扉がノックされる音を聞いて、神園ミチルは"これ、良くない時のやつだ”と思った。
 来訪者のことじゃない。ミチルのほうがだ。
 彼が来てくれて嬉しいはずなのに、迷惑かけちゃって嫌だな、と思ってしまった。
 たまにこういうときがある。体調が悪い日が続くと、心まで弱ってネガティブなことばかり考えてしまう。
 わたしみたいな足手まといはいないほういいんじゃないか、って。
 自覚があるだけ今日はまだマシなほうだ。酷いときには彼に直接伝えて悲しい顔をさせてしまう。
 ミチルはベッドの上で上半身を起こすと、コールボタンを軽く押した。
 ノックのあとに少しだけ鳴らすのは、入ってきても大丈夫の合図。
 扉が開いて、彼が部屋に入る。ミチルの双子の兄が。

「調子はどうだ、ミチル」

 タブレットに文字を書き込み、彼に見せる

『こんにちはアキュラくん、今日はすごく調子がいいよ』

 さっきまで怠くてずっと横になっていたことを隠して、ミチルは笑顔を見せた。
 生まれつき病弱だった。
 一人で歩くことさえ満足のできなくて。覚えてもいない手術の影響で声を出せなくて。
 ずっと神園家が用意してくれた個人療養所で暮らしてきた。
 父と母が亡くなってから、一人で生きられないミチルをアキュラはずっと大切にしてれくれた。彼に心配はかけたくなかった。
 アキュラはタブレットの文字を読んで安心したように微笑む。
 片手に持った白い箱を見せて言った。

「今日はノワが来られないからな。代わりにオレが買ってきた」

 ケーキの箱だった。
 ミチルはふだん栄養士が決めた通りの食事しか食べられないが、週に一度だけ好きなものを食べることが許されている。

(忘れてた。今日がその日だったんだ)

 今ぐらいの体調なら食べても大きな問題があるほどじゃない。
 せっかく買ってきてくれたんだ。頑張って食べないと。
 アキュラはベッド脇のテーブルに箱を置いて開封した。
 中に入っていたショートケーキを見て、ミチルは目を丸くした。

『これ、いますごく人気のやつだよね? 一日百個限定の』
「運良く買うことができてな」
『食べていいの?』
「おまえが食べてくれないと、オレはなんのために買ってきたんだ」
『それじゃあ、いただきます』


 手を合わせる。先端をフォークで切り分けて食べる。
 おいしい。まだ一口だけど口の中に幸せが広がるみたいな感じがする。

『これすごく美味しいよ。ありがとうアキュラくん』
「良かったな。ミチル」
『アキュラくんも一緒に食べよう。ここに座って』

 ミチルはベッドの上を叩いた。

「いや、おれももう一つ食べたから……」
『嘘。このケーキ一人一つまでしか買えないんだよ』

 その文字を突きつけながら、ジーッと見ているとアキュラは観念してミチルの隣に座った。
 心の中で、はい、あーん、と言いながらフォークを差し出す。
 アキュラはパクリと食べた。

「これは……本当に美味いな」
『でしょー』

 体の調子が悪くても本当に美味しい。特に一緒に食べると。
 そうやって二人で食べきって。少し疲れたミチルはアキュラの体に寄りかかった。
 双子なのにアキュラの体はミチルよりもずっと大きい。
 男女の違いもあるだろうが、ミチルは同年代の子供よりもずっと成長が遅れている。
 きっと知らない人が見たら、双子じゃなくて歳の離れた兄妹にしか見えないだろう。
 ミチル自身、アキュラくんって年上のお兄ちゃんみたいだな、と思うこともある。
 それが嫌なときもあるけど、嬉しいときもある。今は後者。

「どうした。今日は甘えん坊だな」
『うん。そういう気分なの』

 最初な迷惑かけて嫌だな、なんて思ってたのに。一緒にいると心が暖かくなって、幸せになって。
 頑張って食べようなんて気持ちもすぐになくなっていた。

(わたしがいるせいで、迷惑かけてるのかもしれないけど。
 アキュラくんの足手まといになっちゃってるかもしれないけど。
 それでもずっと一緒にいたい)

