身元引受人が誰もいない出所だった。
二人の刑務官に連れられて正門の前まで歩いて行く。両名共に、体格が良い。柔道、剣道、空手に逮捕術。
警察で修める格闘技を弛まず続けている者のみに許された身体つきであった。ジュラルミンのライオットシールドを持った彼らに挟まれれば、大抵の犯人は詰みであろう。
そんな厳つい二人に挟まれて歩く男は、見るからに頼りない中高年だった。刑務官に比べれば余りにも小柄で、肉付きも悪い。干し肉のように痩せた身体。
やや猫背気味で、二人に配慮して身体を縮こませて歩くこの男の姿から、果たして誰が、服役前は殺しで鳴らした武闘派のヤクザであったと思うだろうか。

 模範囚である為出所も早かった。
もめ事を起こさず、看守にも反抗せず、お喋りを好まず黙々と労務をこなすその姿に、誰も彼の、昔日のヤクザの面影を見る者はいなかった。
酒に酔って衝動のまま傷害事件を起こしたサラリーマンだとか、痴漢で捕まった冴えない中年と言われても、何も言い返せないオーラしか放ってなかったからだ。

 名を、『大友』と言う。
服役する前には大友組と言う、解体屋を隠れ蓑にした小規模な極道組織の長だった人物である。
その組ももうない。組員全員が抗争に巻き込まれ死亡してしまったからである。組織としての体を、成さなくなった訳だ。
組員全員が死んでから、自首を行い、それから足掛け11年。元々極道の下っ端など、長生きできる生き物ではない。
四十や五十を過ぎてヤクザなどと言う地位にしがみ付いている男など、正しく社会のゴミ、痩せ細り病に掛かった野良犬の類である。如何にマシな死に方をするか、考えるだけの生きる屍だ。

「もう戻って来るなよ」

 本当に、そんな刑事ドラマみたいな事を口にする奴がいるんだな、と大友は思った。或いは、律義なだけか。

「お世話になりました」

 二人に対してお辞儀をした後大友は、歩道を歩き始めた。
辺りに目線をやってみても、やはり、彼の知り合いの人物はいない。
いるのは、今しがた出所した大友を、市中に紛れ込んだタヌキでも見るような奇異の目線で眺める一般人だけだ。

 組の為に数年臭い飯を喰う事を覚悟で、人を殺す。
そんな侠気を持った人物を、迎えてくれる出世した嘗ての組織の仲間達。そんな構図は、大友が入所する前から既に崩壊して久しい、神話のようなものだった。
前提として極道と言う人種自体がクズばかりである。極道は大別して三種類、一見して悪い奴か天使の顔をした悪い奴、自分で善悪の区別もつかない馬鹿に分けられる。
組の為であろうが、上から命令されたからだろうが、露見する殺しを犯した人間を温かく迎え入れる程能天気な馬鹿はいない。
と言うより、本当に上から目を掛けられている、出世見込みのある人間に対して殺しをして来い等とは誰も言わない。普通は自分の傘下にいれて然るべき工程を踏まさせるだろう。
要は殺しを言い渡される組や人間と言うのは、上からすれば幾らでも補充が利く使い捨ての駒なのである。汚れを拭くのに適した雑巾だ。
当然、捨てられた雑巾を丁重に扱う者などいない。役目を終えれば、捨てられて終わりだ。おかえりも、御勤めご苦労様ですも言う者もいない。今の大友のように、無人の道路が広がるだけなのだ。

 殺しの大友と持て囃されてはいたが、結局は丈夫で長持ちするウエスと何も違いはなかった。
汚れ仕事を安心して、自分の手を汚さず任せる事の出来る使い走りだと思われていた事など、当の大友が一番良く分かっていた。
だが、それをするしか道はなかった。それ以外の生き方など出来なかったし、させて貰えなかったからだ。
その生き方しかお前には出来ないんだ大友、そうと自分を騙し続けた結果出来上がったのが、運転免許もない職歴もない四十越えた中年である。
あれだけ身体を張って運営して来た大友組も解散して久しく、今では名前を憶えている者の方が少ないだろう。
塀の中で慣れない手つきで使ったインターネットでその名前を調べても、全く違う会社の名前しかヒットしなかった。完全に、表の社会からも裏社会からも、消えてしまった組織らしい。

 本当に、塀の外に出ても何もなかった。
解りきっていた事柄だった。予測出来なかった事態でも何でもない、大友はそんな事解っていた。
その証拠に、目が死んでない。全てを失い絶望した人間特有の、淀みもないし陰りもない。大友組の頭を勤めていた時代そのままの、剣呑な光がその黒瞳に宿っていた。

 大友の数m先で、スーツを着た男がタバコを燻らせていた。
スーツや仕事着の量販店で購入したのであろう、値段の御里がある程度は知れるトレンチコートに袖を通した、中年の男性だ。彼はずっと、大友の方に目線を注いでいた。それこそ、大友が塀の外に出て来た、瞬間からだ。

「……」

 ヤクザ、と言う生き方を続けていると、臭いのない臭いを嗅ぎ分ける、独自の嗅覚が備わるようになる。
その人間が、堅気か、スジモノかを見極める嗅覚である。世の中には、一見して非の打ちどころのない紳士、何処をどう見たってうだつの上がらない安月給のサラリーマン。
そのような風に擬態している、反社の住民と言うものが掃いて捨てる程に存在する。ヤクザの世界に浸かっていると、それが誰なのか、不思議と見分けがつくようになる。
説明出来る感覚ではない。こいつはそうじゃないか、そう思った人物の素性を洗ってみると、やっぱりな、という事が起こるものなのだ。

 その嗅覚の観点で言うと、目の前の男は、ヤクザでもなければ、堅気の人間ではない。日の当たらない世界に生きていると、更にもう一種類の人種を見分ける力が付くようになる。
実を言うと、ある意味では此方のセンスの方が余程大事になる事の方が多い。目の前で安い煙を燻らせるあの男は、刑事だった。『マル暴』だった。

「ご無沙汰ですね、先輩」

 人懐っこい笑みを浮かべ、気さくな態度でその男は大友に話しかけて来た。
好人物であるように、見えるだろう。休日になれば家族サービスで、妻や子供と一緒に、ピクニックにでも繰り出してそうなマイホームパパに、見えるだろう。
実態は全く異なる。出世欲の塊で、己の地位の為ならば、同僚ですら蹴落とし閑職に追いやる事などなんとも思わない。
同じ刑事仲間ですら、斯様に扱っているのだ。ヤクザやチンピラ、半グレの類など、踏み台どころかゴミとしか認識していない。
取調室に入れば、己のマル暴としての立場を遺憾なく発揮して相手を示威して高圧的な口調で罵倒する、机を蹴り飛ばす、瞳を開けさせ電気スタンドの光を無理やり浴びせる。
部屋の隅に何時間も立たせる、水すら飲ませない、など。警察が何故、容疑者の取り調べの模様を頑なに可視化させないのか、
その理由の全てとしか言いようのないやり方を行い、相手に自白を強要させる事など、この男にとっては屁でもないのである。

 名を、片岡と言う。大学時代の後輩であり、同じボクシング部に所属していた男。
そして、大友が服役する前。つまり、まだ大友組が存続していた時代、敵対していた事務所によって壊滅に追い込まれ、一人だけ残される形となった大友に、出頭を勧めた男でもある。

「テメェも老けたな。白髪もあるじゃねぇかこのヤロウ」

 口角を吊り上げて大友が言った。
最後に見た時よりも、脂のノリが悪くなっている。おまけに、随分と前髪も後退している。額が広い。頭頂部からではなく、前髪から禿げるタイプのようであった。


「11年ですよ。新婚の男女の熱々ぶりだって、冷え切るには十分な時間だ」

 大友の罪状は、殺人である。
大友組が殺しで成った組織であり、元々が三次団体でかつ小規模少数精鋭の組織であると言う事実からも分かる通り、属人性が極めて高い。
つまりは、組長であるからと言って、選ぶって子分に『殺して来い』と宣うだけの身分ではない。自らも打って出なければならない時が往々にしてあり得るのだ。
大友自身のキルスコアは、3人である。実際にはもっと多いのだが、流石に殺しのプロである。当時の検察や警察も余罪の殺しがある事は想定し調査を続けてはいたが、
証拠不十分で睨んでいた殺しのヤマは立証出来なかった。その通り、確実に大友が殺した物だと立証出来た数が3人なのであり、それ以外は立証出来ない殺し方で処理したのである。
どちらにしても、3人の殺人は、大罪である。普通、3人も悪意と殺意を以て殺したのであれば、極刑は免れない。にも拘らず、11年程度の懲役で済んだのは、勿論大友が模範囚だったと言うのもある。

