まんまるぴんくですよ! ユメ先輩!

先輩にとっての私は、今の私にとってのこの子だったのかもしれない。
図々しくって可愛くって、頼りになるけれど頼りたくはない。

可愛くて強いマスコット、大切にしまっておきたい宝物。

私はあなたを支えたかった。馬鹿みたいに善良なあなたが、困ったり騙された時にはいつでも飛んで行ってあげたのに。……最後以外は。

消えてゆくあの人の痕跡を必死になってかき集めた。装備も弾薬も、あなたがどこからか拾ってきた遥か昔の行事の備品も。アビドス復興に備えた雑談会議の議事録ファイル。回収寸前に業者に嫌な顔されながら漁ったメモもノートも。撮りたくないって子供みたいな駄々を捏ねちゃった、数えるほどの記念写真も。

私の中の先輩の痕跡が時間が経つにつれて薄れていく。死人は声を発しない。いくら忘れたくなくても、絶対消えないって思い込んでも、ホシノちゃんって呼ぶ声をいつの日か頭の中で再生することが出来なくなった。流してみた声がイメージと一致しなくなったあのとき。狂乱しながらあの人の声を探した。

耳を通る機械音声を疑って、あの人の雰囲気が何処か遠くなっていることに気がつく。声だけじゃなくて、あの人の匂い、過ごした記憶──尊い青春の記憶は、思い出す瞬間に私の解釈で薄めた類似品になった。

単なるアーカイブに堕ちていく。私にとっての意味しか持たない思い出と、ただ起こった事象が纏められた記録に。

それは、目新しい反応を返してくれることも、自発的に動き出すこともない。ただ生きるものが都合のいいものを見出すだけだ。つらくなった時に、思い返してみて勝手に勇気づけられたりするだけ。

記憶に、貴方にしてあげられることはない。死人に対して取れる行動はすべてが自己満足だから。

(この世界に対しても……だね)

人間のように振舞う設定されたNPCたち。小鳥遊ホシノは遅刻癖や居眠り常習の気がある少女。中年のように振る舞う変わり者ではある。しかし、元来の生真面目さから皆に頼られ可愛がられていた。少なくとも不快ではない存在。ヘイローのない、冥界のホシノはクラスから受容されていた。

アビドスのホシノではない冥界ロールのホシノの居場所。生きてもいない生きたこともないはずの存在。ある意味の無垢さを持った彼女たちは、社会的認識の中で理想とされる学友を、あたかも現実に再現していた。この前のガス事故とされる爆発で5体ほど消えたが。

(ここは現実じゃない……冥界って現実かな)

キヴォトスの昔の私は、むやみやたらに尖って人を寄せ付けようとしない痛い奴だったけどね。おじさんもそうだとか言わないでよ。

(まあ、気にすることもないかな)

学校が無期限の閉鎖状態に陥り、事故の犠牲者たちの葬儀が営まれた。ヘイローが突然生えてきた彼女は出席することができなかった。授業中の生徒の頭上に突然わっかが出現したのは、恰好の噂の的であったが、
真に凄惨な出来事はそんな些末な話なんか吹き飛ばしてしまった。

(ほかの参加者に特定されたかもしれないから、家には帰れなくなったっけど)

ああ、そうだ。数日後に迫っていた天体観測イベント。学友たちに誘われた行事も潰れた。ホシノと星を見てホシーノ(おじさんおじさん言ってるからか?)が──悪乗りネームのそれが潰れたっけ。

そういえば、ユメ先輩とも二人っきりで天体観測をやったな。学校振興の下調べとかで、あんまり砂が飛んでいない日に、星を見た気がする。朝からバタバタ動いていたせいか、ユメ先輩、さっさと寝落ちしちゃったっけ。先輩から誘ったくせに。

冥界から覗く夜の空は、眺望に沿って再現された東京の空は──見せかけの明るさのせいで、星が霞んでしまっている。これでも昔に比べたら随分透き通ったとかNPCに聞いたけど。アビドスの、キヴォトスの空に比べると随分薄ぼんやりしている。

