ビリーの腹心の男は、仲間を助けたいという祈りを否定(ころ)された。
 ビリーを父のように慕う少女は、幸せの絶頂で家族を否定(ころ)された。

 笑顔で暮らせたはずの子が、人を思える優しい者たちが。傷つき、苦しみ、抗い、死ぬ。
 そんな世界を彼は否定したかった。
 神が強いるそんな不公平が、ビリーにはどうしても耐えられなかった。

ろう。
 ハジメと名乗った青年は、青年の意思で神を殺した。

 「それでも」。英霊の言葉に、ビリーは穏やかに、しかしはっきりと返した。
 彼がその偉業を成せたことに。世界が神の手から解放されたことに。
 ミレディ・ライセンとその仲間たちの戦いは、無駄なものではなかった。
 英霊との契約(パス)が流し込む記憶を見た時から、羨望にも似た思いと共にビリーはそう信じている。

「解放の意思を未来へ繋げたのは君たちだ。
 中心にいたのがキミだったからだし、解放に挑んだ彼らが優しく強かったからだ。
 そうでなければ、神が絶対の世界で、神を滅ぼすための意思も力も何千年も未来にまでは届いてないよ。」

 ビリーらしい言い回しをするならば、“解放者”たちは公平―フェア―だった。
 戦闘に長けた者たちだけでない。市政に交じり情報を集める者。戦えない者を保護する者。生まれつき得た魔法を用い自分にしかできない役目を果たす者もいた。
 子供も老人も、獣の耳が生えた者も角の生えた者も。
 家族を失った者も、友を失った者も、助けられた者も、縁を感じて集った者も。
 異なる種族を友と呼ぶだけで断罪される世界で。年齢も性別も種族もなく一人一人が神から世界を取り戻すために戦っていた。

 そんな者たちだからこそ、種族も人生も関係なく繋ぐ意思があった。
 そんな者が戦ったからこそ、悠久にも思える月日を経ても、ミレディたちが遺したものは風化することなく世界に残り続けたのだと。
 その意思があったから、遥かな未来で神殺しは成されたのだと。
 ビリーには、そう信じずにはいられなかった。

「僕は、そんな優しく強い人たちに手を取り合うことをさせなかった。
 むしろ、彼らの手を放すようなことばかりしてきた。」

 誰かと手を取り合うこと。皆が同じ意思の下戦うこと。
 それは、ビリーのしなかった選択だった。
 できなかった。ではなく、しなかった。

「僕は、一人で。戦おうとした。
 皆と力を合わせて共に戦うことではなく、戦ってほしくない子たちの代わりに戦うことを選んだんだ。」

 円卓の否定者たち。人を思える優しい人たち、強い意志を持った者たち。
 ビリーは彼らを裏切り、彼らの代わりに戦おうとした。
 否定能力 UNFAIR―不公平― 
 敵視されることを条件に、他者の能力を会得できる能力。
 手を取り合うことを否定する代わりに、その力を背負う能力。

 不停止の少年の代わりに。不動の少年の代わりに。
 不正義の女の代わりに。不死の男の代わりに。
 不運の少女の代わりに。不可触の少女の代わりに。
 戦うべきでない者たちの代わりに、生きることで精いっぱいの者たちの代わりに。
 不公平な己だけが戦い、傷つき、神に挑もうと。
 それが、ビリー=アルフレッドという男の。正義だった。

「…一人で為せることは、多くないよ。ビーちゃん。」
「君の言う通りだよ。僕は一人で全部を背負うべきじゃなかった。
 僕が戦いから遠ざけようとした子たちは、とても優しくて。強かった。
 僕にできたことは、そんな優しい子を未来に送り届けることだけだ。」

 ビリーもまた、ミレディと同じく『託した』人間だった。
 神が星を砕くことで世界は終わった。
 ビリー=アルフレッドの命も、その時に潰えた。
 彼が、彼らが遺せたものは二つの意思。
 運命に抗う優しい少女に。人を思える不死の男に。
 他の否定者たちがそうであるように、ビリーもまた二人に未来を託している。
 悲劇を起こす運命を否定してくれると、信じている。

