ギロチンというものは、“苦痛なく人を殺す”ための道具らしい。
斧で首を落とすより、炎で人を焙るより、遥かに苦痛は少ないのだと。
当時の処刑人が思い悩み。身分も優劣も関係なく平等な死を与えるために生まれた『人道的』処刑器具。
勉学に疎かった神代愛依はそんなことは知らなかったが、知ったところでギロチンを好意的に見ることはなかっただろう。
苦痛が少ないとしても、ギロチンに“かけられる”ことが定まった時点で、命の刻限が決まってしまう。
断頭台にかけられる人間にとっては、人道的だろうと慈悲と平等の産物だろうと関係ない。
どれだけ苦痛がなくとも、そこは“終わり”だ。
死んでしまっては何も残らない。
終わってしまっては何も叶わない。
目に見える形で“死”が置かれ、避けようのない場所に終わりがある。
暗がりで一人そう思う度、愛依の胸が膿でも吐き出すかのようにじくりと痛んだ。
夢を見た。
それは、いつものような自分が何かに変わってしまう悪夢ではなかった。
多くの人々が断頭台に集まり、罵声を浴びせる。
その恨みを一身に受ける女の、桃色の髪が風になびいた。
どこの国のいつの時代かは不勉強な愛依には分からなかったが。
断頭台の前で力強い言葉を残した女の名前は知っている。
その女が、処刑されて“終わる”ことくらいは知っている。
――私は誇り高きフランス王国の王妃 マリー・アントワネット!!
今まさに終わりを迎えようとしている女は。命乞いでも恨み言でもない。
自らを示す言葉。国を誇る言葉を。辞世の句とは思えないほど、はっきりと叫ぶ。
美しく、気高く、かっこよかった。
――もう怖れはない 何一つ。
抵抗することもなく、女は断頭台にかけられる。
縄が切り取られ、刃が落ちる。
反射的に耳をふさいだからか、あるいは愛依が意識を取り戻したからか。
首が跳ねられる音は聞こえなかった。
神代愛依が冥界に来てから、以前のような悪夢を見ることはなくなった。
代わりに、サーヴァントの記憶が夢という形で断続的に表れることが増えていた。
彼女はなぜ、死を前にしてあのように美しく笑えたのだろう。
神代愛依には、それがどうしても分からない。
首を切り落とされるその時にも怖れを見せず、むしろやり切ったかのような清々しい笑顔でいられた理由が分からない。
少なくとも、自分は定められた死を前に。彼女のように誇り高くいられるとは。
とてもじゃないが思えなかった。
◆◇◆
二人の少女の目の前で、チャペルが荘厳に響いていた。
ウエディングドレスを身に着けた女性がタキシードの青年に抱きかかえられ、幸せそうに笑い式場の扉をくぐる。
彼女が真っ白な花束を投げると階下で礼服に身を包んだ人々がわらわらと手を伸ばし、弧を描いて宙を舞った花束は花嫁と同年代の女性の手元にすっぽり収まった。
女性は歓声をあげ、周囲の人々から拍手があがる。
観光の傍らたまたま目撃したイベントを、二人の少女が式場の外から遠巻きに眺めていた。
新郎新婦が知人という訳ではない。
野次馬根性が半分年頃の少女の好奇心半分で。
名も知らぬ誰かのイベントを、二人の少女はそれぞれ見つめていた。
「驚いた。
こんな街でも、人は結婚をするのね。」
少女たちの片割れ。桃色の髪をした少女のランサーが、乾いた声で呟いた。
事情を知らない人が聞けば、何を言っているのか戸惑うかもしれない。
東京は日本の首都圏で、世界でも上から数えられる経済都市だ。
少子化や未婚率の上昇が叫ばれる令和であろうと、ブライダル業界が斜陽産業と呼ばれて久しくとも。結婚というイベントの重要度は何も変わっていない。
一生に一度の晴れ舞台。永遠の愛を契る約定。
その行為そのものに対して生前は結婚していたランサーは、複雑な思いこそあれ肯定的だ。
本来であれば目の前で契る名も知らぬ男女を純粋に祝福し、隣に歩く少女と下世話な話で盛り上がったかもしれない。
だからこそ惜しいなと、ため息交じりに肩をすくめる。