教えてくれた彼女は、チュロス咥えながら帰って随分華の高校生生活を楽しんでいたようだ。カタカタヘルメット団の一味が学校生活をエンジョイ。青々しいねぇ。元の世界ではあなたは色物与太者集団の一味でまともに学校にも通えなかったんだよとと知ったら、授業中突然ヘイローを出した──突然アビドスのホシノになった私の手を引いたNPCはどんな顔をするだろう? 天使みたいって言ってくれてありがとう。 知る機会は永遠になくなったけれど。

この世界は銃が希少で、通行人が突如として発砲することは稀を越えた稀、突然迫撃砲が学校に撃ち込まれることは最早あり得ない事象。なのに、この世界の方がキヴォトスよりも圧倒的に死が近いだなんて、不思議なことだ。

(冥界らしいから当たり前だけど)

眠ることも出来ないでこんな夜空を眺めているから、埒も開かないことを考えるのだ。NPCだかAIだかに同情するなんて。こんなこと聞いたら先生に怒られるかな。そういえばミレニアムの可愛い黒髪の娘はロボットだっけ。



「………まあ、おじさんはぐ~たらしてるから~」

まんまるぴんくのマスコットを可愛がりながらさ。

真夜中、デコの出た店員さんが唖然とするほど買い込んだスイーツは、もう懐に閉まっておいたどら焼きしか残っていない。……何もかもを望めば何もかもなくなるよね。ゴミが出なかったのはいいけども。

今はこのどら焼きで満足、足るを知る。残っている物を慈しむことができたのなら十分に幸せだ。今あるものを持っていれば、その内、かけがえのない物が増えていくんだ。

「あんまりよくばりすぎちゃだめだよ」

まあ、この大きなお口のお陰で、普段はヘイローを隠せてるんだけどさ。

文字通り、彼女はライダーの口内にヘイローを頬張らせて(物理的には干渉できないはずなのに!)頭上で霊体化させることで、光輪という明らかな差異を隠していた。齧られないかヒヤヒヤするというのは本人の言である。

(おかげでホテルにも泊まれたからね)

彼女は枕元の不思議生物に視線を移した。可愛い饅頭に楕円を二つ、腕の代わりに楕円が二つ。さっきコンビニで買い漁ったスイーツを次から次に口に運び、外装すら残さずに食いつくした魅惑の一頭身。ピンクの食欲が今目の前でご機嫌な睡眠をとっている。

彼女が、先輩が見たら放って置かなかっただろうな。

ホシノは睡眠キャップの下、ぷくぷくぴんくのもちもちした頬を起こさない程度につついた。弾力のある肌が指先をを押し返す。夢中にな「可愛いねえ、ホシノちゃん」必死に再現した声が脳内を過る。頭の中で勝手な妄想を流した自分を蔑んだ。

ホシノが呼んだサーヴァント──ライダー。可愛いねえ。ステータス。わあAとEXがある。スキル。わあ、まんまるぴんくだって……そのままだね。マスコット的な可愛さだけじゃない。ちゃんと戦えるんだ。やるもんだ。

で、相手を殺せるの? 踏みにじって先に進めるの?

数十人殺しのアビドス副生徒会長──。

さすがにそんなになって帰って、いつもみたいに振舞い続ける自信はないかな。シロコちゃんにもしたり顔で前に説教したしさ。間違えた方法で守りたいものを守ったら、いつしかその方法に染まっていくだっけ?

殺人! キヴォトスでヘイローを破壊するよりも物理的には簡単かも。メンタルはどうかな。ノノミちゃんには粋がったこと言ったけど、おじさんのギザギザハートがズタズタになりそう。いつかきっと限界がきて吐いちゃう。

ほら、おじさんだから、胃が弱いからさ~。

目元を細めて、口元だけをもにゅもにゅと動かす。手元の電子端末をスワイプする。

突然教室に現れた天使として晒される自分の画像と、数日後に起きたガス爆発事故を結びつける匿名掲示板を見ながら、ホシノは溜め息をついた。

どう考えたって関係ないよね~。おじさんの身体が衆目の好奇心の真っただ中に!