 だが実際には――大友は刑期を満了していない。本来的には、大友は向こう数年以上、檻の中で暮らしていなければならない身分なのだ。
大友に言い渡された判決は、無期懲役。20年は、最低でも出てこれない筈だったのだ。にも拘らず大友が堀の外に出て来られているのは単純明快。
完全な釈放ではなく、これが仮出獄であるという事。そして、その仮出所を、『目の前の片岡』が手引きしたと言う事。
そうだ、大友が娑婆の空気を吸えているのは、出世した片岡が当時の大友の裁判を担当した検察に口利き出来る身分になったが故なのだ。

「俺に用があるんだろ。どうせ下らねぇコトだろうが、聞いてやるよ」

「場所を変えましょうか。あのサテン、まだやってるんですよ。ああでも、マスターは代わりましたよ。代替わりして脱サラした息子が跡を継ぎましてね」

 言って片岡は、懐から車の鍵を取り出し、ドアロックの解除ボタンを押した。
片岡から直ぐ近い、駐車場に止められていた黒い車のランプが灯る。プリウス、と言う車を大友は知らなかった。
だが、片岡が向かおうと言っている喫茶店については、大友は知っている。其処で11年前、彼に自首を促されたからだった。



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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「正直な話、先輩が話に乗るとは思ってませんでしたよ」

 喫茶店のテーブル席に付き、コーヒーが届くなり片岡はそう言った。
対面の大友は、片岡の奢りのアイスコーヒー。奢った当人は、ホットコーヒーであった。

「テメェから話に誘って、乗るとは思ってなかったってどう言う了見だよ」

 大友は、片岡の方に目線もくれない。お前になど興味もないし眼中にもない。そう言う意思を、隠そうともしていなかった。
何でも今は、年号が変わって令和になった、と言うじゃないか。そっちの方が大友には気になった。年号が変わったってこたぁ、平成の頃の天皇は死んだのかな? みたいな事も、考えたりしていた。

 年号が新たになってからもう数年も経過するらしいと言うのに。
この喫茶店は本当に昔のままだった。店内の模様は勿論、テーブルや椅子ですら当時のまま。余程物持ちがいいのか、或いは、買い替えるだけの金もないのか。
ついでに言えば、客入りの少なさも当時のまま。いや、少ないと言う言い方ですら、随分と遠慮した物言いである。実際には、大友と片岡、そして、店主である中年の男以外には、誰も見当たらない。バイトを雇う金すら、惜しいようである。

「引退して、安いアパートに住んで。そのままヤクザの5年縛りまで何とか生きてみる……。ま、出所後の、身寄りのないヤクザの、あるあるな生き方ですよね」

 暴力団と呼ばれる人種は、刑務所で満期を過ごし、出所したから晴れて堅気、と言う訳ではない。
実際は出所後5年間は、反社勢力であるものと見なされる。つまりは、本人にその気はなくとも。それこそ、元々所属していた組織が入所中に壊滅し、地上から消滅していたとしても。
彼らは5年間の間、暴力団の一員であったと言う烙印を押され、過ごさなくてはならないのだ。当然その間、堅気の仕事に就く事などは事実上不可能。
それどころか、金があっても車の所持も銀行口座の開設も、挙句の果てには住居を借りる事すら困難になる。そう言う事情があるからこそ、暴力団員の再犯率と言うのは、高いのである。折角刑務所から出たのに、居場所がないから、元の鞘に戻ろうとするのである。

「ですが先輩の場合はそんな事せずに、自殺されるんじゃないかと、冷や冷やしてたんですよ」

「なんでテメェいつから介護の仕事までやるようになったんだ?」

「先輩を助けるのも良い後輩の仕事でしょ? 渡世の義理って奴じゃないですけど、情に厚い男なんですよ俺」

 そう言うと片岡は、紙巻きタバコを1本、大友に差し出した。
刑務所の中では酒とタバコはご法度。慰問にやって来た芸人に対して、刑務官が『酒とタバコを連想させるようなネタは絶対厳禁』と事前に釘を刺す程に、受刑者からは遠ざける。
そんな嗜好品が、目の前にある。大友は目線だけをタバコにやり、それを頂戴する。火は付けない、金属製の灰皿の上に、やる気なく置くだけに止めた。差し出した当の片岡は、普通に火をつけ吸い始めた。

「堀の中で、極道の情報とか耳にしてましたか」

「興味もねぇよ」

「11年の歳月は物の値段も社会の在り方も変わるもんだ。勿論、裏社会の構図だって例外じゃない」

 そう言って片岡は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作。
そして、1枚の画像を大友に見せつけた。ヤクザの事情に無知な一般人はそれを、何かの中小企業のロゴマークの様に認識するだろう。
成程確かにその画像――1個のエンブレムのような物が映されたそれは、ロゴである事は間違いない。だがこれはロゴはロゴでも、ヤクザの事務所やグループが使うそれである。その筋で、代紋と呼ばれる物であった。

「花菱じゃねぇか」

 それは、関西の辺りに、広く、そして深い根を張る花菱会のエンブレムだった。
戦前から悪事を働く息の長い組織で、日本の公安は勿論の事、中国の中央政法委、韓国の公安警察部、遠く離れてアメリカのFBIにまで危険組織としてマークされている、純然たる犯罪組織である。


「先輩が堀の中にいる間、山王会の会長が代替わりした訳ですが、これがまぁどうしようもない愚図でしてね。組織を腐らせて、弱体化させて……」

 西が花菱なら、東、特に東京では、山王会と呼ばれる組織が、一大極道組織である。
平家に非ずんば人に非ず、とはよく知られる文言であるが、東京のヤクザの組では、山王に非ずんばヤクザに非ず、なのだ。
山王会のバッジをつけぬヤクザは、よくて木っ端、最悪チンピラ扱い。同じ極道の血道を歩むヤクザは勿論、警察からも軽んじられて来た。少なくとも、大友が出頭する前までは。

「優秀な創業者が土台を整えて経営を軌道に乗らせ、その創業者の気苦労を知っている実子が会社を堅持して……んで、馬鹿で愚図で時勢も読めない孫の3代目が、今まで築き上げた物をダメにする」

 「お決まりのパターンですな」、と肩を竦める片岡。コーヒーには口を付けていない。

「堅気の会社だったら、舵取りの失敗は経営の悪化の後の倒産・廃業で終わりですが、末端含めて数万人の反社会勢力を擁する一大極道組織の場合は、そうも行きません」

 表で法律を守って、正業で生計を立てていた会社が倒産する分には、その会社で働いていた従業員達が、失業者に変わるだけだ。勿論、それはそれで大問題である事は言うまでもないが。
だが、犯罪組織の場合は、これは露骨に大問題となる。服役して罪を償っていない、現在進行形の犯罪者がそっくりそのまま、野に放たれるのだ。
彼だって人間であるから、何らかの手段で飯の種を確保せねばならない。勿論、真っ当な企業が雇ってくれる筈もないので、その稼ぐ方法とは、そのまま『不法行為』となる。
しかもこの上、組織に所属している犯罪者ではなく、一個人あるいは少数規模のチームの犯罪者として活動する訳になるから、一網打尽に検挙ないし逮捕と言う事も、難しくなる。

 山王会や山菱のような、膨れ上がって山の如く巨大化した組織ともなれば。組織の体裁を保ってくれるままの方が、警察としても管理がしやすい。
もっと言えば、その組織と言うデカい図体を保ったまま、風船のように萎んで行き、そのまま縮小化して消滅してくれる事が、理想なのだ。
いきなり散り散りになって、有象無象共が社会に放たれる、その事の方が、困ると言う訳であった。

「さっきも言いましたけど、今の山王の頭は、もう露骨にダメでしてね。やる事為す事全部裏目、しくじる度に金と人を失って、貧すれば鈍するの状態そのものなんですよね」

「それと、関西の山菱がどうだってんだよ」

「山菱と山王は、俺とか先輩が鼻水垂らして野山を走り回ってた時代から盃交わしてるでしょ? 旧い付き合いだから、山王がピンチの時に手を貸した訳ですが……後は言わんでも解るでしょう?」

