――小宮果穂は、アイドルである。

 ステージに立てば、そこは戦場。幾百、幾千のライバル達と同じ土俵で、それぞれの夢を、人生を賭けて戦ってきた。勝利してきた相手の中には、道楽半分だった者も少なからずいただろうが、それ以上に、アイドルの道をずっと夢見ていた者もいたのだろう。
 そんな数多くのライバルたちの嘆きの声を背に、彼女は勝ち上がってきた。戦いとは他者を蹴落とすことであり、勝利とは夢の屍を積み上げることである。それを、幼いながらに彼女は理解している。存分に理解した上で、オーディションという戦いに挑み、輝くと決めたのだ。
 なればこそ、聖杯戦争で願いを掴むために戦うもまた、彼女の生きてきた世界の道理である――なんて。
 簡単に、割り切れれば、いっそのこと楽だったのかもしれない。

「……嫌、です。」

 理外の力により、聖杯戦争というものの概要を知った。現実逃避に走るでもなく、自分の置かれている現状を理性的に把握して。その果てに、果穂の口をついて出てきたのは――

「あたし……戦いたく、ないです……。」

 ――紛れもない、拒絶の言葉だった。
 自分の命と他人の命を天秤にかけること。それは彼女の目指すアイドルの理想像――ヒーローのようなアイドルとは、かけ離れた行いだ。

 彼女の眼前には、今しがた召喚されたばかりのセイバーが立っている。そして、俯いた果穂を困ったような顔で見下ろしていた。

「あっ……。」

 それを誰が責められようか。
 人一倍正義感の強い小学六年生の少女の、命の奪い合いを生業とする催しを前に出した第一声が弱音であったからと言って、それを咎める者などいないだろう。

「あ……あのっ……ごめんなさいっ!」

 だが、それは彼にだけは言ってはいけない言葉だった――と。彼女自身が、その不義理を許せなかった。

 マスターが戦いを拒絶するということは、セイバーの勝利、並びに願いの成就までもを諦めるに等しい。それは、裏切りだ。戦いを放棄して全力を出さず、セイバーの願いを貶める行いだ。
 オーディションは夢を賭けて戦う舞台だから、悔いを残さないように、そして自身の夢と全力で向き合っている相手に失礼のないように、全身全霊で戦うこと。そんなアイドルとしての誠実さからも、外れている。

 小宮果穂という少女には、それが許せなかった。
 彼女は幼いながら、価値観の相対性を理解している。他者を殺すのは悪であるという前提に立ってなお、その規範を異世界から召喚されたばかりのセイバーに当て嵌め、それが正義と諭そうなどとは考えていない。

「セイバーさんの仲間は、あたししかいないのに……。あたしが諦めちゃったら、セイバーさんの願いは、叶わないのに……。」

 今を生きる果穂には、家族が、友達が、そして事務所の仲間たちがいる。だけど、この世界に英霊として顕現したばかりのセイバーはそうではない。
 自分のいた世界から離れ、ひとりぼっち。そこには不安もあるだろう。そんな中で、願いを賭けて共に戦う唯一の存在。それが、マスターなのだ。

「だから、ごめんなさい……。」

 目に涙を浮かべながら、頭を下げる果穂。互いにまだ初対面だが、どことなく気まずい雰囲気が漂っている。

「参ったな……僕の願い、か。」

 一方、セイバーと呼ばれた青年が口を開く。果穂が信頼を寄せているプロデューサーを思わせる、爽やかな顔つきと声色をした青年だった。しかし今は、まるで先生から叱られているかのような圧迫感を覚え、果穂は縮こまることしかできない。

「確かに、僕には叶えたい願いがある。そうだね……。少しだけ、ここに来る前の話をしよう。」

 そんな少女の様子を見たセイバーは、語り始める。
 その語り口ひとつに手が震える。自分のせいで叶わなくなった願いの話。仕事の失敗の損失を数えているようで、息が詰まりそうだった。

「僕は、10年にもわたる長い旅の末に魔王を倒したんだ。」
「……魔王。」

 今はそんな状況ではないのに、その単語に、少しだけ胸が高鳴った。
 魔王といえば、典型的なヒーローの敵。そんな魔王を倒したと語るセイバーに、興味が湧かないはずもない。

