「………………」
「――――――」
一騎の武者と一機の騎士が、それぞれ刀と剣を構え、相対する。
両者に動きは殆どない。互いに剣の切先を僅か揺らしながら、相手の隙を窺っている。
どちらかが一瞬でも隙を見せた時、この勝負は決するのだと、その重苦しい空気が語っていた。
「………………」
「――――――」
両者の装いは、どちらも顔すら覆う重装甲。その表情を伺い知ることは出来ない。
故にその感情は、それぞれが握る武具に現れる。
武者の構えは正眼。
刀の切先は正中線からズレることなく、正確に騎士の喉元を捉えている。
騎士の構えは八双。
剣の刃は武者を捉えているが、垂直に立てられた刀身は僅かに震えている。
「………………」
――――焦れている。
武者は剣の震えから騎士の力み、ひいては情動を読み取り、そう判断する。
「――――、―――」
武者のその判断は正しく、騎士の胸中には焦りがあった。
騎士はその武双からも分かる通り、そのクラスは最優と名高いセイバーだ。
そして騎士である彼を従えるマスターも、堂々とした戦いを好む優秀な魔術師だった。
卑怯卑劣を好まない、という点において、騎士と魔術師の相性は決して悪いものではなかった。
だがしかし、彼のマスターには、間違いなく魔術師であった。優秀さ故の驕りがあった
契約した当初よりあったその驕りが、いずれ致命的な隙になるのではないかという懸念が騎士にはあった。
無論、問題がそれだけならば、この聖杯戦争の中で正せばいいだけの話だった。
しかしそれを妨げるさらなる問題が、二人の間に生じてしまっていた。
彼のマスターは優秀な魔術師であるが、しかし、どこまで行っても魔術師であったのだ。
つまり、民間人を利用することに躊躇いがない。
この会場の住人が再現に過ぎないという事もあって、その傾向はより顕著なものとなっていた。
それを騎士として見過ごせなかった彼は、その行いを控えるよう進言した。
―――そして、両者の関係に亀裂が走った。
止めるように、ではなく控えるように、としたのは、騎士なりの譲歩であった。
自身の個人的な願望によって他者の命を奪う以上、騎士道からはもう半ば外れている。しかし、それでも譲れぬ矜持があったが故の言葉であった。
だが魔術師は騎士に反発し、態度を硬化させた。
騎士の言葉を煩わしいものとし、遠ざけるようになったのだ。
“――私が相手のマスターを仕留める。それまでの間、貴様はそのサーヴァントを足止めしておけ”
それが、この戦いが始まる際に彼のマスターが告げた言葉だ。
当然騎士は危険だと反対したが、彼に反発するマスターは聞き入れない。
騎士が相手のサーヴァントを倒すより早く、相手のマスターを殺すことで己の優秀さを、ひいては正しさを証明しようと考えたのだ。
そうして二組のサーヴァントとマスターの戦いが始まり、
………結果として、二騎の戦いは膠着状態に陥っていた。
騎士は一刻も早くマスターの下へと駆け付けんと果敢に攻めたが、有効打は一撃も入れられなかった。
その理由は明白だ。武者の側に、積極的に騎士を攻める気がないからだ。
無論、戦う気が無い訳ではない。
僅かでも騎士が隙を見せれば、瞬間その首を切り落とす。と、その冷徹な殺気が告げている。
故に騎士は、マスターの下へと駆け付ける隙を見つけられず、この場に足止めされている。
―――つまり、それが相手の目論見だ。
サーヴァントが敵サーヴァントを足止めし、その間にマスターが敵マスターを殺すという、騎士のマスターと同じ作戦。
しかも相手の様子からして、武者はその作戦に同意している。
故に、焦りが募る。
同じ作戦。命令を無視し駆け付けようとする騎士と、騎士に反発し驕りを残したままのマスター。
対する相手は、こちらと違い互いに役割を承知している。
どちらに利があるかなど、考えるまでもなく―――
不意に、武者が隙を見せた。
罠だ。冷静な部分が即座に看破する。
―――だが騎士の身体は、それよりも一瞬速く、偽りの隙へと反射的に切りかかっていた。
しまった。
と、数舜遅れて思考するが、遅い。
騎士の剣は当然のように防がれ、返す一刀がその首を落とさんと迫りくる。