「…………」

これで──目端の利く戦争参加者には狙われることになる。あるいはそれが、事故と認識されている殺戮を行ったものの目的の一つだったのかもしれない。

少なくともこれで唯さえか細い生還の線は更にか細くなった。ちょっと帰れないかもしれないな。キヴォトスにもアビドスにも。

再び溜息をついて、持っていた携帯端末を乱暴に下半身より下に放り投げると、ホシノは目を閉じた。


(もしも──)

私がアビドスに帰れなかったら。
ここに連れてこられたとき、何も私は痕跡なんて残せていない。文字通り消失してしまった。親愛なる後輩たちは前回の同じように私を必死になって探すだろう。遠い冥界を彷徨う私を、あの青く透き通ったキヴォトスの空の下で、いつまでも。

そのうちあの子たちも、記憶の中の私の解釈で喧嘩を始めちゃったりして。おじさん愛されてるよねえ。

(……大丈夫だって、皆成長したし。先生だっている)

シロコちゃんを制御してくれなきゃ! 彼女、私とおんなじくらい強くなれるんじゃないかな。もう大袈裟な盾なんて君の実力なら必要ないよね。ヘルメット団なんか相手にならないかも。でももう他所を襲撃したりは……先生に聞いてからやってね。倫理をちゃんと学ぶこと! 大丈夫、シロコちゃんは大きなシロコちゃんくらいに強いボンキュボンになれるから。元気に育てば、未来には……未来。

「……考えるなよ」

ホシノは眉を顰めると、億劫そうに眼を開けて、隣のライダーの頬をぷにぷにとついた。

「お前は悩みがなさそうでいいねえ」

心なしかムッとした顔の一頭身を尻目に再び瞼を閉じる。

セリカちゃんは先輩とアヤネちゃんの言うことをよく聞くこと。考えなしだって思ってるかもしれないけれど、君の行動力は何物にも代えがたい宝なんだから。それに騙されやすいってことは純粋だってこと。世界を素直に覗けるってこと。薄汚れたおじさんからしたら君の姿は眩しいよ。まるでお姫様みたい。言い過ぎか。

アヤネちゃん、君は本当にしっかりしてる。だからこそおじさんは心配だな~しょい込む必要のない苦労までしょい込んじゃいそうで。しっかりしてるから抱え込んじゃいそうだもんね。ちゃんと信頼できる人に相談してね。先輩たちやセリカちゃん。お人好しの便利屋たちに、一緒に宇宙戦艦に乗った人たち。そして何よりも先生。誰かに頼っていいんだよ。君はまだ、一年生なんだからね「先輩を頼ってね! ホシノちゃん!」

「……チッ!」

舌打ち一つ。ホシノは顔を歪めた。頭に手を押し付けて幻影を振り払う。

代わりにノノミの顔が浮かんだ。出会った時のことを思い出した。それから、うなされている私の声を聞きつけて、部屋のドアを開けてくれた時のことを。

(あのとき)

私は君のことを邪険に扱ったけれど、内心は安心感で一杯だったんだ。大人に食い物にされて、連邦生徒会には見捨てられて、それでも一人で学校を守らなくちゃいけなくて、でも先輩についてのことは何にも整理がついてなくて、それに何より一人っきりで校舎の窓から砂漠の空を見ていると言いようもない孤独感に襲われて。

……おじさん、きっとあのとき、寂しかったんだと思う。

そんな孤独なおじさんが、学校の借金を親のゴールドカードで返そうとするような世間知らずに慰められるなんてね。仮にも将来を期待されてたエリートが、堕ちたもんだよ。

ありがとうね、ノノミちゃん。本当に安心したんだ。ノノミちゃん。

「せんせい……」

先生。シャーレの先生。私が初めて出会った。心から信じられる大人。どうか、どうか私がいないあの子たちのことを守ってください。純粋なシロコちゃんのことを、一生懸命なセリカちゃんのことを。真面目なアヤネちゃんのことを。それから誰よりも優しくて強いノノミちゃんのことを。

「きっと、きっとだよ」

私と先輩が守ってきたアビドス──学校なんて形じゃなくてもいいんだ。私たちが守ってきた、そして後輩たちが受け継ぐ居場所を、守ってください。

…………守って、

守ってください。

守って、、、、、、、、


──でも、先生もいなくなったら?