「馬鹿な奴らだな。ヤクザに貸しは……」

「作っちゃいけない」

 鉄則中の鉄則である。
助け舟を出したんだから、手を貸したのだから、お前も何かの形で恩を返せ。しかも、その恩は一生の物だ。要するにこう言う事である。
だから、堅気はヤクザの手を借りてはいけないのである。ヤクザの手を借りるような人間や組織は、必ずや白い目で見られ、取引だって遠慮される。
その前歴自体が、汚点となるのだし、ヤクザはそれを解っているから、脅しや揺すり、タカリを掛けて来るのである。
ヤクザやマフィア、ギャングなどと言う連中の仁義とは、所詮こんな物で、1度のギブで一生のテイクを迫られ続けるのだ。


 大友には情景が目に浮かぶようだった。
馬鹿でとんまな当代の上層部がしくじって、金やら人やらが流出し、助けを山菱に求めたのだろう。そしてそれで、丸く収まった。
それでめでたしめでたし、となる訳がない。先述した『仁義』とは、ヤクザどうしにも……いや、同じヤクザであるからこそ、強く適用される概念なのだ。
恐らく最初は山菱は、山王会が東京で握っている裏の利権、そのほんの一部を噛ませて欲しいと言った程度の要求しかしなかったのだろう。
いきなり大部分の権利を寄越せでは、山菱の看板にケチがつく。最初は大物ぶって、ほんの少しの権利で許してやろうと。そう思っていたに違いない。
そして、その少しだけの浸食部から、東京でのシェアを、広げていこうと言う絵を描いていたに違いない。
ところが、山王があんまりにも無能で、しくじりとつまづきを頻々と行いまくっていた。そしてその度に、山菱が手を貸し、その見返りに利権の一部を……。
こんな事を繰り返していては、如何なる? 当然の論理の帰結として、山王の東京での発言力や権限は弱まる一方。他方、外様の山菱は、東京でのパイを広くかき集め、支配出来る。

「そう言う訳で、今や山王会は、建前上は山菱と同格の極道一派と言う事になってるんですが、事実上山菱に完全に取り込まれて支配されてるんですよね。人事、営業、経理。これらの部門のトップが今や、山王出身のヤクザではなく、山菱が仕切っている状態です」

 失笑を隠せない大友。
それは要するに、組織の要となる部分を全て、その組織とは全く無関係の他人に牛耳られているようなものじゃないか。とどのつまり、乗っ取られているに等しい。

「んで、従来の山王の連中は何やってんだ? 庶務の部門で、皆様のお茶を淹れてたり、切れた蛍光灯を変えるのに忙しいってか?」

「山菱にこき使われてる毎日ですよ。同情もしないですけどね」

 プハァ、と煙を口から燻らせる片岡。

「ヤクザは組織で固まってて欲しい、だけど適度にグダついていて欲しい。そうした方が、付け入る隙が多くなりますから。だから、非常に困ってるんですよ。組織が強固な一枚岩になりつつあって、ね」

「我がまま言ってんじゃねぇよ、面倒な条件でもクビ突っ込めよ。刑事(デカ)じゃねぇかテメェ」

「1人の力でそれが出来るのなら苦労しませんよ先輩」

 「――それに」

「11年前の大友組の組員全員死んだのだって、そもそもの原因が山王会が無能だったからですよ」

「……」

「汚ぇヤクザだと思いません? 身体使わせるだけ使わせといて、その時が来たら捨てるだなんて、雑巾じゃあるまいし。先輩が刑務所に入った後で調べたんですよ、先輩がムショに入る切っ掛けになった抗争の事。そもそもの発端が、山王の一次団体のデカい組の若頭が、酒に酔って堅気を刺し殺しちゃったからって、馬鹿らしいっしょ。馬鹿の酒癖のケツ拭く為に、先輩の組は使い潰されたんですよ」

 其処まで言うと片岡は、ポケットから、人差し指と親指で摘まめる程度の大きさの何かを取り出し、机の上にパチン、と。
まるで碁盤の上に、碁石か将棋駒でも置くような音を奏でて見せる。バッジだった。但しそれは、ただのバッジじゃない。
大友が現役のヤクザを張っていた時代に付けていた、金バッジ。山王会池元組内大友組の代紋を象ったそれである。

「今から2週間前に、花菱の方の先代会長が亡くなりました。ま、相当な悪事を働いていたモンですから、いるとしたら地獄でしょ」

「葬式はどうしたんだ」

「出来る訳ないでしょ、暴力団排除のこの御時勢に」

 暴力団排除が声高に叫ばれて随分な時間が経過した。
家を買えない、賃貸にも住めない、口座も作れぬローンも組めぬ、と言うのは良く知られている事だ。ちょっとこの手の事情に詳しい物なら、車も買えない事も知っていよう。
だが、彼らにとって一番困るのは、寧ろ、死んだ後の事である。暴力団は、葬式を挙げられないのだ。香典が、不当な資金源となる事を恐れ、斎場が暴力団関係者の葬儀を拒否する為である。

「雑魚の組員が死んだとかだったのなら、密葬みたいなもんで済ませたでしょうが、会長クラス。それも、花菱会の先代が死んだとあったら、しみったれた葬式は出来ませんわな」

 不法行為と暴力で飯を食うから、暴力団である。
彼らが何を気にするのかと言われれば、面子だ。言ってしまえばそれは、体裁、見栄の事である。
冴えない、とろい、情けない、ダサくて喧嘩も弱い人間に脅されて、果たして誰が怖がるのか。恐怖に屈して、言いなりになると言うのか。
彼らがカッコつけるのは、そう言う性分だからと言うのもあるが、舐められたら商売が終わりだからである。人間の根源的な本能の1つである、恐怖を感じ取る危機察知能力を反応させる為に、彼らは必要以上に面子を気にするのである。


 そんな彼らが、先代とは言え組織の頭。
それが大往生したと言うのに、葬式1つ挙げられませんでしたは、沽券に関わる。
一番偉い奴が亡くなったのに、葬式も挙げられないのかと、馬鹿にされるからだ。ために、盛大かつ派手な葬式を行わなくてはならないのである。

「山菱会と山王会の両方が2週間、必死になって駆け回って、漸くデカい寺を斎場として抑えられました。そこで葬式が行われます」

「俺に出ろってのか?」

「先輩の組を使い潰した酔っ払いの馬鹿も出席しますし、山菱の会長も当たり前の話ながら出席する、一大葬儀です。勿論、俺達警察も厳戒態勢で監視と張り込みします」

「……」

「必要であれば……『道具』も用意しますよ」

 それは、隠語だった。
チャカ、ハジキ。片岡が言った道具を、こんな呼び名で言う者もいる。拳銃であった。

「先輩のいない間に、ヤクザもとんと手ぬるい生き物になりましてね。暴力の世界に身を置いていた先輩が、嘆かわしく思う位に堕落しちゃいましたわ」

「……」

 大友は、無言を保ち続ける。

「これじゃ、組の為、親の為に、殺しを続けて来た先輩や大友組が馬鹿みたいじゃないですか。先輩、お気持ちお察ししますよ。最後の華舞台ぐらい、俺が整えて――」

「テメェの2枚舌は死んでも変わらねぇな」

 片岡が置いた、大友組時代のバッジを、大友が指で人差し指で弾き飛ばした。

「馬鹿しかいねぇ馬鹿田大学出身なんだからよ、テメェのキャリアじゃ出世が頭打ちするに決まってるじゃねぇか」

 片岡の表情から、笑みが消えていく。
先輩と他愛のない話をする後輩の顔ではない。癪に障るチンピラを見る、マル暴の顔だった。

「ヤクザ焚きつけて何するつもりだコノヤロウ。テメェそれでも刑事かコノヤロウ!!」

 其処で大友は、テーブルの支柱を蹴りつけた。
激しくテーブルが揺れ、まだ一口もつけていない2人のコーヒーが、カップごと倒れて机上に零れてしまう。
2人のその様子を、店のマスターが怯えた目で眺めている。

「……先輩、これ何だかわかります?」

 そう言って片岡はトントンと、花菱会のエンブレムの画像が表示されたスマートフォンを人差し指で叩いた。

「アンタが塀の中で臭い飯食ってる間に出た、スマートフォンって奴だよ。落ち目で馬鹿なヤクザにゃ解んねぇだろ」

 片岡の口調が、明白に変わった。
その声のトーンは大友も知っている。取調室で主に使われる声音である。

「アンタ今幾つだ? 50過ぎだろ。普通の50歳はな、自分の居場所が家庭にも職場にもあってな。家庭は落ち着ける場所、職場ではベテラン・重役みたいな扱いで、多少はラク出来てゆとりだってあるもんなんだよ」