 目を閉じて、ミチルはそう願った。
 だが、彼女の望もうと望むまいと、しばらくのちにミチルはアキュラと別れることとなる。
 ミチル自身の誘拐という形で。


 ◆

 見知らぬ部屋のベッドの上だった。
 あまり大きくない部屋で、無機質な白い壁と合わせて病院を思わせる雰囲気。
 しかし窓が一つもなくて、出入り口は病室にしては頑丈過ぎるドア一つという部屋の作りが、ここは人を閉じ込めるための部屋だと主張していた。
 枕元の横にタブレットが置かれているが、起動しても外部とは繋がっていなかった。
 外界から完全に遮断された部屋で、ミチルは一人だった。

『アキュラくん……』

 心細くなってタブレットに文字に書いてみる。こんな場所で書いても伝わるわけはないけれど。
 自分が誘拐されたことは理解している。
 今頃の身代金の有給とかされているんだろうか。払われたとして無事に帰れるんだろうか。
 もしいま体調が急変したらどうなってしまうんだろう。

(だめ。気持ちをしっかり持たないと)

 病は気からという言葉もある。あの言葉は嘘じゃない。
 悪い方にばかり考えていたら体まで悪くなってしまう。ミチルは気合を入れようと、両手で頬をペチっと叩いた。

「目が覚めたようだな」

 突然の声にビクリとして、ミチルは手に持っていたタブレットを抱き寄せながら振り向いた。
 いつの間に入ってきたのか。サングラスの男がドアの前に立っていた。
 見覚えがある。厳重な警備システムに守られているはずの療養所に侵入して、ミチルを誘拐した男。

『わたしの誘拐してどうするつもりなの?』

 ミチルは内心の不安に気づかれないようにタブレットを見せた。
 こういうときは声を出せないのがちょっとだけありがたく感じる。
 もっともさっきの反応でバレバレかもしれないけど。

「君のことはリサーチさせてもらっていた」

 質問に対する答えなのかどうなのか。男は言った。

「個人診療所で生活してきて、社会のことはあまり知らないそうだな。
 能力者――という存在についてはどのように認識している?」

 能力者。
 ある日、人類の中から生まれつき特殊な能力を持つ者が現れるようになった。
 そんなのはこの世界の一般常識だ。いくら社会を知らないミチルでもそれくらいはわかる。
 逆に言えばそれくらいしか知らなかった。

『そういう人がいるってことしか。能力を持っている人とあったことはないから』
「なるほど。危険思想を植え付けられてはいないようだな」
(危険思想?)

 いったいなんの話だろう。男は続ける。

「この世界において我々能力者は非常にまずい立場にある。
 優れたパワーを持ちながら、数で勝る無能力者どもに迫害され、支配されている。
 このまま誰も何もしなければいずれ能力者は無能力者どもによってデストラクションするだろう」

 外の世界を知らないミチルには男の言葉が嘘か本当かはわからない。
 しかし能力の有無で人がそんなに酷いことをするとは思えなかった。
 少なくともミチルの近くにいる無能力者たちはみんな優しい人ばかりだ。


「そんなフューチャーは阻止しなければならない。そのために、君の能力が必要となる」
(わたしの?)

 ミチルは能力なんて持っていない。
 もしかして、何か勘違いされて拐われたんだろうか?
 能力なんてないって教えたほうがいいんだろうか。でももしかしたら勘違いしてもらったままのほうが安全かも。
 迷ったが、ミチルが正直に言うことにした。

『わたしは能力なんて持ってない。力にはなれないから家に返して』

 男は驚いたふうもなく。

「君は能力を持っているのさ。正確に言えば“持っていた”。幼い頃に能力をスチールされたのだ。
 その病弱な体は本来備わっていた能力を無理やり剥がしたことに起因している。
 能力を取り戻せば、おそらく本来の健康な体へとリターンするだろう」

(……え?)

 ミチルは男の言葉の意味を頭の中で繰り返す。
 わたしは元々能力者で、でも小さい頃に能力を取られて。そのせいでこんな体になったって言った?
 声を出せなくて、食べたいものも食べられくて、1日中ベッドの上で過ごして。
 痛くて苦しく辛くて、アキュラくんに迷惑ばかりかける、こんな体に?