 それは、ミレディが未来に託した祈りと。よく似ていた。
 少なくともミレディは、この優しいマスターは自分と同じだとそう思えた。

「なら、私達と同じだね。
 ビーちゃん。やることやってるじゃん!」 
「...その言い方は誤解を招くから、やめてくれないか。」

 だがそうだな。その言葉と共に男は目を閉じる。
 神殺しを成した世界で、その意思を繋いだ英霊が同じだと言ってくれたことが。どこかビリーを救われた気持ちにさせた。

 ミレディが投げ捨てた空き缶が、綺麗なカーブを描きゴミ箱に収まった。
 カランと軽快な音と共に、休息を終えた主従は腰を上げる。

 うっすらと潤んだ眼でビリーを見つめる少女は、彼が進むことを止めない。
 彼の正義を、否定しなかった。

「ビーちゃんは。やり方を間違っちゃったかもしれないけど。
 ...君の思いは、誰にも否定できない。尊いものだよ。」

「君のような英霊が何かを成せたと言ってくれるのなら。
 僕が地獄ではなくこの都市に来た意味も、あるのかもね。」

 風が、暖かな世界に吹いた。
 模造品の命が蠢く街で、二人の解放者を祝福するように。

 空に、太陽はなかった。

 ビリーが敵意を向ける恒星がいないという意味ではなく。
 天から彼らを照らす光が、彼らの頭上から消えていた。

 冥奧都市のもっとも外側を進んでいた彼らの周囲から、雑踏が消えた。
 木々が砂になり、文明は荒廃し。命が消えていく。

「ここの世界に神がいるかは、僕は知らない。
 星も霊のない世界の記憶が大きくて、死の世界の神のことも詳しくないからね。」

 ビリーが歩くたびに、踵にある滑車がガリガリと音を立てる。
 眼で世界を視れないビリーが、音で世界を視るための技術だ。
 その滑車が文明のある場所を歩いているのだと示すように、アスファルトを砕く音を響かせた。

「でも。」その一言を強調すると同時に、渇いたが近くの木々を揺らした。
 風に吹かれた命の模造品が、またたくまに砂となって崩れていく。

「この冥界は、僕や君の世界に負けず劣らず。不公平な世界だよ。」

 アスファルトを砕く滑車の音は硬い泥を擦るような鈍いものへと変わっていた。
 ビリー達がいた区画は、冥界へと変わる。戻ると言ったほうが正確だろうか。
 冷たい風と渇いた空気を一身に受けたビリーの、生者としての本能が警鐘を鳴らす。
 このまま居たら、本当に取り込まれると。
 事実。隣にルーラーがいなければ、ものの数分で彼は死の世界に取り込まれていただろう。

「思ったより、早かったな。」
 冥界化のルールを確認したビリーが、冷たく漏らす。
 都市が冥界へと変わる時間は5分ほど。その点については彼の中の知識通りではあったが。早いと言ったのは別の部分に関してだ。
 冥界が都市を失うペースは、彼の予想よりずっと早かった。

「まだ始まったばかりなのに、好戦的な葬者が多いんだね。」
「それだけ、生き返りたい人は多いんだろうね。
 僕のように本当に死んでしまった人にとっては、冥界の聖杯は生き返るための最後のチャンス。
 訳も分からず冥界に落とされてしまった人がいるとしたら、その子にとっては日常への帰還だ。必死にもなる。」

 通常の聖杯戦争のように魔術師たちが願いを賭けた殺し合いならば、多くの参加者は命を失う可能性を承知の上で―――その覚悟があるかは全く別の話になるが―――戦いに赴き。勝てないにしろ逃げる選択も生き延びる可能性もあった。

 彼らにとって命は『失う可能性のあるもの』であり、生存は『可能性』の話だった。

 冥奧都市にはそれがない。葬者にとって命は『勝たねば失われるもの』で、生存は何より大きな『願い』である。

『生き返りたい』
『失いたくない』
『別れたくない』
『死にたくない』

 冥界に落ちた葬者の願いは、とても純粋でだからこそ強い。
 だからこそ、容易に人の願いを奪い。容易に人を殺しにかかる。
 命を天秤に乗せた、言葉通りのデスゲーム。
 冥奧都市で行われる聖杯戦争は、人が当たり前に持つべき願いを歪ませる戦いで。
 誰かが、否定しなければならない戦いだった。

