時計の針が動く。長針、短針が共に零の時刻を一瞬だけ指す。
多くの人が寝静まり返るのが夜ではあるが、この偽りの東京では違う。
夜を克服したと言わんばかりに未だ明るく、眠らない世界が広がっている。
人々にとって何ら違和感のない光景。それが当たり前だと、そこに住む誰もが思うだろう。
ひょっとしたら例外もいるかもしれないが、概ね疑問を抱かないのが普通だ。
されど、河原にて川面を眺める青年にはその当たり前が違和感だった。
街の何処へ行けども喧騒は絶えることを知らず、ありふれた東京の街並みが。
秒針はそのまま時を刻んでいく。誰もが知り、同時に誰もが知らぬ間にゆっくりと。
針は動く。止まることなく時間は流れていく。
人は動く。止まることなく人は目的地へと歩いていく。
物は動く。車も、電車も、何もかもが普通に。
違うとするならば、シャドウとは別の怪物がいることだろうか。
サーヴァントと言う名の怪物は、この東京の何処かに数多く潜むのだろう。
現に、彼の背後にも人の姿ではあるものの、英霊の座についた存在が座っている。
至ってシンプルな、ファンタジーな神話からやってきたであろう格好をした青髪の青年が。
「で、どうなんだ? 久々に気兼ねなく夜遊びできる時間なんだろ?」
呟きながら小石を拾って、河原へと投げるサーヴァントの青年。
河原へと投げた小石は水面を何度も跳ねて、そのまま向こう岸の石に混ざりこむ。
加減をしたところでサーヴァントの膂力。それぐらいの芸当はわけがなかった。
「なんつーか、複雑っつーか……未だ実感が湧かねえよ。」
「月並みだな。」
「影時間ってのは、俺達にとっては当たり前のことだったからな。
と言うか、気兼ねなくはできねえだろ。聖杯戦争真っ只中だぞ此処。
セイバーが周りを警戒してくれてるからこうして外出てるわけだしな。」
「それもそうか。じゃあ、あんまり普段と変わらねえのか?」
「……いや、普段とは違うと言えば違うか。結局影時間がねえもんな。」
青年、伊織順平は帽子を深く被り直しながら物思いにふける。
零時を過ぎても人は棺桶の形にならず、変わらずこの世界を渡り歩いている。
通ってる学園も違うし、あのタルタロスもない、当然のことだがシャドウも出てこない。
まだ来たばかりだからかもしれないが、ストレガの連中や滅びの話も出てこなかった。
特別課外活動部の活動、シャドウとの、ニュクスとの戦い。それが彼にとっての日常だ。
だがいずれ終わるであろう日常は突如として、何もかもが消えて聖杯戦争が始まった。
残されたのは恐らくあるであろうペルソナ能力だけ。空の銃だけがその手に残されている。
手放しで喜びはしない。結局、元の世界では影時間と言う概念はまだ続いている。
彼が提案した記憶を消して滅びを待つのと似たような、隔離による死の恐怖からの脱出。
自分一人いなくとも皆はうまくやれるだろうとしても、肝心な時にいなくなったのはよくない。
それに、聖杯戦争はシャドウではなく人と人の戦いだ。ストレガと言う同じペルソナ使いと敵対もした。
今更人との戦いなんてものを未経験、というわけではない。慣れとはまた別ではあるが。
「俺、昔は普通になるのが嫌だって思ってたのが懐かしく感じちまうよ。」
いつだったか、ペルソナ使いとしての戦いが終わることを、
影時間が消滅することを順平は恐れていたことがある。
影時間がなくなれば異能を───ペルソナを失ってしまうから。
ただの学生に戻り、とりとめのない日常へと戻ってしまう。そんな日々を。
誰にも称賛されず、誰の記憶にも留まることのないことが約束された戦い。
今ではそれを残念と思いつつも影時間を消すために戦うことを決意したが、
改めて特別になるとはこういうことだ、とでも言わんばかりに新たな戦いへと巻き込まれていた。
「それにまだ聖杯だとか冥界だとか、その辺さっぱりパリパリ侍だわ。」