 怒りとか驚きとか色々な感情が頭の中に湧き出してはグルグルと渦を巻く。
 それらを抑えて、ミチルはタブレットに文字を書いた。
 過去に何があったかよりも重要なことを男が言っていたから。

『わたし、元気になれるの。能力を取り戻せるの』
「準備はすでにコンプリートしている。あとは君の答えを聞き次第ただちに実行する」

 相手は誘拐犯だ。まったくのウソでもおかしくない。
 だけどもし本当にそれで元気になれるなら。普通に子たちと同じように生きられて、大切な人に迷惑をかけない体になれるなら。
 諦めたくない。ミチルは尋ねる。

『わたしの能力を戻して何をしたいの?』
「全ての無能力者をデリートし、世界を能力者だけのものにする」

 元気なれるかもしれないというミチルの希望は一瞬で砕け散った。
 悪いことをさせられるんじゃないかとは考えていた。
 しかし男の言った目的はミチルの想像する悪事を遥かに超えていた。

「外界から隔離され、無能力者として生きてきた君には想像もできないだろう。
 能力者がこの世界でどれほど凄惨な目にあってきたか。
 無能力者という連中が自分と異なる存在に対してどれだけ残酷になれるか。
 奴らは能力者のことを野蛮な害獣か、さもなくば便利な家畜としか思っていない!
 君が能力者になれば、今まで優しかった無能力者たちは全員その手のひらをリバースするだろう」

 ずっと平坦な喋りを続けてきた男の声に初めて感情が宿っていた。
 圧倒的な嫌悪と怒り、恐れ。無能力者が能力者に向けると言ったそれと同じような感情。

「無能力者のジェノサイドは君が健康な体を取り戻し、平和に暮らすためにも必要なことだ。
 私に力を貸すつもりはないか?」

 ミチルは意識する間もなく首を横に振っていた。
 いったん話を合わせるとか、そんなことを考える余裕はなかった。
 初めて直面する、人間が人間に向ける圧倒的悪意。怖かった。
 この人は本当にやるつもりなんだ。本当に全人類から無能力者を排除するつもりなんだ。
 きっとミチルが協力しようとしなかろうと。

(怖い、怖い、怖い……っ。アキュラくんっ)

 心の中で縋って、ハッとした。
 無能力者をみんな殺すつもりなら、その中に当然アキュラくんも入っている。

(だめ……そんなの……)

 ミチルは震える手でタブレットに文字を書き込んでいく。
 なんとかしてこの男を止めないといけないと思った。
 世界を知らないミチルにできることなんてないかもしれないけど。できる限りのことをしないと。

『あなたの言う通り、わたしは外の世界のことを全然知らない。
 でも無能力者がひどい人ばかりなんて絶対ないよ。
 少なくとも、わたしのそばにいる人は無能力者だけどみんないい人だよ。
 あなたのそばにもいないの。誰か一人くらい、無能力者の優しい人が』

 初めて男が答えに窮したような気がした。
 でもそれは気のせいだったのかもしれない。男はすぐに皮肉るような笑みを浮かべて言った。

「むしろ君の家族こそ無能力者の中でも最たる危険な存在なのだよ」

 そう言って男は手に持った端末を操作した。
 ミチルが持つタブレットに何かが送られてくる。

「読んでみたまえ」


 文章ファイルだった。
 意味のわからない用語が多くて読みづらいが、能力者の危険性を訴え、根絶すべきであるというような内容みたいだった。
 これが男が危険視する無能力者の姿なんだろうか。最後には書いた人物の署名が乗っていた。
 亡くなった父の名前だった。

(嘘……)

「君のファーザーが残したデータを復元したものだ。
 彼は無能力者の中でも際立った能力者根絶派だった。
 体の不調の原因は能力をスチールされたせいとレクチャーしただろう。その手術をしたのも君のファーザーだ。
 その男は実の娘が病弱で喋ることもできない体でいるよりも、能力者でいることのほうが許せなかったらしい」

 父は何年も前に亡くなってしまったけど、思い出はちゃんと残っている。
 ”いつかおまえが元気に走り回れる日がくる”
 そう言っていつも元気づけてくれた。治療法を探すために寝る間を惜しんで頑張ってくれていた。
 その父が能力者根絶派で、しかもそのために娘をこんな体にした?
 信じたくない。
 だけど声が出せなくなった原因の手術をしたのが父だというのは、ミチルも知っていた。やむを得ないことだったと言われてきた。
 この文章ファイルの書き方には確かに父の面影を感じる。
 父は忙しくて会えない日も多かったから、よくメッセージのやり取りをしていて、父の書く文章のクセは覚えている。

(本当に……お父さんが……?)

