空と大地が、交差していない。
 今たたずんでいるこの冥界(せかい)では、天地は等しく闇色だから。
 命が生まれることなく、ただ沈んでいく。
 輪廻(くりかえし)の無い営みの中。

「ほっとうに……どこもかしこも、五月蠅い」 

 少女が一人、溜息をひとつ。
 もはや吐き出しなれた、というほどに低温度の吐息が、年端のいかない姿からこぼれる。
 齢(よわい)をどう見立てても7、8歳ほどにしか見えない体躯と、漆黒のワンピースに純黒のリボン。
 異界でなくとも一人歩きを咎められるべき矮小さで。
 冥夜のあどけなき獲物だと言わんばかりに浮いていた。
 頭の左右から、膝に届きそうなほどの長さで垂らされた二つ結びのまぶしい金髪。
 それは破損した街灯によって闇の中でも映え、獲物の所在を目立たせるかのように、枯れた風になびく。
 少女のかたわらには身の丈の半分ほどもある大きなバスケット籠がどさりと鎮座していた。
 ぬいぐるみや西洋人形といった種々も様々な子どもの遊び相手が顔を覗かせ、公園に行くために一緒に連れ出されて迷子になったとも見える呑気さだった。
 その姿を『似つかわしくなさすぎて異質だ』と警戒するだけの知性と理性は、湧いて出る死霊たちにはなかった。
 沼の淵から湧いて出るように群がるのは、両手の骨格が肥大し、あるいはその両腕さえも増やした異形の幽鬼たち。
 幽体にさえ透けた襤褸をまとい、確かに彼らにも『人間としての生前』があったとうかがわせる。
 その外観が、少女の嘆息が向けられる矛先となった。

「死んだ後に逝くのは、争う必要のない場所だと思ってたのに。
 あなた達は、死んじゃっても争うのが大好きなんだ」

 風体の場違いさの他にも、亡者たちが見落としたものがあるとすれば。
 冷めきった少女の容貌が、あまりに子どもらしかぬ眼光を宿していたことだった。
 年相応の無垢をすでに剥離させてきたように冷淡で。
 繰り返される戦いの果てを見てきたように厭世の念があった。

「ナワバリでも、お金でも、守るとかでも、……目的なんてもう無くなってるのに」

 嫌悪と憐憫がたっぷりと載せられた言葉を、煽りと受け取ったわけでもなしに。
 少女が『生者』であるというだけを襲い掛かる理由にして、幽鬼の群れは殺到した。
 邪念の籠った光弾を放つまでもないと骸骨の腕を伸ばし、我先にと矮躯を手折ろうとする。
 それに対して少女は動かず、諦念を抱いたまま受け入れた。

「悪いけど――」

 しかし、決して無抵抗ではなかった。

 防御したのは少女ではなく、荷籠から飛び出してきた遊び相手――ぬいぐるみ達。
 小さな五体をしならせるように高くジャンプして、身代わりにと骸骨の掌中に飛び込む。 
 あらかじめ備えていたとばかりに動いた人形たちが発する力の波長は、静電気のように幽鬼の気を引いた。
 なぜならその正体は、引きずり取り込もうとした『生者』ではなかったから。

 ぬいぐるみを駆動させたのは、本来であれば実態のない微弱な霊魂。
 邪気と怨念の無限に湧き出る坩堝でも最下層の霊体――幽鬼として形成される未満の雑霊。
 抵抗力の弱い地霊や人間霊を、木の葉や人形などの媒介に押し込めて使役するのと術理としては等しい。

「――自分から争いに入ってくる人には、手加減できないの」

 押し込めるための力として用いられたのは、あの世とこの世をむすぶ巫(かんなぎ)の力――巫力。
 そして加減なし、という宣告が実証されたのは直後のことだった。

 サーヴァント反応もまるでなしに孤立している年少の少女という、格好の餌食。
 人形使いの人形たちによる妨害も、わずかな猶予を稼いだのみ。
 幽鬼たちにとって片手で人形を圧し潰しながら、もう片腕を伸ばして少女を縊るのは容易だった。
 しかし、そのわずかな猶予、たった一瞬の時間があれば十分すぎるほどだった。

