【0】



『……無理です。笑えない』
『他の人にも笑ってほしくない』
『あなたは、あなたのままで、間違っていない』

 その言葉は、彼女が最後に縋ろうとした糸を奪う刃だったかもしれないけれど。
 彼女が生き抜いた日々を、彼女自身に毀損してほしくなくて、衝動的に吐いてしまった言葉。
 らしくもなく、踏み超えてしまった一歩だった。

 それでも。
 今はあの日の一歩を、後悔していない。



【1】

 アサシンは『暗殺者』の冠名を与えられたが、実態としてはいくつかの魔術を駆使する術使いであった。
 第一の術は、魔術による契約を探知する術。聖杯戦争という環境では、他のマスターの所在地を特定するという形で発揮された。
 第二の術は、視界内に補足した人物の身体を不可視の鎖で拘束する術。左右それぞれの掌を向けた相手、最大二名を拘束可能。単純な分、いかなる対魔力スキルの持ち主だろうと解けない強固さだ。
 二つの術を使い、発見した敵から抵抗の余地を奪った上で、首を刎ねる。そんな戦い方を得意とするから、術使いでありながら『暗殺者』と称されることとなった。

 冥界という特異な地を舞台とした聖杯戦争であったが、やることは変わらない。
 第一の術で、都内全域を探索。同区内に複数名のマスターを補足。さらに観察し、各々の戦力の大小を確認。最も簡単に倒せそうな者を、最初の標的として決定。
 マスターの方は魔術にも武勇にも縁のない、ただの凡人。名前を、樋口円香といった。
 サーヴァントは確認できなかった。何らかの手段により、所在を完全に隠匿しているものと思われる。問題はない、おびき出せば済む話だ。

 闇が徐々に広まっていく夜、円香の帰路の途中、人通りの無くなった公園近く。
 まずは短刀の一本を投擲。円香と並び歩いていた茶髪の若者が咄嗟に円香を庇い、そして一瞬のうちに装いを変えた。舞踏会でも目立ちそうな赤いタキシードを纏った彼が、樋口円香に従うサーヴァントだったようだ。手に持っている白い銃が、アーチャーのクラスであることを物語っている。アサシンでもないくせに、器用に素性を隠していたものだ。
 立ち尽くす円香を狙わせまいとする態勢のアーチャーに、第二の術を行使。射程距離の都合上、二人の前に姿を現さざるを得ないのが難点の術であったが、実質的には既に決着がついたのだから良しとする。円香が逃げ出そうと、その背中へ向けて得物を投げて仕留めるくらい簡単なことだ。
 こうして、アサシンは樋口円香を相手に難なく勝利を収められたと確信し、それ故に、敗北することとなったのだ。

――悪かったな、一人じゃなくて。勝手に騙されたあんたが悪いけどな?

 アーチャーとはまた別の、二騎のサーヴァントが虚空から突然現れた。同じような滑らかな型、しかし色の異なる鎧。最初に動きを縛ったのが“赤”のアーチャーとするなら、現れた二騎は“青”と“黄”のアーチャーか。
 円香が他のマスターと協力関係を結んでいたのか。否、アーチャー自身が召喚したのだろう。
 左手に持った短刀で二騎からの銃撃に応じつつ、機を見て術で“青”の方の動きを封じる。これでいよいよ両手は塞がった。“黄”がマントを靡かせ、一気にアサシンへ接近する。
 阿呆が、勝ったつもりか、術が二つだけだとでも思ったか。三つ目の術で、貴様から始末すれば済む話だ。
 術の発動の条件となる精神の平静は、問題なく保たれている。詠唱など直ぐに終わる、“黄”が自分に止めを刺すよりも早く。改めての勝利の確信に、口が緩んでしまうのを自覚した。
 イエロー、盗め。“赤”がそう叫んでいた。