咄嗟に左腕を盾にして刀を受け止め、その隙に武者から距離を取る。
「ッ――……!」
辛うじて命は繋がった。
だが形勢は確実に武者の側に傾いた。
……幸いにして、左腕はまだ動く。
ここは強引に、宝具を晒してでも隙を作り、マスターの下へと駆け付ける。
後でマスターに責められるだろうが、この窮地を脱するにはそれしかない。
そう判断し、騎士は己が宝具へと魔力を込め。
パァン、という乾いた音とともに、自身を現世へと留め置く繋がりが失われたことを悟った。
宝具へと込めようとした魔力が霧散する。
せめて一矢報いようと、そう思えるほどの気力は、すでに残されていなかった。
霊基(からだ)が、塵となって霧散していく。
最後に相手の姿を見ようと視線を向ける。
武者はすでに刀を収め、静かにこちらを見据えていた。
「……見事」
武者へと向けてそう口にして、目蓋を閉じる。
同時に霊基の霧散が加速して、全身の感覚が消えていく。
―――心残りがあるとすれば。
マスターと共に戦えなかったことが、騎士として無念でならなかった―――
§
「………………」
騎士が消えるのを見届けて数分、武者は自身へと近づいてくる足音を捉える。
そちらへと振り返れば、咥えた煙草から紫煙をくゆらせる己がマスターの姿。
彼は右手の銃を懐に納め、足を止めた。
「その様子からすると、そっちは特に問題なく片付いたようだね。
三騎士の一角が相手でも十分に戦えるようで安心したよ。
それじゃあ、他の連中に見つかる前に拠点へと戻ろう」
それだけを口にして、男は踵を返してこの場から立ち去ろうとする。
その行動に否はない。大した消耗はないとはいえ、連戦は可能な限り避けるべきだ。
だがその前に、一つだけ聞いておくべきことがあった。
「…………。相手方のマスターは、如何でありましたか?」
その問いに、男は立ち去ろうとする足を止める。
「………まあ、典型的な魔術師だったよ。
目的の為なら市民を犠牲にしても気にしないどころか、自分のためになったのだからむしろ喜ぶべきだろう、なんて口にするような、ね。
なんでも、自分の優秀さを証明するのが、聖杯を求める理由だったらしい」
くだらない、とばかりに紫煙を吐き出しながら、男はそう口にした。
確かにくだらないと、武者も思う。
一個人の承認欲求のために、見ず知らずの他人に犠牲にされて喜ぶ者などいるはずがない。
たとえそれが、再現に過ぎない存在であったとしても、だ。とはいえ。
「……サーヴァントの方は、堂々とした御仁に見受けられましたが」
触媒無しで召喚されたサーヴァントは、マスターに何処かしら似た存在が呼ばれるという。
ならば、その魔術師とやらも騎士に通ずるものがあったのではなかろうか。
「言っただろう典型的な魔術師だって。
その騎士様が知っていたかは知らないが、マスターの魔術は他者の犠牲を前提とするものだった。
その上で犠牲を当然とするのなら、その堂々さは魔術師としての範疇を越えないだろう。同盟を結ぶ相手にはなり得ないね。
だから、始末させてもらった」
ならば致し方ないだろう。
自分たちとて、目的のために他者を犠牲にすることはあるだろう。
だがその犠牲は、必要最小限でなければならない。
悪戯に犠牲を増やし、それを善しとする者と手を組むことは出来ない。
だが。
「それは、正義感からですか?」
この問いこそが本題。
この先自分がマスターに対し如何に接するかの分水領だ。
それを受け、男は。
「“いいや、まさか”」
何でもない事のようにそう答えた。
「正義で世界は救えない。そんなものに、僕は微塵も興味がない。
……正義の味方に夢を見ていることは否定しないけど、それを判断基準に持ち込むことはないよ。
相手のマスターを始末したのは、味方に付けてもそのプライドの高さから扱い辛く、障害にしかならないと判断したからだ」
「然様でしたか」
ならば、一先ずは問題あるまい。
そう判断し、装甲を解く。赤い甲冑がほどけ、入れ替わるように赤甲の大蜘蛛が傍らに侍る。
「その答えによって正式に契約は成った。よって改めてここに宣言を。
サーヴァント、セイバー。真名を湊斗景明。善悪相殺の理の下、争いの醜さを世に知らしめる者なり。