 少女がそれまでとは比較にならないほどの巫力を充溢させ、一撃必殺を撃たせるには。


 ―― ド  ン  ッ  ! ! ――


 重く、迅く。
 火薬の破裂音としては古めかしくも大きい。
 鼓膜のみならず身体ごと震わせる揺さぶりが、冥府の街角に響き渡った。

 少女に到達していた幽鬼のうち、最前列にいた三体が平等に斃れる。
 たった一発にしか聴こえない銃声は、三発の神業めいた早撃ちだったから。
 音だけを先行させて、サーヴァントの姿はなく、そして特異なことに実体化の気配さえなく。
 ただ、正確に霊体としての急所を撃ち抜かれた亡者が三体、霧散していく。

 続けざまに殺到するところだった後列のゴースト達は、銃声を放った敵手を探すように首を惑わせた。
 バスケットの荷籠を這い上がって表れたのは、巫力で形成された実体なき硝煙を立ち上らせる拳銃――を構えた人形。
 サーヴァント反応ではなく、少女の巫力を小さな身体に纏わせた、しかしはっきりと生者ならざる存在。
 手縫いの太い編み目でできた大口と大きな両眼が印象的な、手袋にマグナム拳銃を固定するガンマン人形だった。

「葬者(マスター)だってきっと、そういうものだから」

 さまよえる死者の魂。
 大地の森に息衝く精霊。
 そして神仏。
 これらと自由に交流し、人間ではなしえぬ力をこの世に行使する者達がいる。
 彼らは――。


 🌸  🌸  🌸


 これは戦争なのだと知ったところで、少女は不当だとも理不尽だとも思わなかった。
 人間がいる限り、争いごとは無くならないと分かっていたから。 

 人を呪いながら絶命する負の想念も。
 不可避の悪夢として見せられる、遺体と血の海も。
 いつも頭が割れそうなほど五月蠅く聞こえてくる、嘆きと妄執の声も。
 毎晩のように街のどこかで誰かが殺し合う気配が伝わってきて眠れないのも、慣れていた。
 少女が生まれ育ったナポリは、そういう街だったから。 

 何も、不当な人生を押しつけられたりはしてない。 
 父親は犯罪集団(マフィア)の首領(ドン)で、母親はその愛人だった。
 父親は、いずれ争いの中で殺されることを承知の上で街一番のマフィアを継いだ。
 母親は、父親の争いに巻き込まれることを覚悟の上で日陰の女になり、少女が生まれた。 
 ならば後のことも、なるべくしてなったこと。
 マフィアたちは事情がどうあれ、自分で人を傷つけることを選んだ人達。
 マフィアに日々虐げられる街の人々が、少女を疎んじるのも無理のないこと。 

 だとしたらそれは、不条理ではなく条理だ。
 みんなが己の選択で、自分にとって大切なことを優先しただけ。
 少女も苦しみの連鎖に加わらないために、悔やまず呪わず受け入れないといけない。

 家族や大切な人は、みんな殺されたことも。
 街中からお前の父親のせいだと石をぶつけられ、消えろとかバケモノとか言われたことも。
 昨日まで『本当の家族(ファミリー)』だと謳っていた黒服達が簡単に裏切り、撃たれながら逃げまわったことも。

 やったら、やり返される。全て仕方のないことで、なにもかも当然の結果。
 人間は変わらないし、未来は変えられない。
 現実なんてこんなもの。

 こんなものとよぎった時に、願望器(ユメ)は力を亡くす。

 でも。
 こんなものでいいわけないと思ってしまった。
 全然良くないと、正しいことだとしても、心が納得できなかった。

 だって、大好きな人達がいて、大嫌いな奴等がいた。
 亡くした時に、この痛みはずっと消えないと分かってしまった。

 父親(パパ)は娘に幽霊が見えても、娘に幽霊の友達がいても、嫌な顔一つせずに可愛がってくれた。
 どこまでいってもマフィアだったパパに思うところはたくさんあったけど、好きだった。
 母親(ママ)はパパのお金と権力に頼らない働き者で、文句なんて一つもない『お母さん』で、大好きだった。 

 そしてパパやママへの好きとは違う気持ちで、好きだった人がいた。
 十一歳も年が離れたマフィアの下っ端で、パパに選ばれた少女の付き人だった。
 周りのマフィアたちはみんな耳障りで『五月蠅い』という気持ちにさせられたけれど、その人だけは違った。
 その人と一緒にいるとやかましくて、にぎやかで、『うるさいうるさいうるさい』という気持ちにさせられた。
『家族(ファミリー)の為』なんて言葉で暴力を正当化するくせに、いざとなれば裏切りの牙を剥くウソがまかり通る世界で。
 ただ一人、嘘のない笑顔を向けてくれたバカな人。

 ――必ず守ります!! 