――危ねぇ~。あんたが今やろうとしたネタと関係なくてよかったわ。俺らを動けなくする術と連動してたら、盗むの無理かもだったし。

 何が起きたのだと、アサシンは動揺する。
 起きたことだけをそのまま述べれば。
 アサシンの脇腹に、鈍色の小さな金庫が出現した。金庫、としか言いようがなかった。生身の肉の上に、存在するわけのない無機質の金庫が現れたのだ。
 “黄”のアーチャーが金庫の扉に何かを押し当てて、アサシンが呆気に取られている間に、解錠。中から取り出された見覚えのないオブジェは、“黄”のアーチャーの手元からすぐに消えてしまった。
 拘束の術が、消えた。円香と“赤”と“青”を縛っていた術が突然解けて、二人は自由になった。
 アーチャー達へ再び掌を向け、動くなと念じる。何も起きない。魔力の奔りが感じられない。いいから固まれ、ひれ伏せ、いっそ押し潰れてしまえと怨嗟を込める。何も起きない。まるで、体内の回路が壊死してしまったかのように。
 ようやく、アサシンは実感として悟らされる。
 この身に宿っていた拘束の術という秘技の存在それ自体が、消え去ってしまった。封印ではない、喪失だ。
 積み重ねた年月を象徴する、アサシンにとって自慢の『宝』が……?

――つーことで、お宝は頂いたぜ。

 形勢は一対三。第一の術は前線で意味をなさない。第二の術は使えない、たった今奪われたから。第三の術も発動できない、完全に心を乱されてしまったから。
 勝てない。少なくとも、アサシン単騎では。
 ここは一旦、逃げるしかない。マスターへ報告し、既に補足していた他のマスターと同盟を組む形で態勢を立て直なければ。
 貴方達の大切な『宝』を盗んでしまう、いっそ馬鹿馬鹿し過ぎて愉快にすら思える所業を為す盗人がいる。なんとしても倒すべき『快盗』、そんな連中を率いている樋口円香をこそ優先的に殺すべきだという情報を売り渡す対価として、連中に協力を仰ぐのだ。
 算段を組み立てるアサシンの背中から、聞こえる声。かいとうちぇんじ。その解号と共に“赤”のアーチャーも鎧の姿に変身したのだと、アサシンは直感的に理解した。
 恐れに耐えられず、後ろを振り向く。アーチャー達が、揃ってアサシンへ銃口を向けている。
 引鉄が引かれ、放たれたのは闇夜の中でも輝く熱線。極光の帯となって到来し、アサシンの全身を焼き尽くした。

―-永遠に、アデュー。

 世界から離別するまでの、残されたほんの僅かな時間。
 その中でアサシンが囚われた感情は、怒りであった。アーチャーに対してではない。視界の隅に捉えた、何かを堪えるように片袖をぎゅっと掴んでいる、樋口円香に対してのものだ。
 ……この勝負は、貴様の勝ちだ。それなのに何故、貴様は瞳に喜色を宿さない。
 屍を踏むのが嫌なら、最初から正義とか博愛とかの綺麗事にでも殉じるべきだった。
 その道を選べなかった貴様に、善人ぶって痛みを噛み締める資格があると思うなよ。



【2】

 冥界の葬者達に共通するのは、意図してその資格を得たわけではないこと。
 相違点があるとしたら、降りることのできない自らの立場を悲観するか、千載一遇の好機と捉えるか。聖杯を求めて最後の勝利者となることを願うか、そうではない道を模索するか、方針は別れることとなる。
 それ故に生じる二つ目の共通点は、他者との衝突と決別は決して避けられないということ。
 聖杯は貴方にあげますから家に帰してくださいという願いは、お前がここで死なないと私は聖杯を掴めないのだと否定される。犠牲の強要など承服できない、横暴の上に成り立つ奇跡などに頼らず、身の丈にあった生き方をするべき。そんな正論で誰もが納得するわけでないことなど、子供の身でも理解できる。
 だから、どうあっても、自分は誰かを踏み躙る。救えない誰かがいることを、ごく自然に受け入れる。
 それは、ある意味では、当たり前に生きていた世界の延長線上にある事実でしかないのしれない。