ガクリと項垂れながら順平は今の状況を整理しきれてないことを口にする。
余り頭のよくない彼にとっては一度に得た情報を処理しきれてないのだ。
とりあえず冥界はともかく聖杯戦争だけは頭に入れてはいるが。
「ハハッ、なんだそりゃ。現代の言葉か何かか?」
「お、この手の奴で笑ってくれるのはセイバーお前が初めてだぞ。
ゆかりっちには何度も呆れられちまったネタでさぁ……」
「寧ろそこまで言われるって、どんな関係だったんだよお前ら。」
河原で男子同士の談笑が東京の喧騒の中へとかき消されていく。
マスターとサーヴァント。主従の関係である筈の二人だが、
年頃が近いからか、まるで昔からの付き合いの長い友人のように振る舞っている。
事実、互いにとって互いの関係の印象は似たようなものではある。
時代が違えば肩を組んでバカ騒ぎをもっとしていたんだろうなと。
「……セイバー。俺は生きなきゃいけねえんだ。」
二人はひとしきり談笑を終えると、
順平が神妙な面持ちになって背後にいたセイバーの方へと振り向く
今までのはただの他愛のない話。此処からが彼にとっての大事な話だ。
聖杯戦争を、どうしたいのかを。
「聖杯が欲しいからか?」
「違う。俺の命は……チドリのお陰で生きているんだ。
だから、どんな理由があってもそれを無駄にするわけにはいかねえんだ。」
十一月のあの日、順平は死ぬはずだった。
けれど生き返った。ある少女の決死の行動によって。
だから彼の命は一つではあるが、彼女の分も生きねばならないのだと。
ある意味シンプルだ。経緯は確かにペルソナを経由した特殊なものかもしれないが、
要は『自分だけの命じゃないから死ねない』と言うものではあるのだから。
ありふれた理由、と言われてしまえばそれで済む話ではある。
「なら、聖杯でそいつを生き返らせるってのもあるんじゃねえのか?」
万能の願望器。
過去を変える、未来を決定する。
そういうのであっても願いを叶えるのが聖杯だ。
人一人の生命ぐらい、容易く蘇生できるだろう。
「……心の何処かでそう思っちまうのが腹が立つんだよ。」
できることならしたい。
もっとチドリのスケッチした絵を見たい。
好きなことだとか、そういう話をしてみたかった。
会話した数なんてたかが知れる。彼女のことなんて殆ど知らない。
だからそう願いたい気持ちがあるかどうかで言えば、彼にはある。
「けど、それは駄目だ。」
自分の身勝手な目的のために他人を殺したり滅びを与える。
それでは自分達を利用した幾月や、滅びを是とするストレガと何ら変わらない。
だからどんなに甘美な誘いであっても、受け入れることはできなかった。
此処は冥界。ひょっとしたら、チドリだっているのかもしれない。
「チドリから貰った命を、
チドリがいるかもしれない場所でそんな風に穢す……できるわけねえんだよ。」
嘗て撃たれた箇所に手を当てながら思い出す。
自分の中で生きると言った彼女の心は未だにある。
死の安寧を選ぶときのように、ノーとつきつけてやるつもりだ。
そんなことは彼自身が許せない。
「だから俺は……その、なんだ。絶対聖杯を手に入れるつもりはねえんだ。」
一瞬言葉を呑みこみそうになった。
これを言えば最悪主従関係が崩れる。
故に躊躇ったが、一度目を閉じた後はっきりとその意志を伝えることができた。
以前の自分だったらその脆さから此処で伝えることはできなかっただろう。
それができるようになったのは、きっと『アイツ』のお陰なのだと感じていた。
活動部の皆は、多かれ少なかれ影響を受けているのは間違いなかった。
なんせ、あの活動部のリーダーなのだから。
「ワリぃ、聖杯欲しかったのにこんなマスターでよ。」
謝ること以外できることはなかった。
主従の相性が合わなければその刃を今すぐにでも突き立てる可能性があっても。