 そんな『変わった人』であっても、『誰かの為に撃つ』ことからは逃げられないし、逃げたりしないんだと教えてくれた。

 ――きれいだなぁ………って……

 もしかすると、両想いだった。
 好きだったとは、伝えられなかったけれど。

 家族のことが大好きだった。
 家族の為だなんて馴れ合いを理由にして誰かを殺すような人達が、大嫌いだった。

 争いのない世界がほしかった。
 皆には天国みたいに静かで安らかな庭にいてほしかった。
 両親と好きな人を殺した連中のことを、少女は迷わずに撃ち殺した。
 少女もまた、目的のために暴力をふるうことを迷わない人間になっていた。 

 くだらない。
 あまりにバカバカしい。
 ベタベタと群れをなして気持ち悪い。
 傷口が塞がらず、ただ痛みに慣れていくだけ。 

 こんな世界に本気で付き合っていくなんてバカみたいだと、誰かに否定してほしかった。

 もしも聖杯戦争(これ)が地上で最後の争いになるというなら、その奇跡を望んでみたかった。
『今日は死ぬにはいい日だ』と笑って眠れる、そんな世界になるというなら。

 嘘じゃなく救われるには、まだ遠かった。


 🌸  🌸  🌸


 さまよえる死者の魂。
 大地の森に息衝く精霊。
 そして神仏。
 これらと自由に交流し、人間ではなしえぬ力をこの世に行使する者達がいる。
 彼らはシャーマンと呼ばれた。

 しかし、英霊とはただの霊魂ではない。
 霊基の格として比べるまでもなく格差があり、どんなに優秀な魔術師であれど憑依される負荷に耐えられはしない。
『英霊の人間ではなしえぬ力を人の身でこの世に行使する』ことは、ごく限られた例外を除いて不可能である。
 疑似サーヴァント、英霊合体、英霊憑依、デミ・サーヴァント。
 魔術師たちが講じてきた『英霊を人間に憑依させる』技術の数々は、いずれもそのために製造された人間、あるいは極めて相性の良好だった所縁ある者を依り代にすることが前提だった。
 それらはいずれも、本来の聖杯戦争では起こり得ない憑依現象だった。

 だが、この聖杯戦争はこの世のそれでもなければ、『生身の肉体』が行う戦争でもない。

 死者の願いによって誕生した、死者の為に運営される聖杯戦争である
 冥奥領域において、すべてのサーヴァントは『記憶の転写でしかない死者の世界』に根を下ろせる、場合によっては陣地を敷けるような存在として現界する。
 またすべてのマスターも、暫定的な死人、生身の肉体と必ずしも同義ではない存在として扱われる。
 そこに契約のレイラインが結ばれれば、双方の魔力は共有される。『巫力を上回る霊力を持った霊は扱えない』という原則は更新される。

 もう一つの例外事由は、少女が習得した術技の特異性に依った。
 強大な霊魂を物体の中に押し込めるのは本来であれば『できない』事。
 シャーマンはその『できないこと』を『できるようにする』ではなく、『できないことのまま』に武装として副次利用している。
 霊が依るための形代であったり魔術的措置であったりの無い道具に霊体を封じれば、器の容積は足らずに霊体が溢れ出す。
 その容量オーバーになった魂(ソウル)を、シャーマンの巫力で霧散させずに成形する。
 そうなれば媒介は神秘を宿した実体として、物質兵器の介入を受け付けない形で生前の本質を再現する。 

 そしてさらに、もう一つ。
 少女はシャーマンとしては幼く、修行中の身ではあったが。
 あくまで契約したその英霊に限定して言えば、『平時の持ち霊』と全く同一のイメージを重ねることが可能だった。

 その瞬間だけ、死者は疑似的に『蘇れ』と命じられる――それをオーバーソウルと言う。



 ――キン、と。



 真っ黒な視界に、金色の波紋が輝いて広がるような。
 そんな澄みきった高い音が響いた。

 媒介となるガンマン人形に霊体の弾丸が装填され、発砲されて。
 実体なき硝煙とともに、実体なき空薬きょうが落下した音だった。

 ――ファイア!!