「ここが本来の東京なら、もう少し素直に祝福できたかもしれませんけれど。」
聖杯戦争のために創りだされた模造都市での結婚式。
新郎も新婦も参列していた人々もその全員がNPCである。
冥界に都市が作られていなければ発生していなかったはずの知性たちが、模造都市の質感を高めるためだけに起こしたただの代謝で。どうにも“偽物”のように思えてならない。
幸せそうに笑顔を浮かべる新郎新婦は、この街が消えると同時に自我無き魂に戻る。
あの新郎新婦が本当に“夫婦”なのかさえ、ランサーにはわかりようがないのだ。
喜び盛り上がるイベントの渦中にただ一人、あくびをしている式場スタッフがいた。
外から見ているランサーにさえ見えるのだ、隠そうという意志さえないのだろう。
他人の晴れ舞台に水を差すような態度に、本来なら苦言の一つでも呈していたかもしれないが。
ランサーは微かにあきれたような顔だけをして、元来た道に向かって歩き出した。
不遜な態度をとるスタッフに、共感はしないまでも理解はできてしまう。
出来の悪い人形劇でも見るように忌々し気な顔をした青年が、手袋をつけた右手をさする。
その下には間違いなく赤い痣があるだろうなとランサーは思った。
「行くわよ愛依。
いくらこの街が聖杯戦争のための舞台だとしても、白昼堂々戦う理由はないわ。」
もはや彼女の興味は結婚式ではなく、推定マスターのスタッフにのみ向けられていた。
幸い、相手はこちらに気づいていない。わざわざ戦いを仕掛けマスターを危機にさらす必要もないだろう。
虚像でしかない結婚式には、祝福どころか憐憫さえもすでに抱いていなかった。
自分はこんなに冷たい人間だったかと、少しだけ寂しさを覚える。
数歩進み、ふと気づく。歩いているのは彼女だけだ。
ランサーのマスターは、未だ式場の前で立ち止まっている。
「何をしているの?」念話で呼びかけながらランサーは振り返る。
マスターである少女はただ一言。幸せそうに微笑むウェディングドレスの女性を前に、呟いた。
「いいなぁ。」
目の前の結婚式が、新郎新婦の幸福が、ただの虚像だと知っている。
それでも、彼女の口から出てきたのは。
憐憫ではなく、退屈ではなく。
祝福と言うのも正しくない。
あえて言葉にするならば、それは羨望だった。
◆
「ランサーってさ、結婚してたんだよね?」
式場からの帰り。立ち寄ったカフェで神代愛依がそんなことを質問した。
向かいの席でフラペチーノを美味しそうに飲んでいたランサーの背丈は、カフェの椅子にかろうじて足が届くくらいしかなく。顔つきも若いというよりむしろ幼く見える。
結婚どころか義務教育を終えているかも怪しい見た目をしたランサーであったが、口に含んでいたフラペチーノを飲み込むと「うん。」とあっさりした答えを返す。
「そりゃあ。王妃ですもの。
結婚もしないで“王の妃”になれるわけがないでしょう。」
ランサーのサーヴァント。真名を『マリー・アントワネット』とする彼女。
デュ・バリー夫人との対立を筆頭に貴族闘争の逸話は枚挙にいとまがなく。
王権の崩壊と革命思想の中、悪評蔓延る中ギロチンにより首を切断された。
それらの逸話の発端には、オーストリアからフランスに嫁いだ彼女の経歴があって。彼女の人生の大きな転換点として、彼女が”王妃”となったことがあげられる。
見た目こそ桃色の髪を一つにまとめた愛らしい少女のようだが、当然結婚しているし子供もいた。
「それもそっか。」と愛依は自分の分のフラペチーノ(ランサーと同じメニューだが、サイズは一つ大きい。)を飲み込む。
少し酸味の効いたストロベリーと生クリームの濃厚さが口いっぱいに広がっていく。
少し甘くなった息を、愛依は高揚と共に吐き出した。
「王様との結婚ってどんな感じ?。
やっぱり生まれた時から決まっていたりする?」
星の形をした少女の瞳が、旺盛にキラキラと輝く。
そういうドラマでも見たのだろうなと、マリーは微笑ましそうに顔を向けた。
「生まれた時からってことはないけれど、家族側で話が決まっていったのは本当よ。