 心の中のつぶやきに畳み掛けるように男は言う。

「亡きファーザーだけではない。未だ存命の兄も同じだ。
 奴はファーザーの思想を忠実に受け継ぎ、実際にアクションを行っている。即ち、能力者の抹殺を」

 聞きたくない信じたくない。
 アキュラくんがそんなことやってるなんて、絶対に嘘!
 ああでもそういえば、むかし能力者のことを話題に出したとき、不思議なくらい話を逸らしたがっていた。
 本当に能力者のことが嫌い嫌いで仕方ないのかも。
 でもだからって……。だからって……!

「君に優しくするのも君のことを無能力者だと思っているからだ。能力者だと容赦なく殺すだろう。
 君が健やかで平和な暮らしをできる場所はこの世界にはない。わたしと共に自らの幸福をクリエイトするのだ」

(……違う!)

 それだけは絶対に違う。
 もし仮に本当に。
 父がわたしをこんな体にしたのだとしても。
 アキュラくんが能力者の人たちを殺しているのだとしても。
 父の意思をついで、それこそが正しい行いだと信じているだとしても。

『わたしが能力者だからって殺したりなんてアキュラくんは絶対しない!』

 呼吸が粗くなる。心臓が早鐘を打ち、体を起こしているだけでも辛くなってきた。
 ただ感情を荒げただけで、ミチルの体はこんなにも苦痛を与えてくる。
 それでもアキュラを悪く言われることは許せなかった。
 男を怒らせるかもしれないなんて理屈は無視して、感情のままに書きなぐった。
 ハッキリした拒絶と言える言葉を突きつけた。

 ミチルは、逆上して男が何かしてくるんじゃないかと警戒した。
 しかし予想に反し、男は不快感を持った様子すらまったくなかった。
 それが逆にミチルの恐怖を煽った。
 そもそも、どうしてこの人はこんなに全部正直に話しているんだろうか?
 強力して欲しいならもっと嘘ついたりぼかしたりしたほうがよさそうなものなのに。

「ずっと無能力者として生きてきたとはいえ、君も能力者だ」

 今までと変わらない声音で言って、男はこちらに向かってゆっくりと歩き出した。

「ダメ元ではあったが、万が一自らの意思で協力してくれるというならそれがナンバーワンベストだったが、やはり無理な話だったな」

 ミチルは、先程の男との会話が過った。

『わたし、元気になれるの? 能力を取り戻せるの?』
「準備はすでにコンプリートしている。あとは君の答えを聞き次第ただちに実行する」

 答えを聞き次第実行する、と男は言った。答えの内容次第、ではなく。
 それはつまり、答えがどうであろうともう能力を戻すことは決まっていたということ。
 ミチルの意思でどうであれ――能力を使わせないつもりはないということ。
 逃げようとして、ミチルはベッドから転がり落ちた。
 立ち上がれなくて、這いつくばって必死に逃げる。
 それでも、ただ普通に歩いているだけの男との距離がどんどん縮まっていく。
 助けを呼びたくても、この喉は叫び声ひとつあげることもできない。

「同じ能力者同士だ。必要以上に苦しませることはしない。必要以上には、だがな」

 男の手が頭に触れる。バチッという衝撃が走ってミチルは意識を失った。
 これが、この程度が、ミチルが自由に動けた最後の瞬間だった。


 ◆

 そしてミチルは全ての自由を奪われた。
 繋がれた機械に操られ、能力を行使するだけの存在になった。
 誰とも話すことができず、どこにいくこともできない。
 ミチルの能力は能力者の力と精神に干渉するものだった。
 男は無能力者を敵視する能力者には力を与え、逆に守ろうとする能力者からはその思いを奪っていった。
 そうして起こったのは史上類を見ないほどの大量虐殺だ。
 能力者たちによる自分たちを虐げてきた無能力者への逆襲。
 何もできないのに――何が起こっているのかだけは能力を通して伝わってくる。
 立場、年齢も、性別も、思想も、どれも関係ない。無能力者はただ能力を持たないことを理由に恨まれ、蔑まれ、恐れられ、殺されていく。
 悲鳴。嘆き。怒り。憎しみ。苦しみ。絶望。
 絶えることなく鳴り続けている。
 いつまでもいつまでも終わらない。
 人類における能力者と無能力者の割合が逆転しても。無能力者がわずかな生き残り隠れ潜むくらいにまで減少しても。
 この世から無能力者を一人残らず駆逐し尽くすまで虐殺は終わらない。いつまでもいつまでも。
 いつまでもいつまでもいつまでも。
 いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも
いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも
いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも。

