――あなたは少女を悪夢に突き落としました。

 そこはまさに悪夢だった。
 こんな場所を作って少女を延々と屠り、破壊し尽くすなど悪魔の所業だろう。
 実際のところ、そいつは「悪魔」だった。
 「悪魔」は、少女を悪魔の迷宮に突き落した。

 少女は服の一片も与えられず、僅か生まれて9年程度の幼い少女は迷宮を彷徨う。
 しかしその結末は、悲惨極まりなかった。
 あるいは触手に嬲られ。
 あるいは蛾の化け物に貪られ。
 あるいは檻に囚われていた少女たちの慰み者にされて彼女たちの輪の中に入り。
 あるいは「悪魔」自身に犯され。
 そして、壊れた。

 何度も。
 何度も。
 何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
 朧げに記憶に残る普通の女の子だった時の自分に戻るため、終わりのない恐怖と苦痛と恥辱と快楽にまみれた迷宮に少女は何度も挑み、そして散った。
 散っていった少女はゴミのように廃棄され、そして「姉」となった。
 壊れてしまった「姉」を棄てた「悪魔」は、「妹」を生み出して、また悪辣なゲームを始める。




「かわいそうなしおん」

「かわいそうなしおん」

「こんな世界に生まれてしまった、かわいそうなしおん」

「どの道を選んでも抜け出すことの叶わない、地獄の世界……」

「壊れることでしか幸せになれない、闇の世界……」

「どうして、私達はこんな世界に生まれちゃったんだろうね……」

「おやすみなさい……私達の……かわいい妹……」

「こんどは……普通の女の子に生まれたいね」




§




 「姉」となった少女達の祈りが通じたかどうかは分からない。
 しかし、新たな「妹」が再び迷宮に挑み、再びその儚い命が散らされようとした時、「妹」は冥界に招かれた。

 >少女を連れ出す

「ありがとう……」




§





 日が没し、辺りが暗くなった街の中。
 商店街で個人の八百屋を営んでいた店主は、そろそろ店を閉めようかと考えていた。
 店番をしている時にいつも聞いているラジオの電源を切り、店頭に並んだ野菜や果物を片付けようと立ち上がったところで、一匹の犬が近づいてくるのが見えた。

 一切の色がない、白い犬だった。首輪はしていない。野良犬だろうか。
 犬ははっはっと舌を出しながら、尻尾を振って店に並ぶ果物を物欲しそうに見つめている。
 おいおい、冗談だろ。これはうちの売り物だ。いくら愛らしい見た目をしているからといって、譲るわけには……。
 そんな考えは、犬のつぶらな瞳を見ているうちに霧散してしまった。

――ちょっとだけだぞ。

 八百屋の店主は、替えの利く小さな籠を持ってきて、リンゴを3個ほど入れて犬に差し出した。
 それに反応して、犬はお礼を言うようにワン、と鳴いて、籠を加えて立ち去って行った。


 白い犬は、行き交う人々の目に晒されながらビルとビルの隙間にある小さな路地裏に入っていく。
 路地裏を進んだその先には――幼い女の子がいた。
 あろうことか、その女の子は一糸纏わぬ姿であった。橙色のセミロングの乱れた髪を肩に下げ、そのシミ一つない幼子特有の艶やかな肌を惜しげもなく晒している。

 白い犬は女の子の前に来ると、加えていた籠に入ったリンゴを差し出す。


「っ……」

 全裸の女の子は、犬とリンゴを交互に見ると、礼を言うことも忘れてリンゴを手に取ってむしゃぶりつく。余程、腹が減っていたのだろう。
 白い犬は――否、女の子から見た犬はただの犬ではなかった。
 犬ではなく狼。狼ならぬ大神だ。
 白い毛並みに入っていたのは、神々しい紅の隈どり。葬者や霊力の強い者にのみ見えるそれは、この狼がサーヴァントであることを示していた。
 その真名は、アマテラス。妖魔に侵されていたナカツクニを救った太陽神、天照大神である。

「よォ、ようやく帰って来たかィアマ公!」

 すると、女の子の頭上で跳ねる、まるで豆粒のような妖精がアマテラスに声をかけた。

「しおんはこの通り大丈夫でィ、このイッスンさまがついてやったからなァ!」

 誇らしげに語る妖精の名はイッスン。アマテラスの相棒としてナカツクニを奔走した逸話があまりにも強いがゆえに、宝具として付いてきてしまったコロポックルだ。
 イッスンは無我夢中でリンゴを食べるしおんという名の少女からアマテラス鼻の上に飛び移る。