これだけは譲ることのできない、彼の生きると決めた道だから。
不安はぬぐえない。
ああして談笑していたからと言って、相手の全てを知ったわけではない。
順平にも人にはそう語らないことだっていくつもある。相手も同じことだ。
「ああ、いいぜ。」
「だからホント……なんだって?」
聞き間違いかと思い顔を上げる。
青年は河原に座ったまま、別に苛立った様子も、
呆れた様子もなく、ただ普通の表情で言ってのけた。
耳を疑わざるを得ない。聖杯戦争について順平は未だ明るくはない。
でも聖杯の座から、願いを以って召喚に応じるのが英霊だとは知っている。
そんなあっさり聖杯を川に投げ捨ててしまうような返事に驚かざるを得ない。
「別にいいぜ? なくたって。」
「いやいいのかよ!? 俺が言うのも何だが何でも願いが叶うんだぞ!?」
特大ブーメランが刺さってると言う自覚はある。
あれだけ自分だって聖杯について語ったら結果は僅か数秒の出来事だ。
数秒で覚悟を決めた話は終わりを迎えては戸惑うのも無理からぬことだ。
「……俺はメイヴっつー女に殺されるって未来が決まってるらしい。
お前にとっては何百年も前、つまり過去の出来事だ。つまり約束された死ってわけだ。」
突如青年は語り出す。
いきなりどうしたかと思ったものの、
『約束された死』というワードに思わず耳を傾けてしまう。
「だが、そんなもの俺は知ったことじゃあない。寧ろかかってこいって奴だ。
未来の死なんざ全然信じちゃいないのさ俺は。お前の言うニュクス討伐のようにな。」
人類を破滅させる化身、ニュクス。
死と改めて向き合った彼等特別課外活動部は、
滅びの未来を回避するためにニュクスを倒すべく塔を昇った。
セイバーはそれを、死を認めない。決まった死なんてものはごめんだ。
若く未熟。故に可能性を秘めている。それが彼の特徴とも言える。
もし成熟していても、過程はどうあれマスターである順平の意を汲んでいただろうが。
「未来の死……」
時代は違えど目的は同じだ。
自分が滅ぶ未来を信じずに立ち向かう。
それが順平とセイバーの、一つの繋がりなのだと。
「にしたって欲なさすぎだろ! びっくりしたぞ!」
「欲がねえのはどっちだよ。お前だって死ぬ未来を回避する為、戦ってんだろ。
それに立ち向かうために聖杯に願うのもあるのに、使わない選択肢は相当な覚悟だぜ?
相当なバカか、倒せるって信じられるだけの根拠があるからそう言いきれるんだろ?」
「いやまあ、をれは確かにそうかも……」
聖杯ならニュクスだって倒せるのかもしれない。
それも願わなかった。それはニュクスを倒そうと言う、
皆の気持ちを莫迦にしてるような気がしてならなかったから。
それに、皆ならやれる。アイツをリーダーの筆頭に誰もが思うはずだ。
「俺はそれが気に入ったんだよ、特に前者。未来の死なんざぶっ飛ばしちまおうぜ? マスター。」
ニッと屈託のない笑みを浮かべながら拳を突きだすセイバー。
そこには悪意も敵意も何もない、ただの拳を合わせるの為だけのもの。
少々戸惑いながらも、その拳に応じるように突き返しぶつけ合う。
「───ああ、俺達でこんな冥界での戦いって奴をぶっ壊してやろうぜ、セイバー!」
未来へと突き進む二人。
先に待つのは死などではない。
確定された死を覆すべく立ち向かう、
これが、死後の世界とされる冥界において、
蜘蛛の糸のようなか細い生を目指す二人の叛逆の開演。
【CLASS】
セイバー
【真名】
セタンタ@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力:B+ 耐久:C 敏捷:B 魔力:C 幸運:A 宝具:B
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
神性:B