 そんな世界で――アキュラだけは戦い続けていた。
 無能力者たちを守るため。そしてミチルを開放するため。
 傷ついて、倒れて、変わり果ててしまっても。
 ずっとずっと終わらない戦いを続けていた。

(ああ……そっか……)

 ミチルはようやく理解した。昔から思っていたことじゃないか。
”わたしは足手まといだって”って
 わたしがいるせいでアキュラくんは辛い戦いをずっと続けている。
 わたしがいるせいで無能力者の人たちは命を奪われている。
 わたしがいるせいで能力者は心を書き換えられている。
 わたしのせいで。わたしがこんな能力を持って生まれたせいで。

 なんでこんなことになってしまったんだろうと思ったこともあった。
 何かわたしの行動が間違っていたんだろうかって考えたこともあった。
 でもそうじゃない。そもそも最初から全部間違ってたんだ。

 わたしが――この世に生まれたことから。

 大切な家族に迷惑ばかりかけて。無関係の人を大勢殺した虐殺者。
 きっとこんなに悪いことをした人間は人類史上他に誰もいない。
 神園ミチルはこの世に存在するべきじゃなかったんだ。

(終わらせて……)

 お願いだから全部終わらせて。
 誰でもいいから。
 どれだけ痛くしてもいいから。
 苦しくてもいいから
 お願い。
 お願いだから。
 誰かどうか。
 わたしを。
 ワタシヲ……

(ワタシヲコロシテ)




 ……………………………………
 …………………………
 …………………
 ……………
 ……



 ◆



「違う!」



 ◆





「おまえは誰も殺してない! 虐殺者なんかじゃない!
 なにも選択できなくて、自由も奪われて、なのに罪だけおまえにあってたまるか!」

 エレン・イェーガーは叫んだ。少女の細く冷たい体を抱きしめて、ありったけの声で。

「なんで兄さんがあんなに優しくしてくれたと思ってんだ! おまえのことが大好きだからだろ!
 おまえは生きることを望まれてるんだ。生きていていいんだ!」
「生きてて……いい……?」

 少女の口から漏れるのは吐息のようなか細い声。
 虚ろな目をしたまま少女は力なく首を振る。

「違う……わたしは……」
「苦しかったよな。長い長い時間、ずっとあんな状態で。死にたくなって当然だ。
 だけど、救われていいんだ。聖杯があれば……おまえはまだ救われるんだ。
 なにかないのか、絶望だけじゃない……おまえ自身のしたいこと。おまえの心からの望みが。なにか」
「のぞ……み……」

 少女の目から涙が落ちる。
 ずっと苦しかった。ずっと悲しかった。
 でもそれを形に表すことはできなくて。できたとしても見てくれる人はいなくて。

「アキュラくんに……会いたいよぉ……」

 そう言って、少女は泣きわめいた。
 声を出すことは最初からできなかった。涙を流す自由は奪われた。
 ここはサーヴァントの力で作られた精神が集う世界。夜空と砂が広がる、『道』という名の場所。
 肉体の介在しないこの世界で、神園ミチルは初めて小さな子供のように泣くじゃくることができた。

 ◆

 エレンは現実世界でゆっくりと目を開けた。息を吐く。
 機械に囲まれた部屋だった。
 エレンが生きた世界どころか、聖杯から与えられた知識にも存在しない遥か進んだ文明の機械だ。

「ミチル……」

 エレンは語りかけた。
 視線の先にあるのは――異様なまで肥大化した脳だ。
 いかなる生物の頭の中にも入らないであろう巨大な脳がむき出しのまま巨大な機械に組み込まれている。
 それがいまのミチルの姿。
 能力を司る脳以外の全てを奪われて、機械の一部とされた生体パーツ。
 知識のないエレンでもわかる。彼女の救う手段はもはや尋常な方法では何もない。
 エレンはなにをやっても贖いきれない大罪を犯した。聖杯で願いを叶えるなんて赦される立場じゃない。
 それでも――願う。