「ルーラー。さっきは言わなかったボクの願いだが。
 ボクはこの命、僕は、幸せになるべき誰かを生かすために使いたい。」

 生き返るために。戦うしかない人がいる。
 前触れもなく冥界に落ち、惑うしかない人がいる。
 蹂躙される弱者も、蹂躙するしか出来ない者も。この世界には多くいる。
 冥界の聖杯戦争を見て嗤う神がいるかは知る由もないが。
 今冥界で起きている事象は、彼が否定したい不公平な世界に他ならない。


「実際に冥界を見て実感したよ。
 僕のような人を苦しめた人間は兎も角。何の罪もない人が落ちるには、この世界はあまりにも酷だ。」

 ビリーの願い。
 それは自分の生でもなく、自分たちの利益でもなく。
『理不尽を強いられた』誰かへの救いであった。

「余すところなく全てを。そう言えるほど僕は純粋でも最強でもない。
 それでも、強いられる悲劇を。奪われる幸福を。見過ごすことはできない。
 そうじゃなければ不公平だ。」

 弱い誰かが傷つくことのないように。
 強い誰かを支えてあげられるように。
 あるはずの幸せが奪われることのないように。
 聞く人が聞けば一笑に付されてもおかしくない願いを。
 隣を歩く少女は笑うことも茶化すこともなく。空のように青い瞳を己のマスターに向けている。

 いつの間にか、二人の周囲を紫色の靄が覆っていた。

 光あふれる都市を目前にして、霧状になった人骨が混ざり合ったような霊体が生あるものの魂を食らおうと、彼が都市に戻ることを妨げるように、悲鳴に似た奇声とともに姿を現した。
 ビリーの動きは止まらない。盲目で気づいていないわけではない。
 シャドウサーヴァントクラスならまだしも、この程度の霊体ならは気にするほどではないことを、ビリーは既に知っている。

「だから、協力してほしい。ミレディ・ライセン。
 1人で背負うことしかできなかった僕が、誰のために…誰かと共に戦えるように。」
「それが、マスターの“意思”なら。ミレディちゃんはその味方だよ。
 ミレディちゃんは“解放者”。人の自由なる意思の味方!
 英霊になってもその在り方は変わらない!」

 ミレディがにっと微笑み、指を鳴らす。
 二人の正面に蠢き、冥奧都市をふさぐように湧いていた霊体が、巨大な槌でも殴られたように地面に叩き潰され霧散した。
 何事もないかのようにミレディは怨霊を踏みつけ。
 ビリーの踵の滑車が、紫色の塵を削った。

「上手く使いなよ。ビーちゃん。
 私を頼ることは、不公平じゃないぜ!」

 してやったり。
 そう言いたげに向けられた笑顔に、ビリーも表情で応えた。

 理不尽に脅かされる幸せを一つでも救いたい。
 不公平に奪われる優しさを一つでも減らしたい。
 そう願う男の顔は、サングラス越しでも優しかった。

 風が冷たい世界に吹いた。
 理不尽で不公平な死をもたらす渇いた風を背に、二人の解放者たちは進み続けた。


【CLASS】ルーラー

【真名】ミレディ・ライセン@ありふれた職業で世界最強 零

【ステータス】
 筋力 E 耐久E 敏捷A+ 魔力EX 幸運B+ 宝具EX

【属性】中立・善・人

【クラススキル】
 対魔力:D
 ルーラーのクラススキル 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 迷宮作成:A+ 
 本来は、キャスターのクラススキル 陣地作成の亜種となるスキル
 迷宮の番人となった逸話のため、逸話に合わせスキルが変化した

 不公平にも冥界に落ちてしまった、幸せになるべき者の幸福

【保有スキル】
 解放のカリスマ C+++
 絶対に抗う者たちの長として、多くの人々を束ね多くの敬愛を背負った。人を率い、導く才能
 関係者全員に「ウザい」と言われる彼女の言動により、いろんな意味でムラがあるスキル

