息を切らせて青年が逃げる。ゼェ、ハァと荒れる呼吸、激しく脈打つ鼓動はわき目もふらずに駆け出している自身の全力疾走によるものか、それとも、直前まで彼が目の当たりにした凄惨な光景による精神的な衝撃によるものか。
その鼻孔にはいまだに肉が焼け、身に着けた衣服も装飾も何もかもを巻き込んで燃え尽きた時に香った嘔吐感を催す焦げ臭い匂いがこびり付いて離れない。
その鼓膜にはいまだにその身がみるみる内に極寒の冷気に侵蝕され、壊死する暇すらなく氷のオブジェへと変じさせられる恐怖と苦痛と驚愕に支配された、されども口腔すらも凍り付いたことで満足にあげることを許されなかったくぐもった悲鳴が反響し続けている。
どうしてこんなことになったのか。突如として現れた、化け物としか形容のできない異形によって彼の仲間は一瞬の内に物言わぬ死体へと変えられた。
怪物の腕が二本しかなく、逃げ出す青年を捕捉する腕の余裕がなかったこと、そして彼が逃げ込んだのが入り組んだ路地裏で、そしてどこをどう逃げれば撒きやすいかを熟知していたのはこの降ってわいた事故としか言えない不運に見舞われた彼の数少ない幸運だったかもしれない。故に彼はここまで生き延びることができ、そして繁華街の光が見えるところまで逃げ切ることが出来たのだ。
逃げ切ったとして警察がどうにか出来る手合いか?否だろう。繁華街に逃げ込んだことで根本的な解決になるか?それも否だ。
それでも、もしかしたら人通りの多いとこまでは追ってこないかもしれない。追って来たとしても人ごみに紛れれば自分でない誰かに標的を移してくれるかもしれない。そんな僅かな希望に縋って青年は手を伸ばす。手を伸ばして――
そしてその手は願い虚しく宙を切った。
不意に体の自由が奪われる。制御を失った体が勢いを殺し切れずアスファルトの地面にダイブする様に倒れ込む。
パニックになる青年の霞む視界が路地の闇から姿を現す白衣の男を捉えた。青年を繁華街から隠すように立ちふさがる白衣の男は彼が抵抗できなくなったことを確認して手に嵌めていた指輪についていた蓋を閉じる。今彼が倒れ込んだ元凶は白衣の男が元凶であることは明白だ。
それでもどうにか足掻こうと青年は白衣の男に緩慢な動作で手を伸ばそうとする。それを白衣の男は笑うでもなく、怒るでもなく、ただ冷たい目で見下ろす。
状況はなにも好転しない。ここが無駄な抵抗の終着点。それを告げる様に倒れ伏した青年の後ろから、ジャリ、という足音が響いた。
まともに動けない彼の周囲の気温がみるみる内に熱を持つ。悪ふざけでライターを近づけられた際に感じた時のものとは比較なぞ出来る訳もない熱量が近づくのを感じたのは一瞬。
何かに捕まれる感覚。即座に全身を包む焼ける様な、いや、文字通りにその身を焼きつくす痛みと熱。それを最後に哀れな逃亡者の意識は途絶えた。
繁華街を行きかう人々はそんな惨劇が起きたことなど知る由もない。鼻のいい者がいれば何か焦げる様な臭いを感知したかもしれないがその程度だ。人一人の命が消えた事など気にも留められず東京の夜は更けていく。
「雑魚一人みすみす逃がすつもりだったのか?キャスター」
最後の一人を焼き尽くし、その魂を食らって魔力へと変換した自身のサーヴァントに対し白衣の男、永井木蓮は不機嫌な声色で投げかけた。
なんの特異能力もない優れた身体能力もないモブNPC一人、彼が契約したキャスターであればここまで泳がせる暇もなく始末することなど造作もない筈だ。
