練馬区と武蔵野市の境に4つの影がある。
頭部に星型の奇妙な輪っかを浮かばせた少女とその傍らに佇む大男。
微かに幼さの残る顔立ちの白人の青年男性と刀剣を手にした少女。
宇沢レイサバーソロミュー・くまピーター・パーカーとレイ。聖杯戦争にその身を投じる二組の葬者とそのサーヴァントは昼までは確かに存在していた、今は一瞬で荒廃した武蔵野市だったものを眺めている。
日付が変わる前に彼ら彼女らはこの武蔵野市で暴虐の限りを尽くそうとした黒獣のサーヴァントと氷炎の怪人と衝突した。戦闘を終え合流し、情報共有や東へと逃走した怪人の捜索などをしながら数時間、彼らは隣接する武蔵野市の異常を感知した。
遠目に見えていた武蔵野市の建築物が徐々に荒廃していく。駆けつけた時にはもう全てが終わり、武蔵野市だったものは冥界へと飲み込まれていた。
この聖杯戦争の舞台が脱落者によって縮小、1エリアごとに冥界に呑まれていくことは彼らも把握している。だが、それを目の当たりにしたのは今回が初めてであった。
街は荒廃し、人々が死霊へと変わりさった無情な景観はこの聖杯戦争においてNPCであつても極力被害を減らそうとしていた彼らにとって心に暗い影を落とさせるに十分なものだっただろう。その中でも取り分け深刻なダメージを受けているのはレイサであった。

レイサは元より色素の薄い顔を更に青白くさせながら、目の前の、数時間前までは人がいた筈の街並みを眺めている。
脳裏に数時間前の光景が過る。氷炎の怪人を退けピーターらと合流する道すがら、怪人から逃げる際に母親とはぐれて泣いていた少女を見つけ、一緒に探していた。
無事に母親が見つかり、「ありがとう、お姉ちゃん」とお礼を言って別れる少女をレイサは見送った。武蔵野市にあるのであろう家へと母親と手をつないで向かっていった姿を。
少女の無事は絶望的だろう。サーヴァントを連れたマスターであるならば冥界に呑まれるエリアから脱出することも可能だ。だが、何の力も持たないNPCでは練馬区へ逃げるという思考も、安全地帯に向かうまで死霊化に耐えうる強度も持ちえない。
聖杯戦争に臨む参加者であれば、そのような犠牲を憂慮する者は少ない。ましてや対象が実際に生きている人間でもない模造品であるのならば猶更だ。そのような存在が死霊に変じたことに心を痛めるなど心のぜい肉と断じてもいいだろう。
だが、レイサは割り切れない。割り切るには彼女は若く、青く、善良であった。
これが知人のいないエリアであったのならば受け止め方も変わっていただろう。だが、彼女は関わってしまった。NPCであっても泣き、笑い、感謝する自分や身近な人間となんら変わらない一個のパーソナルを持った存在であると認識してしまった。そんな存在が無為に死霊へと変えられ、冥界へと飲み込まれた衝撃はいかばかりか。
動揺と精神的な疲労によりふらりと揺れた体が巌のように大きく、暖かな感触に受け止められる。

「レイサ、スパイダーマン、戻ろう。ここにいるのは精神的にも良くない。死霊がこちらに気付いて向かってくる可能性もある」

レイサを抱き留め、口を開いたのはくまであった。
冥界を見据えるその顔は険しく、堅い。いつでも不測の事態に備えられる様に体に緊張が張りつめていることが傍らにいるピーターやレイからも見てとれた。

「……ごめん、気付けなかった。そうだね、ライダー。ここからなら僕の拠点の方が近い。そこでレイサを休ませた方がいいかな」
「い、いえ、そこまでお世話になる訳には……」

慌てて支えられた体を起き上がらせようとするレイサをくまが押し留めた。
何事かを言おうとするレイサに向け、くまが黙って顔を横に振る。自身が無理をしている自覚のあったレイサは、それで黙り込み俯いてしまう。


「そちらが良ければ助かる」
「大丈夫さ、それじゃあついてきて」

ピーターが中空へとスパイダーウェブを射出し、建築物に括り付けて宙を舞う。それ追ってレイが装着したイーグルブースターによって飛翔し、レイサを抱えたくまがそれに続く。

(レイサちゃん、大丈夫かな。葬者)
(どうだろう。レイサは優しい子だから心配だね)

レイからの心配げな念話にピーターも重い調子で返す。
レイもピーターも目の前で起こった光景に衝撃は受けている。それでもレイサの狼狽ぶりは彼ら以上のものであった。
ピーターもレイも救おうとして取りこぼしてしまった経験を持っている。世界はどうしようもなく残酷な面があることを身をもって知っている。だからこそ、衝撃を受けこそすれども目の前の現実を飲み込み耐えることが出来た。
レイサとの違いはそれだけだ。だが、それが致命的な差にもなっていた。