「終わったわ、マスターちゃん。とりあえず口封じはできたってことで」
「……そうですね」

 姿が消えていく“青”と“黄”との簡素な会話を終えて、“赤”の鎧の下のクラシカルなタキシード姿をまた露わにしたアーチャーが、円香に状況の終了を告げる。
 この聖杯戦争からアサシンは消滅し、少なくとも命を脅かされる心配が一つ減った。
 何故、あのアサシンは円香の命を狙う判断を下したのか。当然ながら聖杯戦争に勝ち残るためで。円香を力のない弱者であると見做したからなのだろう。確証は、得られていないが。
 どうして、アサシンは聖杯の獲得へ近づくためと思われる行為に及んだのか。何を願って、アサシンは円香を排斥しようとしたのか。推測のための根拠は、何も無い。アサシンの心情を汲み取るための機会など無いまま、すでに決着はついたのだ。

「あの、アサシンのマスターは、」

 だから同時に、円香には知りようがない。アサシンの消滅により自らの死が確定したこととなるマスターが、今頃何を思っているのかも。

「……あーーー、いけね。悪い悪い、マスターに確認取らないでケリつけちゃった」

 髪を搔きながら、アーチャーは詫びの言葉を述べる。
 言葉に反して申し訳なさなど大して感じていないかのような笑顔を浮かべる様は、外見の年齢に相応の、いかにも若さの残る青年らしく見えた。

「あの、それは、」
「そこまで気が回らなかったわ。殺す気で来たんだから殺し返されて文句ないだろ? って一人で納得してた」

 アサシンを取り逃すのは危険だ。次に会う時には、把握されてしまった自分達の素性や戦法についての対策を練った上で、徒党を組んで襲ってくるかもしれない。
 第一、最初から一切の対話の余地も与えずに円香の抹殺を試みた時点で、穏当な和解の可能性を見出すのは難しかっただろう。
 最優先とするべきは、より確実な円香の生存。そんな判断により、アーチャーはアサシンを処し、その連動でアサシンのマスターの命も奪った。
 たとえ極小の可能性であっても人命が奪われずに済むことを目指したい、そんな未来を思い描いていたかもしれない円香から、全く了承を得ることも無いままに。

「ごめんな! ははっ」
「……アーチャー」

 一見すると妥当な選択。しかし、仁義に反するやり方。
 そんな結果を独断で齎したアーチャーの軽率さは、非難に値する。
 何が従者だ、主の存命という条件で脅しをかける人でなしではないか。そのへらへらとした表情に向けて誹りを浴びせなければ、もうじき命を落とすだろうアサシンのマスターに対して申し訳が立たないではないか。

「気遣いは、無くても大丈夫です。わざと悪ぶらないでください」

 ……そういうことにして、アーチャーが悪いという話に纏めようとしているのだと。円香には、察しがついてしまっていた。

「いや、ここはわかんないままにしてほしかったんだけどさあ……」

 数秒にも満たない程度の時間ではあったが、確かにアーチャーが円香を一瞥したのを覚えている。必殺の射撃の引鉄を引く直前のことだ。
 言葉にされずとも、理解できた。アサシンを討つのを止めるなら今が最後のチャンスだがどうすると、円香に尋ねたのだ。
 円香は、何も答えなかった。否、答えられなかった。問いに対してイエスとは示さないまま、ただの無回答で迎えたタイムアップ。
 だから円香に責任は無いのだ、と言う気は毛頭ない。逃げ道を用意してもらう必要など、無い。

「もし猶予があったとしても、最終的にはアーチャーと同じ判断を下していたと思います。アーチャーが間違っていたとは、思っていません」
「説得はハナから無用だったってこと?」

 頭を過ったのは、どうやらこの冥界には堕とされずに済んだと思われる、円香にとって身近な大人の顔だった。
 もしも、同じ立場にいたのが彼だったならば。きっと、アサシンの説得を試みるのだろうという気がした。
 あの人は、一人でも多くの人が幸せになってほしいと願う、真っ白な善性の人。決して残酷にはなれない人で、残酷なまでに目の前の誰かを救おうと足掻いてしまう人だから。
 だから、自分達に敵意を向ける者達に対しても、あの人は誠意をもって向き合おうとするはずで。
 だからこそ、諦めにも似た予感が芽生えてしまうのだ。この争いの渦中では、その尊い生き方が報われることなく、いずれ死んでしまうのだろうなと。
 彼の在り方が間違っているとか、愚かだからとは思わない。切なる願いと悪意と死に満ちたこの地では、ただ場違いだというだけだ。