気の弱い者であれば射竦められてしまうであろう鋭く厳しい視線を向けられてなお、炎と氷の半身を持つ異形のサーヴァントは意に介する素振りすら見せない。
「クククッ、まさかまさか。ただ兎を狩るのに魔力を消費するのも面倒だったんでな。頼りになるマスター様にご助力いただこうと思ったまでよ」
小馬鹿にした笑いをあげながら氷炎のキャスター、大魔王バーン率いる六大軍団長の一人である
フレイザードは己のマスターを見下ろしながら向き合った。
強力なサーヴァントである
フレイザードだがそれを十全に運用するだけの魔力を木蓮一人で賄う事は叶わなかった。故に
フレイザードの提案によって彼らはこうして夜な夜なNPCを狙って魂喰いを行っているのだ。
魂喰いという行為は他の主従に目をつけられるリスクがある。だが、聖杯戦争に臨み、数多の英雄と渡り合い勝利を手にする以上はいかに消耗を抑えながら魔力を蓄えるかが今の彼らにとって重要事項であった。
本来であればしなくてもいいリスキーな行動をしなくてはならないのは己のマスターの能力不足。その事実が
フレイザードから木蓮への評価の低下に繋がっており、自身が原因であるという負い目から木蓮も強く出ることは出来ないでいた。
「……次からは俺に妨害させるなら女にしろ。その方が少しはモチベーションが上がる」
「いいぜ、お互いに得があった方がいいもんなぁ?それぐらい呑んでやるくらいの度量はあるつもりだ」
尊大に振る舞いながら
フレイザードは魔力の消費を抑えるために霊体化し夜の闇に消える。
微かに肉の焼けた匂いが残る路地裏で一人、木蓮は忌々し気に舌打ちを鳴らした。
(クソが、あからさまに見下しやがって)
内心で毒を吐くが、それを口にすることはない。霊体化で姿かたちが消えていてもサーヴァントの聴力は健在だ。うっかり不満を口に出そうものならば関係悪化を盾に自身にとって不利な条件を押し付けられる可能性がある以上、木蓮は口を噤まざるを得ない。
冷気を見れば木蓮の内に殺意が沸き上がる。自身をコケにし、二度も土をつけた水鏡凍季也を思い出すからだ。
炎を見れば木蓮の内に激情が猛る。自分の人生にケチがついた契機であり先の一戦でも勝利する事が叶わなかった花菱烈火を思い出すからだ。
そんな自分のサーヴァントが氷と炎を扱う存在とは悪趣味な冗談だと木蓮は苦々しく思っている。加えて明確な実力差もあって
フレイザードは木蓮を見下している。
令呪による生殺与奪の権利を木蓮が得ているサーヴァントとマスターという関係、そして目的の為であれば非道・外道と呼ばれる行為にも躊躇う事なく選択肢として選べるスタンスの親和性から表向きは協調的な姿勢を見せているが、仮に同じスタンスで魔力問題を解消できるマスターが見つかった場合
フレイザードが自身を見限る可能性は十分にある。結果としてある程度は
フレイザードに阿った方針を取らなければならないことは木蓮にとっては屈辱であった。
だが、それでも木蓮がこの聖杯戦争を勝ち抜き、願いを叶え生き返り花菱烈火らにリベンジを果たす為であれば辛うじて呑むことが出来る屈辱でもある。
(この屈辱も、全部テメエをぶち殺すためだ花菱烈火)
フラストレーションを全てどす黒い殺意へと変換し、木蓮はギラついた視線を中空へ、脳裏に浮かぶ花菱烈火へと向ける。
(俺が死ぬまで終わりはねえ、そっちじゃ俺は死んだとしても、俺は生き返る術を、テメエを殺しに行く術を見つけた!終わりじゃねえ……終わらせねえ……!俺が死んだって終わりはねえのさ!!!)