(僕は浮かれていたかもしれないね)
(ピーター?)
(彼女は、レイサは、ヒーローである前に一人の女の子なんだ。戦う力があっても、物騒な世界にいても、それでも彼女はハイスクールに通っているただの女の子だ。そんなこと、もっと早くに気付いてあげるべきだった)

痛切なピーターの言葉に、レイは返す言葉も浮かばない。浮かれていたという意味ではレイも同じであった。一人理解者のいない戦いに身を投じていた葬者に、同じ志の仲間が出来たと。
沈んだ表情になったレイに何も告げず、ピーターは只管に拠点への道を進んでいく。
脳裏に、二人の先駆者の姿が過る。
今は亡き尊敬する先駆者、ヒーローとして活動を始めた彼をヒーローである前に子供として扱っていた男。トニー・スターク。
今はもう繋がりも途絶えてしまった戦友、自身に対してヒーローである前にただの子供であることを失念していたと嘆いていた男。スティーヴン・ストレンジ。
彼らほど成熟してるなどという自覚はない。自身とてまだ若く未熟である。が、それでもあの時の彼らはこんな心境だったのかもしれないとピーターは思考する。
これ以上、レイサを巻き込んでいいものか。決断を下すべきかもしれない。そんなことを考えながら深夜の街を蜘蛛が跳ねていく。



「大丈夫そう?」
「少しは落ち着いたようだ。今はセイバーが見てくれている」
「あー、僕のサーヴァントだけど、いいの?」
「今更だろう。それに年の近い同性の方が安心することもあるさ」

寝室から出てリビングへとやってきたくまを部屋着に着替えたピーターが出迎える。
丁寧にも用意されたコップと自分用に注がれたのであろうミネラルウォーターを一口に呷り、くまは一息ついた。

「ベッドを貸してくれたこと、感謝する」
「気にしないでよ、女の子を床に寝かせる訳にはいかないしさ。僕はここでいいから」

そう言ってピーターは自分が座っているソファをポンポン、と叩く。
今この空間には二人の男だけがいる。
表面上は明るく振る舞って見せたピーターだが、その表情はすぐに真剣なものへと変わっていく。

「……もし、よければ今後の話をしても?」
「自警活動についてかな?」
「うん、多分だけど今回みたいな事態はこれからも増える。僕は大丈夫だと思うけど、レイサはその、少し優しすぎる」

ピーターの発言に対し、くまは腕を組んだ姿勢のまま口を開かず、異論を挟む素振りはみせない。ピーターの言う事に同じ意見であることを言外に物語っている。

「正直な話をすれば僕達のやっていることは自己満足に過ぎない。自分達の身も、心も危険に晒す行為だ。そしてこれは誰かに強制してやらされていることじゃない。今日戦った奴や昨夜の大暴れしたサーヴァント達、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントみたいに街の被害を気に留めない危険な奴らだっている。だから」
「やめるなら今の内、と。そう言いたいんだな?」
「……うん。あの子は若造の僕なんかよりももっと若い、ハイスクールも出ていない女の子なんだ。こんな危ない事はしなくていい。僕だけでいい、違うかい?」

真摯な眼差しでピーターはくまへと問いかける。そこに乗せられた感情はレイサへの心配だけだ。
くまはその言葉を受け取り、腕を組んだ姿勢のままゆっくりと目を瞑って俯き、しばし後に目を開いて天井へと顔を上げた。
頼りない蛍光灯の光がくまの目に飛び込む。

「ピーター、きみの言う事は正しい」
「じゃあ……」
「正しいが、それだけが全てじゃない」

くまの視線とピーターの視線が重なる。穏やかで、それでいて強い意思を湛えたくまの眼差しに、ピーターは良く知った人々を思い出す。
それは気高く、誰かのためにその力を奮い続け、理不尽と悪意に翻弄されながらも理想のために困難へと挑み続けた一人の人間の眼差しだ。

「きみの不安は分かる。でもあの子の航路を決めていいのはあの子だけさ。だから、それは俺に伺いをたてるんじゃなくて、あの子が元気を取り戻してから改めてきみがあの子自身に問うべきだ」
「それは、確かにその通りだけど」
「きみは先ほど誰かに強制してやらされていることじゃないと言ったな。その通り、あの子は強制されたからやっているんじゃない。自分の信念で、自分の意思でこの聖杯戦争の場において犠牲になる無辜の人々を、仮初めの命の存在であろうとも構わずに守ろうと決めたんだ。だから、そんな覚悟を侮らないで欲しい」

自信と信頼に満ちた声色で語りながら、くまの視線が彼の葬者がいる部屋へと向けられる。

「宇沢レイサという女の子は、必ず一歩を踏み出せるさ」


ベッドにその身を預け、レイサは上半身だけを起こした体勢で座っている。気色は幾分か和らいではいるものの、疲労の色は未だ濃いままだ。俯いた顔に映る表情は自警団として活動する時とは別人と見間違うほどに弱弱しい。
その傍らにはレイが座り込んでいるが、彼女に浮かぶ表情も暗いものだ。
レイはくまからレイサがここまで精神的ショックを受けていたことの理由を推察として聞いていた。
助けたNPCの少女が武蔵野市の冥界化に巻き込まれ、おそらく死霊となったこと。
それがどれほど心に傷を与えたのかは当事者にしか理解できないことだろう。それでもレイサの憔悴具合からそれが深刻なものだという理解は出来た。