王様とか関係なく、あの時代の結婚観だと普通のことだったけど。」
「せーりゃくけっこん ってやつ?」
「そうね、結婚することが目的じゃない。
目的のために“手段”として結婚をする。よくある話よ。」
結びつきを強めるために、結婚を行い氏族となる。マリーの時代では珍しくもない話である。
むしろ恋愛結婚のほうが少数派だったのだ。
現代人の愛依は政略結婚にいいイメージを持っていない。
――”神代愛依”にとっては、むしろそれは拒絶すべき事象に思えて。自然と、顔つきは険しいものになる。
現代人にとって、結婚という話は恋愛の延長線にあるものだ。
彼氏持ちの友人や彼女持ちの家庭教師に、「この人たちはいつか結婚するんだろうなぁ」なんてことを愛依は漠然と思っていて。
そこに家柄だの役割だのが関わることは、無意識のうちに窮屈に思ええてしまう。
聖杯によって21世紀の東京に即した知識を与えられているランサーは、そのことを当然理解している。
もう少し突き詰めた話をしても良かったが、このまま話を進めても愛依の心には響かないだろう。恋バナはいいが、民族史の授業をするつもりは無い。
だから、ただ一つ分かりやすい答えを口にした。
「一つ言えることは、
私は“王妃”になれて幸せだったということよ。」
マリー・アントワネットは、非常に怖がりな少女だった。
猟犬を怖がり、鷹狩の鷹を怖がり、愛の鞭を怖がり。
結婚したルイ16世とも色々あったが、鍜治場で鎚を振るう姿は正直言って怖かった。
「もちろん、幸せだけじゃなかった。
大変なこともあった。辛いこともあった。
その一部始終は、マスターはもう夢で見ているかもしれないわね。」
愛依は勉強が得意ではない。
マリー・アントワネットについても、「パンの代わりにお菓子を食べた人」くらいのイメージしかもっておらず。西洋史などからっきしだ。
夢で見た出来事が、いったいいつの話なのか。そもそも本当にあったことなのかもよく分からない。
絢爛なドレスを着た女たちと言い争う姿も。
夫とのコミュニケーション不足を、遠い異国から母に手紙で叱責される姿も。
子どもに愛情を向ける、慈母のような姿のランサーも。
宮廷であることないことまくし立てられる王妃の姿も。
市民たちまで口々に悪評をばらまかれる女の姿も。
処刑されるその瞬間もなお、罵声と憎悪の中心にいたことも。
あの夢はやっぱり本当にあったことなんだなと、愛依は初めて実感した。
「怖くなかった?」
「怖かったわ。
怖かったけれど、私は前に進むことが出来た。」
環境の変化も、煩わしい政争も、混乱している市政も。
怖がりな彼女にはその全てが怖かった。
それでもと、恐怖を乗り越えた”王妃”は屈託なく笑う。
愛依の夢の中、彼女の人生の終わりにおいて。ギロチンにかけられる前と同じように。
「私には憧れた人がいた。
遠い異国で、その国で生まれたわけでもないのに。王として人々を導いた偉大な人。
その人に近づきたくて、恐怖を一つずつ超えていく。
私は生涯、そうして生きてきたの。」
生前は終ぞ会うことはなく、魔女千夜血戦(ヴァルプルギス)の舞台で相まみえた。ロシアの大帝。
大帝は王妃のことを「強者」であると認めていた。
――自分の手で自身の醜聞を広め。
――自らの死が、断絶した『市民』と『貴族』を取りまとめる象徴になるように仕組んだ王妃のことを。
国を愛し、民を愛する者だと。大帝は称えた。
「愛すべき国と愛する民のためならば。私には怖いものなんてなかった。
愛がきっかけの結婚ではなかったかもしれなくとも、私が愛することができたものは、沢山あったのよ。」
始まりは、愛や自由ではなかったかもしれないが。
フランス人以上にフランスを愛した王妃は、己の人生に悔いはないと言い切った。
自分より小さなその姿が、愛依にはとてもかっこよく見えた。
「あたしも、マリーちゃんみたいになれるかな?」
「...どうかしらね。あなたと私じゃ、立場も状況も随分違うもの。