 大友の身なりを眺める片岡。その後、失笑する。

「何も持ってねぇだろアンタ」

 片岡はそう言うと、倒れたコーヒーカップの摘まみに指を通し、それを大友の方に勢いよく振った。
まだ中身が入っていたらしく、その残りが、大友の顔にひっかけられてしまう。

「いつまで昔の気分で肩で風切ってんだ、カッコつけてんじゃねぇ!!」

 怒鳴り声をあげ、今度は片岡の方が今度はテーブルの支柱部分を蹴り飛ばした。


「組もねぇ、家もねぇ。親もいねぇ、嫁もいねぇ、実子もいねぇ。免許も車も持ってねぇ、保険証もマイナンバーカードも携帯もありやしねぇ。挙句の果てには、バイトも派遣もした事ねぇ」

 それは全て、今の大友と言う人物を指し示す、事実そのものであった。

「テメェなんかただの無職だよ、無職!! ヤクザどころかチンピラですらねぇ、昔ヤクザの組長だった下らない栄光だけに縋るゴミだゴミ!!」

 大友と片岡が同時に立ち上がる。ガタガタと、激しい音を立たせて。

「ヤクザに一番必要な、『タマ』と度胸も落としてきやがって。テメェみてぇなクズの社会不適合者が令和の世の中でどう生きるってんだ、あぁ!?」

 ――要するに片岡の描いた絵を、大友は見抜いていたのだ。
片岡は、大友を鉄砲玉として利用し、葬式会場に居並ぶ山王会と山菱会の歴々を射殺させ、組織の勢いを著しく弱体化。
この弱体化の手柄を、そのまま頂くつもりでいたのだろう。その目論見が外れ、このような逆切れに及んでいる。そう言う事であった。

「……ホント言うとよ、お前を弾くかどうか、悩んでたんだよ」

「……なに?」

 突如として、大友が落ち着き払った声でそんな事を言う物だから、片岡が面食らった。
今までの激昂ぶりが嘘のような、態度の反転のさせ方に、『弾く』、と言う言葉の認識が出来なかった程だ。これも、隠語だ。一般人にも解りやすく言えば、『殺す』、と言う単語のシソーラスである。

「たらふく鉛の弾丸喰らわしたから、少しは考えを改めるようになったかと思ったけど、何だオメェ、死んでまで律義に汚職警官かよ」

 ポカンとした様子で、大友の言葉を聞き続ける片岡。
彼は、目の前にいる、先輩と呼んでいたヤクザの言葉を何一つとして理解出来ずにいた。長年の刑務所暮らしで、遂に、頭がおかしくなったのではないかとすらも、思っていた。

「もういいや」

 大友はそう言うと、おしぼりの入ったビニールの封装をビリリと破り、中に入っていた消毒済みの布おしぼりで、顔を拭き始める。

「――オイ『れぜ』。良いよもう。殺してくれ」

 そう大友が告げた次の瞬間、片岡の頭が、爆発した。
岡本何某とか言う芸術家が言ったような、芸術は爆発だとか言う、抽象的な言い換えではない。比喩でもなく、火薬の炸裂音と共に、頭部が弾け飛んだのである。
バケツ何杯分にもなろうかと言う大量の血液が撒き散らされ、粉々に砕けた肉片と骨片が飛散する。
デヴィッド・クローネンバーグの映画、スキャナーズの1シーンのように。片岡の頭は砕け散り、一溜りもなく即死した。

「……なんちゅー殺し方だよ」

 呆れたように大友がボヤく。
顔どころか身体中が、片岡の返り血で真っ赤の状態だった。その事ついての動揺も、大友にはない。
首元より上の部分を消失させたまま直立している片岡の、後ろのテーブル席に座りながら、にこやかな笑みを浮かべる女性を、大友は無感情に眺めていた、
彼女は、何時の間に座っていたのか。大友に向ける不敵な笑みは、何なのか。何を、意味するのか。

「どう、私の殺し方?」

「俺に引っかかってるじゃねぇかバカヤロウ」

「おしぼり使えば? この店あるでしょ」

 まるで、親子のような気安い会話。片岡の死体を挟んで話す内容とは、到底思えなかった。
その片岡の骸が、前のめりに倒れた。机に対して胴体を腹這いにさせて、突っ伏すような形。
この時生じた音を契機に、漸く、事態を目の当たりにしていた、喫茶店のマスターが正気を取り戻した。
取り戻したからと言って、どうなる訳でもない。辛うじて、片岡が死んだ、と言う事を理解した程度である。
それだけ。警察を呼ぶ事も、悲鳴を上げる事も、男には出来ない。カチカチと歯を鳴らして、情けない悲鳴を歯と歯の間から漏らさせ、涙を流すだけだった。遅れて、失禁すらし始めた。小便と、大便の双方。

「目撃者っていない方が良いの?」

「まぁな」

「だよね。それじゃ――」

 それと同時に、喫茶店のマスターの頭も、先の片岡と同じ末路を辿った。
ピンポイントで、頭だけを爆破された彼は、首元より上を爆散され、血と骨を飛び散らせた後、後ろのめりに倒れた。
後ろの棚に置いてあった、業務用のコーヒーメーカーが、マスターの死体に引っかかり、けたたましい音を立てて床に落下するのを、大友と、彼が召喚したアサシンのサーヴァントは、見届ける。

「次に刑務所入る時は死刑囚かな」

 大友のジョークが面白かったのか、アサシンは、ケラケラと笑い始めた。
冥府で、死刑の事を心配するようなナンセンスな男は、自分のマスターぐらいだろうから。



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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 脅し、人身売買、違法な臓器摘出。
非合法のカジノ経営に、ボッタクリ、薬物売買に嘱託殺人。
日本と言う社会において、犯そう物なら一発実刑。情状酌量の余地もなければ、執行猶予も絶望的。そんな犯罪に、大友は幾つも手を染めて来た。
天国になど行ける筈もないと思っていたし、地獄にしか、居場所がないと、何処かで諦めもしていた。

 それが、どうだろう。
死後に行き着いた場所が、地獄じゃなくて冥府と言う場所で。しかもそこで、殺し合いに生き残れば、自分は生き返れた上に、どんな願いでも叶えて貰えると言う。

「随分太っ腹なんだな」

「そうだね」

 大友の言葉に対して、アサシンは、短くそう同意した。
そう言う権利を許す人間を、間違ってないかと大友は思う。自分が極悪人であると言う認識を、十分過ぎる程に大友は抱いている。
こんな人間に、蘇りの権利を認めちゃ行けんだろうと、真剣に思っていたし、こう言うのは、自分のような目に見えて解る悪人にではなく、善人としても悪人としても、中途半端な人間にやってこそ、意味があるものじゃないのか?

 しかも、いい感じの拠点まで、提供してくれていた。但し、普通の感性を持った人間からすれば、「うっ」となる所だ。
足立区の外れの、築50年以上も経過しているボロアパートだ。風呂なし、トイレのみ、冷暖房なしの、和室の1ルーム。
この上、同居人に十数匹のゴキブリと、数匹のネズミの一家が自動的に付いてくると言う、素敵な一部屋だ。
こんな部屋でも、用意されているだけ、大友には有難いものだった。そんな部屋に、2人はいた。大友は胡坐、レゼは、直立。

 正味の話、歳食った頭で、聖杯戦争だとか葬者だとか、サーヴァントだとか言う事を言われても、理解が出来ない。
大友の、灰色の脳細胞で理解出来た事は、2つ。1つは、面倒臭いレクリエーションが必要なんだな、と言う事。そして2つ目が――目の前にいる少女だ。彼女と共に勝ち抜く必要がある、と言う事だ。

「なぁ……お前、何人殺して来たんだ?」

「おじさんの懲役年数の、うーん……100倍近いと思う」

 ぞっとしない話だ。
山王会も花菱会も、創立から現在にかけてで、かつ、彼らがそれぞれ包括している、傘下の極道一家や組。
そう言う歴史の中で、殺して来た人間の数なら、間違いなく1000人は容易く超える。だが、一個人で、1000人も殺したヤクザの話なんて、聞いた事もない。
100人だっていない。10人ぐらいならいるかも知れないが、それだって、数万人を容易く超える構成員の中の、100人か、それ以下と言う数値だ。
1000人殺し何て、大法螺以外の何物でもない。銃が大っぴらに解放されている、海外のギャングやマフィアですら、こんなに殺してる奴らはいないと大友は思っている。