「何ィ?すっぽんぽんの女の子に変なことしてないかってェ?馬鹿言うんじゃねェ!ボインな姉ちゃんならともかくよォ、素っ裸で放り出されたガキになんか興奮するわけねェってんだ!」

 聞かれてもいないのに答えるイッスン。
 アマテラスがほとんど喋らない分、イッスンが会話を担当してただけあってそのおしゃべりなところは健在だ。

「で、どうすんだィアマ公。しおん、本当に根無し草みたいだぜェ?」

 リンゴを食べ終わり、ぺたんと座り込んだままぼーっとアマテラスを見つめるしおんを見ながらイッスンは言う。
 言うまでもなく、しおんはアマテラスのマスターであり、冥界の聖杯戦争に招かれた葬者である。
 しかし、本来であれば偽りの東京に設定されているマスターとしてのロールは、しおんに割り当てられていない。
 完全に社会の庇護下から外れた、浮浪児だ。

「クソッ、考えるだけで胸糞悪くならァ」

 吐き捨てるように言うイッスン。 
 しおんは齢二桁にすら達していない幼い子供だ。にも関わらず、社会的な立場どころか服も与えられず、今のように食べ物にすら困る生活をしている有様だ。
 召喚されて間もないため、しおんは未だ裸のままだ。しおんに着せる衣服も、いずれはどこかで用意せねばならないだろう。
 イッスンが憤慨するのも無理もなかった。

 しおん。「悪魔」の作り出した迷宮に囚われた、哀れな幼子。
 迷宮の中では生まれたままの姿であったためか当然のごとく裸のまま冥界に送られ、「悪魔」の所有物であることを示すかのように、その首には赤い首輪が巻かれていた。

 終わりの見えない「悪魔」のゲームを繰り返す中、運命のいたずらか葬者として呼び出された。
 それが、しおんにとって幸せかどうかは分からない。迷宮から抜け出せたとはいえ、裸一貫で聖杯戦争の会場に放り出されたのだから。
 迷宮の中で快楽に溺れて命を散らした方がマシだった可能性も十分に有り得る。


 そんなしおんにアマテラスは近づいて、その頬を一舐めする。
 それはまるで、子を慈しむ母のようであった。

「ぁ……」

 その時、しおんの目から一筋の涙が頬を伝った。

「あ、うあぁ……」

 それから、何かが決壊したかのようにしおんはひっくひっくと啜り始め、やがてアマテラスに顔をうずめてわんわんと泣き始めた。

「うっ、ぐすっ、うわあああああぁぁぁぁぁん……!!」

 アマテラスはしおんの背に合わせて跪き、その小さな体躯に寄り添う。
 悪魔の迷宮で目覚めてから、ずっと味方といえる人もおらず、裸で一人ぼっちのまま心細い冒険をしていたしおんにとって、アマテラスは初めて「甘えられる相手」であった。
 本当ならば恐怖と孤独ですぐにでも泣き出してすべてを投げ出したい思いだったが、迷宮の中で元の居場所に帰るという願いのためにすべてを押し殺していた。
 目の前の狼と妖精はしおんの親ではないが、少なくともしおんにとって拠り所にできる相手だ。そんな存在を得た今、それまで抑え込んでいた感情が溢れだしたのだ。

「大丈夫だぜェ、しおん。この毛むくじゃらとオイラがついてるからなァ!」
「ああっ、ぅああ、ぐすっ、えぐっ……」

 イッスンもしおんの肩の上で跳ねて慰めてやる。
 しばらくの間、しおんという普通だった幼い子供はただひたすらアマテラスの懐で泣き喚いていた。

「おとうさん……おかあさん……っ」

 アマテラスの毛がもうしおんの涙を拭いきれなくなろうとした時、ふと、しおんの口からずっと探し求めていたものの名が漏れる。

「なんでェ、家族のいたところに戻りたいってのかァ?」

 イッスンの言葉に、わずかにコクコクと首を振るしおん。

「へっ、それなら話が早ェや。ならこんな辛気臭い冥界抜け出してしおんを――」

 しかし、同時にしおんの思い浮かべた両親には、とてつもない違和感があった。

「……あれ」
「ん?」
「……わからない……。おとうさんと、おかあさんの顔……」
「何ィ!?親の顔が分からないってのかァ!?」

 しおんの記憶にある両親には、まるで欠落したかのように両親の顔に黒い靄がかかっていたのだ。
 どうしても、両親の姿を思い出せない。覚えているのは、「おとうさんとおかあさんがいた」という事実だけ。
 いつも甘えることのできた大好きな家族の顔を、思い浮かべることができない。