「……最初からそう考えていたのかは、自分でもわかりませんが。理想論が通用しない場所であるとは、薄々わかっていたんだと思います」

 ああ、あの人がここにいなくてよかったと安堵して。
 円香を助けると言ったあの人が今はそばにいないことに、苛立ちか悔しさのようなものを感じて。
 死者が出たばかりだというのに、そんな風に第三者へと思いを馳せてしまっている自分自身に、また嫌気が差した。

「ただ、アーチャーに腹を立てていることがあるとすれば」
「お、何かある?」
「自分が悪者になれば私に罪悪感を抱かせずに済むと考えたところ、でしょうか」
「マジでお見通しかよ……」

 円香を生かすために、ここでアサシンを討たねばならない。アサシンを討ったことで円香の心に残る傷を、最小限に留めなければならない。
 これらの条件を達成するための効率的な最適解として、アーチャーは気付きを得たのだろう。
 ああそうか、自分が円香の反感を買っておけばよい話ではないか……などと。

「自分から嫌われようとするのは、見ていて気分が悪いので」
「別に平気なんだけどな。俺、世間様のお尋ね者やってた身だし」

 アーチャーの言葉に嘘偽りはなく、本当に他人から敵意を向けられることには慣れているのだろうと、わかっていても。
 人が自らを貶めようとする在り方は、とても痛ましいものだと、円香は思わずにいられなかった。

「でもまあ、ここは謝っとくよ。あんたのこと、大事にしたつもりで軽んじてた。悪い」

 随分とそっけない言い方に、しかし、アーチャーなりの礼儀を感じた気がした。
 アーチャーは、人並みの善悪の観念を持っていて、その上で意図的に超えるべきでない境界線を踏み越えるタイプなのだろう
 そこまで理解できてしまった以上、アーチャーを嫌うことは、できそうにない。

「……許します」
「おっ、ありがチュ~」
「許す代わりに、私の我儘に付き合ってもらえますか」
「ん? ああ、危なっかしいのじゃなければ」
「今夜、ここで待たせてください。もしかしたら私に会いに来るかもしれない、アサシンのマスターのことを」
「危ないの出たよ……」

 嫌いでない相手に言うことを聞かせるために条件を突きつけるのに、申し訳なさを感じないわけでもなかったが。
 生き残り続けるために、どうしても必要な責務がある。そのための警護を、アーチャーに要求した。

「……別に、アサシンのマスターの命を救おうとも、今更許しを請おうとも思っていません」

 確かな事実として、円香は勝者となった。
 それは従えるサーヴァントの強弱により決したものでしかなく、二人のマスターのどちらが優れていたかという点によるものではない。
 アサシンのマスターは、果たして何を願っていたのだろうか。ただ命が惜しかったのか、アサシンに無理やり従わされたか。享楽で人を殺したかったのか、当人なりの崇高な希望や大義を掲げていたのか。
 その者は、未だに鬱屈を抱えたままの円香より、余程素晴らしい人物だったのか。聖杯という奇跡を求めないが故に、聖杯戦争で生き残るに値しないと見做されるかもしれない円香よりも、ずっと。

「ただ――」

 樋口円香は、愚直なまでの善人で在ることができない。
 全部をのみ込んで君臨する、怪獣の如き覇者としての在り方ができるわけでもない。
 枷を解けないまま枯れていく、不完全な命なのかもしれない。

「……りょーかい」

 それでも、決して、円香は死んでいないのだ。



【3】

 日付も変わり、街が寝静まった後の夜更け。公園に居残ったアーチャーは、ジャングルジムのてっぺんまで登ってみた。
 見上げた先には、生憎星も輝いちゃいない夜空だけが一面に広がっている。どこまで高く飛んでも、仮初ではない本当の太陽までは辿り着けない、深い黒。いずれ永遠の夜を迎える国を覆う、黒。
 皆の死だけが約束された闇の中で、アーチャーは一人、佇んでいた。

