それは、運命などとは呼ぶべくもない刹那の出来事だった。
荒野と化した冥界で、廃墟の街にて雌雄を決する英霊が二騎(ふたり)。
互いに息を切らし、血と泥に塗れ、尚も微笑みながら殺し合っている。
これぞまさしく、戦場の美。
漢と漢が命と誇りを賭して殺し合う、彼らだけに理解る愛の形。
負けはせぬぞ、おう己もだと吠えながら散らした火花の数は千を遥かに超える。
だとしても、決着はじきに着くだろう。
宝具は使い果たした、魔力もなけなしほどしかない。
であれば、最後に趨勢を決定づけるのはもはや互いの意地しかない。
己が人生、己が神話――
尊いもののすべてをぶつけて、最後に輝く好敵手ども。
裂帛の気合と共に駆け出し、その影が死の大地に幽けく伸びて。
ふたりの得物が再び交差するのを待たずして、両者の心臓を"なにか"が撃ち抜いた。
信じられない、といった顔をして崩れ落ちる勇士たち。
気配はなかった。予兆も然りだ。
もしこの戦いに水を差す無粋があれば、彼らならそれが何であれ必ず気付いたと断言できる。
にも関わらず、横槍は成功したのだ。
綺麗にふたり分の心臓が撃ち抜かれ、霊核を一射のもとに貫通されて。
誓った勝利も、育んだ友情も、何ひとつ実を結ぶことなく塵になって冥界に還る。
「裁きは下った」
荒野のガンマンと呼ぶにはすべてが無粋。
あらゆる風情に泥を塗りたくるような勝利。
あるいは、断頭台で罪人の首を飛ばすように作業じみた殺戮。
それを果たした弓手(アーチャー)は、何の感慨もなく銃口を下ろした。
褐色の肌に、雪国の狩人を思わす白服を着た男だった。
左目を覆うX字の入れ墨。
その真下の瞼は固く閉ざされ、一向に開眼される気配はない。
身の丈ほどのライフル銃を持ち、英霊二体を射殺したことを誇るでもなく鉄面皮を保っている。
彫像のような、ひとつの冗談も通じないような仏頂面の狙撃手。
だからこそか、彼の隣で白い歯を見せて笑う少年の狂相がひときわ際立って見えた。
「何度見ても凄えな。流石は"神の使い"だぜ」
首元に漆黒の入れ墨を入れた、金黒入り混じった頭の少年だった。
見るからに不良少年とひと目で分かる外見だが、二色構造の瞳には年相応の一言では済まない仄暗い狂気が滲んで見える。
拳や鉄パイプが飛び交う喧嘩場ならいざ知らず、命が吹き飛ぶ戦場には不似合いな歳と風貌の少年。
しかし彼の口から次に出た言葉は、そこらの不良が吐く威勢とは明確に次元の異なった命令(オーダー)であった。
「向こうの葬者は見えるか?」
「もう殺した。君が無駄口を叩いている間に」
「ハッ――アンタはそうでなくちゃな。好きだぜ、アーチャー。手ぇ出るのが早い奴は最高だ」
容赦も躊躇もない、冷熱相混ざった処刑宣言。
だがそれさえ、狙撃手に言わせれば釈迦に説法。
言われるまでもなく彼の眼は逃げる敗者の姿を捉え、瞬きの内に射殺していた。
彼らのサーヴァントたちへそうしたように、軌跡すら存在しない正確無比なる一射でだ。
犠牲になった彼らも、人並み以上には襲撃に対する備えを講じていたのだろうが……すべては無意味。
感知されず、悟られず。
ましてや防がれることなどあるはずもなく。
用意されていたすべての防性事象を貫通して、狩りは刹那の内に完了した。
有無を言わさず。
何も許さず、認めず。
ただ"死ね"という意思だけを狙撃に載せて射殺する。
それはもはや、単なる暗殺者の狙撃などには収まらない。
さながら――神の裁きが如き芸当であった。
「やっぱりアンタ最高だ。オレはずっと、アンタみたいな相棒を求めてた」
「罪深いな。僕が君のような矮小な人間の"相棒"だと? 言葉が過ぎれば、僕は要石だろうが躊躇なく殺すぞ」
「分かってるよ。けどたまにはいいだろ? アンタが引き金を引く度に、その弓で敵を殺す度に、オレは世界が晴れてくような気になるんだ」
両手を広げ、死の満ちる風を一身に浴びる。
冥界は葬者にとっても有害な、致死的な環境だ。
長居すればいずれは運命力を喪失し、物言わぬ死霊に成り果てる。