 霧散する幽鬼たちの残骸を目くらましにして、駆動する人形が敵性体の視界をすり抜けて駆け出す。
 その動作が完了する頃には、もう続けざまの銃撃は終わっていた。
 澄みきった音にかぶさる『ド ン !』 という重たい発砲音が、何度も冥界を揺らす。
 ガンマン人形が巨大な幽鬼たちの腕をその小ささで掻い潜り、大型拳銃をぶん回して嵐を起こす。
 その嵐には、火薬の雷撃と、硝煙の暗雲が伴っていた。

 少女はガンマン人形の大立ち回りに守られながら、かがみこんでぬいぐるみ達を拾っていく。
 幽鬼たちに掴まれたことでいくらか襤褸に近い形になっていたが、発砲が早かったために潰されてはいなかった。
 それらを元の通りに荷籠にしまうと、ガンマン人形が眼前に戻ってくるのは同時だった。
 そして少女たちの頭上に、ひときわ巨大なヒュージゴーストの影が差すのも。

 ――マリオン! キャッチして!
 ――言われなくても

 念話でファーストネームを呼ばれた少女は、人形の綿がつまった髪をむんずと掴んで、ぶら下げる。
 それは魔力(巫力)を上乗せして貫通力を底上げした弾丸を放つにあたって、銃撃の反動を抑えるためにベストの固定方法だった。 
『ドォン!!』とたいていの大型生物であれ仕留められそうな銃撃音が鳴り響き、ヒュージゴーストの眉間に穴があく。
 その残響が鳴りやまぬうちに、立て続けの指示は交わされていた。
 それは『そろそろ』という経験則も含めてのものだ。

 ――マリオン、シャドウサーヴァントが後列に詰めてきた。潮時だ。
 ――うん。アーチャー、着地任せた。
 ――オーケー。魔力装填(マグナムクラフト)よろしく!

 いまだに銃撃の反動で揺れている人形を、さらに遠心力で振り回して投擲する。
 少女の腕力ではあれど、人形の身の軽さと、銃撃による反動付加が合わさればぽんと幽鬼たちの列が飛び越えられ、そして。

 霊体化、解除。
 オーバーソウル、同時解除。

 人形が、人の姿を取りもどした。
 直前まで手掴みされていた大きさの影が、人間の姿をした奇跡に化ける。
 手縫いのおもちゃを使った火遊びが、人影の伸長とともに戦いの次元を変える。

 ずしんと幽鬼の背後を取り、シャドウサーヴァンを眼前に構えるのは人であり守護者であり、蘇った英雄。 
 少年カウボーイの装いをした端正な金髪の青年の立ち姿。
 否、どう見ても二十歳を超えていない外見は、現役で少年と呼称できたかもしれない。
 その利き腕に握りしめられたのは、コルトM1877ダブルアクション拳銃。
 アスファルトの路地にはありえない、土埃の煙たさが一帯に薫る。
 それは青年にとって、硝煙と同じぐらいその身に馴染んだ開拓時代の荒野の香りだった。

 境界記録帯(サーヴァント)。ビリー・ザ・キッド。
 二つ名を少年悪漢王。
 オーバーソウルよりも、さらに桁が違う霊力の圧が質量ある人影として、着地音とともに冥府の大地を踏んだ。

 それは、本来であれば少女にはまだ到達できない英霊使役術。
 オーバーソウルを極めてようやく到達できる、最高次元での生前再現。
 冥府の神秘の底(そこ)には、まだ底(さき)がある。
 魂のサルベーションによって導かれた存在――本物の英雄(サーヴァント)。

 「さぁ、マスター。駆け足だ!!」

 念話ではない、実体をともなった肉声と同時。
 少女はサーヴァントに背を向け、魔力だけを意識してサーヴァントに注いだ。
 幼いシャーマンが専ら操る人形に抱くイメージ、『霊力で構成された弾丸の模造』 が、そのまま早撃ちの補正に充てられる。