「そう。それは大変な旅だったよ。死にかけたこともたくさんあったし、挫けそうになったことも数え切れない。」

 口を挟めない果穂に対して、セイバーは端的に自身の冒険譚を語る。

 ――魔王討伐という、人類が背負うには重すぎる任務。
 勇者を志願する冒険者たちは、ほとんどが帰ってこなかった。時々帰ってきた者も、魔王や魔族たちの脅威に心を折られ、その牙と野心を失っていた。
 自分たちの旅立ちも、民衆たちの見る目は期待の目ではなく、「ああ、またか」と言わんばかりの失望の視線だった。

 実際の旅路も、困難な状況ばかりだった。
 旅立ちの手向けに国王から貰った路銀は間もなくして尽き、 資金繰りのために街に留まらざるを得ないことも多々あった。また、時に水も枯れるほどの太陽が照りつけ、時に極寒の吹雪が舞う険しい道のり。そんな環境下でも容赦なく襲ってくる魔物。どこを切り取っても安全なんてものはなかった。

 しかし、僅かに、違和感。セイバーは大変だった経験を語っているはずだったのに。その声色が、そんな出来事を語る時の声と一致しない。もし顔を上げていたならば、その表情に対しても同じ感想を抱いただろう。

 その答えは、間もなくして本人の口からなされた。

「本当に、ろくなものではなかった。……それでも、僕は楽しかったんだ。」
「……そうなんですか?」
「あの旅路を想起すれば、ありありとその光景が目に浮かぶ。そのすべてに、大切な仲間たちがいる。」

 その言葉に共鳴するように、果穂の脳裏に浮かんだ光景。

 レッスン用のダンスホールで、汗を流している時。
 貸し切った倉庫の一角を秘密基地に、感謝祭の準備をした時。
 合宿用の校舎の屋上で叫んだ時。
 海の家の手伝いをした時。
 商店街のイベントに参加した時。

 フォトグラフィのように鮮明にその色を感じられる、放課後クライマックスガールズの仲間たちのいる景色。

 ただ楽しい想い出だけじゃない。辛かったこと、悩んだことも、様々だけれど。
 その景色の色は綺麗だと、胸を張って言える。

「いつだって思い出せる。だから、独りじゃないんだ。」
「それ、わかる気がします!」

 壮絶な冒険譚と、思い浮かべた大切な仲間の存在。少しだけ瞳に輝きが戻った果穂が、食い気味に話す。

「あたしにも、大好きな人たちがいて、帰り道には別れたくないなっていっつも思うんですけど、でも……家に帰っても楽しかった想い出はずっと胸の中にあって……。」

 会話の中身を思い出して、ふと笑みが零れて。
 明日はどんな会話をしようかなんて、その時になれば忘れてしまうのにイメージしたりなんかして。

「……えっと、上手く言えないんですけど、それでまた、楽しい気持ちになれるんです。」
「ふふ、そうだね。僕が抱いているのも、マスターと同じものなんだと思う。」

 月日が経って、人が老い、景色が移り変わろうとも――変わらぬまま、色褪せないものは確かにそこにあった。

「そしてそれこそが、僕の願いだった。」

 願い――その言葉と共に、果穂の背筋が再び強張った。
 だけど、さっきほどまでの緊張はない。セイバーが語った冒険譚で、彼の人格もまた伝わってきた。セイバーは他人を不当に害して己の願いを掴もうとする英霊ではないという安心が、僅かに、されど確かに果穂の緊張を和らげていた。

「僕の願いはね、僕の生きた証を、あの世界に遺すことだった。」
「生きた……証?」
「僕の旅は終わったけれど、まだ一人、仲間が長い旅路の途中にいるからね。」

 これは遠い、未来の話だ。
 それまで知ろうとしてこなかった人間を知るために、エルフの魔法使いがかつての旅路を辿って天国を目指す物語。

 彼女の終着点は、遥か先にある。旅を終えてしまった仲間たちを置いて、いつか遠い世界へと旅立ってしまう。

 そんな彼女に遺せるものがあるとするならば、それは、在りし日の自分の銅像かもしれない。或いは、かつて救った街の未来の姿かもしれない。
 その全てに伴うべきは、己が名前だ。名前と共に、旅の想い出が、遥か遠い未来に花開くように――