我がマスター、衛宮切嗣よ。貴殿が血濡れた道を厭わぬと言うのなら、その目的のため、我等を存分に使うといい」
「……ああ、そうさせてもらうよ。
戦争の根絶。終わらぬ連鎖を終わらせる。すなわち、恒久的世界平和。
そのために僕は、この聖杯戦争の正体を調べ上げ、それに相応しい方法を以って聖杯へと至る」
そう口にして男――衛宮切嗣は、今度こそこの場を後にする。
己がマスターの願いは、自分たちの願いとも合致する。
早々に契約が破綻する、という事はないだろう。
「ですが、マスター。ゆめ忘れぬことです。
我が妖甲は、敵の命を奪えば、同数の味方の命を奪う。
もし正義を以って我等を振るえば、その正義は無意味なモノと成り果てましょう」
「ああ、承知しているさ。
君は敵サーヴァントを抑えてくれればいい。その間に僕が、敵のマスターを殺す。
いずれ君の刃を振るう事もあるだろうけど、今はそれが僕たちの戦法だ」
そう口にしながら、衛宮切嗣はふと思い至ったように、再び足を止める。
そちらに顔を向けることなく、一つの問いを投げ掛けてきた。
「………ああ、そうだ。一つだけ聞いておこうか」
六十億の人類と、家族二人。その二つが天秤に欠けられたとき、君はその刃で、何を殺すんだい」
その問いに、如何なる感情が込められていたのか。
衛宮切嗣はこちらの答えを待つことなく、今度こそこの場を立ち去った。
己もまた答えることなく、霊体化しつつ後を追う。
――衛宮切嗣の問いに対し、言えることは一つだけだ。
善悪相殺。その理がある限り、どちらであっても変わらない。
十のうち九のために一を殺せば、残った九を殺すのが村正の呪いだ。
そして、俺はすでに、家族二人を殺している。
ならばその時、反対側の天秤に乗せられていたものは、いったい何だったか――――
【CLASS】
セイバー
【真名】
湊斗景明@装甲悪鬼 村正
【ステータス】
筋力B+ 耐久B+ 敏捷C+ 魔力D 幸運E 宝具A
※宝具による能力向上分を含む。
【属性】混沌・悪
【クラススキル】
○対魔力:B
○騎乗:C+
通常の効果に加え、剱冑による飛行に若干の補正が掛かっている。
【保有スキル】
○心眼(真);B
○吉野御流合戦礼法:A+
劔冑の着用を前提とした武術の流派。
湊斗景明は免許皆伝に至っており、更には通常の兜よりも遥かに強靭な劔冑の兜を両断する『兜割り』を可能としている。
○武帝のカリスマ;C-
軍団を指揮する才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
湊斗景明は傭兵集団を、善悪相殺の戒律の下に率いていた。
争いを憎悪する者に対して程効果が大きくなるが、その戒律故に部隊の消耗が激しい。
○陰義:磁気制御:B+
電磁気を操作する能力。
このスキルによってステータスの瞬間的な強化を可能としている。
また生前の経験から、辰気(重力)操作能力も断片的に獲得している。
○善悪相殺:EX
敵を殺さば味方を殺す。悪を殺さば全を殺す。
「一つの命は善と悪を共に宿す為、刃が生命を奪う時、必ず善と悪は諸共に断たれる」という理念の下成される、正邪一体にして因果応報の呪い。
村正の刃が命を奪う時、その奪った命と等しく、しかして対になる存在の命を必ず奪う。
これは湊斗景明の意思に寄らず実行されるため、成立した時点で回避不能。
○装甲悪鬼
ランク:- 種別:対人魔剣 レンジ:不明 最大捕捉:1人
『善悪相殺の呪い』を逆手に取った、必死必殺の殺人剣。
唯一最大の者を対象としたときに、その代償となる者の命を先行して支払うことで、対象を確実に殺害する疑似的な因果逆転の一刀
湊斗景明は最も憎悪する存在として自らを殺す(自刃する)ことで、最強の敵にして最愛の存在であった妹を殺害した。
【宝具】
○三世村正
『勢洲右衛門尉村正三世』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
赤鬼を彷彿とさせる深紅の装甲をした、剱冑(つるぎ)と呼ばれる甲冑。
着用者たる仕手の熱量(カロリー)を消費することで、生身とは比べ物にならぬ剛力を発揮し、その機構による飛行や陰義(しのぎ)と呼ばれる特殊能力が使用可能になる。