 神代魔法・重力魔法 EX 
 世界に7つある神代魔法の一つ。ミレディの世界で体系化された魔法とは全く異なる気家具外の魔法。重力魔法の使用者
 その本質は『星のエネルギーに干渉する力』であり 重力による圧殺や飛行を初め、その能力は多岐にわたる

 世界の守護者 B+
 絶対の法則であった“神”に抗い、その組織の長として人々を動かし、一度は世界にその願いを伝えるまでに至った 神より世界を救わんとした解放の意思
 仲間亡き後もただ一人生き続け。神との最後の戦いにおいて英雄たちを未来へ繋ぎ。世界を守った英雄。

【宝具】
『ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮♪(ライセン・ローグライク)』
 ランク:C++ 種別:迷宮宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:99人

 任意の場所に干渉し、「魔術・魔法に属する能力の出力低下」「ミレディの任意によるトラップの作成」といった性質を付与する。陣地作成スキルの亜種ともいえる宝具
 正確には、建造物や洞窟そのものを生前の彼女が管理していた「ライセン大迷宮」へと変化させる。
 同時に「迷宮」にできる場所は一か所に限られ、また魔術師の工房がそうであるようにこの迷宮も十分な効果を発揮するには準備のための時間を有する

『一に至る物語』
 ランク:EX 種別:継承宝具 レンジ:― 最大補足:1人

 神に勝てなかった自分たちが、狂ってしまった世界を止め未来に希望を残すため、己の力を迷宮に残す 
 決断と願いそのものが宝具となったもの
 自身が所有する《神代魔法・重力魔法》のスキルを他人に与え、使用可能にする 
 スキルのランクは対象の魔術的素養や能力との相性によって変動し、また鍛錬を重ね理解が進むごとに出力は向上する 適性のない人間には知識が刻まれるのみに限られる
 対象人数に上限はなく英霊であっても効果の対象にできるが、『ミレディ・ライセンに認められた人物』である必要がある

【weapon】 なし

【人物背景】
 世界を弄ぶ絶対神「エヒト」に抗う組織「解放者」のリーダーを務めた少女
 神が強いる“絶対”の理から外れることを“罪”とする世界を否定し、自由な意思の元に人が生きる世界を求めた超絶天才美少女魔法使い(自称)。
 仲間と共に神へ挑みあと一歩まで進めたが敗北 未来に願いを託した最後の解放者にして世界の守護者
 遥か未来で為された神殺しで、託した願いを見届け、世界を守り死んだ守護者

【サーヴァントとしての願い】
 人が自分の意思で生きられる世界
 実のところ彼女自身の願いは叶っているので、この場においてはビリーの願いの成就

【マスターへの態度】
 同じように“絶対の神”に抗い 同じように可能性を他者に託したビリーに呼ばれたことに納得と共感
「ああ、こんな人だからルーラーで喚ばれたんだなぁ」とは本人の談

【マスター】ビリー=アルフレッド@アンデッドアンラック

【マスターとしての願い】
 101回目のループにおいて、神に抗う者たちの幸福
 不公平にも冥界に落ちてしまった、幸せになるべき者の幸福

【能力・技能】
 盲目ながら跳弾まで把握している超人的な銃の腕前
 否定能力 『UNFAIR-不公平-』により自身を敵視する人間の否定能力をコピーすることが可能 
 現段階でビリー本人が把握している能力は「不変」「不均衡」「不定」の三つになる
 それ以上の能力を保持しているかは不明

【人物背景】
 「UNION」の円卓第三席にして、否定者狩りこと「UNDER」のボス
 裏切り者として円卓と対峙し、神殺しのためには犠牲が出ることも厭わない

 …そうまでして他者に敵視されることを望んだ ただ一人ですべてを背負い神に挑もうとした
 誰よりも優しい男

 令呪は銃痕のような三本の傷

【方針】
 この世界について調べる
 自分の意思に従い、幸せになるべき誰かために戦いたい

【サーヴァントへの態度】
 神に抗った先人であるミレディに相応の敬意をもって対等に接している

【備考】
 参戦時期は死亡後
 死ぬと喪失するはずのUNFAIRが使用可能なので、ビリー自身は「死ぬ寸前の状態で冥界に来ている」と解釈している

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最終更新:2024年04月14日 21:22