私の夫は私を愛してくれていたし。
私の家族だって、悪意があって私を嫁がせたわけじゃないわ。」
残ったフラペチーノを愛依は少しだけ口にした。
少し溶けかけているのか、酸味も甘みも薄くなったように思える。
ランサーの言葉がどんどん重くなっていくのを、愛依は肌で感じていた。
怨嗟と憎悪の中首を切られ、後世にまで悪評が残り続けた女が語る彼女のマスターの話は。
彼女自身の話より、よほど重苦しく、辛そうに聞こえた。
マリー・アントワネットと神代愛依の立場は、随分と違う。
片やオーストリア女帝に連なる血族で。片や普通の女子高生。
片や14ですでに結婚していて。片や16まで彼氏もいない。
片や王の妃であり。片や・・・
「断言してもいいけれど、貴方を見初めた相手は、
”凶神”は貴方を愛してなどいない。」
―――神の花嫁。
20を迎えるより前に、すなわち残り4年を待たず。愛依は神に迎えられる。
それが何を意味するのか、愛依自身にさえはっきりしたことは言えずにいて。
ただ、人間として死ぬ”程度では済まないだろう”ということだけは確信をもってしまっていたし。
その立場が愛や思いとは程遠いであろうことは、嫌が応にも分かっている。
「・・・ランサーも、そう思う?」
「思うわよ。
貴方の人生を、私も夢で見ているもの。
・・・あなたのような子供が背負うには、あの宿命は辛すぎる。」
威圧感さえ感じられるほどはっきりと言い放たれたランサーの言葉に、星のような瞳が陰る。
舌に残るはずの甘さは、既に全く感じられなくなっていた。
神代愛依は不幸体質だ。
神に見初められたその神気は、ただいるだけで悪霊を引き寄せる。
小さい霊は愛依自身に、小さな霊現象をもたらし。
大きな霊は愛依の周囲に、避けようのない不幸を与える。
“神”に見初めらたというだけで、愛依の人生は歪んでいる。
友達が不幸になった。――愛依が入院した時、京都の友達は誰も見舞いに来なかった。
家族が不幸になった。――兄は死んだ後、霊となって自分を殺そうとした。
知らない人が不幸になった。――列車が横転した事故のことを、愛依は自分のせいだと心のどこかで思っている。
愛依は、夢を見るようになった。
白無垢を着せられた自分の体が、紫色の”何か”になり替わっていく夢。
記憶が抜け落ち、家族のことも友達のことも覚えていられなくなる夢。
顔を奪われ、永劫神の供物として蹂躙され続ける夢。
同じように”神の花嫁”となった自分を、ご先祖様が呼んでいる。
冷たい夢を見るたびに、愛依の希望はどんどん奪われていき。
心のどこかで、幸せな未来を手にすることを諦め始めていた。
愛依が冥界に来たのは、そんな矢先のことだった。
NPC達が幸せそうに笑う式場を前に羨望の声を漏らすほどに、その魂は折れ始めていた。
必死に震えを抑えようと、目の前の飲み物を口に入れる。
甘さも酸っぱさも、今の愛依には感じられなくて。
冷たさだけが舌に残って、唾液と混ざって気持ち悪い。
「神の花嫁という定めが愛であるならば、私はそれを応援した。
私って恋愛を介さない結婚に賛成派の、ふるーい人間ですもの。」
「・・・ランサー。」
「でも、貴方の結婚にあるのは、ただの呪いと恐怖だけ。
恐怖で縛り、捧げられ。全てを失った中で愛も誇りも踏みにじられる。」
ぴしゃりと王妃は言い切った。
そんなものは認めないという静かな怒りと共に。
恐怖を乗り越えた女は震える愛依の手を取る。
魔力でできた体なのに、愛依よりずっと温かくて。
小さな王妃は、慈しみを込めてまっすぐに少女に告げた。
「私の願いは、”貴方を縛るすべての恐怖を、貴方が乗り越えられること。”
貴方の終わりも、呪う神も、貴方超えて幸せになる。そんな未来が訪れること。」
えっ。という小さな驚きが、微かな呼吸と共に零れた。
ランサーの願いは、『愛すべき国と民のために、君臨すること』だと聞いていたからだ。
彼女のような女が、自分のために願いを変えるのか?