着用時以外は絡繰りの大蜘蛛、または褐色の肌に白銀の髪、赤い服の女性の姿をとる。
この状態でもある程度の戦闘能力は有しており、場合によってはこの状態で湊斗景明との連携攻撃を行う。
○おわりのたち/レールガン
『蒐窮一刀/電磁抜刀』
ランク:C~A+ 種別:対人宝具 レンジ:2~5/10 最大捕捉:1人
吉野御流合戦礼法の抜刀術を、陰義『磁気制御』を以て崩(アレンジ)して放つ必殺の一撃。
納刀した状態から鞘と刀身の磁気反発を利用して高速抜刀し、相手を一閃する『禍(マガツ)』を始めとして、『威(オドシ)』、『呪(カシリ)』、『穿(ウガチ)』など様々な派生が存在する。
【weapon】
野太刀、太刀、脇差
【人物背景】
武帝と呼ばれる傭兵集団の頭目。
殺した敵の分だけ味方を殺すという、善悪相殺を戒律としており、世界中の戦場で暗躍しているとされている。
顔は怖い(笑い顔は特に怖い)が、本来の性格は優しくおおらかなもの。
しかし武帝となる以前に起きた大事件、その主犯格である銀星号を追ううちに、精神的に磨耗し現在の陰鬱な性格となった。
銀星号を追う過程で善悪相殺の呪いにより多くの者を殺めており、事件解決後にその罪に対する裁きを求めたが、しかし裁きは与えられることはなかった。
結果として、善悪相殺の呪いが生じた理由に己が未だ生きている意義を見出し、殺戮の醜さを以って戦争を無くすため、武帝となった。
【サーヴァントとしての願い】
最小限の殺戮を以って天下に武への恐れを布くことで、結果としてこの世から戦争を撲滅する。
すなわち天下布武。
【マスターへの態度】
傭兵と雇い主。
自らの意思で刃を振るうことはない。
【マスター】
衛宮切嗣@Fate/Zero
【マスターとしての願い】
恒久的世界平和。
ただし、聖杯が冬樹の聖杯の様な邪悪な物であるならば破壊する。
【能力・技能】
○固有時制御
オーソドックスな魔術の他、自身の体内時間を操作することによる高速戦闘を可能とする。
しかし術式解除後に、内外の時差が修正されることによるダメージを受けてしまう。
第四次聖杯戦争時はある宝具の効果により最大四倍速まで加速できたが、現在は失われており、三倍速でも大きなリスクが伴う。
○起源弾
専用の魔術礼装、トンプソン・コンテンダーから放たれる魔弾。
この弾丸を撃ち込まれた相手には、切嗣の起源である「切断」と「結合」が同時に現れ、不可逆の変質と破壊が引き起こされる。
特に魔術などの神秘による現象を打ち抜いた場合は、その現象を引き起こしている回路にまで影響が及ぶ。
その様は電子回路に水滴を垂らすようなものと例えられ、つまりは回路に流れている電流(=力)に比例した内部破壊を引き起こす。
例えるなら、「相手の使用した技の消費MPが、そのままダメージ数値になる」といったところ。
さらに不可逆の変質を伴う回路の破壊であるため、HPとMPの最大値ごと破壊していると言える。
ただし、あくまで「回路へのダメージ」であるため、回路が外付けされた物である、などといった場合は、相手へのダメージが発生しないこともある。
【weapon】
トンプソン・コンテンダーを始めとして、キャレコやスナイパーライフルなどの重火器をメインウェポン。
ナイフをサブウェポンとして、トラップなども当然のように用いる。
【人物背景】
第四次聖杯戦争に参加し、事実上聖杯を手にする。
だがその事態を知ったことで聖杯を拒絶、破壊する。
しかしその際、聖杯から溢れた呪いによって大災害が引き起こされ、さらに切嗣自身も聖杯から呪われてしまう。
その後、大災害の生き残りである士郎を引き取り、戦争終結から五年後に死去。
そのため、三戦時期は死後から。
【方針】
生前の経験から、聖杯に対して懐疑的。
そのため、聖杯戦争自体の調査をしつつ、まずは他のマスターの動向を探り、危険と判断すれば排除する。
だが、仮に危険性が低いと判断したとしても、直接的な協力・助力は極力行わない。
【サーヴァントへの態度】
あくまで使い魔として接する。
最終更新:2024年05月06日 21:41