「Bonsoir. 一人での留守番に、退屈はしていないかい?」
「……呼んでないのに出てくるのかよ」

 ジャングルジムの下から掛けられた、しんと静まる空気の中でよく通る声。
 白黒の間の程よいバランスを感じる、グレーのジャケットを着た男の声だった。浮かべる笑顔は相変わらず爽やかさが過ぎて、却って胡散臭い。
 三人チームとは少し離れた立ち位置の男だ。同じ卓で飯を食うこともある仲間には変わりないので、邪険にも扱わないが。

「誰かと語らわずにただ目を冴えさせるだけの夜は寂しいものだよ? 透真君と初美花ちゃんは……」
「初美花はマスターちゃん家で護衛。透真は偵察。俺が言わなくても大体わかってるだろ」
「ああ。僕はもしもの時に備えての待機要員、とっておきのジョーカーだからね。とはいえ、出番が無いのもそれはそれで退屈さ」

 今のアーチャーは『弓兵』であり、『騎兵』ではない。
 大地にそびえ立つ巨大な機械兵器を持ち合わせていないし、愛機だけを友にひとりで斗うだなんて真似ができる人外のボディも無い。更に言えば、光り輝く巨人になれるわけでもなく、ましてや怪獣などもってのほか。ただの等身大の人間だ。
 その代わり、複数の人員が時にはそれぞれ単独行動を取り、時には一ヶ所に集って力を合わせて敵に挑む。そんな戦術を可能とする、『戦隊』の一員であることを強みとしていた。

「だから、暇潰しに付き合えってか?」
「魁利君との情報共有も兼ねてね」

 ごく自然に真名を呼んでいるが、他の誰にも聞き耳は立てられていないので良いとしよう。スーツを脱いでいる時まで“色”で呼び合うのも、違和感があるのは事実だ。
 じゃあ菓子でも買ってきてほしいんだけどな、と。アーチャー――夜野魁利は、ノエルという四人目の快盗への憎まれ口を叩く。
 この調子だと、ノエルと喋っているだけで朝を迎えてしまいそうだ。

「……アサシンのマスターは、来なかったようだね」
「ああ。もう死んだんだろ」
「もしくは、運良く他の逸れのサーヴァントでも見つけられたか……というのは、希望的観測だね」
「それをいうなら運悪く……じゃないか」

 この冥界で葬者という肩書きを与えられたマスター達は、サーヴァントを失った後、時間の経過と共にこの世界で無事に滞在するための余力を消費し、やがて正真正銘の死を迎えて霊となる。
 死ぬまでの時間に個人差があるにしても、アサシンが消えてから十分に時間は経ったのだ。アサシンのマスターは、命を落としたと考えるのが妥当だろう。
 顔も名前も、彼か彼女かも知らないが、確かに誰かが、死んだのだ。

――ずっと夜遊びは怪しまれるだろ。俺らに任せて、ここは一回帰っとけって。
――わかりました、ですが……もしマスターが来たら、いつでも呼んでくれて構いませんから。

 夜も十時を過ぎそうな頃、それらしい建前を言い聞かせてどうにか円香を家に帰した。今頃はきちんと、布団にくるまって眠りについている頃だろうと、思いたいが。悶々とした思いを抱えたまま、まだ起きていそうだなという気もした。
 苦難を自分一人で馬鹿正直に抱え込むのも考え物だぞ、とは機を見てそれとなく伝えたつもりではあるものの。他人の言葉で簡単に性分を変えられるなら、苦労は無いだろう。
 これまでの人生で当たり前のように培ってきた、善悪に正邪、美醜といった観念が、聖杯戦争という場で否応なく揺るがされている。それでも、最後には自ら答えを出さなければならない問題に、円香は向き合っているのだ。
 その苦悩は、決して魁利に理解できないものではない。