ギリと両の拳を握りしめる。狂気を孕んだ獰猛な笑みをここにはいない相手に向ける。
仁なき男、永井木蓮。その凶気は死してなお尽きることはない。
【CLASS】
キャスター
【性別】
無性
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力B 耐久A 敏捷C 魔力A 幸運C 宝具B
【クラス別スキル】
陣地作成:B
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”の形成が可能。
道具作成:D
魔術的な道具を作成する技能。
【固有スキル】
六大軍団長:A
魔王軍において軍団を統率する六つの軍団長の一人。キャスターはその中でも意志を持たない岩石や冷気・熱気を肉体とするエネルギー体の魔物を統べている。また、Cランク相当の軍略スキルを内包する。
使い魔としてフレイムやブリザードといったモンスターを使役する他、対軍宝具の行使、対処において有利な補正を得る
禁呪法生命体:A
禁呪によって生み出された人や生物などとは身体構造からして異なるエネルギー生命体。同ランクの戦闘続行、仕切り直し、頑健スキルを内包する。
岩石で構成された肉体には臓器なども存在せず不死身に近い耐久力を誇るが結合のための核を破壊されると相反する属性の肉体を保つことが出来ず半身ずつに自壊してしまう。
氷炎将軍:A
火炎と冷気の魔を統べ、立ちふさがるものをある者は焼き尽くし、ある者は凍結して打ち滅ぼして来たキャスターへ畏怖と恐怖をもってつけられた呼び名。
最上級の火炎呪文と冷気呪文の扱いに長け、禁呪の域に踏み込んだ呪文を行使できる上、氷の右半身では冷気による攻撃を、炎の左半身では炎熱による攻撃を吸収して無効化することが出来る。
【宝具】
『氷炎結界呪法』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:1~20人
対軍蹂躙を目的とした大規模禁呪結界。
氷魔塔と炎魔塔を顕現させ、自身を基点としてレンジ内にいる全ての対象の戦闘力を1/5に低下させ、また魔力を介して発動するスキル・効果を発動不可能の状態にする。
この状態を解除するにはレンジ外に出る・氷魔塔と炎魔塔を両方とも破壊する・核となっているキャスターを倒すのいずれかの手段が必要となる。
『弾岩爆花散』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1~20人
我が身すら省みず新たな栄光と勝利を得る為の最終闘法。
その身を無数の岩石の弾丸へと変じさせ、周辺一帯の敵を殲滅する。無数の岩石の群体は全てがキャスターの意思で行動し仮に岩石を破壊したとしてもその破壊した破片全てが弾丸となって対象に襲い掛かる。強力な攻撃であるが再構築したキャスターの身に纏った冷気と熱気が消えうせ岩石の体が露出するほど消耗も激しい。
この宝具を発動したキャスターに対抗するには、コアを破壊するか、氷と炎の体をそれぞれ相反する属性の攻撃で消滅させるしかない。
【weapon】
なし。
【人物背景】
大魔王バーン率いる魔王軍の幹部、六大軍団長の一人。
魔王ハドラーによって作り出されたエネルギー生命体であり、生後1年に満たず確たる歴史も人生も持たない自身の経歴がコンプレックスとなっており、勝利と栄光を至上としている。
女子供であろうとも容赦しない残虐性と勝つ為であれば手段を択ばぬ冷酷さを併せ持つ。
【サーヴァントとしての願い】
勝利と栄光を
【マスターへの態度】
スタンスとしては噛み合っており、自身と同様に目的のためならば手段を択ばない冷酷さを持っているため一先ずは及第点。
ただし魔力保有量という観点からすると落第点であるため、より使えるマスターが見つかれば鞍替えも視野にいれている。
マスターとサーヴァントという関係性、令呪による生殺与奪の権利をマスターが持っている事から協調路線こそとっているが、サーヴァントとマスターの根本的なスペック差、ましてや自身が戦ったアバンの使途達にも劣る戦闘能力のマスターに対しては内心で見下している。
【マスター】
永井木蓮@烈火の炎
【マスターとしての願い】
生き返り、花菱烈火にリベンジしにいく
【能力・技能】
『魔道具「木霊」』
体内に飼った植物を操ることができる魔道具。
初期は体から根や枝を生やしての刺突、トリカブト毒の散布などであったが人体改造によって肉体と魔道具を合成した結果、肉体そのものを樹木へと変質出来る様になった。
【人物背景】
暗殺組織「麗」に所属していた猟奇的殺人鬼。女性を拷問・殺害しその時の悲鳴を録音して聞くのが趣味というサディストかつ自分至上主義のエゴイストな外道。また非常に執念深く、自身を下した花菱烈火や水鏡凍季也には強い執着を見せる。
表向きの職業は医者であり、科学知識も豊富で木霊を使用した品種改良など応用力も高い。
【方針】
魂喰いをして地固め。基本は遊撃ではなく相手を自分達のテリトリーに誘い込んで迎撃のスタンス
【サーヴァントへの態度】
スタンスは一致しているので協調路線。
相手が内心で自身を見下しているのは感づいており、いつ寝首をかかれてもいいように最大限の警戒。マスター脱落などで別に契約できるサーヴァントがいるのであれば切り捨ても視野。
最終更新:2024年04月24日 01:44