◇

その身体の芯に在るのは、冷たき空洞か。それとも――

 ◇

一人の青年がいる。
青年の名は、実相寺二矢。生と死の狭間、冥界に呼ばれし数多の葬者の一人である。

実相寺に与えられた仮初めの住処は、彼が居住していたマンションを再現したもの。
住居兼仕事場でもあった住まいは、一人で暮らすには持て余すほどの広さがあった。
その一室で、彼は何も身に纏うことなく、ただ立っている。
異様な光景であった。
その身体は痩せ細っていた。艶のない皮膚、薄い筋肉。浮き出る骨格。
ともすれば栄養失調さえ疑われかねない痩身は、しかし尋常ならぬ迫力を放っていた。
一見衰えているだけに見える肉体も、間近で観察すればただの痩せぎすではないとわかるはずだ。
引き締まった筋肉は並々ならぬ鍛錬によって育まれたもの。秘められた膂力は如何ほどのものだろうか。
筋骨隆々に雄々しく盛り上がっていてもおかしくはない肉体。それと矛盾するように削ぎ落とされているのは、実相寺が強く己を律した生活をしているからだった。
実相寺には理想がある。それを己の身体と精神で表現する――そのために彼は生きている。

実相寺が求める理想。
それは彼が自室で相対する、鈍く光る鉄の軍服――
無骨な直線と研ぎ澄まされた曲面で構成された鉄仮面。
刻まれし紋様は桜と旭日。背負う圧縮空気瓶は力の源。

『空気軍神ミカドヴェヒター』

戦後まもなく制作された特撮映画「空気軍神現る」に登場する、非道な生体実験により生み出された悲哀に満ちた改造兵士――その姿を忠実に模した特美が、実相寺と向き合っている。
特美研。実相寺が大学時代に所属していた学生サークルの名称だ。
昭和の時代から培われてきた特撮美術を研究する名目で設立された会に、実相寺ら特撮に魅了された若者たちが集ったのだ。
彼らは実用性を備えたヒーロースーツ――劇光服の製作と実装を活動の中心に置き始めた。
防刃素材を用いた、美しさと頑強さの両方を備えた装甲。超人的な腕力を再現するためのアシスト機構。
昭和の時代には絵空事でしかなかった空想を、現代の技術をもって現実のものとする。
その先にある、ヒーローだけが持つ輝き『劇しい光』に触れるために――

正義のために戦うヒーローの姿形を纏った彼らが自警団活動を始めるのに、然程時間はかからなかった。
だがそれはあくまで、学生時代の夢想の日々――
かつて共に青春を過ごした仲間たちは一人また一人と現実との戦いに向き合い始め、彼らを導いていた劇光服は装着されることなく埃を被る。
そうだろう。だって現実には、彼らが戦っていたような巨悪は、人々の生活を脅かす怪物は、存在しないのだから。

だが――だが。
実相寺は今、触れてしまった。己が知覚していた現実と常識を凌駕する超常――聖杯戦争に。
そうだ、これは戦争なのだ。命を奪い合う戦いなのだ。
しかし、唯一人で臨む戦ではない。葬者である自分には、身命を共にする者がいる。
実相寺と劇光服しか存在しなかったはずの部屋に、いつの間にかもう一人が存在していた。

「――君が、僕のサーヴァントか」
「アサシン。それが俺のクラスだ」

実相寺の運命を握る者。アサシンを名乗ったサーヴァントは、外見だけならば実相寺よりも一回りほど若い高校生ほどの少年。
だが実相寺の放つ異様な迫力に気圧されることなく、鋭いまなざしを己の主人に向けている。
まるで値踏みをするように。己が命を預けるに値する相棒であるのか否か確認するように。
静寂のまま、互いに見つめ合う。その瞳の奥に灯るものが何なのか、通じ合わせていく。
やがて実相寺が口を開いた。