 必中の加護がついたことを示す、魔力反応が射手に顕れたのと、同時。
 墨色の帳を、それまでよりもなお猛々しい雷鳴が大きく、三連撃を一塊として、空間を切り裂いた。

 続けざまに、ガンマンの姿をした雷霆が暗雲のふところで暴れまわる音を背後に。
 人形遣い(ドールマスター)の少女――マリオン・ファウナは冥界の外れから会場内へと帰還した。


 🌸  🌸  🌸


 ひなびた公園の隅っこ、花壇の縁石にマリオンは腰を下ろしていた。
 つねに帳が降りた世界から戻ってきた後の児童公園は、昼間なのに手入れも乱雑なひなびた空間で。
 景色だけは美しかったナポリの青海と広大な自然公園、白亜の街並みには似ても似つかないほど閑散としていた。

――ここ数日、ずっとこんな調子だけれど。マリオンが納得いくものは見れたかい?

 はいどうぞと、己が憑依していた人形をふたたび少女の胸元へと手渡し。
 母親の形見であるそれを、マリオンは安心毛布のようにぎゅっと強く握りしめた。
 イタリアと違ってこの国では、本物ではないかと疑われただけで警官がやってくる。
 自然と屋外で抱っこして歩く機会も減ってしまい、おおっぴらに抱きしめられる時間は貴重なものだった。 

 ――うん……みんな知らない人達だった……未練や恨みのありそうな霊ばっかりだった

 ただ亡者たちやシャドウサーヴァントの集う会場外に赴き。
 己のサーヴァントを人形に憑依させることでマスターの巫力によってサーヴァント反応を覆い、マスターの気配だけを目立たせて。
 少女を獲物と定めて襲ってくる幽鬼たちの顔ぶれ、生前の面影を一通り確認しては、顔をしかめて撃退、撤退する。
 そんなにいやな気分になるなら行かなければいいのに、と言われること承知で繰り返していたその奇行に対して。

 ――良かった……

 マリオンは一人、満足によって大きく息を吐いた。
 確かな成果はあったと言わんばかりに。

 ――君が『天国にいて欲しい人』はここにいない。そう思ったんだね?
 ――うん、トニーは分からないけど、シャーマンだったママなら、マリが来ればきっと気付くから

 でも来なかったんだから、そういうことだと。
 その言葉の意味が分かるだけの問答を、行動の理由を、サーヴァントはすでに問答していた。

 その行動は、現世へと立ち戻る脱出口を探すためなのか――違う。
 まだこの世ですることがあったのも、戻りたかったのも心にはあったが、それが目的ではなかった。

 ならば優勝へと勝ち進むことを目標に、力試し、修行や仲間集めに励むためだったのか――それも違う。
 確かにシャーマンは死に近づくことで巫力を上げる余地を持つが、それを意図しての行動ではない。
 むしろ冥奥領域において臨死の体験は運命力の消費と裏腹であることを、少女はルールとして忘れていない。

 そしてサーヴァントは答えを知り、驚く。
 それは己の為でさえなかったからだ。


 ――死んじゃった人がみんな、こんな地獄に堕ちるんじゃなくて、良かった……


『新しく造られた』 と標榜されている冥界。
 その成り立ちを頭に刻まれて、マリオンはとても不安になった。
 聖杯によって造られた、死者を集めるための新世界だというなら。
 本来は天国に逝くはずだった優しい人達も、この場所に落とされてしまうんじゃないかと。

 だとしたら、死後も生者を狩るために争わなきゃいけないなんて。
 ママや好きな人は、たとえ成仏できたとしても、救われないし、救えないことになってしまうから。 
 誰も呪わず、迷惑をかけないために成仏した人達は、その心を理由にして安らかな階層(コミューン)に逝ける。
 そういう仕組みじゃなかったなら、あまりにも報われないから、と。

 ――付き合ってくれてありがと……これからはちゃんと聖杯戦争、するから。

 それは、祈りのようだとビリーは思った。
 少年時代のビリーが、母親からどんな人間になったとしても決して欠かしてはならないと約束させられた言いつけ。
 アウトローでも、悪漢王でも、それを捧げる瞬間だけはわずかばかり清らかな心持になれる縁(よすが)。
 だとすれば、彼女の心は美しい。
 たとえ幼い心に憎悪があり、この先の人生で、生還した先の世界で、殺戮をするのだとしても。
 これより我が銃は貴女とともにあると、告げるに値する。 
 もっとも当のレディーは、あまり真っ直ぐすぎる言葉を向けられると困惑してしまうようだから言わないのだけど。