それでも今この瞬間、少年はこうして敵を排除した快楽に酔い痴れるのを選んだ。
「アーチャー。人を殺すのは悪いことだと思うか?」
「思わない。僕は神たる陛下の意思を常に代行している。その上で行う殺生が、悪などであるはずがない」
「まあアンタはそうか。でもな、世間一般には悪いことらしいんだよ。
人を殺しちゃいけません。どんな理由があったとしても、人を殺す奴は絶対に許されないんだとさ」
常に、その脳裏には鬱屈があった。
狂気に呑まれ、突き動かす"衝動"に従っていても。
どれだけ憎み続けていても、壊れたみたいに笑っていても。
いつもどこかに、鬱屈とした感情がわだかまって渦を巻いていた。
しかしそれも、この冥界に落ちてくるまでの話だ。
冥界に来て葬者となり、神の使いを名乗る狙撃手を連れて敵を排したその時。
「だが」
確かに少年は、感じたのだ。
何をどうしても晴れることのなかった心の雲間が裂け、清々しい光が射し込んでくる感覚を。
「――――殺したのが"敵"なら、英雄だ」
この世界は心地いい。
自分のすべてが認められているようにさえ感じる。
何しろ、周囲のどこを見回しても敵か人間未満の"もどき"しかいないのだ。
誰を殺そうと、それは勝利のために戦った勇敢な英雄の所業になる。
だから少年はアーチャーの銃が命を奪うたび、とてつもない高揚感を覚える。まさに今こうしているように。
邪魔臭いしがらみや煩わしい過去、そのすべてを纏めて穿つような"貫通"の風穴が――堪らないほど、愛おしかった。
「オレはアンタを否定しない。アンタのすべてを肯定する。
アンタはアンタの信じる神の使いであり続けろ。裁きを下せ、殺しまくれ。
代わりに英雄はオレがやる。オレとアンタのふたりで――――"芭流覇羅(バルハラ)"だ!!」
芭流覇羅(バルハラ)。
それは、英雄が召される地。
ならばこの冥界で名乗るべき名こそこれだろう。
不良同士のチャチな抗争などに使っていたら名が廃る。
今こそ芭流覇羅を、一切鏖殺の英雄譚をここに綴るのだ。
他でもない、自分と彼の手で。
悲劇の運命を背負った英雄と、神の啓示に従い弓を引く天使の手で。
「僕の前で他の神に類する名を喋るな。君でなければもう殺している」
「ならアンタの神が支配する芭流覇羅ってことにしちまえばいい。
こだわる気はねえよ、オレはあいにくと無神論者ってやつなんだ」
「陛下は既にこの世のすべてを手中に収めている。無知は罪だ」
「なら芭流覇羅(オレたち)もそいつの所有物ってことだろ。理屈が通る」
「……帰るぞ。君の戯言には付き合いきれない」
「おう。帰ってクラブでも行こうぜ。一杯奢ってやるよ」
「結構だ。僕は酒は飲まない」
踵を返して霊体化したアーチャーに、「つれない奴だ」と苦笑する少年。
態度自体は気安いが、彼はその実ちゃんと理解していた。
あの男の口にする言葉は、何ひとつ嘘などではない。
彼は狂信者だ。あらゆる理屈が、彼の中では神への信仰に帰結する。
だからこそ彼は迷わないし、決して過たないのだ。
敵は殺す。罪深い者は裁く。そしてその時が来たならばきっと、葬者たる自分でさえ例外にはならない。
ぶるり、と背筋を這う寒気にしかし喜悦を覚える。
一寸先に死が隣り合っている事実は恐ろしいはずなのに、何故か心をこの上なく満たしてくれた。
何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならない。
等価交換は世界の原則だ。それを少年は、羽宮一虎はよく知っていた。
今回も同じだ。自分は勝利して英雄となるために、イカれた狂信者に殺されるリスクという毒を飲み込んだ。
すべては、あの日の復讐を遂げるため。
行き場もなく渦巻くこの想いを、奴にとって最悪の形で成就させるため。
羽宮一虎は今も呪っている。
自分の人生を台無しにしたかつての仲間、今の宿敵を――そのすべてを台無しにしてやりたくてたまらない。
「オマエはもう、殺すなんて生ぬるいことじゃ済まさねえ。
聖杯の力はどんな願いでも叶えられんだろ?