「君は、聖杯戦争を知っているのか?」

アサシン――荒川ヨドミは、一瞬だがその答えに窮した。
ヨドミの中に、聖杯戦争の知識は既にあった。
万能の願望器である聖杯にかかれば、戦争の参加者たちに前提となる知識を植え付けるくらいのことは些事そのもの。
この戦争に巻き込まれた者たち全ては、聖杯戦争のことを既に知っている。
だがそのことは、実相寺もまた承知しているだろう。だから彼が訊いているのは、単なる知識の有無だけではない。
そこに実感が伴うのか――知識だけではない経験があるのか。実相寺の問いはそれを尋ねているのだ。

「……聖杯戦争について、アンタが知っていること以上のことは俺は知らない。
 だけど。命の遣り取りについてだったら、少しは知ってるつもりだ」

アサシン。命を奪う者。
ヨドミは、自分がアサシンのクラスで召喚された理由を理解していた。

「告白する。俺は――人を殺す方法を、ずっと考えてた」

夜に、眠れなかった。だから人が死ぬことについて考えた。
不思議とその日はよく眠れて、だから考えるのが日課になった。日常になった。
道具は何がいいか。どの時間帯なら実行できるのか。どんな場所におびき寄せればいいか。
身近にある手段だけではすぐに手詰まりになって、銃器や爆弾があればどんなに楽だろうかと夢想した。
現実には存在しない、超能力や魔法の道具のようなもっとすごい何かがあればと願いながら眠りに落ちた。

だから「すごい何か」を手に入れたときに、荒川ヨドミはそれを使えた。
その使い方は、既に考えたことがあったから。

「これが俺の力だ。――と言っても、マスターのアンタにも見えないだろうけど」

瞬間、実相寺の視界から荒川ヨドミの姿が消えた。
ヨドミが手に入れたのは、透明人間(スケルトン)と呼ばれる超存在の力。
その名の通り透明の存在となり、付随して人間離れした殺傷能力も備え、限定的だが不死身に近い再生能力まで持つ人を超えた上位存在――それが透明人間。
その力があれば、人を殺すことなど容易だった。その力を巡って、多くの命が失われた。

「……そうか。それならば尚のこと君が適任だろう。今から説明をする。
 それを聞いた上で、ここにサインをするかどうか――君に判断してもらいたい」

実相寺は何もいないように見える空間に、一枚の紙を突きつけた。
紙が宙に浮く。目には見えずとも確かにそこにアサシンがいるのだと、実相寺は実感した。

「劇光服使用申請書……?」

申請者:実相寺二矢。着装者:同上。使用劇光服:ミカドヴェヒター。
実相寺がヨドミに渡した紙にはそう書かれている。さらにその下には、署名欄が空白のまま残されていた。

「本来ならば特殊機構を用いる劇光服の使用には特美研三名以上の承認が必要だ。
 だが今この世界に、特美研は僕しかいない。
 よって緊急特例として、同志による特別承認を以て劇光服の使用許可を願います」

続いて実相寺は、ミカドヴェヒターに備えられた特美について説明をしていく――

(――いや、ちょっと滑らかに進めすぎじゃないか!? もうちょっとこう、俺が唖然とする間とか……!)

ヨドミを置いてけぼりにしたまま実相寺は語り続ける。
ミカドヴェヒターを作った者たちが、このヒーローにどんな願いを込めたのか。
その願いを形にするために、特美研が如何に心血を注いで空想を現実に憑ろしたのか。
圧縮空気瓶を動力に真剣抜刀を加速させ、鉄骨を叩き斬るほどの殺傷力を持たせたくだりを聞き、ヨドミは特美研のイズムに共感を覚えた。

彼らがしていたことは、ヨドミが毎晩妄想していたことの延長線上にある。
空想を、非現実を現実に存在させるために彼らは努力と模索を続けていたのだ。
その結果、彼らは――かつてのヨドミが「現実には存在しない魔法の道具」だと決めつけてしまっていたような架空のヒーローの戦闘機構を、現実に生み出した。

そしてそれは、透明人間(スケルトン)の力の在り方にも、少し似ていた。
透明人間もまた、その存在に焦がれた人間たちが能力と形態を再現するために研究を続け生み出したものだからだ。
だが、その強大な力を何のために振るうのか――ろくでもないことのために力を使う人間が数多くいるということを、ヨドミは知っていた。
素朴な疑問がヨドミの口をつく。