「あの、お水、飲む?ペットボトルだけど」
「ありがとう、ございます」

恐る恐る差し出されたペットボトルが弱々しく受け取られる。
蓋を開けたペットボトルを口許へと運びほんの少量だけ嚥下し、蓋を閉める。
その一連の動作の音が響くだけの、痛いほどの沈黙。
そんな中、口火を切ったのはレイサからだった。

「分かってるんです。ここの人達は本当に生きている人じゃないって」

ぽつりと、レイサの口から言葉零れる。
その視線は依然として俯いて彼女の下半身にかかる薄い毛布に向けられている。

「でも、泣いてる姿も、喜んでいる姿も、私に「ありがとう」ってお礼を言ってくれた姿も、何もかも、生きている人と変わらなかったんです」

ぎゅ、とシーツを握るレイサの手に力がこもる。何かを堪えるように強く、強く。
レイは肩を震わせながら独白するように言葉を紡ぐレイサを無言で見つめ続ている。

「どうしようもないことだって理解しているつもりなんです。誰も、あの数時間で武蔵野市があんなことになるなんて想像できません」

それでも割り切れないことはある。
どうしようもないことであっても、それでも知り合ってしまった一個人を助けることが出来なかった。理不尽に直面した無力感が悔恨と自責に置き換わり、ぐるぐるとレイサの裡に渦巻いている。
そこでレイサがようやくレイへと顔を向ける。
笑顔だった。とても痛々しい、情けないところを見せまいという虚勢で形作られた、パッチワークのような空回った笑顔だった。

「ごめんなさい。ピーターくんも、レイちゃんも平気そうなのに私だけこんな……」

そこで、レイサの言葉は中断させられた。
レイサを包むような暖かな感触。レイが、レイサを抱きしめていた。
優しく、それでいて力強い。母親が子供を抱きしめるような温かい抱擁。

「平気じゃないよ」
「……」

耳元で囁かれた暖かさをもった否定の言葉。
それはレイサの歪で脆い笑顔を打ち砕くには十分すぎる威力を持っていた。

「私も葬者、ううん、ピーターも辛い気持ちは持ってる。ただ、レイサちゃんみたいにちょっと繋がりが深くなった人がいなかっただけ。私や葬者が同じ立場だったら、きっと、レイサちゃんみたいに深く悲しんでた。当然だよ」
「……っ」

慰める言葉にレイサの表情が僅かに歪む。
溢れる出しそうになるものを堪える様に体に力を込めるが、しかしそれは無駄な抵抗だ。

「だから、ね。無理はしなくていいと思う。この部屋には私だけしかいないから。ね?」
「う、あ……」

レイサの視界が滲み、目尻から収まりきらなかった感情の雫がツゥと垂れる。
一度溢れだしたものはもう止まらない。涙も、声も、押しとどめることなどもう出来なかった。

「うっぐ、ひぐ、うあ、うぇぇぇ……」

押し殺す様にレイサが慟哭する。喪失感、無力感、理不尽への怒りと悲しみ、溜めこんでいたすべての感情が吐き出されていく。
レイはただ何も言わず、レイサの激情に共感するように表情に悲しみの色を滲ませながら泣きじゃくる少女を抱きしめ続け、あやすようにその背をやさしく撫でる。
部屋に響く泣き声は、レイサが泣きつかれ眠りにつくまで続いた。

涙の痕がのこるレイサの寝顔を眺めながら、レイは窓の外に映る月夜を見上げる。
聖杯戦争は一組以外に生存を許されないバトルロワイアルだ。だが、レイはNPCが死霊と化したことに心を痛め泣きじゃくる少女に向ける刃を持ち合わせていない。それは葬者であるピーターも同じであると信じている。
どうにか、レイサを生きて元の世界に帰らせなければという思いが強まっていた。方法は分からなくとも、その為に力になることがあるならば惜しまず力を貸そう。そんな決心が定まった。

信じる者、憂う者、悲しむ者、決意を改める者、武蔵野市の消失に端を発した自警団達の夜はそれぞれの思惑とともに更けていく。


【練馬区・ピーターの拠点/1日目・未明】

【ピーター・パーカー@スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]スパイダーマンのスーツ、ウェブシューター
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.レイサが来たらこれからのことについて話し合う
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし

【レイ@遊☆戯☆王 OCG STORIES 閃刀姫編】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.レイサが起きるまで待つ。レイサが心配
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし

【宇沢レイサ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]憔悴
[令呪]残り三画
[装備]ショットガン(DP-12)
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:キヴォトスに帰りたい。無用な犠牲は善としない
1.睡眠中
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし

【バーソロミュー・くま@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:レイサを助ける
1.レイサが来たらこれからのことを話し合う
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし

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最終更新:2024年08月12日 07:25