 そして、そうやって今は亡き人達を数多く抱えが彼女の境遇と、それまでの言動で、分かってしまった。
 彼女が思い描く『争いのない世界』が意味することは、おそらく世界平和ではない。
 おそらく、誰もが静かな眠りにつく世界だ。

 ――これが、世界で最後の戦争になったらいいね

 本心からの願いとして独りごちる。
 これからのことを想い、相棒(チャック)の名残りであり、母から贈られた小さなガンマンをぎゅう、とかき抱く。
 迷いはなくても、恐怖はあった。
 争うのは全てが葬者――あの世とこの世の繋ぎ目に迷い込んだ者達だ。
 ならばマリオンがついて行くことを決めた『あの人』のような存在――最上位のシャーマンがいても不思議ではない。
 今のマリオン一人では、どんなに頑張ってもナポリじゅうのマフィアを撃ち殺すぐらいがせいぜいだろうけど、あの人は違う。  
 あの人の力は、きっと軍隊とか都市だとか国だとかいった大きなものを向こうに回しても、渡り合える力だ。
 もしも、あの人のような葬者が競合相手にいたとして。勝てるかと問われたら心もとないけれど。
 まだ死ねないし、その為なら戦禍を振り撒く道を選んだことは、自分が一番よく知っている。

 ――戦争のない世界は、僕だって見たことないさ。でも、静かに眠れる夜ぐらいはきっと叶うと思うよ。

 あまりに楽観論だと少女の気を逆立てないよう、ビリーは努めて軽口をたたくように言った。

 知り合ってしばらく経つけれど、一度も笑った顔を見せない少女。
 ビリーは騒がしい人間のことが苦手だけれど、明るく楽しい人の方が好きだ。守るべき少女であれば、なおさら。
 それが一度も微笑まないというのは、もう彼女の理想とする世の中が正しいとか間違ってるとか、それ以前のことだろう。
 心が摩耗した女の子を無理に嗾けるつもりはないけれど、心を溶かす機会を過ってはならないと内心に警告する。

 撃つことのみで英霊の座についた男は、弾丸と同じく、言葉もまた早撃ちが至上だと知っていた。
 なぜなら伝えなければいけない瞬間は、いつも伝えようとする時よりも、少しだけ手前にあるものだから。


 【CLASS】
アーチャー

【真名】
ウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニア(ビリー・ザ・キッド)@Fate/Garnd Order

【ステータス】
筋力:D 耐久:E 敏捷:B 魔力:E 幸運:B 宝具:C

【属性】
混沌・中庸

【クラススキル】
単独行動:A
騎乗:C+

【保有スキル】
射撃(A++)
銃器による早撃ち、曲撃ちを含めた射撃全般の技術を表したスキル。特にA++ランクともなると、百年に一人の天才と言うべきレベルである。

クイックドロウ(A+)
射撃の中で早撃ちに特化した技術。A+ランクならば、相手が抜いたのを見てから抜いても充分間に合って、お釣りがくるレベルの腕前である。

心眼(偽)(C)
直感・第六感による危険回避を示すスキル。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。同時に視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

【宝具】
『壊音の霹靂(サンダラー)』
ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1人
 ビリー・ザ・キッドが愛用していたと言われるコルトM1877ダブルアクションリボルバー(通称「サンダラー」)によるカウンターの三連射撃。
彼に纏わる逸話が宝具化したもの。正確に言うと拳銃が宝具という訳ではなく、「この拳銃を手にしたビリー・ザ・キッドの射撃」全体を包括して宝具と見なされており、固有のスキルに近い。
サーヴァントの知覚として周囲の時間の流れをスローモーションにし、状況を完全に把握した上でカウンターの射撃を叩き込む。それがアーチャーの狙撃であれ、セイバーの斬撃であれ、相手の居場所を完全に把握して急所に最大で三連撃を食い込ませる。
射程はサーヴァントとなったことで、生前の数倍以上に広がっている。
ただし、これは「回避可能な攻撃」のみに通じるカウンターであり、回避不可能な攻撃手段に対しては意味を成さない。
この宝具のもっとも悪辣な点は「技術」という大部分に宝具の概念が割かれていることによる、魔力消費の少なさである。具体的にはEランク宝具を使用するのと同程度の消費しかない。