「アンタはその劇光服を使って……何をしたいんだ?」

淀みなく続いていた実相寺の説明は、ヨドミの問いを前に止まる。
しかし、止まったのは一瞬。間を置かず実相寺は答える。

「正義」

「僕の中身は、空虚だ。特撮に心を奪われ、人としての営みに興味を持てない社会的落伍者だ。
 だけど劇光服を纏ったときだけは――その空虚さをヒーローたちが持っている正義で補える気がする」

だから僕は、劇光服を――劇しい光を求めるのだと、実相寺は言葉を結んだ。

ヨドミは、握っていた劇光服使用申請書をもう一度確認する。
確かにそこには書かれていた。
使用目的:正義。

今度は劇光服を、空気軍神ミカドヴェヒターの姿を確かめるように見る。
――その姿は、わかりやすい正義の形をしていない。
軍服をモチーフにした造形は、後年のヒーローが持つ格好良さや親しみ深さからかけ離れている。
けれど実相寺は、悪と戦うその姿に、確かに正義を感じたのだろう。

物語は、形にこそ宿る。
実相寺たちは、ミカドヴェヒターが持つ物語を――その正義をも込めて、情熱と共に作り上げたはずだ。
実相寺二矢の中身は空虚などではない。鉄の鎧がなくとも、彼の中にも正義はある。

ヨドミは筆を走らせた。
署名欄に書かれる、荒川ヨドミの名前。
実相寺は、こくりと頷く。

 ◇

その身に抱くは――熱き正義。正義の味方、劇光仮面。


【CLASS】
アサシン
【真名】
荒川ヨドミ@スケルトンダブル
【ステータス】
筋力C 耐久B+ 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具A
【属性】
中立・善
【クラススキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ能力。隠密行動に適している。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが下がる。
特殊な視認スキルを持つサーヴァントでなければその姿を捉えることすら出来ないだろう。

【保有スキル】
透明化:B
不可視の存在となり、同様に透明化した他者を視認できるようになる。
透明化中は負った傷が自動的に再生し、「血(ユニークブラッド)」「骨」と呼称される特殊能力も使用可能。
負傷や能力の使用によって消耗した場合、強制的に透明化が解除され一定時間再透明化が不可能となる。

戦術(妄):A
時。場所。対象。手段。ありとあらゆる条件を思考し、夢想し続けた。
人を殺すための方法と、そのために必要な力のことを。
無数の妄想の中で培った思考を基に、初見の能力や人物が相手であろうと最適の戦術を選択する。

【宝具】
『透けた肉体(スケルトン)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:3
古来より逸話に残る不可視の神性――その権能を利用すべく人が作り出したシステムが『透明人間(スケルトン)』。
適合した人間を人ではないモノに作り変え、透明化をはじめとした様々な異能をもたらす。
透明な筋繊維を全身に纏い身体能力を向上させ、骨と呼ばれる外骨格は敵を穿つ武器となる。

『透明人間の血(ユニークブラッド)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大捕捉:1
「血」に相当する物体を付着させることで発現する特殊能力。
物体浮遊、瞬間移動、幻覚、捻じ切るなど、透明人間によって発現する能力は異なるが、同じ能力が複数人に発現することもある。

【weapon】
骨と呼ばれる外骨格。様々な形状に構成することが可能。

【人物背景】
怪事件に巻き込まれた父親を亡くした少年。
とある出来事がきっかけで透明人間となり、自分の父親の死に透明人間が関わっていることを知る。
自分の夢を、家族を、生き方を守るために少年は戦う。

【サーヴァントとしての願い】
堂々と生きる。

【マスターへの態度】
彼の中の正義を信じる。



【マスター】
実相寺二矢@劇光仮面
【マスターとしての願い】
正義の味方。
【能力・技能】
劇光服「空気軍神ミカドヴェヒター」
【人物背景】
劇しい光を見た青年。
【方針】
正義。
【サーヴァントへの態度】
同志。

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最終更新:2024年05月28日 18:22