 ――初めて彼女を。
『レゼ』と言う名前のこのサーヴァントを目の当たりにした時、大友は確信した。
殺している。そして、疑いようもない、悪人だ。自分の、50と余年の人生で殺して来た人数の、数百倍を彼女は殺めている。


 歩んだ人生を詮索するような真似はしない。
ヤクザの道を自分から選んだ理由、或いは、この世界に堕ちて来た理由。大友は、そう言う事を聞かない事にしている。
だが確かな事は1つ、大友は嗅ぎ取っていた。レゼは、ヤクザやアウトローの世界が眩しく見えて、自分から落ちて来た馬鹿ではないと言う事。
そして――それとはまた別に、殺す事自体を、楽しんでいるフシがある、と言う事。

 端的に言って、壊れているのだろう。
その壊れたサーヴァントと、大友は歩いて行かなくてはならない。常に、こんな爆弾を抱えて、生活しなければ、ならないのだった。

「おじさんさぁ」

 ヤクザの世界とは何処まで行っても、躾と行儀である。
堅気の商売でも、名刺の渡し方だとかお辞儀の角度だとか、そう言った物を言われる事もあるだろうが、ヤクザの世界はそんな次元ではない。
上の2つなど当たり前に求められる事であり、敬語の使い方を間違えればその時点で鉄拳が飛ぶ。つまり極道の世界とは、面子を立てる事なのだ。
舐めていると思われたり、思っている事が、伝わってはならない。それを考えると、レゼのおじさん呼ばわりなど、一発アウトの発言である。
尤も、それを咎める気にも大友はない。どう見たって、レゼの方が強いし、立場も上だ。……それに、今の大友は、ヤクザでは、ないのだ。怒った所で、と言う奴だ。

「何であの喫茶店で、舐めた刑事殺さなかったの?」

 レゼもまた、大友がまともな人間でない事を見抜いていた。
そもそもの話、殺し屋とかヒットマンと言う連中は、一目で『そう言う人種』だと解ってしまうようなのはダメである。
現代の海賊は、黒ひげだとかバーソロミューとかの時代の様に、黒地に髑髏のマークの帆をかけて……みたいな真似はしない。
無害な客船、漁船を装って、相手が油断した所で、いきなり襲撃を掛けて来るのである。殺し屋もまた、これと同じような事をする。
社会に迎合し、法規範に従順な素振りが上手く、大人しそうで無害そう。しかし、社交性がない訳ではなく、挨拶だってするし気配りだって出来る。
人の目を見て明るく話せるし、積極的に勤労にだって従事する。何故そんな事に装うのかと言えば、疑われないからだ。疑義を抱かれない事こそが、一流の暗殺者の分水嶺なのである。

 レゼが、大友に召喚された時に真っ先に思った事は、「あっ、殺ってる目」、であった。
目は口程に物を言う。大友の目の奥で燻る闇と同じものを、宿した存在をレゼは何人も見て来た。何人も、殺して来た。
これに加えて大友は、根が凶暴だ。殺す事について、躊躇いは全くない。相手と敵対するとなった時に、殺す、と言う選択肢が常に出て来る手合いの人間だ。
これも、レゼは理解していた。だからこそ、疑問だったのだ。如何してあの刑事を――片岡を、喫茶店に入るなり、殺さなかったのか。
刑事とは思えない悪罵を垂れ流させ続けたり、コーヒーをぶっかけられたりしたのを、如何して、耐えていたのか?

「まぁ、見知った顔だったってのもあるけどさ……。正直、アイツの言葉で怒ったんじゃねぇ。殺したのは、アイツを生かしておくのは嫌だったからだ」

「え、あんだけこっ酷く言われたのに? アレが引き金じゃなかったの?」

「アイツの言った事、正しいからね」

 きょとんとした表情の、レゼ。

「ヤクザは親の言う事は絶対。暴力で成り上がって、他人の血で絵を描いて見せろ。俺が下っ端だった頃に、口煩く、拳混じりに言われた事だよ」


 暴対法の成立以前、今よりもずっと、暴力団の抗争が頻々に起きていて、それでいて規模も大きく、激しかった頃。
大友はそんな時代に極道の門戸を叩いた。その頃には随分と言われた物だ。極道は血道をあげてナンボ、組の為に臭い飯を食べて男を上げる。
暴力を振るい、暴力を金に代えられない奴は、極道の恥だ。そんな事を、昔はよく言われたものだった。

「でもよ、ある時俺は気付いちまったんだ。そんな事を言ってる奴も、その更に上の連中も、テメェの手を全然汚したがらないんだよ」

 そうだ。
アイツを脅して来い、痛めつけて来い、殺して来い。
そんな事を命令する人間に限って、自分の手を汚したがらない。泥を、被りたがらないのだ。
それが、面倒だからだとか、人を殺す事が生理的に無理だったからだとか。そう言う理由であれば、大友もまだ、納得が行った。

 彼らは……極道のトップ層は、ドップリと頭まで、極道の世界に浸っている分際で。
他人の目から、侠気と漢気に溢れる男前で、悪の道理を知りながら善の世界にも理解を示す、いい子ちゃんに見られたくて見られたくて、仕方がなかったのだ。
誰かの利益を不当に害して得た金で、ベンツやハマーやフェラーリやロールスロイスを乗り回し、庭付きの豪邸に住んで、毎日のように上手い物を喰い、飽きる程女を食い散らしていながら。
この上更に、『いい人』に見られて尊敬されたくて、堪らなかったのである。悪の権化、最先端とも言うべき奴らが最後に求めたのは、堅気の人間の特権だった。『正義』と言う立場であった。

「気付くのが遅すぎたんだよな。暴力で大成しろだとか、親の言う事には従えなんて、使う側の都合なんだって。自分達が安泰でいる為には、下っ端に、泥被って、身体張って貰うしか、ねえもんな」

 社会の歯車だとか言う表現が、使われて久しいが、極道の世界では歯車ですらない。
雑巾なのだ。親の体裁を良くする為の、布巾なのだ。そして、時が来て、汚れて使い物にならなくなったら、捨てられる。
極道がそんな存在だと理解した頃には、とっくの昔に大友も、カタに嵌められていた。極道を辞めて生活する事が、出来なくなってしまっていたのである。

「ぜーんぶ、正しいよ。この歳で、身分証明書も何もなくて、携帯も持ってない、職歴はバイトも派遣もした事ない。それもこれも、俺が馬鹿なヤクザだったからだ。否定出来ねぇんだ」

 本当の事を言うと、片岡に捲し立てられた時、大友は内心で、笑っていた。
そうだよ、お前が正しいよ。どうせ殺すのは間違いないけど、お前の言い分は全面的に正しい。俺は先のねぇヤクザだ。先がねぇから、自分で自分の命を絶った、終わった男だよ。

「なるもんじゃねぇよな。ヤクザなんて」

 レゼの姿を、ジッと眺める大友。彼女の感情を、表情から読み取る事は出来なかった。

「使い使われ、さんざっぱら身体使われて、何も残らねぇんだから、笑っちゃうよ」

「じゃあおじさん、聖杯に願いはないの?」

「……」

 ない事は、ない。
2度目の生を、若返った状態で送りたいし。次はヤクザを止めて、普通に生活したかった。いや、或いは、またヤクザの門戸を叩いて、今度こそ成り上がるか?
それに、蘇らせたい連中もいるのだ。大友組の舎弟や、出所してからの仲間だった木村と、木村の舎弟2人。不運の死を遂げた彼らも、生き返らせたい。偽らざる本音だ。

 ――それでも。

「思い浮かばねぇな」

 大友はどうにも、聖杯の使い道、と言う物を上手くイメージ出来ないようだった。

「ただ、オメェの邪魔はしねぇよ、れぜ。お前は聖杯を使えばいい。俺は、お前が殺す事に何も言わないし、俺も死にたくはねぇから殺すつもりでもいる。それでいいだろ」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……え、私の願いとか聞いてくれないの?」