「……駄目だって」

もしも、先生がいなくなったら、アビドスの後輩たちは寄る辺を失う。彼女たちは確かに優秀だけれど、まだ子供なのだ。先輩の失踪の衝撃をやり過ごせるほど心は強くない。その時に他に頼れるものがあるか、ない。先生がいなくなれば、キヴォトスは一気に混乱状態に陥るだろう。三大学校やそれに準ずる混乱の収拾にはいずれも先生が深くかかわっている。そんな騒動終結の立役者がいなくなれば、当然滅びかけの学校一つ助ける余裕なんてなくなる。

(それだったら、絶対に、確実に帰らなきゃ)

「ああ、駄目だ駄目だ」

そういえば、大きなシロコちゃんは、シロコちゃん以外がいなくなった世界から来たって言っていたような。

(それってさ、)

それって、私がここに連れ去られたから起きた事態じゃないかな。

私がここに連れ去られたことで、アビドスの生徒たちは動揺、先生の負担が増大する。あの人は生徒を見捨てる真似なんて絶対に出来ない人だ。そして、小鳥遊ホシノの捜索なんて絶対に成果の上がらない作業に労力が割かれた結果、先生に危害が及ぶ出来事が発生する。そこで先生が人事不省に陥るなんてことになれば、もう崩壊は止まらない。アビドスの生徒たちは櫛の歯が欠けるように消耗して、最後にはシロコちゃん一人が残されることになる。

そして、シロコちゃんは色彩に囚われ、いくつものキヴォトスを滅ぼして回ることになる。

ほら、

私たちの先生に出会うまで。

ほら、

そんなこと、絶対に許されることじゃない。

(ほら、大義名分が出来たよ。聖杯戦争で勝ち残るための)

キヴォトスって広くて透き通った世界がいくつか、それと見知らぬ数十人。誰がどう比べたって前者の方が重い。だから、ホシノは絶対に生還しなければならない。アビドスに帰らなけらばならない。ついでに、薄い緑髪の女性一人連れて帰ったって。

(バレやしないよ)

ホシノは無音のままに立ち上がった。恐ろしいほどの無表情だった。そして、そのまま枕元のメルヘン生物を起こさないままベッドを後にすると、毎晩──ガス事故が起きてから毎晩──続けている日課のために外に向かって歩き出した。本当に無意味なそれを、ただ自分を慰めるための、自傷行為のような日課を。



◆◆



──おじさん夜は眠れないからね、年は取りたくないな。

先輩と一緒に見た夜空、復興計画なんて考えるよりも、もっとじっくり見ておけばよかった。星の光を眺めながら夢に微睡んでいられたら、それだけで、幸福を感じられたのに。

ちかちかと途切れ掛けている街灯に再現された虫けら(五分さえも存在しない)が集まっている。その向こうに冥界のふちが見える。砂に飲み込まれるのとはまた違った廃墟。滅んだという形容がふさわしい街並み。風化、住民たちが死に絶え、人間が信じられる価値ある物がが思い出とともに薄れた痕跡。そこに蠢く人影。

死霊、どこかの誰かを模した残骸、生者の運命に縋りつく者たち。

ホシノは胸元からスポーツタオルを取り出すと、転がっている瓦礫を拾った。遠心力を使って投げ飛ばす。キヴォトスの住人の身体能力で、瓦礫は無事目標に命中したが、それはちょっかいをかける程度のものに過ぎなかった。

ホシノに気が付いた亡者たちが冥界と会場の境界を目指してにじり寄ってくる。ホシノは素早く近隣の駐車場に身を潜めると、持ってきた双眼鏡を覗き込んだ。細心の注意を払って。決して不意を撃たれないように警戒しながら。

……ホシノは面影を探した。

(似ても似つかない)