「魁利君から見て、僕達のマスター……円香ちゃんはどう見える?」
「……生真面目? 気難しい? なんつーか、自分の奥底までは踏み込ませない雰囲気出てる子だなーって感じ」

 言いながら、もしかしてこれはお前が言うなというやつか? あの激動の数年間を振り返れば、さすがに俺だって性格に面倒な部分があることくらいちょっとは自覚するぞ? などと思っていると。案の定、ノエルは口元に手を当ててくすくすと笑っていた。
 ここで噛みついたら猶更みっともない様を晒す気がしたので、見なかったことにする。

「……ま。それはそれで、付き合い方もあるでしょ」
「おや。ここは正面からぶつかって、事情の聴取をするところではないのかな?」
「そういう熱血ヒーローじゃ辿り着けないどん底の世界だから、俺らがあの子の前に呼ばれたってことじゃん?」

 魁利が時に憎み、時に敬服した、オールドタイプな警察官の顔を思い出す。
 もしも、世界平和に生涯を捧げた彼がサーヴァントとして召喚されるとしたら、その機会は、こんな犠牲の強い合いではない。冥界での戦争など、彼の出る幕ではないのだ。
 世界征服とか、宇宙からの侵略とか、人理の焼却だとか。そういう万人にとっての危機に立ち向かい、誰もが無事に朝を迎えるための戦いにこそ身を投じる方が、彼には似合っている。

「大事な日常を、理不尽に奪われた……そんな女の子一人のためだけに戦うなんて、俺らの方が向いてるよ」

――ただ、最期に話ができるなら、そうしたい。
――私は、私が生きていることの重みを受け止めたい。納得して、あの場所(ステージ)に帰りたいんです。
――その過程で、誰に敵意を向けられても。息もできずに溺れ死にそうなくらい、苦しいものだとしても。
――……譲りたくない。願っていたい。

 彼女が語ったそれは、魁利達が力を貸すには十分な理由であった。
 世界など守れないし守る気も無い、極めて個人的な幸福のために戦ったアウトローにこそ、適任である。
 魁利達は、『快盗』だ。失ったものを取り戻すために戦うことの、先達だ。

「避けられないなら蹴散らすし、逃げる時は全力で逃げるけど……進む時は、一緒に踏み出してやる。パーフェクトなコミュニケーションなのかはわかんないけど、俺らは俺らなりのやり方で、最善尽くすしかないってこと」

 円香の味方であることは、態度で示せばよい。内に抱える事情や心情を、必ずしも問いただす必要も無いのだろう。
 兄が、恋人が、友人が、恩人がどんな人であったかをお互いによく知らなかったけれど、それでも仲間と寄り添い合うことはできたのと、同じことだ。
 円香の気持ちはなんとなくわかる。今はそれで良い。もしも円香が何かを打ち明けたくなったら、きちんと耳を傾けようと、心に決めておけば良い。

「確かに、どんな選択をしてどのように受け止めるか、最後には円香ちゃん自身に帰結することだ……もしかしたら、彼女には辛い結末になるかもしれないけれど」
「しょーがないって。結局死人にできるのは、ちゃんと帰れるように一緒に飛んでやるところまで。こんな闇夜から抜け出した後のことは、他のやつに投げるわ」
「頼もしい人間が、円香ちゃんの周りにもいてくれるだろうか」
「いるでしょ」

 魁利は、さっぱりと言い切った。
 皆が信じる不変の正義とは、普遍的な善意によって成り立つもの。清く正しい人が当たり前に生きられる平和な世界を守るために、警察官は人々の代表として正義の心を燃やしたのだ。
 きっと円香のそばにもいるだろうまともな大人が、元いた場所に帰った円香のことを受け止めてくれる。傷と罰ばかりを体に刻みながらも、自分なりに幸せの結実を願って頑張った円香をありのまま愛してくれる人がいると、魁利は信じることにした。
 だから、予告しよう。
 陽だまりで待っている、知らない誰か。仮称、ミスター好青年。そいつの伸ばす手が届くところまで、必ず円香を連れて行く。美しい宝物を、在るべき場所に戻してやろうではないか。