 期待してたんだけど、と小さく呟くレゼ。残念そうな表情を、隠しもしない、仕方なく、聞いてやる事にした。


「まぁ、俺も気になってた事だから聞きたかったよ。お前は逆に、聖杯戦争って奴を勝ち残ったら、何がしたいんだ?」

 待ってましたと言わんばかりに、レゼは、言った。

「今の仕事やめる」

 キッパリ、と言う擬音がこれ以上となく相応しい、言い切り振りだった。

「なるもんじゃないよねー、スパイなんて。しかもさあ、ソ連のスパイだよソ連!! 私よりずっと高官の同志だって粛清される国なのにさぁ、私が人間的な扱いされる訳ないじゃーん?」

 「ほんっと……」

「クソみたいな国……。崩壊してせいせいしたよ、バーカ」

 親の言いつけを守らない子供を怖がらせる為に、親が使う脅し文句、と言う物は、洋の東西を問わず何処にでもあるらしい。
夜中に誰かが攫いに来るだとか、ベッドの下に怪人が潜んでいたりだとか、所謂ブギーマンとか呼ばれるものだ。
ロシアの場合は、秘密の弾薬庫と言うものだ。言う事聞かない悪い子は、夜中に彼らが迎えにやって来て、同じような悪い子達でぎゅうぎゅう詰めにされちゃうとか。まぁ、そんな話だ。

 その話が、真実であったと暴露され、一時期話題になった事がある。
そこでは子供達に自由はなく、外に出る事は一切許されない。ソ連主導の下、非道な人体実験が幾度となく行われ、多くの子供が死んでいった。
ある者は実験に耐え切れず。またある者は過酷な環境下で衰弱して。ある者は望んだ成績を出せなかったからという理由で、飯の量を減らされて餓死し。またある者は、規律違反で処刑されて。
子供の人権など、其処では一切尊重されない。名前ではなく番号で呼ばれ、管理され。監督官の気分次第で殴られるなど当たり前。
これで、少しばかり顔の造形が良いものなら、職務上の役得と言わんばかりに、前の穴も後ろの穴も犯される。その性行為に、犯される側の性別が関係ない。あそこでは、女も男も皆、『非処女』であった。

 そんな、酷い不思議の国で、レゼは育った。
レゼと言うのも、本当の名前ではない。コードネームのような物だ。彼女自身ですら、本当の名前は、解らないのである。

「その仕事から足洗ったら、何するつもりなんだ?」

「便利だからねぇ、この悪魔としての力は、手放さない」

 大友は呆れた。あくまでもその力は、自分の物として管理していたいらしい。
まぁその気持ちも、解らなくはないと大友は思った。大友は、レゼの言う悪魔の力とやらについてはとんと詳しくないが、誰が見たって、凄まじいスーパーパワーである事は解る。独占していたい、と思うのは、どうしようもなく抗い難い人の欲、と言うものだろう。

「でね、私、学校行ってみたい」

「……」

「普通の学校って、テストの成績が悪いからって殴られたりしないし、先生が『この問題が解る奴はいるか』って聞いて全員手を挙げてるのに、挙げてない子がいると顔面蹴られたりも、しないんでしょ?」

「……」

「それでね、休みの日には、全然客が入ってない喫茶店でバイトして、だーれも客が入ってないその喫茶店に、気になってる男の子と招いてね。コーヒー飲んで、一緒にダラダラペチャクチャ喋ってるの」

「……」

「……うん。今度という今度は、田舎のネズミみたいに……誰にも脅かされないで、安全で安心な暮らし、送りたいな」

「田舎のネズミって何だよ」

「聞いた事ない? 都会のネズミと田舎のネズミの寓話。田舎のネズミは安全に暮らせるけど、美味しいごはんにはありつけない。都会のネズミは美味しい食事が出来るけど、人とか猫で危険がいっぱい。さあ、どっちを選ぶ? って奴なんだけど」

「んなもん、聞かれるまでもねぇ事だろ」

 大友は、言った。

「都会も田舎も、好きな時に行き来出来る人間様が一番じゃねぇか、コノヤロウ」

「ちょいちょい、金の斧と銀の斧どっち選ぶって言われて、両方選んじゃダメって聞いた事あるでしょーが」

「そりゃお前、童話の中での話だろ」

 溜息を吐いて、大友は続ける。

「お前顔は良いんだから、どっちか片方しか選ばないんじゃなくて、両方を好きな時に選べるようにしろよ。そう言う事、できんだろ?」

「……」

「ネズミ何て食われて、実験に使われたりで、良いイメージないじゃねえかよ」


 「俺達と同じでよ……」、大友は、何処か寂し気にそう呟いた。それを聞いて、レゼは、押し黙った。
考えてみれば、人間であれば出来る筈の事だった。田舎か都会のどちらかに住み、時に田舎で上手い空気と、山海の幸を堪能し。
都会に戻って楽しかったと満足し、熱いシャワーを浴びて、ぐっすりと眠ってみたり。ああ、理想的じゃないか。最高に人間的で、幸福な生活じゃないか。
ネズミ如きには送りようもない、素晴らしき日々ではあるまいか!!

 そして――隣には、ちょっと気になるカレも一緒。
バカで、スケベで、お調子者。食い意地と性欲は一丁前、でも誰よりも、下手したら自分よりも。レゼと言う女の事を信じている、カレも一緒に連れて行こう。
日本に潜入する前に目を通した、日本の地理についてのガイドブック。そこで見た、オキナワとかハカタとか、シコクとかホッカイドーとか、行ってみたい。
で、少し平和になった後でなら、ソ連……じゃなかった、ロシアにも行ってみたいかな。モスクワの街とか歩いてみたいし、後はそうだな、シベリア。
極寒の地って言う否定的なイメージを日本人は持ってるみたいだけど、あそこ、今じゃ観光業で潤ってるし、お金持ちがリタイアメントして、余生を過ごす場所としても人気なんだから。

 ……そう言う所を。デンジ君と一緒に行ってみたいかな。
迷惑じゃなければ、また、楽しみたいんだけれど。出来るかな。

「……もしも」

「ん?」

「私が気になってる男の子が、フリーじゃなくなってたら、旅行、おじさんと一緒で我慢してあげる」

「バカヤロウ、俺はガキには興味ないんだ。お前さんみたいな娘と一緒に旅行したら、援助交際してるロリコンだと思われちゃうじゃんか」

「それでもいいじゃん。ねぇおじさん、何かお勧めの旅行スポットとか、ないの? その男の子と一緒に旅行行く時の、参考にしたいからさ」

「俺が案内出来る所なんて、韓国しかねぇぞ」

「へえ、韓国!! 良い所だよね。美味しい物とか、何かある?」

「……済州島で、俺の舎弟だった奴がいてな。タチウオのチゲ鍋が、韓国で一番美味いって言っててよ。俺も食ってみたかったんだが、喰えず仕舞いでね。それが、気になってるんだ」

「えー、何それ。凄い気になる。聖杯戦争勝ち残ったらさ、おじさんも誘って上げるから食べに行こうよ」

「お前のいる世界何て行ったら命幾つあってもたりねぇじゃねえかコノヤロウ」

 これだけは、本心で大友は言い放った。
自分の命に頓着してないし、願いも特にないのだが。悪魔やらデビルハンターやらが当然の様に認められている世界に。
誰が好き好んで行きたいんだと、大友は強く思った。それを見て面白がって、レゼは、ケラケラと笑い続けるのであった。



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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 向かいのテーブルに横一列に並んで座る男達が、顔見合わせ、何かを話し合っている。 
よく聞くと、日本語の単語や成句が、一言一句たりとも聞こえて来ない。方言とかそう言う次元の問題ですらない。彼らは英語で、何かを相談しあっているようだった。
高校受験レベルの英単語の記憶すらもう覚えていない、そんな学のない大友にも、ああこいつら日本語喋ってねぇな、と言う事が解る。

 1人たりとも、日本人、中国人、韓国人のような顔立ちの人間がいない。
タイやベトナムを初めとした東南アジア系の顔立ちの人間も、勿論見られない。大友を罵倒する人間、その殆どが白人で、残りが黒人であった。比率で言えば、9:1と言う所である。