だったら、ハハ……オマエとオマエの兄貴ふたり、どっちも消し飛ばせるってことだよな。
完膚なきまでに、存在のひと欠片も残さず」
呪わしい。憎らしい。
許せるものか、必ず殺す。
いや、殺すだけでは飽き足りない。
それでは台無しになった自分の人生が浮かばれない。
「オマエ達兄弟がいなければよかったんだ。
そうすれば、オレは……! あんなことはせずに済んだんだからな……!!」
すべての歯車が狂い出した"あの日"。
起こってしまったことを覆すには、そもそも起こらなかったことにしてしまえばいい。
あの兄弟の存在を聖杯で消し去れば、あの夜の悲劇は生まれない。
自分が少年院にぶち込まれることも、今日までやまない怒りの炎に包まれながら生きることもない。
そして何より、それこそがあの許しがたい男を最も残酷に殺す復讐のすべになる。
であれば目指すは聖杯、それひとつ。
冥界神話を踏破して、憎き兄弟を死よりも冷たい虚無の彼方に追放してやるまでのこと。
「――消してやるよ、マイキー。オレがこの手で、オマエのすべてを奪ってやる」
狂気そのものの笑みを浮かべながら、羽宮一虎は罪を重ねる。
抱える破綻にも、蝕む呪いにも、ついぞ気付くことはないまま。
もう戻れないほどの罪を重ね、手を血で汚し。
見当違いの結末を目指して、冥界の底へひた走っていくのだ。
――羽宮一虎は呪われている。
そのことを、彼は知らない。
とある男が犯した、受け継がれる禁忌。
時を繰り返し、結末を変えるという所業。
手を汚して奪い取った力は、"呪い"を生んだ。
黒い衝動。決して満たされることのない、破滅へ向かう殺意。
その一端が、一虎の中には今も刻まれている。
されどここは冥界。狂気を終わらす献身をくれる友はいない。
彼もまた狂信者。
英雄になどついぞなれない、運命の道化。
少年は天使と共に踊り続ける。
狂おしい、周囲のすべてを破滅させる信心を胸に――いつか果てるまで、くるりくるりと撒い続けるのだ。
【CLASS】
アーチャー
【真名】
リジェ・バロ@BLEACH
【ステータス】
筋力C 耐久EX 敏捷C 魔力A 幸運D 宝具A+
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
対魔力:B
魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:B+
マスターとの繋がりを解除しても長時間現界していられる能力。
ランクBならマスター不在の状態でも二日間現界可能。
ただし宝具の発動にはマスターを必要とする。
が……?