そんなことを望んで本当に良いのか?分からず愛依は問いかける。
「どうして...ランサーもランサーの願いがあるんじゃ。」
「そうね、今でも願いは変わらない。
私は私の国を愛している。私の民を愛している。
けれどそれと同じくらい、貴方のことも愛してる。
それに、貴方のように震える少女を見捨てては、私は憧れた人に顔向けできない。」
聖杯にでも望まなければ、普通の恋愛さえ望めない少女。
国を愛し、民を愛し。悔いなく死んだ女には。
恐怖に挫けそうな少女を救うのに、理由などいらなかった。
「貴方は幸せになっていい。
誰かを愛し、誰かに愛される。そんな人間になっていい。
貴方を縛る恐怖を超えて、20を過ぎても人として生きられる。
そんな未来があっていい。」
愛依からぽろぽろと涙が溢れ出す。
自分よりも小さい少女が、母親のように向ける目が。
恐怖に屈しなかった王妃が差し伸べる手が、温かくて。
「聖杯を取りなさい。神代愛依。
”神の花嫁”ではない。あなた自身が手にして、貴方の未来を願いなさい。」
幸せを願っていいと、願うべきだという言葉は。
魔女のささやきでも、王妃の命令でもなく。
一人の人間の言葉として、胸に響いた。
「まずはそうね、彼氏の一人でも作りなさいな。」
王族らしからぬそんな提案を、悪戯っぽい笑みとともに向けるランサーに。思わず愛依の頬も緩んだ。
髑髏の眼をした幼女や、家庭教師の青年と同じく。
自分の事を見てくれる人がいることが、愛依には何より救いだった。
少しだけ残るフラペチーノを飲みほした。
酸いも甘いも舌に残って。
冷たいはずなのに、心は少し温かくなった。
「ありがとう。ランサー。」
涙を拭った少女の言葉に、王妃は照れ臭そうに頬をかく。
「Je vous en prie. (どういたしまして)」
気恥ずかしそうに、流暢な言葉をランサーは返す。
フランス語なんて分からないはずの愛依だったが、彼女の言葉はなぜだかはっきり理解できた。
◆◇◆
塗りつぶしたような真っ暗な世界に、けたけたと笑い声が響いた。
廃病院のような空間の一角。光も差さない真っ黒な場所。
その真ん中に“誰か”がいた。
近づいてみて、白無垢を来た女だと分かるだろう。
顔は見えない。その両腕は縄で縛られ、顔を覆うように五芒星の描かれた紙が張り付けられていた。
そしてその臍より下は、貪り食われたようにごっそりと抜け落ちていた。
「王妃風情の三流魔女が。
随分と大言を吐いてくれるじゃないか」
白無垢の目の前には、子供が一人が座し。赤黒い腸を愉快そうに貪り食らう。
髪も肌も色を排除したかのように白く、身に着けるものも一点の曇りもない真っ白の和服。
人間ではない。かといってサーヴァントでもない。
もっと超常的な存在であることを、一目見たすべての人間が確信できる。
凶星の神。王の星。
その真名を太歳星君。
それが愛依を見初めた――愛依の人生を呪い続ける神の名前だった。
「聖杯の力で僕を祓うか。
確かに不可能ではないだろう。これほどの死の気に満ちた杯だ。
どんな願いもというのは、冗談ではないようだな。」
その神から見ても、今回の聖杯戦争は流石の格を誇っていた。
冥府の一角に無数の世界の魂を呼び込み。
世界も時空も異なる英霊たちが、一堂に集う。
生き残るのはただ一人。であるならば、それ以外の魂は残らず杯に注がれて。
並々と溢れる無色の魔力を使えば、神の一柱だろうと世界の一つだろうと容易く滅ぼせてしまいそうだ。
だが。
そう神は続け、張り付いたような笑みをどこかに向けた。
「お前如きにできるのか?