「……でしょ? け~いちゃん」

 夜空へ向けて、語りかける。
 闇を抜けた先の天高くまで、お日様まで、届くように。





【CLASS】
アーチャー

【真名】
夜野魁利@快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー

【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷A 魔力D 幸運B 宝具B
(ルパンレッド変身時)

【属性】
中立・悪

【クラススキル】
  • 対魔力:C
魔術に対する抵抗力。
詠唱が二節以下ののものを無効化する。

  • 単独行動:A
マスターからの魔力供給を断っても自立できる能力。
Aランクならばマスターを失っても一週間は現界可能。

【保有スキル】
  • 闇の中で笑う影:B
盗賊にとって有用な「気配遮断」スキルが、変則的な形で適用されたもの。
アーチャーは「①民間人に扮装した姿」「②快盗として正装した姿」「③戦闘用スーツを着装した姿」の三つの姿を使い分けて活動する。
上記の【ステータス】は、③→②→①と姿を変えるのに応じて下落していく。
その代わり、③の姿ではCランク相当で保有する「気配遮断」スキルのランクが上昇していき、①では姿を直接目視されようとサーヴァントであると認識できず、NPCとまるで見分けがつかなくなる程の完全な正体の隠匿が可能となる。

  • 正義のアウトロー:B
「混沌・悪」属性のサーヴァントとの戦闘時、プラスの補正を得られる。
「秩序・善」属性のサーヴァントが味方となって戦闘している時、アーチャーおよび味方のサーヴァントはそれぞれプラスの補正を得られる。
アーチャーが身を投じた快盗・警察・ギャングの三つ巴の戦いは、快盗と警察の共闘によりギャングが壊滅する形での幕引きとなった。

  • 仕切り直し:C
戦闘から離脱、あるいは状況をリセットする能力。機を捉え、あるいは作り出す。
また、不利になった戦闘を初期状態へと戻し、技の条件を初期値に戻す。

  • 足枷を外せ:A
精神干渉への耐性スキル、ではない。
負荷を強いられる状況においても、アーチャーはそれが最適であると判断したら、デメリットやリスクを承知の上で平然と行動する。
たとえば、「大切な人を殺さなければならない」という幻覚を見せる能力を使う敵と対峙した時。
幻覚それ自体を見ないという無効化はできないが、幻覚の中でその人を殺すという形で突破する道を選ぶ。
アーチャーは、正道を外れることを躊躇わない。

【宝具】
  • 『世間を騒がす快盗戦隊(ルパンレンジャー)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0~10 最大捕捉:4人
アーチャーが同志達と結成した盗賊集団「快盗戦隊ルパンレンジャー」。
その在り方を包括した宝具。

一つ、アーチャーが回収して回った、大怪盗アルセーヌ・ルパンの忘れ形見「ルパンコレクション」の数々。
「VSビークル」を中心に、生前に武装として活用されたものは一通り揃えられている。
二つ、ルパンコレクションを介して着装する戦闘用スーツ「ルパンレッド」、及びその姿への変身プロセス。
変身している間は、魔力量の消費ペースが若干増加する。
三つ、アーチャーの同志として活動した仲間『宵町透真』『早見初美花』『高尾ノエル』の、自分と同等のサーヴァントとしての召喚。
単独行動スキルで魔力消費の負担を補えているとはいえ、極端な多用は禁物。

  • 『異能の宝物庫の扉を開け(ガッチャ・トレジャー)』
ランク:C+ 種別:対宝宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
アーチャーと戦った異次元の怪人達は、ルパンコレクションを体内に格納することで特殊な能力を獲得した。
彼らの持つルパンコレクションを盗み出すというミッションの達成に伴い、敵を弱体化させることで、アーチャーは戦いを有利に進めることを可能とした。
その構図の再現。