【保有スキル】
滅却師:A+
クインシー。
霊力を持ち、大気中の霊子を駆使した戦闘を行う人間の総称。
アーチャーはその中でもトップクラスの力量と性能を誇る、星十字騎士団の精鋭部隊"親衛隊"のリーダー格を担っていた。
狙撃:A
射撃の技術、中でも狙撃銃/長弓を用いた精密射撃の技量。
弓の使用を基本技術とする滅却師の中でも高い狙撃技術を持つ。
更に彼の場合、滅却師の技術の一環で神聖弓を構築しているため、弓の破壊が痛手にならない。
戦闘続行:A+
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
往生際が非常に悪い。
【宝具】
『万物貫通(The X-axis)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1人
ジ・イクザクシス。見えざる帝国の皇帝、ユーハバッハから賜った聖文字(シュリフト)と呼ばれる異能である。
自身の霊子兵装であるライフル型の神聖弓の射線上にあるあらゆる物体を、その強度を無視して貫通する。
弾丸を発射するのではなく"銃口の先にある物体を貫通する"という理屈そのものが能力であり、視覚や聴覚に頼った攻撃の察知はできず、アーチャーが引き金を引いた瞬間にその攻撃は完了する。
攻撃範囲は銃口から標的と据えた対象の間に存在する全物体。逆に言えば、標的よりも後方に存在する物体には効力を及ぼさない。
だがこの宝具の真髄は攻撃性ではなく、アーチャーが普段閉じている左目を開いた時、自身の身体にも"万物貫通"の性質を適用できること。
貫通の概念を帯びた彼の身体はあらゆる攻撃や武器を貫通、つまり素通りさせ、無敵に等しい防御力を実現する。
更に"左目を開く"という発動条件も、彼が敵との公平を期すために自ら課している縛りのようなもので、実際に強制力を持つわけではない。
そしてアーチャーが三度左目を開いた時、第二宝具の開帳が許可される。
『神の裁き(ジリエル)』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)。
全身が神聖なる輝きに包まれ、四枚の翼を持った異形の姿に変化を遂げる。
この状態のアーチャーは常に自身に"万物貫通"を適用した無敵状態になり、攻撃として翼から放つ光にも同性質が適用される。
A+ランクの『魔力放出』スキルに相当する霊子放出技術も自動獲得し、完全なる攻撃と防御を両立した恐るべき裁定者として君臨する。
『神の使いは死を識らず、鳥は黄昏に喇叭を鳴らす(ロストマン・ジリエル)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
『神の裁き』を発動し完聖体となったアーチャーが霊核を破壊された時、自動発動する最終宝具。
四散した彼の霊子の断片、そのすべてが鳥の頭と翼を生やしたケンタウロスのような異形の天使となって独立する。
独立した断片、鳥のすべてが彼と同ランクの単独行動スキルを有しており、これにより彼ら主従が脱落したとしても鳥たちは冥界に残る。
鳥は極めて高い再生能力を持ち、単純に斬首した程度ならばすぐに回復できるくらいにはしぶとい。
しかしあくまで悪あがきの賜物であるため、能力値自体は元のアーチャーに比べて数段は劣る。
【weapon】
ディアグラム(ライフル型の霊子兵装)。
前述の通り、破壊されてもすぐに再構築できる。
【人物背景】
神の使い。
そして、狂信者。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯の恩寵を陛下に捧げる
【マスターへの態度】
愚かな人間。
しかしその破滅的な人格は、自分を御す要石としては都合がいいと考えている。
【マスター】
羽宮一虎@東京卍リベンジャーズ
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れ、マイキーとその兄が存在した事実を消滅させる
【能力・技能】
喧嘩の腕前。
常人離れするほどではないが、それでもそこらの不良少年くらいなら相手にならない程度には強い。
ただの人間でありながら、葬者として持つ魔力量は多い。
まるで何か、その身にそぐわない因果を積んでいるかのように。
【人物背景】
ある"呪い"に苛まれ、狂気に堕ちた少年。
血のハロウィン編、佐野万次郎と対決する前からの参戦。
【方針】
人を殺すのは悪者のすること。
でも、敵を殺すのは――"英雄"だ。
【サーヴァントへの態度】
『芭流覇羅(バルハラ)』の名を背負う自分に相応しいサーヴァントだとして、気に入っている。
どんな現実も壁も文字通りぶち抜くその弓に、強い爽快感と羨望を感じている。
最終更新:2024年05月20日 17:42