 それは、無理からぬことであった。
 なぜなら、しおんは「しおん」ではないのだから。
 ここにいるしおんは、「しおん」の複製でしかなく、記憶が不完全なのだから。
 オリジナルのしおんは、既に「悪魔」の手によって壊されている。
 「悪魔」はまだまだしおんを楽しむため、その「代わり」を作ったのだ。
 しおんは元から、迷宮で生まれて迷宮で死ぬための命でしかないのだ。


「なんで……会いたいのに……帰りたいのに……!」

 しおんはぷるぷると身体を震わせる。
 言いようのない寂しさと孤独、そして絶望が、しおんの心にどっと押し寄せていた。

「きゃっ……」
「お、オイ、アマ公!?」

 しおんの心が闇に潰されそうになったその瞬間に、アマテラスは半ば強引に自身の背にしおんを跨らせて駆け出す。
 しおんとイッスンの困惑をよそに、ビルの壁を蹴って屋上へと登っていく。

「アオオオオオオオオン――」

 そして、屋上へ着くや否や、遠吠えをしながら天照大神は神なる筆を取り――。

 暗くなった夜空に向かって「◯」を描く。

 するとどうだろう、「照」の文字を中央にたたえた太陽が空に出現し、周囲を照らすとともに辺りを完全な昼に変えてしまったではないか。
 これはアマテラスの森羅万象に干渉する神通力であり、宝具『筆神業・筆しらべ』の一つ、「光明」。
 宵闇に太陽を召喚して昼に変えるというアマテラスを象徴する筆業だ。
 此度の聖杯戦争では効果範囲と持続時間ともに制限されているが、それでも尚太陽を召喚できることには掛け替えのない意味がある。

「あ……」

 しおんは呆けたように空に出てきた太陽を見て、やがて気づく。

「……あたたかい……」

 思わず手を伸ばしてしまう。
 しおんの剥き出しの肌を包んでくれるような、そんな心地のよい陽気がしおんを照らしていた。
 そうだ。たとえ親の顔は思い出せなくとも、しおんは太陽の明るさは覚えている。太陽の暖かさも覚えている。
 欠落したオリジナルの記憶も、それだけは忘れていなかった。
 複製のしおんにとっては初めてみる太陽のはずなのに、とてつもなく懐かしい感覚がする。
 母なる太陽の前では、孤独感はどこかへと消え去ってしまった。

「……ワンちゃんが、やったの?」

 しおんの問いに、アマテラスは肯定するようにワン!と鳴く。
 ずっと忘れていたが、しおんは太陽の下に出ることができるのだ。
 悪魔の迷宮のような、陽の当たらない檻の中に、もうしおんはいない。
 空に昇る太陽は、まるで慈母神アマテラスはあなたと共にあると言ってくれているようで。

「ありがとう……」

 しおんは心から安堵した顔で、アマテラスに抱きついた。

「へっ、結構粋なことすんじゃねェか」

 アマテラスの召喚した太陽を見上げながら、イッスンは言う。

「そこまでやるならちゃんとしおんと一緒にいてやれよォ?本当の親元に届けてやるまでなァ」

 天照大神はすべてを照らす。たとえ冥界であっても、たとえ光を知らぬ少女であっても。


【CLASS】
セイバー

【真名】
アマテラス@大神

【ステータス】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運EX 宝具B+

【属性】
中庸・善

【クラススキル】
対魔力:A
Aランク以下の魔術を完全に無効化する。
事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。

騎乗:-
アマテラスは狼のため騎乗する能力は持たないが、騎乗させることはできる。

【保有スキル】
大神:A+++
太陽神であり、天の國タカマガハラより出で来し天照大神。
太陽そのものとも言えるその神体は常に大地へ生命力を恵んでおり、アマテラスが走った後には草花が咲き乱れる。
同ランクの神性を持っている他、他の者からの太陽神に対する信仰や感謝の気持ちに比例して力を増していき、ステータスが飛躍的に増強されていく。
葬者やサーヴァントからの信仰の比重が特に大きい。
霊力の強い者や信仰心の強い者や葬者にはその白い身体に紅い隈どりの入った神々しい身体が見えるが、普通のNPCにはただの白い犬にしか見えない。

わんこ:A
犬。ワン公。アマ公。毛むくじゃら。実際は狼であり、イザナギ伝説の白野威そのもの。
イッスン曰く、ポアッとしているとのこと。
しかし実際は思慮深く、慈母神に相応しい聡明さを持ち合わせている。
このポアッとした様子は敵の油断を誘い、策の隠匿判定を有利にする効果がある。