死霊は、死の想念の集合体が偶発的に生物や人形を取ったものである。生者を見ると惹かれて襲い掛かってくる。おかしな話だが、死人の癖に生命力に溢れており、倒すには骨が折れる。

彼女は、身の程知らずの愚か者もしくは想像の及ばないほどの強者、または死霊術の専門家のように死霊を狩ることで戦闘経験を積み、魔力を貯めている────

(何をやっているんだろうね)

訳ではなかった。彼女はあろうことか貴重な睡眠時間を浪費し、その上他参加者やシャドウサーヴァントに襲撃される危険を何て全く意識しないまま、境界を目指してにじりよってくる死霊たちを観察していた。

どうにもおかしい。学校のNPCが亡くなった……消滅してから、夢見は悪くなるばかりだ。たださえ取れない睡眠時間がさらに短くなっている。そして、心が芯から震え始めている。とうに消え去ったあの人の声が聴きたくてしょうがない。

ホシノは中心に少女の顔を置き、周辺に生やした四本の腕のそれぞれに包丁持ちながら回転する死霊、輪入道のようなそれを視界に入れて、ちらりと空を見上げた。

(ここで死んだら、私も彼らの一員になるのかな)

無限に等しい時間を、生あるものが死に果てた地で彷徨い続けるのだろうか。

(意志は残るのかな)

かすかに残った記憶のもとに懐かしい面影を探して彷徨う。ふとした瞬間に空を見上げて透き通った青を思い出す。

「あーこんなこと考えちゃ駄目。帰る帰る」

おじさん裏技見つけてさっさと帰るんだから~。こんなところで無意味なことをしてないで。見当もつかない方法を見つけなければ。

少なくとも、自分の手で生者を彼らの中に放り込むような真似をすることは許されない。

誰に?

「こんな状態じゃ返り討ちに会う可能性の方が高いよ~」

へらへらしながら呟いた。誰も反応する人はいない。ただ潜んでいる駐車場の空間だとか、遠方に見える冥界の廃墟だとか。この前の引かれた手の感触だとか。今まで生きてきた現実と、現在置かれている非現実と、折り重なった隙間に見える過去。普段意識しないように処理している澱みがホシノの思考を侵し始めていた。

そもそも、なんで私こんなところにいるんだ?

「…………ハハハ、ははははは~……」

笑い飛ばしてみようかと思ったが、うまくできなかった。全く隠すことばかりがうまくなっていた。そのせいで自分でも自分の感情を把握しきれていない。いや、真正面から向き合ったらおかしくなるからか。

「前は一人でも大丈夫だったのにねえ」

こんなじゃ駄目だよ~。タスクは一つ一つ処理していかなくては。とりあえず、こんな精神状態に陥った原因は、あのヘルメット団似のNPCのせいだ。冥界私! が世話になっていた彼女が、教室で突然現れた私を連れ出した。それで、学校を休んで現状を把握していたら、彼女がガス事故に巻き込まれて亡くなった──。緊急停止。

「…………」

これ以上考えられない。NPCとユメ先輩とスラッシングする。ただ人が死んだだけだ。一瞬だけあった人が、NPCが消えた。それだけの話。何をメンヘラっている。消滅! 終わり! 考えない! それで済む話だろう。

(それが出来ないからこんなところにいるのか)


生きたように振る舞うNPCには向き合えないくせに。
死んだように振る舞う死霊たちには向き合えるのか。

「違うかな。生きているのなら、向き合えないんだ」

あの娘が死んだときに思い至ったのは、この世界に──ユメ先輩の姿をしたNPCが存在する可能性だ。

だって、もしもここに先輩がいて、生きている先輩がいるとして、
荒廃した砂地の学校でクソガキと二人ぼっちじゃなくて、
あの人にふさわしい日の当たる場所で、笑顔に囲まれて暮らしていたなら。