与えられた魔法を振るうだけの魔女。
自分の子供さえ幸せに出来なかった、哀れな女。」
神からすれば、愛依が引いたランサーは二流もいいところだ。
元々は王妃、ケーキより重いものを持ったことがない女。
ヴァルプルギスにて魔女となり、大帝と互角以上に渡り合える力を誇ってはいても。
その霊核は、神には劣ると。
正面から戦っても、自分が勝つと。
凶神は王妃の勝利を期待などしていなかった。
凶神を殺すという王妃の願いを、神はただただ嘲笑う。
奴が油断すれば、いつでも”表”に出てきてやろう。
晴明の小僧が相手の式神を奪ったように、奴の霊基を乗っ取るのもいいかもしれない。
そんなことさえ考えていた。
だが神が今すぐ動くことはない。
サーヴァントが居なければ、葬者はその運命を喪失する。
生者を阻む冥界の理は絶対だ。神の力をもってしても延命は出来ても覆すことは不可能で。
神代愛依の生存には、ランサーが必要不可欠だった。
「業腹だが、致し方ないか。
愛依には生き返ってもらわないと僕が困るんだ。
生き返るまでは貸してやる。丁重に扱えよ。」
――大事な僕の所有物なんだからな。
歪んだように口角をあげ。神が笑う。
未来のない少女と、既に敗北している魔女。
勝たねば先のない主従が挑む、勝たねば未来のない戦いを前に。
神だけが笑っていた。
【CLASS】ランサー
【真名】マリー・アントワネット@魔女大戦 32人の異才の魔女は殺し合う
【ステータス】
筋力D 耐久D+ 敏捷B 魔力B 幸運B 宝具A
【属性】秩序・善・人
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
ライダー時に比べてランクは低下している
【保有スキル】
純の魔女 EX
「我、『服従』を欲す」
魔女千夜血戦(ワルプルギス)にて”魔女”として参戦したことに端を発する。本来のマリー・アントワネットが持ちえないスキル
怖がりの彼女がそれを乗り越え、”怖れ”さえ支配し君臨する輝ける欲
誇りの姫君 B
国を愛し、国を誇りとし、その誇りに準じた者。
彼女を知るものに敬愛を抱かせる、ある種のカリスマ性。
”魔女”として自身の欲を解放した結果、本来所有するスキル『麗しの姫君』が変質した結果生み出されたスキル。
超克の断頭台 A
彼女の命を終わらせた処刑器具にして、生前の彼女が最後に乗り越えた”恐怖”
革命の成功と王家の断絶を象徴する刃であると同時に、国の融和ためなら命さえ擲つ彼女の誇りを示したもの。
アヴェンジャー時の宝具『嘲りの断頭台(ギヨチーヌ・リカヌマン)』と根幹は同一のもので、本来は断頭台を思わせる刃を生成・操作するものだが
恩讐が極めて薄いランサーでは、後述の宝具において断頭台を召喚する際その鋭さと拘束力が増大する効果になっている。
【宝具】
『魔装 百の花びらを纏う薔薇(ロサ・ケンティフェリア)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
フランス憲兵服のような、”魔女”としての戦闘装束
身の丈を優に超える大鎌を振るう 彼女の欲を武具へと姿を変えたもの
『純魔法・王妃の心象(ル・アーチ・ドゥ・ラ・レーヌ)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:0~100 最大捕捉:1000人
”魔女”マリー・アントワネットの魔法
かつて己が恐怖し、恐怖を乗り越えた存在を召喚する召喚魔術。
一度に召喚できるものは一つだけであり、大きさに比例し魔力の消費も大きくなる
この宝具の真価は”恐怖を克服”した対象であれば、生前には該当しない存在も何であろうと具現化できるところにある
【weapon】薔薇の意匠のある大鎌 及び宝具の生成物
【人物背景】
フランス王妃にして魔女階位10位 『君臨欲』を内包する『純』の魔女
見た目は小柄な少女のようだが、その半生は紛れもなく
国への愛と誇りを持った
【サーヴァントとしての願い】
愛依を縛る全ての”恐怖”を愛依が乗り越えられること
愛依の中の『神』を消滅させることも含まれる
本人曰く召喚に応じた際の願いは別にあるが、愛依の中の『神』が死ぬほどムカついたため優先度が変わったとのこと
【マスターへの態度】
可愛いしいい子。
- だからこそ、彼女の運命はこんな子供が背負っていいものじゃない。
【マスター】神代愛依@ダークギャザリング
【マスターとしての願い】
未来が欲しい
【能力・技能】
不幸体質の女の子
特に男の子がダメらしく、周囲にいる人間に不幸を呼ぶと言われるほど
彼女の異質さの正体は、彼女を血縁単位で呪い続ける”神”
【人物背景】
星のような瞳の少女
見た目は金髪で派手なギャル。
明るく感情豊かな女の子あるが、自身の体質や家族との関係などの災難に苦悩している
その命は、20歳になると『連れていかれる』ことが定められている
瞳に、五芒星の刻印を埋め込まれた
神の花嫁
令呪は、三つに切り分けられた星のような形
【方針】
聖杯が欲しい。
具体的なことは、まだ決まってない
【サーヴァントへの態度】
子どもみたいなのに美人でかっこいい
初めはかわいらしく思っていたが、今は尊敬に近い思いでいる
【備考】
参戦時期は京都中央病院に入院中
34話~53話の弑逆桔梗開始直前のどこかの期間
最終更新:2024年05月28日 18:43