは無理である。
苦渋と面倒臭さがハイブリッドで混ざった心底辛い表情だ。



「呼ばれてしまった以上、生存の為にも頑張るしかないとはいえ、十全は到底無理。
勝算を上げようにも、この聖杯戦争は未知が多い。
 同盟を組めるかどうかもわからないので、迂闊に動けもしませんし。
 重ね重ね言いますけど、やる気がないのと諦めたはイコールではありませんからね?」

 これからの予定は全部白紙になってしまったが、目的に陰りはない。
聖杯を取る。この世界の聖杯が果たして自身の願いを叶えるに足るかわからないが、戦うこと是非もなし。
元の世界に無事戻れるのか、異端なる聖杯戦争の更に異端となると、不測の事態もあるだろうが、そこはこれから考えよう。

「なので、まあ。ひとまず、雑談でお茶を濁しましょう。
召喚されてからずっと。貴女の機嫌がよろしくないというのは承知ですけど、いつまでもだんまりされては困ります」
「……よく言えましたね。やる気がない昼行灯をいつまで気取るおつもりでしょう。
ああ、心底――反吐が出ます。貴方の言葉総てが、いやみにしか聞こえません。
 何を弱気な言葉を並べ立てて理由付けをしているのですか。
 まっさらな地平であろうと、貴方の手腕があれば先程仰ったリセット分なんて簡単に取り戻すことなんてできるはず」
「いやあ、それは私も厳しいと言いますか」
「知っていますか? そういうのを“傲慢”と言うんですよ。“英雄”サマ」
「おっと喧嘩売られてますねぇ。ここは一つ、マスターらしく怒った方がいいのでしょうか」

 心底下らなそうに、シロウに相対したサーヴァントは掌をひらひらと振って、この話は終わりと言わんばかりに、そっぽを向く。
蔑み。嘲り。この世総ての嫌悪が詰まっているかのようだ。
事実、召喚した直後からこのサーヴァントの機嫌は最低最悪だった。

「言葉と態度は謙虚にいながらも、その裏では願いと運命を掌で転がそうとしている。
 これを傲慢と呼ばず、何と言うのですか、ええ?」
「傲慢の強さならば、貴女も負けてはいないでしょう。“ジャンヌ・ダルク”」
「貴方には負けますよ、“天草四郎時貞”。復讐を呼び寄せたのは同じ復讐――綺麗事で取り繕うのはやめたらどうです?」

 銀髪に、黒の鎧。
捻じれ、歪み、背徳と憎悪に塗れた救国の聖女――ジャンヌ・ダルク。
否、本来の慈愛が消え去り、怨敵への黒き思いだけがこびりついた偽物の聖女。
黄金の輝きが澱み、消え去った復讐者としての彼女が此処に顕現する。



「……あえて、その煽りを買いましょうか。
お前の好きな味、俺は嫌いなんだよ、復讐者。
“俺”が捨てた想いはもうどうだっていい。決して、響かないし、認めない。
俺の中で、復讐と救済はもう天秤にかけられることすらないんだよ。
個人の想いを優先するモラトリアムはとっくに過ぎ去っている」
「…………本当に、イカれた殉教者ね。本物の私と戦えてしまうくらいに。
あーあ、今すぐにでも燃やしてやりたい。もっとドス黒い欲望で動く奴なら、躊躇なく悪役を演じられるのに」
「ははは、どうぞご自由に。ですが、できもしないことを口に出しても、醜いだけです」

 マスターとサーヴァントは一心同体。
どちらかが欠けても、戦争に勝ち残れる確率が格段に狭まってしまう。

「過去も未来も、総てが偽物である貴女は、戦争を履行することでしか存在意義が定義されない。
本物の正義の御旗を振るう姿を真似てみてはどうでしょう」
「……苛立たしい!」
「その敵意はまだ見ぬ好敵手の為に取っておいてください。
 現状、私達にとって大事なのは聖杯を手にするという目的と結果。仲間割れをして自滅は些かよろしくない」