NPCであっても、ずっと眺めていたくなるから。ずっと、永遠に、死ぬまで。

そんなことになったら、もちろんアビドスになんか帰れない。それでも、あの人が生きている姿を見たい。声を聞きたい、傍にいたい。何か話して笑っていたい。

「ただ、動いているだけでもいいんだ……」

だから、代用品として死霊相手にユメ先輩の面影を探しているんだ。死霊に死者の痕跡を探す、愚かで無意味な死亡遊戯を続けてるんだ。

死にたい訳じゃないからね(満足できないくせに)

「私の命は、あの4人と先生が守ってくれた命、私は帰らなければならない」

帰って守らないと。皆を、私たちの居場所を、そうして守り続けていれば、いつの日にか──。

「……なんてことだ」

まだ、思い込んでいるのか? 帰る場所を守っていれば、いつの日にかユメ先輩が帰って来てくれるなんて、そんな文字通りの夢物語を──。

(心の何処かで信じているのか)

ホシノの瞳孔が揺れる。彼女はずっと昔の涙の気配をどこかに感じ取った。

必死になって再び双眼鏡を覗き込む。そして大きな息を吐くと、やって来た寂寥感の波ををやり過ごそうとした。残してきた後輩たちのことを考えようとした。

「…………ああああ」

けれども、脳内はあの人との思い出ばかりが巡る。これはたまにある最悪の夜を過ごすときの流れだと、ホシノは眉間に皺を寄せた。今の最悪の精神状態じゃ乗り越えられないかもと他人事のように考えた。

そして、いつものように残されたボロボロの盾で終わる。

ホシノは、心中の更に中心を侵す泥の冷たさに耐えきれなくなった。感情に任せて当たり散らしたくなった。そして、それさえも隠しておけるほどのユメ先輩への思いが、ただただ脳内だけに激情を留めていた。

なんで今になって……呼び出したんだ!

あの時に呼んでくれれば、私はユメを追いかけてどんなものだって踏みにじって走ることができたはずなのに……どうして……今になって……なんで連れてくるのなら、あのとき連れてきてくれなかったんだ。後悔だけを残して消えたあのときに、私の世界を終わらせた痕跡が生々と残ってきたあのときに。

「ああ、クソッ……」

駄目だ。これ以上冥界にいたら。先輩がいなくなってから、必死に構築した小鳥遊ホシノが──ただあの人の遺構を守るためだけの構造式が、制御できない変数のせいで狂っていく。

何処かにいる気がするんです。先生、先輩の痕跡が、そこかしこに彼女の名残がある気がするんです。

──シャドウサーヴァント。

幸運にもホシノが今までに出あうことがなかった英霊たちの影。それは今夜に限って彼女を射程圏内に捉えていた。死者をもてあそぶ不届きものに鉄槌を。暁のホルスに充足されし運命を持って歴史に帰り咲かん。

放たれた矢が彼女の脳天を貫き、その悩みのすべてを杞憂とする──。

その前に、ぴんく色が彼女の手を引いて、急転直下、星空へと自由落下していった。流れ星の光につつまれながら。


◆◆




「また、助けてもらっちゃったね」

彼には2回。ヘイローを隠してくれたときと今。そして、最初は先輩に、あの時は後輩たちに、今は君に。暁のホルスって、キヴォトス最高の神秘なんて呼ばれているのに。

「私、助けてもらってばっかりだね~」

まさしく流れ星のような表記するとしたらキラキラという音を聞きながら、ホシノは目の前を流れる星空を眺めた。空中の冥界協会のギリギリを飛んでおり、まだ地上の光の影響を受けているせいか、視界に映る星の光はどこかぼやけていた。

「ごめんね~ライダー。私、君にあたってたかも~」

うい、と気にするなと言わんばかりに腕を振るピンク玉──カービィ。星のカービィ。前を見ないと危ないよ、ホシノが声を掛けると、大丈夫と言わんばかりに今度は両手を振って目を細めて笑った。事実、足元の流れ星はダリに言われることもなく巡航を続けている。

ホシノは姿勢を変えてライダーの頭に優しく手を乗せると、再び頭上の星界に視線を移した。

(キヴォトスの夜空とは違う)

冥界から見える星空とは、果たしてモデルとなった都市から見る空の現身なのか。それともあの夜空こそはまさしく冥界から除く別世界の光なのか。もしかしたら、あの光のどれかが私たちのキヴォトスの光なのかも。