アーチャーは敵サーヴァントが持つ宝具またはスキルの性能を把握した上で、敵の肉体上に出現させた「金庫」の扉を解錠し、その中に具現化させた「コレクション」を盗み出す。
この一連のプロセスにより、敵サーヴァントから能力を一つ喪失させることができる。
この場合の能力とは肉体に宿るものに限らず、たとえば「槍兵の朱槍に宿る、心臓への必中効果」「魔術師の短剣に宿る、魔術の初期化の効果」などの解釈も可。
ただし、成功させるためにはいくつかの条件が課せられている。
 ・能力の性能を正確に把握していないと、出現させた「金庫」の解錠は不発に終わる。
 ・能力一つにつき「コレクション」も一つ。別の能力も盗みたければ、改めて「金庫」を発生させる必要あり。
 ・高ランクの能力については、複数名での解錠を試みなければならない場合もある。

盗み出せた「コレクション」は、その時点で(見えない倉庫の中へと仕舞うかのように)一旦消滅する。
敵サーヴァントが失った能力を取り戻すには、アーチャーが消滅した時点で再度現れる「コレクション」をもう一度手にする必要がある。
なお、「コレクション」を入手したからといって、アーチャーがそれに宿る能力を獲得できるわけではない。

  • 『超越する赤銃(ルパンマグナム)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1人
アルセーヌ・ルパンが愛用したとされる伝説の銃。
アーチャーのクラスの象徴かつアーチャー本人以外には使えないことから、『快盗戦隊』とは別の宝具として独立している。
武器としての特性は単純で、敵を絶対に撃ち抜くと言えるほどの火力・貫通力。
この銃から放たれた弾丸は、どんな防壁で塞がれていようと強引に突破する。

ちなみに。
アーチャーはライダーのクラス適性も持っているが、ライダーとして召喚された場合、この宝具を持参できない。
その代わり、今のアーチャーは「VSビークルの巨大化・搭乗」の能力を持たず、従って合体ロボット型の宝具『鮮烈なる快盗騎帝(ルパンカイザー)』を解放できない。

  • 『朝日が照らす仮面舞踏会(パトライジング・マスカレイド)』
ランク:C+++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:7人
アーチャーが持つ最後の宝具。
本当に必要となった時、アーチャーは太陽のように眩い正義に命を懸けた、宿敵であり友である者達の力も借りる。

ルパンレンジャーと対照の存在となる戦士「警察戦隊パトレンジャー」の三名『朝加圭一郎』『陽川咲也』『明神つかさ』を召喚し、総勢七名での総力戦に挑む。
彼らは「正義のアウトロー」の代替となるスキル「絶対のヒーロー」を保有している。
(「混沌・悪」属性のサーヴァントとの戦闘時、「中立・悪」属性のサーヴァントとの協力時に補正を得られる)

この宝具は「七名が揃う状況」を成立させるものであるため、一名だけ呼ぶなどの部分開放は不可能であり、『快盗戦隊』の四名も全員揃っていないと発動しない。
また、令呪一画の消費が必須であるほか、「パトレンジャーの三名が一切の迷いなくアーチャーの行動に賛同する状況であること」という条件も達成しなければならない。

【人物背景】
異世界からの侵略者集団に対抗した快盗戦隊のメンバー。
大切な人を氷の世界から取り戻すことを願った青年。
絶対のヒーローと相対した、正義のアウトロー。

【サーヴァントとしての願い】
個人的な願いは特に無し。マスターちゃんをおうちに帰すとしますか。

【マスターへの態度】
ほっとけない子って感じ?



【マスター】
樋口円香@アイドルマスターシャイニーカラーズ

【マスターとしての願い】
生きて帰りたい。
その願いを叶えようとする私自身の在り方に、失望したくない。

【能力・技能】
アイドルとしては、それなりに評価されている。

【人物背景】
透明感のあるアイドルユニット「noctchill」のメンバー。
クールでシニカルな性格。プロデューサーに対しても冷たい態度をとる。
幼馴染である透が騙されることがないよう自分もアイドルとなった。

【方針】
まずは死なないようにする。
どう在りたいかを、考える。

【サーヴァントへの態度】
とりあえず、嫌いなわけではない。

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最終更新:2024年05月21日 22:41