「僕は今、英霊としてここにいる。それは僕が、かの世界で未来に名前を残すことができた証明だ。」
「じゃあ……。」

 それは、人生の目的をやり遂げたような、そんな表情だった。
 そして――

「【勇者ヒンメル】の存在を、仲間の旅路に連れていくことができた。僕の願いは、とっくに叶っているよ。」

 ――勇者。

 果穂が憧れるヒーローに分類される存在。
 その冒険を終えてなお、誰かの記憶の中に生き続けようとするその生き様は――まるで夜空を照らす一等星のように、煌めいていた。

 それは、少女が憧れた偶像の姿そのもので。

「……カッコいいです。」

 吐息のように、言葉が零れた。
 だけど、それだけじゃ足りない。

「すっごく、すっっっっごく、カッコいいです!!!」
「ああ、確かに僕はイケメンだからね。」
「あたしも、なりたいです! ヒーローみたいで、勇者みたいなアイドルに!」

 ――日が暮れない魔法なんて、無い。

 命の不可逆であるが如く、時の流れは逆行することなく進行する。
 それは摂理だ。川を水が流れるように、空を風が吹き抜けるように、大地に草木が芽吹くように、万象は流転の一途を辿っている。未来に待つのは、楽しかったあの日とも、後悔に塗れたあの日とも異なる明日である。
 なればこそ人は、目先の不確定ばかりに追われて、過去を忘却し続ける。積み重ねた現在の数だけ、喪失を重ねていく。

 ゆえに、願うのだ。
 いつかの誰かが、現在を思い出すための道しるべ――それはまるで、一等星のような。

 そんな輝きに、なれたら――

【CLASS】
 セイバー

【真名】
 ヒンメル@葬送のフリーレン

【ステータス】
 筋力:B 耐久:B 敏捷:A 魔力:D 幸運:B 宝具:EX

【クラススキル】
 対魔力:B
 騎乗:C

【保有スキル】
『勇者の斬撃』:A
 その一撃に、敢えて語る口上などない。ただ、圧倒的な速度を以て斬り伏せる。時には、ある魔族がその腕に抱えた子どもを人質として盾にするよりも速く腕を斬り落とし、子どもを救った。また、時には七崩賢の一人、断頭台のアウラが『服従させる魔法【アゼリューゼ】』を発動する前に、天秤を持った側の肩ごと斬り捨てて、瀕死の重症を負わせた。

『超感覚』:B
 魔力を持たないヒンメルは魔力探知が使えないため、常にその五感を用いて魔物や魔族たちを見てきた。七崩賢の一人、奇跡のグラオザームの精神魔法『楽園へと導く魔法【アンシレーシェラ】』の支配下にありながらも、衣擦れの音や息遣い、風の音などを頼りに敵の居場所を掴んでいた。フリーレンはそれを、「持たざる者の研ぎ澄まされた感覚」と評した。

【宝具】
『勇者の剣の偽物<レプリカ>』
 ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1-20 最大捕捉:1人
 剣の里の聖域で守られている、女神の加護を受けた聖剣。選ばれし者のみが抜けると言われており、結界によって護られている。
 ――という伝承の勇者の剣を、ヒンメルは抜くことができなかった。魔王を倒したのは、武器鍛冶キーゼルによって造られた勇者の剣の偽物<レプリカ>だった。
 一般的な剣と同程度の攻撃力・殺傷力を持つものの、特段の特殊能力は有しない。

『仲間』
 ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1-50 最大捕捉:3人
 勇者ヒンメルが魔王を倒すことができた最大の要因であり、彼が真に大切にしていたもの。宝具を解放すると、旅の仲間であるフリーレン、ハイター、アイゼンの3名が魔王討伐時相当の記憶と能力を有する英霊として一時的に顕現する。
 不可逆的な破壊が可能であるが、マスターが令呪の1画を消費することでのみ、全員の再生が可能。

【マスター】
小宮果穂@アイドルマスター シャイニーカラーズ

【マスターとしての願い】
自分なりの『ヒーロー』を貫く。

【能力・技能】
『アイドル』
アイドル事務所『283プロダクション』に所属するアイドル。日々のレッスンにより、同年代の女子より優れた運動神経を有している。また、聖杯内の世界において一定の知名度がある。

【人物背景】
大人びた容姿と高い身長が特徴の女の子。
何にでも興味津々で純粋。
特撮モノが大好きでヒーローに憧れている。
小学6年生。

【方針】
まずは目先の方針をヒンメルと話し合う。

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最終更新:2024年05月28日 18:38