君の世界の光もね。ライダー。

頭に疑問符を浮かべるライダーを横目にポムポムとその身体を押す。

「ここから脱出しなきゃ、それが正しい道」

アビドスに帰って、冥界に行ってたよ~なんて思い出話をすること。それが青春の物語だもんね。

「君に罪を押し付けるわけにもいかないもんね」

皆が救ってくれた私だから。……抜き道探して帰ればそれで終わり。全部元通りになる。

それ以上を望むことは許されない──ホシノは足元の流星が文字通り星を曳きながら動いていることに気が付き、尾に流れゆく星に何の気もなしに目をやった。ちらりと地上の光が目に入った。

誰が? 誰が許さないの? 何を?

アビドスの皆が? 先生? 連邦生徒会? 大人たち?

ユメ先輩が生きてアビドスに帰ってくること、後輩たちと幸福に毎日を過ごすこと。なんでそれが許されないことなの?

ユメ先輩、あんなところでいなくなっていい人じゃないでしょ。

キヴォトスにはあの人よりいなくなっていい人なんてたくさんいるよ。

なんであの人がいなくならなきゃいけないの?

許されないというのなら、それはあの人を助けるどころか欺いた周囲の人間であり。
アビドスを見捨てた全ての学園及び企業であり。
あの人に責任を押し付けて食い物にした大人たちであり。

──私じゃないの。

「ライダー、くれるの?」

ホシノの目の前に差し出されたのは、イチゴのショートケーキ。全部食べてしまったと思われていたそれを、ライダーは一つだけ残してくれていた。遠慮するように首を振る彼女に、頑として彼は差し出し続ける。

根負けしたホシノは、眼前のケーキを口に運んだ。

「美味しい、……美味しいよ、ライダー」

食べたイチゴのショートケーキ。イチゴの酸味が口いっぱいに広がり、フワフワホイップとしっとりしたスポンジが追いかけてくる。美味しい、美味しい。皆が好きな味。生徒たちが好きな味。

ただ──ホシノは、心の底に生まれたそれを何時ものように誤魔化した。

ちょっと、おじさんには甘すぎるかな。

「ありがとうね、ライダー」

ライダー、星のカービィ。一頭身のマスコットじみた外見とは裏腹に高い戦闘力を持つ英霊。
通常召喚される際はフォーリナーのクラスで呼ばれる。
彼は本質的には旅人であり、意志に任せて銀河を跳ね回る寄流れ星のような存在だから。

しかし、今回はライダーのクラスで召喚された。異邦人の旅人ではなく、流星に乗って星々を駆ける者として。

それは、誰かがホシノのことを冥界から連れ出してほしいと、銀河に願いを賭けたからかもしれない。

彼女をすべての悪から星が隠してくれるように、星の光が彼女の道を照らしてくれるように。

決して夢に捕らわれないように。

──私の可愛い後輩のこと。頼んだよ。



【クラス】ライダー
【真名】カービィ
【出典】星のカービィシリーズ
【性別】不明
【属性】混沌・中庸

【パラメーター】
筋力:B 耐久:B 敏捷:C 魔力:A 幸運:C 宝具:EX

【クラススキル】
対魔力:E
 魔術に対する抵抗力。テクスチャが異なる異星の存在であるため、多少ダメージを軽減できる程度のランクしか有していない。

騎乗:A+
 乗り物を乗りこなす能力──幻獣・神獣ランクを除くすべての獣、乗り物を乗りこなせる上に、三角コーンからモンスタートレーラー、電球や水まで、頬張ることで乗りこなすことが出来る。

【保有スキル】
まんまるぴんく:A
 カービィは一頭身であり、地球上の生物とは一線を画する生物がサーヴァント火したものである。
 頑丈なその身体は耐久値を超えるまでパフォーマンスを落とさず動き続けることが可能であり、その上で愛らしさを保ち続けることが出来る。戦闘続行とマスコット的可愛らしさを併せた複合スキルであるが、