心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。
虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

退魔力:A
対魔力が魔を防ぐ力なら、退魔力は魔を祓う力。
妖怪に侵されていた地上に太陽を取り戻した逸話からこのスキルを有する。
魔、陰、闇、妖の属性を持つ者に対しては追加大ダメージを負わせる他、それによって振り撒かれた病などのバッドステータスを解除する。

【宝具】
『天道太子一寸(イッスン)』
ランク:D 種別:妖精 レンジ:- 最大捕捉:-
コロポックル族の小さな旅絵師であり、アマテラスの相棒。
アマテラスとの地上の旅で常にお供していたからか、此度の聖杯戦争にも宝具という形でついてきてしまった。
遠目に見ると虫が跳ねている程度にしか見えないほどその体躯は小さく戦闘能力は皆無だが、常人が両手で持てる程度のものであれば持ち上げられる。
また、神と交信できるコロポックル族の性質から、神性スキルを持つ者に対してはCランク程度の真名看破スキルを持つ。

『筆神業・筆しらべ』
ランク:B+ 種別:対界宝具 レンジ:1~5000 最大捕捉:-
アマテラスの所持する三種の神器と、神なる筆で世界に絵を描き、森羅万象に干渉して奇跡を起こす神通力の複合宝具。
あらゆるモノに「一」を描けば斬撃が入り、枯れ木に「◯」を描けば生命の息吹を迸らせて草木が蘇る。
炎、雷、水雨、氷、風を具現化できる他、壊れたものを修復したりアマテラス以外の時間の流れを遅くすることまでできる。
夜空に太陽を描けば昼になり、昼空に月を描けば夜になるなど、時空まで操ることも可能だが、
この「光明」「月光」の二つの筆しらべについては制限がかかっており、アマテラスの周囲数kmかつ持続時間も数分~一時間程度に限定して昼と夜を変える能力に抑えられている。
しかし、具現化するのは紛れもなく本物の太陽と月であり、太陽または月によって恩恵を受けるサーヴァントはその効果に預かることができる。

『太陽は昇る』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:-
信仰が最大限になった時にのみ発動が可能になる宝具。
信仰が足りなくとも、疑似的に令呪三画分を消費することでも発動可能。
アマテラスが大神としての本来の力と権能を取り戻し、アマテラスの幸運以外のパラメータをA++ランクに置換した上で太陽神として降臨する。
この状態のアマテラスが筆しらべ「光明」を使用した場合、本物の太陽の光が冥界を照らす。
アマテラスの呼び出した太陽はその光で味方に無尽蔵の魔力を供給し傷を癒し、あらゆる闇を祓い敵を弱体化する。
さらにこの太陽は生命力をその光で照らす者に恵み、本来では絶対に起こり得ない奇跡を起こすだろう。例えば、冥界の死霊を一時的に生前の姿に戻すなどのような……。
たとえそこが冥界でも、太陽は昇る。

【weapon】
アマテラスが背負っている三種の神器、八咫鏡、天叢雲剣、八尺瓊勾玉。
それぞれ、炎、雷、氷の属性を纏っている。

【人物背景】
白い狼の姿をした神であり、太陽神天照大神。
相棒のイッスンと共に妖魔の跋扈していた地上を救い、常闇の皇を打倒して濁世をあまねく照らした。

【サーヴァントとしての願い】
マスターを本来の家族の元に送り届ける。

【マスターへの態度】
救うべき哀れな子供。



【マスター】
しおん@悪魔の迷宮

【マスターとしての願い】
おとうさんとおかあさんにあいたい

【能力・技能】
9歳児相当の力しかない。
ただし、悪魔に作られた存在であるため、簡単な責め苦で死なないよう頑丈さだけは上がっている。

【人物背景】
「悪魔」の作った迷宮に突き落とされた哀れな少女。
しかしその正体は、オリジナルのしおんを元にして作られたクローンでしかない。
それゆえに、例えば両親の顔のような、極めて重要な記憶が欠落している。

此度の聖杯戦争ではロールは与えられておらず、社会的な地位はない。
元の世界では常に全裸だったため、衣服もない。
つまり裸で何の装備もないまま、身一つで聖杯戦争の舞台に放り込まれた。

【方針】
おとうさんとおかあさんにあいたい

【サーヴァントへの態度】
優しくしてくれるワンちゃん。まるで太陽のように暖かい。

【把握資料】
こちらのページの「少女を連れ去る(DL)」から原作をダウンロードできます。
ttps://master009.x.2nt.com/dmaze/page/dmaze.html

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最終更新:2024年05月28日 23:30