神霊適性を持つかどうか。
高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
【保有スキル】
赤枝の騎士:B
アルスターの勇猛にして奔放な戦士たちが集う、
赤枝の騎士団の一員であることを、セタンタは特に強く自覚している。
猛犬殺し:A
クランの猛犬。
すなわちクー・フーリンと呼ばれることになる少年時代の逸話がスキルと化したもの。
獣殺しスキルの亜種。猛獣特攻。
影郷の武練:B+
影の国の女主人スカサハによってもたらされた修練の日々は、
セタンタの精神と肉体を鍛え上げ、無双の英雄クー・フーリンとして完成させるに至った。
今回の霊基は修練中(厳密には修練終了直前)の精神と肉体であるため、本スキルが保有されている。
真に英雄クー・フーリンとして現界する場合には本スキルは保有されず、宝具ゲイ・ボルクを保有することになる。
【宝具】
『裂き断つ死輝の刃(クルージーン・セタンタ)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:0~30 最大捕捉:1人
アルスターの戦士として認められた際にコンホヴォル王から授かった無名の剣が、
『ロスナリーの戦い』の伝承に登場する光の剣クルージーンと同一化した宝具。
淡い光を発する魔剣。真名解放の際には激しく発光し、
養父フェルグスの振るう魔剣カラドボルグにも近しい威力を発揮。
師スカサハから学んだ恐るべき戦闘技術を用いてこの剣を振るい、セタンタは対象を完膚なきまでに叩きのめす。
今回の召喚で真名セタンタとして霊基が成立するにあたり、セタンタすなわち英霊クー・フーリンが戦いの際に振るった剣、
という共通項から、ふたつの剣がひとつの宝具に同一化したものと考えられる。
「この剣、ほんとはもっと後のオレが使った剣じゃねえの? それってズルじゃない?」
「でもまあ、ズルみたいな宝具持ってる奴多いもんな。まいっか!」
とセタンタ談。
【weapon】
上述の通り。
基本的に宝具以外では使用しない。
正式な名称は不明。
棒術も巧み扱える。
【人物背景】
ケルト神話、アルスター神話における大英雄クー・フーリン、その修業時代の姿
肉体及び精神は他のクー・フーリンよりも若く未熟だが同時に何者かになるために足掻き進み続ける。
メイヴに殺される未来も受け入れてない、一少年としての無限の可能性を秘めている。
【サーヴァントとしての願い】
自分の未来を信じない奴が聖杯手に入れてどーすんだって話だ。
【マスターへの態度】
気の合う友達のような間柄。
【マスター】
伊織順平@PERSONA3
【マスターとしての願い】
願いは色々ある。けどそんなもんよりこの聖杯戦争をぶっ壊したい。
【能力・技能】
心の中にいるもう一人の自分。死の恐怖に抗う心。困難に立ち向かう人格の鎧。
順平のペルソナはトリスメギストス。ただし、影時間がないこの世界で使えるかは不明。
拳銃の形をしてるが弾はないため殺傷力はない。
自分に向けて使い、死のイメージを喚起する事でペルソナ能力を発動する。
上述の通り使えるかは不明。
ある事情により傷の治りが常人よりも早い。
順平は元々タルタロスでは両手剣を使っていたが、
此処では持ち合わせておらず金属バットで代用している。
【人物背景】
特別課外活動部のムードメーカー。
頭は余り良くないもののポジティブで前向き。
お調子者だが、同時に精神的にもろい所も目立っていた。
だがある人物との交流と、ある少女の死を経て大きく成長することに。
※ある人物(主人公)の性別はどちらでも問題ありません。
【方針】
とにかく協力者を探す。
こんな聖杯戦争終わらせてやる。
【サーヴァントへの態度】
気の合う友達のような間柄。
最終更新:2024年06月14日 23:53