一方で流暢に話すことが出来ず、yes,noの意思表示および何となくの会話以上はできない。

春風の旅人:A
精神面への干渉を無効化する精神防御。悪心の影を映し出す鏡によっても単なるいたずらっ子以上の存在を生み出すことがなかったその精神はまさしく明鏡止水──(いやこれ明鏡止水かな? 欲望に素直で何にもかんがえてないだけじゃないかな)──である。また、格闘ダメージを向上させる効果もある、ほとんど勇猛の互換スキル。

刹那の見切り:B
 修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、場に残された活路を導き出す「戦闘論理」。要するに心眼(真)。一瞬の攻防において自身の判定に補正が付く。

【宝具】
『星のカービィ』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:-
はるかぜとともに あらわれた、一人のたびする わかものは、
すきなものをすいこんで、そのすがたをなりたいじぶんにかえる。
たくさんの 友だちと出会って、美味しいものをたべるために!

常時発動型の宝具。カービィはその大きな口で吸いこんだもののエネルギーや性質をコピーすることが出来る。雷を吸い込めばプラズマを自在に操ることが可能となり、剣を吸い込めば瞬時に剣の達人となり、コック帽子を吸い込めばコックさんになれる。(タイヤを吸い込めばバイクになる)また、宝具を吸い込んだ場合はそっくりそのまま同ランクの宝具を使用することが可能。(名称が一部が桃色関係に置換される)コピー時はステータスが能力に従って変動する。

吸い込んだものはコピーせず、そのまま星型のエネルギー弾として射出することも選択できる。
吸い込める範囲は本人のやる気と元気とテンション次第、ただし毛虫とゴルドーは吸い込み不可。

『ワープスター』
ランク:A++ 種別:対界宝具 レンジ:1~999 最大捕捉:-
星々を渡る勝手気ままな流れ星。カービィが乗り物として騎乗している。
戦闘能力を持たない乗り物であるが、たんなる壁程度であれば破壊して突き進む頑強さを持つ。
速度加速運転性どれをとっても高性能であり、曲芸飛行による変態軌道も可能。
一方で自意識らしきものがあり、わざと雑に飛んでカービィを振り落とすことがある。

最高速度から加速し続けることで文字通り空間跳躍を行うことが出来るが、
短距離であっても耐久性を大きく損ない、長距離使用時は使用不能になる。
また世界を跨ぐほどのワープは耐久性及び座標把握の問題から使用不可。

【weapon】
素手

【人物背景】
春風とともにやって来た、宇宙を旅する旅人。
天真爛漫で自由気ままな性格。食べることと歌うことと寝ることが大好き。
座右の銘は「あしたは あしたの かぜがふく」


【サーヴァントとしての願い】
美味しいものを食べて、お昼寝して、友達と遊んで、美味しいものを食べて、お風呂に入って、眠りについて、それからそれから──

【マスターへの態度】
一宿多ケーキの恩! ホシノのことを守る。

【マスター】
小鳥遊ホシノ@ブルーアーカイブ

【マスターとしての願い】
キヴォトスに帰還して、この体験を青春の記憶にする。
遅い奴には、祈ってやらない。…………今は。

【weapon】
Eye of Horus
べレッタ1301をモデルとしたセミオート式のショットガン

【能力・技能】
キヴォトスの住民の中でも最高クラスの神秘を持っており、
常人をはるかに超える耐久性や運動能力を持つ。
魔力についてもライダーが難なく宝具を継続使用できるレベル。

【人物背景】
小鳥遊ホシノ
飄々とした態度の一方で、しっかりとした芯を持ち、
仲間たちに対しては年長として諭す態度をとる。
一方で過去の出来事から連邦生徒会や大人に不信感を持っており、
梔子ユメのことは大きな心の傷になっている。


【サーヴァントへの態度】
守ってくれてありがとう。
……あんまり君が嫌なことはしたくないな~

【方針】
おそらく他の参加者に身元が割れているので、
逃げ回って遊撃しながら、脱出手段と協力者を探す。
メンタルには気を付けないとね。

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最終更新:2024年05月05日 15:54