【お前、ロシアのスパイだったんだろ? 何言ってんのか解るか?】

 イスに足組んで座る大友が、霊体化して隣に佇むレゼに念話を送った。

【イタリア訛り酷過ぎ~、聞き取り辛いよ~】

 スパイを育て上げると言うのは、非常に高度かつ、実践的な教育を伴う。
他国、それも、表面上・水面下を問わず、敵対している国家に潜入すると言う都合上、膨大な知識を、深い理解度と習熟度で修めなくてはならないからだ。
怪しまれないような立ち居振る舞い、明るい仕草や言動、人畜無害そうだと思われる雰囲気の出し方。そう言った物も会得しなくてはならないが、何と言っても大事なのは、潜入先の国家への理解だ。
相手国の風俗や文化、宗教に歴史に、政治事情。そう言った物を理解して初めて、相手先の国家に潜入するに足るスパイとして認められる。
だが、何よりも求められるのは、言語だ。ライティング、リーディング、スピーキング、リスニング。何1つ欠けてはならない、1つ欠ければ重要な情報を持って帰れないからだ。
相手とコミュニケーションを取る事が大事なスパイなのに、敵性言語を読めません書けません、話せません聞き取れませんでは、話にならない。
だから、スパイの登竜門は、言語からなのだ。レゼもまた、KGB仕込みのスパイ教育を受けているし、その過程で、複数国家の言語を一通り学んでいた。
主に得意とするのは、英語と、生前の主要任務を遂行するのに学んだ日本語。その他には、余り得意とは言えないが、アラビア語と中国語、フランス語も、それなりと言った所だ。

 彼らが口にしている言葉が英語であるから、レゼも一応は聞き取れている。
何を言っているのかも、解っている。ビックリする位品のないスラングだ。全員アルマーニのスーツで決めているのに、話す言葉の品性のなさったら、ない。
だが何よりもレゼにとってウンザリしているのが、言ったようなイタリア訛りだ。方言や訛りがあるのは、日本語に限った話じゃない。
世界中に話者がいる英語ともなると、その訛りのバリエーションたるや、信じられない程多いものとなる。如何にスパイ教育を修めているレゼと言っても、訛りの全てを網羅する事は不可能である。
ために、聞き取り難いと言う他ない。早口だし、発音のイントネーションも正当な物でない。おまけに使う成句も、イタリア系の連中にしか意味が伝わらないような物も混じっている為、余計に解読が困難となっていた。

 レゼが、あのアパートだと嫌だ、やる気が出ないと言うので、大友は、別の部屋を探す事にしたのである。
とは言え、大友はまともな職に就けない身であるし、賃貸を新規に借りる事も、出所後間もなくでは困難。そしてそもそも、レゼが満足するようなところに住めるだけの貯蓄もない。
だったらどうする、と言う事になり、そこで大友は、長い物にも巻かれない、舎弟も持たない。そんな一匹狼のヤクザにでもなるか、と思った。
結局、やるもんじゃないとレゼに言っていた、ヤクザの身分に戻った訳である。

 大友は、元居た世界の舎弟だった石原のように、頭脳労働で稼ぐタイプのヤクザではなかった。
何処まで行っても暴力一辺倒。これ以外に、金の増やし方に敏くない、平成の初期の時代ですら時代遅れだったヤクザである。
そんな彼がどのようにして、金を稼ぐか。所謂、カチコミだ。但し的は絞る。同業者のみを狙って、アタックをかけたのだ。

 日本のヤクザは言うに及ばず、中国・韓国のマフィア、東南アジアで勢力を伸ばしている麻薬カルテル。
そう言った連中に襲撃をかけ、組員を皆殺しにし、その後、事務所の金庫の金を強奪する、と言う無法で荒稼ぎを続けていた。
伊達に何十年もヤクザをしていた訳じゃない。何処に組があるのかと言う嗅覚は備わっており、襲撃を仕掛けたら、案の定、と言う確率が今の所100%だ。
それに、こう言うヤクザやマフィアやカルテルが稼いだ金と言うのは、盗まれました強奪されましたでは、示しが付かない。
警察に通報などして見ようものなら、組やファミリーが壊滅してもなお語り継がれるレベルの恥となる。面子が全ての裏社会の住人は、身内の不始末は全て自分が付けねばならないのだ。
つまり、大友の狂行は警察に露呈しない。そして、盗まれた組織の追手もまた、来ない。レゼが、殺し尽くすからであった。

 その、皆殺しにして来た組の中に、イタリア系アメリカ人で構成されたマフィアのファミリーと、敵対している所があった。
イタリアの地を発祥とする犯罪者のグループを、マフィアと呼ぶ訳だが、事情として、日本で彼らは全くと言って良い程根付いていない。
理由は、単純。距離的に、日本と遠いからに他ならない。中韓、東南アジアの犯罪組織が日本で活動しているのは、魅力的なシノギだからと言うのもそうだが、何よりも、近いからだ。

 確かに日本は遠いが、マフィアの目から見ても、可能であれば食い込んでおきたいと思う位には、魅力的な市場である事は間違いなかった。
熾烈な犯罪と言う物に無知な国民、法規によって暴力を振るう事をガチガチに規制された警察機構。そして何よりも、外人に対して甘い政治体制。
こんな国家が、アメリカと並び立つ経済の雄であるのだから、機会があれば御近づきしたいと思うのも、ごく自然な話。
だから、本家筋から、腕利きの幹部数名と、ソルジャー要員数十人が、日本に侵入。水面下で版図を広げていた、と言う訳だ。

 彼らマフィアに先んじる事、何十年も前。その時点から既に、日本に根付いていた中韓系の勢力。
彼らが目の上のたんこぶだった。いつだって、先んじて定着していた、先住の勢力と言う物は、折り合いに苦労する。
マフィアの本音としては、仲良くしたいのではない。排除したい位だったし、ある日突然全員、死んでくれないかと言う気持ちで日々を過ごしていた位だ。
そんな彼らを、排除した男がいる。しかも、その排除の方法と言うのも、刑務所に放り込むと言う方法ではなく、生物学的な死を齎す、と言う方法で!!

 人の欲望渦巻く先進国の首都と言うのは、余人の想像を遥かに超える腐敗が渦巻いている。平和が、空気と水の如しの日本でもそれは例外ではない。
平和でありながら、腐敗していると言う事に、魅力があるのだ。そしてこの平和と言うプライスは、損ないたくない。だから、大規模な抗争を、マフィアの連中は差し控えていた。
そんな所に、大友がやって来て、頭からこちらの活動を抑え込んでいた連中を皆殺しにしてしまった。
是非、スカウトしたい。相応のインセンティヴも約束する――と言って、大友に接して来たのが、今からつい数時間前の事。
勿論、こんなのは建前だろう事は大友も理解している。本音を言えば、安くコキ使って、働かせたいのだろう。
黄色い猿を、安い値段で買い叩いて、邪魔な連中の露払いにでも、利用したいのであろう。自分達の手を、汚させず。

 その目論見が外れて、交渉のテーブルの空気が、随分冷えてしまっていた。
場所は江東区、有明。そこに建てられた、ある低階層超高級マンションだった。
どんな超一流企業勤めでも、サラリーマンと言う括りの働き方では、購入したとて一生ローンを返済出来ない。そのレベルの、高級住宅だ。
マフィアは、このマンションの1フロアを丸々購入し、己の拠点としていた。見栄と体裁を、マフィアは重視する。
表向きの来日理由はビジネス目的。彼らの表の顔は、米国でも著名な会社の幹部陣であり、日本支社を現在立ち上げる為に、遠路遥々やって来た、と言う事になっている。
解りやすく言えば、フロント企業だ。其処まで、己の毛並みや、鑑に映った姿を気にする連中の事務所がコンテナなど、彼らのプライドが許さない。だから、彼らの自尊心を満たす為、高い住まいを借り上げた、と言う訳なのだった。

「……」

 沈黙を保ち続ける大友。
この部屋に通され、テーブルに着席した時。大友は、手渡された英語の契約書に目を通している。
当然、彼は読めない為、霊体化したレゼが翻訳する形となる。これが、笑ってしまう程の悪条件。殺しを請け負う値段としては、余りにも安いそれだったのだ。
しかも文面はレゼ曰く、ビジネス英語ではなく、完全にこちらを馬鹿にしくさった酷い英語の文法との事で、大友が、英語を完全に理解してないだろうと言う侮りと嘲り、侮蔑の意味で、作り上げたものだったのだろう。

 そう言う訳だから、契約書を大友は破り捨て、「作り直せよ」と静かに連中らを脅して、今に至る。
おかげで、場の空気と雰囲気は最悪。にこやかな笑顔を浮かべていた相手方は、途端に鋭い光を宿したそれになり、母国語で、談合を始め出したと言う事である。
尤も、何を言われているかは解らない。解らないが、どうせ、こちらの事を小馬鹿にした内容であろう事は、想像に難くなかった。