「オレがそこから自由にしてやる」



【CLASS】
キャスター

【真名】
 エレン・イェーガー@進撃の巨人

【ステータス】
 筋力D 耐久C+ 敏捷D 魔力B+ 幸運E 宝具EX


【属性】
 混沌・悪

【クラススキル】
陣地作成:D
 周囲を壁で囲われた陣地を作成できる。

道具作成:C
 硬質化による物体の創造と脊髄液入りワインを作ることができる。



【保有スキル】
進撃の巨人:B
 自身に対する精神干渉を無効化。
 体に傷があるとき15メートルほどの巨人に変身できる。
 巨人になると筋力、耐久、敏捷が2ランク上昇(EXにはならない)。ダメージが回復する。

戦槌の巨人:B
 体から高硬度の物体を生み出す。
 物体は体と繋がってさえいれば操作も可能。

自己回復:B
 受けた傷が自然に回復する。
 手足の切断などの重傷であっても生存さえしていれば回復可能。
 意識することで部分的に素早く回復させることや、逆に回復しないこともできる。

王家の血:C
 道具作成で脊髄液入ワインを作成できる。
 一定濃度の脊髄液入りワインを接種したものはエレンの咆哮を聞くと無垢の巨人になる。
 無垢の巨人は本能的に人を襲うが、たまに奇行を行うタイプもあり、エレンからのもののみ簡単な命令を聞く。
 無垢の巨人がエレン・イェーガーを捕食したとき、進撃の巨人、戦槌の巨人、自己修復のスキルと、始祖の巨人の宝具を受け継ぐ。
 王家の末裔を取り込んだ逸話から得たスキル。

【宝具】
『始祖の巨人』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000
 エルディア人の始祖、ユミルが得た力。始まりの生物。
 もはや巨人とも名称しがたい人間とはかけ離れた姿の巨大な生物に変身する。
 この姿になると歴代の全ての巨人の力を行使できるようになり、宝具『地鳴らし』の発動が可能になる。
 また変身していなくとも常時『道』と呼ばれる精神世界のようなものが形成されている。
 『道』に入れるのはなんらかの形でエレンと繋がっている者のみ。
 現在はエレンのマスターと脊髄液入りワインを接種した者のみ入れる。

『地鳴らし』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:全世界 最大補足:全人類
 無数の超大型巨人を召喚し、歩かせることで大地を平らにする。
 パラディ島以外の人類を滅ぼしかけた悪魔の足音。
 超大型巨人は人間属性を持つ相手から受けるダメージを減少し、与えるダメージを増加する。 

【人物背景】
 全人類の8割を虐殺した大罪人。赦されざる者。

【サーヴァントとしての願い】
 ミチルを自由にする。

【マスターへの態度】
 自分の意思の介在する余地なく人類虐殺の罪を背負わされた被害者。やりたくてやった自分とは真逆の存在。救われるべき。


【マスター】
 神園ミチル@白き鋼鉄のX THE OUT OF GUNVOLT

【マスターとしての願い】
 アキュラくんにあいたい

【能力・技能】
『電子の謡精(サイバーディーヴァ)』
 ミチルに本来備わっていた能力。
 歌を介して能力者と共鳴することで、力と精神に干渉、および能力者を見つけるソナーのような使い方もできた。
 現在はマシンの力で歪んだ形で行使されている。
 ミチルのサーヴァントはこの力により、幸運、宝具のステータスのワンランク上昇とスキルに+の補正を得て、(ステータス表は影響を受けていない状態のもの)
精神干渉により特殊な力を持たない一般人に対する関心を無意識化で喪失させる。
 また誰かが近づいた際は、マシンにより直接な攻撃力を持つ防衛システムして行使される。
 これら全ては強制的に発動しておりミチル自身にもコントロールできない。

 基本的に自立的な行動はなにもできない。
 どこかの地下深くにマシンが備え付けられた部屋がある。



【人物背景】
 自身を蝕むほどに強大な能力を持って生まれたため、能力を摘出された。
 その影響により病弱で、喋ることのできない体になった。
 現在は能力を戻され、それを行使するための生体パーツとして脳だけが残された。
 延命措置の影響で脳が巨大化しており、長い時を脳だけで生きている。

【方針】
 ミチルは精神が摩耗しており、聖杯戦争のことをあまり理解していない。
 エレンは聖杯を狙う。イタズラに人を殺したくはないが、勝利以外にマスターたちが助かる手段があるとはあまり思っていない。

【サーヴァントへの態度】
 『道』でのやりとりでうっすらと感謝を抱いている。

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最終更新:2024年05月26日 19:04