 彼らは己が思いを何も打ち明けていないし、願いすら灰が被ったステルス状態。
絆も願いも通じ合うどころか繋がっていない主従だけど。

「仮初ではありますが、仲良くやりましょう。他の主従に負けないくらい」
「煽った口先から数秒足らずで、あからさまな営業トーク。気持ち悪さしかありませんね」












造られた憎悪。あり得ざる姿。
今の自身は、本来とはかけ離れたモノであることも理解している。
だから、空っぽであり、存在を証明するには、戦うしかない。
奇跡と勝利によって、虚像を実像にしなければならない。
黄金へとなれない、イミテーションの叫びは届かない、と。



もしも、呼ばれた主がたった一人の為に戦う誰かであったならば。
命を懸けて、彼を戦いに勝たせる為に足掻きましょう、と意気込んだのかもしれない。
いや、どうだろうか。嘗ての自身を顧みるとあまり強い言葉は使えない。
自身を召喚した主は、個を捨てて、多を取った破綻者だ。
動機は総て世界の為。戦争というあらゆる害意の収束点を呑み込めた、化物。

 ……ままならないわね。

結局は、抗って戦うしかないのだ。
破滅しかない、誰も報われない結末が定められていたとしても、きっと。

 ――うたかたの夢はどうあっても、うたかた。春には至らない。






【クラス】
アヴェンジャー

【真名】
ジャンヌ・ダルク[オルタ]@Fate/Grand Order

【ステータス】
筋力A 耐久C 敏捷A 魔力A+ 幸運E 宝具A+

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
復讐者:B
調停を破る者である。
莫大な怨念と憤怒の炎を燃やす者だけが得られる、アヴェンジャーというクラスの象徴。

忘却補正:A
忘れ去られた怨念。
このスキルを持つ者の攻撃は致命の事態を起こしやすく、容易に相手へ悲劇的な末路を齎す。

自己回復(魔力):A+
読んで字の如く、自身の魔力を自動的に回復する。
戦闘中でも休息中でも関係なく一定量の回復を続けるため、基本的にガス欠になりにくい。

【保有スキル】
自己改造:EX
自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。
このランクが上がればあがる程、正純の英雄から遠ざかっていく。

竜の魔女:EX
とある男の願いが産み出した彼女は、生まれついて竜を従える力を持つ。
聖女マルタ、あるいは聖人ゲオルギウスなど竜種を退散させたという逸話を持つ聖人からの反転現象と思われる。
竜を従わせる特殊なカリスマと、パーティの攻撃力を向上させる力を持つ。

うたかたの夢:A
彼女は、ある男の妄念が生み出した泡沫の夢に過ぎない。
たとえ、彼女がそう知らなくとも。

【宝具】

『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具
竜の魔女として降臨したジャンヌが持つ呪いの旗。
復讐者の名の下に、自身と周囲の怨念を魔力変換して焚きつけ、相手の不正や汚濁、独善を骨の髄まで燃やし尽くす。

【weapon】

【人物背景】
フランスに復讐する竜の魔女。
我が物顔で正義を語り、そしてそれを疑わない人々への怒りに駆り立てられる聖女。
ジル・ド・レェがそうであってほしいと願った彼女の姿。
新宿とかイドとか期間限定イベントも通っていない、上記のまま。
なんだかんだで、真面目。

【サーヴァントとしての願い】
邪竜が吠えたあの戦争で敗けて、何が残っているというの?
仮初ではあるが、蘇った事実が重い。

【マスターへの態度】
気持ち悪いわ、こいつ。



【マスター】
 シロウ・コトミネ@Fate/Apocrypha

【マスターとしての願い】
人類救済。

【能力・技能】
奇跡と称された魔術。

【人物背景】
誰よりも奇跡を信じて、願った少年。
個人のエゴを捨てたエゴイスト。

【方針】
聖杯戦争の進捗リセットでまた最初からやり直しとか。正直痛すぎません?
また同じことをされる可能性も考慮して、一旦、様子見でお願いします。
ああ、でも――――奇跡を譲る気持ちは、欠片もありませんが。

【サーヴァントへの態度】
はっはっはっ、仲良くしましょう。

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最終更新:2024年05月04日 09:25