「Fuckin' Jap……」

 誰かがそう呟いたのを、大友が聞いた、その瞬間だった。
懐に隠していた拳銃を、あっという間に引き抜いた大友は、その銃口を、部屋で一番年配と思しき外人の頭に向け、発砲。
銃声が響いたと同時に、アルマーニのスーツを纏った男の額に風穴が空き、其処から間欠泉めいて、血液がビューっと噴出し始めた。

 大友のそんな行動を受け、合わせてレゼも、実体化。
大友が、撃つ、黒人の分厚い胸襟に風穴が開く。レゼが指を弾く。若い白人の胴体が爆発し、その爆風に巻き込まれ周囲にいた人間が火達磨になる。
大友が撃つ、白人がのたうちまわって死ぬ。レゼが指を弾く。頭が爆破され粉々になる。外人が「Please have mercy……!!」と怯えた様子で口にする、大友が撃つ。慈悲を請うた外人の口に銃弾が命中、うなじを銃弾が貫通して通り抜ける。

 撃つ、爆発する。撃つ、爆発する。
そんな事を繰り返す事、数秒程。部屋の中は酷い有様となっていた。
交渉の席として使っていたマホガニーのロングテーブルは、もとからそう言う色だったのか? と思う程に、赤い血液でベッタリで、その上には骨片やら肉片やらが大量に散らばっている。
床は、血の池と言う陳腐な表現がこれ以上となく相応しい程、血液が海のように広がっていて、足の踏み場を探すのも難儀する程だった。
素人目にも解る。この部屋に、マフィアの生き残りなど、誰もいない。皆、殺されてしまったのだと。

「何で殺したの?」

 自分も殺しに加担したとは思えない質問だ。レゼの場合は、大友が撃ったから何となく、加担したに過ぎなかった。

「ファッキンジャップくらいわかるよバカヤロウ」

 ウケたのか、レゼが爆笑し始めた。
大友も、自分で言って笑ってしまったらしい。思わず、物言わぬ死体の1つに、銃弾を一発、お見舞いしたのは、彼なりの照れ隠しなのであった。



【クラス】

アサシン

【真名】

爆弾の悪魔、或いは『レゼ』@チェンソーマン

【ステータス】

筋力B 耐久A+ 敏捷B 魔力B 幸運E 宝具A

【属性】

中立・悪

【クラススキル】

気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。

【保有スキル】

破壊工作:C+
実力のあるスパイとして、極めてレベルの高い工作術を身に着けている。
特にアサシンの場合は、後述の出自の故か、これを活かした工作能力が非常に高い。

武器人間:A
悪魔の力身に着けた、特異な人間。
悪魔とも当然違うし、死体に悪魔が憑依して活動する魔人ともまた違う。生きたまま、悪魔の心臓を埋め込まれ、人間の心を持ちながら悪魔の力も手に入れた特異な存在。
この存在に至った者は、悪魔の力を得る事は当然として、これ以外にも様々な能力を獲得する事が出来る。
頭が吹っ飛んだ程度では一切行動に支障がない程の戦闘続行能力、そもそも千切れた腕や頭が次の瞬間には復活している程の再生能力。
自動車程度なら片腕で持ち上げる怪力に、死なない限りは老いる事のない不老能力など。凡そ様々な恩恵を、大したデメリットもなく享受出来る。
死亡寸前のダメージを負ってですら、潤沢な血液があれば完全復活を遂げる事が出来、サーヴァントになってもその特性は変わっていない。
このスキルを持ったサーヴァントは、魂を喰らうよりも血液の摂取の方が魔力回復効率が高く、アサシン曰く、サーヴァントやマスターの血の方が濃くていいかも、とのこと。

ランクAは、武器人間としては極めて高い、と言うより一部の例外を除けば最高レベルと言っても良い。
アサシンに埋め込まれた心臓の元となった悪魔は、地獄に於いてもその名を轟かせる、有力な存在であった可能性が高いとされる。

ID:3HMp4kxo0
【宝具】

『Bomb Bomb Bomb(爆弾の悪魔)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
アサシンに埋め込まれた悪魔の心臓及び、それによって齎された悪魔の能力。これらを包括して、宝具として扱う。
『爆弾の悪魔』、ないしボムと呼ばれる存在の能力をアサシンは行使する事が出来、これを利用した直接戦闘及び破壊工作が、彼女の骨子。
首筋に生じている、手榴弾のピンを思わせる器官を引き抜く事をトリガーとして、彼女の身体は悪魔の姿に変貌する。
魚雷か原爆を思わせるような爆弾が頭部の代わりになり、ダイナマイトを編み上げたエプロンを付けた、異形の魔とも言うべき存在。
爆発現象を伴う兵器の力を自在に行使出来る悪魔で、この姿になったアサシンは、全身がくまなく爆弾としての性質を帯びた武器人間。
フィンガースナップを行う事で指先にいる存在を爆発させる、ちぎった小指をへばり付かせて時限式の爆弾にする、などアサシンからすれば小手調べ。
武器人間としての再生能力を活かし、自らの身体を爆破させて自傷し、破片や千切れた部位をセンサー式の爆弾にしたり、踏めば炸裂する地雷にするなども可能。
また近接戦闘に於いても、殴る・蹴るに使う部位を爆弾化させ、威力の劇的な向上を図ったり、足を爆弾にさせて爆発させ、瞬間的に凄まじい速度で移動すると言う芸当も出来る。
基礎となる再生能力も異常の領域で、頭部のみを切り離し、それを放って爆弾として自爆させても、次の瞬間には頭部があった所に五体満足で再生しているレベル。
そして、放り投げる前に切り離された胴体を自律的に活動させ、誘導式の爆弾にする、と言う事も、彼女には可能である。
再生に掛かる魔力は極端に少なく、驚異的なまでのスタンドアローン性を誇る、優秀な宝具。だが、アサシンが司るものはあくまでも、爆風を伴う武器であり、これが水中だと、本来のスペックを全く発揮出来ないと言う弱点を持つ。

【weapon】

【人物背景】

田舎のネズミが良いと言った、ソ連のスパイ。
その最期は、多くのネズミ同様に、人知れぬ所で殺され、その生涯を終えると言うものだった。

【サーヴァントとしての願い】

現世に戻って、あの喫茶店に行けば、デンジ君に会えたりするかな

【マスターへの態度】

おじさん。マスターとしては魔力はもってないし、高齢だから動きも鈍いしで、アレだよなぁと思っている。
が、その内なる暴力性と、死ぬ事も恐れていない精神性は好印象。そして何よりも、自分と同じく体よく使われて、その末に死んでしまったと言う事実に、シンパシーを抱いている。
タチウオのチゲ鍋をあの後探してみたけど、振舞ってくれるところがない。まだ旬ではないからである。後、レゼ個人的な意見になるが、声がもごもごしてて聞き取り辛い時がある。



【マスター】

大友@アウトレイジ

【マスターとしての願い】

思い浮かばない。が、呼び出したアサシンの願いは邪魔しないつもりでいる

【weapon】

拳銃

【能力・技能】

暴力性:
普段は大人しいが、一度殺すと決めた相手は、どのような場所でも絶対に報いを受けさせる事にしている。
その暴力性は堅気の人間にではなく、同業のヤクザに向けられる事が殆ど。作中で、大友が殺した人間の殆どは、同じヤクザ者達であった。

【人物背景】

使われるだけ使われ、親に反旗を翻し、血道を上げ続け。その清算を、己の命で行ったヤクザ。

アウトレイジ 最終章から参戦。

【方針】

邪魔するんなら殺すよ。冥界だったらそう言うの、何でもねぇだろ

【サーヴァントへの態度】

クラス名で言うのがなかなか慣れない。れぜ、と言いがち。
女子高生みたいな見た目をしていて、横に立つと彼女を情婦(イロ)だと思われないか心配しているし、情婦に戦わせていると思われるのは心外だなと思っている。
レゼが思っているのと同様に、同じ体よく使われる側としてのシンパシーを抱いていて、悪くは思っていない。
聖杯戦争に優勝したら、済州島を案内してやるのも悪くないな、と考えている。但しそうなると、レゼの生きている世界に行きそうになるから少々怖い。話に聞いているが、俺の生きられる世界じゃないだろこれ。

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最終更新:2024年05月23日 22:38