【weapon】
 コルトM1877ダブルアクションリボルバー

【人物背景】
 アメリカ西部開拓時代の代表的なアウトロー。1859年生、1881年没。
 現代でも極めて人気は高く、残された彼の写真が、オークションで二億円の値がついたことからもそれを窺い知れよう。
 父親は不明だが、母親から高等教育を受けたらしく、西部のアウトローにしては達筆の手紙が残されている。
 本来は喧噪よりも薄ら寂しい夜の方が好きな変わり者。

【サーヴァントとしての願い】
 アウトローに主従とかは無理。
 けれど撃つことを求められたなら

【マスターへの態度】
 少女が生還のために戦うことは肯定し、守護したい。
 聖杯で叶える願いの全ては讃えられないかもしれないが、争いをなくしたい心は認めたい。
 ただマスターに必要なものは世界の救済ではなく自身の救済だと感じている。


【マスター】
 マリオン・ファウナ@SHAMAN KING &a garden

【マスターとしての願い】
 死ぬのは目的を成し遂げてから。
 もし争いをなくす奇跡が手に入るなら、『ハオ様』 へと持ち帰る。
 たとえ争いをなくす手段が、新世界にそぐわない人間を間引くことであったとしても。

【能力・技能】
 シャーマン・人形遣い(ドールマスター)。
 人生の全盛期においては巫力6万程度に成長するが、この時点ではオーバーソウルを習得したばかりの『修行の余地あり』 程度のシャーマン。
 習得技能は人形に霊を憑依させての遠隔操作。
(反動の大きい拳銃を撃たせるために、常に手元において固定砲台として扱うことはある) 
 ただし憑依による遠隔操作は、形代や呪具などの特別な道具を必要としない代わりに、他の多くのシャーマンがそうであるように霊魂と最低限の信頼関係を必要とする。
 冥奥領域においてはNPCが魂を持たない記憶の転写であり、会場外のエネミーもほぼ生者を獲物と認識することから、未成熟な雑霊を小間使いとして使役する程度にしか使えない。

 他にもオーバーソウルを人形操り以上の武装として発現するには、以下の制約がある。
 ・マリオンが本来のオーバーソウルと同じ形態をイメージできるアーチャー(ビリー・ザ・キッド)に対してのみ使用可
 ・マリオンの巫力において制御可能な範囲でしか発現できない。発現中のサーヴァントは霊体化している扱いとなるため、サーヴァント反応よりもマリオンの魔力反応が顕著に顕われる。
 (ぶっちゃけ普通にサーヴァントを実体化させて戦わせた方が正面戦闘においては絶対に強い)

 また、占い師だった母親からの遺伝で、人の死期を不定期に読んでしまうことがある。
 冥奥領域内で何らかの発現するかどうかについては詳細不明。

【人物背景】
 未来のシャーマンキングとなる少年に、拾われた時点での少女。
 なんともならない。大切なのは力だ。
 幽霊の見えない奴にもいい奴はいて、しかしそんな『いい奴』でさえ争いと死を撒き散らす仕組みの中にいた。
 悩んで迷った末に、そんな答えに至ったシャーマン。
 その笑顔と心を、きれいだと言われたこともあった。

 シャーマンキング本編にも十代以降の姿で描かれるが、外伝『アンドアガーデン』のマリオン編のみで把握可能。
(単行本3、4巻。マガジンポケット配信版の第11廻~第15廻に該当する)

【方針】
 迷わず争い、勝ち残る。
 生きて地上に戻る為ではあるが、奇跡を掴むことが視野に入るなら願うことは決まっている。

【サーヴァントへの態度】
 彼を呼び寄せるにあたって元の相棒(チャック)と引き離されたことはかなりの不本意。
 とはいえチャックと『似た人種』であることも感じており、持ち霊と同じように接すればいいかと思っている。
 ビリーの動機の一端が『母親』であるらしいことには、ちょっとだけシンパシー。

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最終更新:2024年04月22日 02:56