棍棒を握った、フルフェイスヘルメットの人影が冥界を駆けていた。
人影の名は“零”という。彼は葬者だ。そして、御子でもある。
“黒い鳥”――電脳世界の枢幹に巣食う空前絶後のAI生命体に魅入られた人柱。
かつて、一つの世界があった。
世界の名は“星界(プラネット)”。無数のAIが生活するその世界は高度に枝分かれし、今となっては上位存在の介入がなければ破綻を余儀なくされる程の発展と分岐を果たしていた。
御子とは不要な枝を打つ者。黒い鳥の意思に従って世界のあらゆる事象に介入し、事象の枢幹に不都合を及ぼす事を避けるべく時を駆ける者。
謂わばドリフター。魔術や英霊等という概念が存在する世界の言葉に当て嵌めて言い表すならば、抑止力の一環と表現するのが近いかもしれない。
(やっぱ強えなサーヴァント。俺の子哭だけじゃびくともしない)
上位存在たる鳥に授けられた略式、子哭"零"を片手に駆ける彼が打ち合っている相手は紛うことなき本物の英霊であった。
今は都市の外側だが、どうやらそんなけったいな場所で偵察を行っていた酔狂な輩と偶然遭遇を果たしたらしい。
であれば、零が取るべき行動は一つだった。この冥界には黒い鳥は居らず、その意思が介入する余地もない。御子の使命から解き放たれた零が目指したのは、葬者という次なる役割に殉じて戦う事。
即ち――聖杯戦争に勝利する事である。
幸いにして御子という特性故か、零は星界の略式とアバターを引き継いでこの冥界へ下りる事に成功していた。
だからこそ戦いが成り立つ。魔術師は愚か熟練の手練れでさえ幾つもの条件が揃わなければ太刀打ち出来ない“英霊(サーヴァント)”という怪物に、こうして執念の矛先を向ける事が出来る。
とはいえ流石に本家本元の英霊、データでは推し量れない怪物が相手となっては黒い鳥の御子も劣勢を強いられるのは道理だった。
質量を操る略式をフルに稼働させて戦えば打ち負ける事こそないが、それ以外の部分……もっと根本的な戦闘経験の差で徐々に水を空けられる。
それでも未だに奮戦を維持しているのは驚嘆に値する芸当だったが、然しこの体たらくでは結末は見えている。
相手方もそれは承知しているのか、何十度目かの打ち合いを解いた所で大きく跳んで後退した。
そうして剣を構える。誰が見ても解る程明らかな、宝具開帳の構え。零のヘルメットに浮かんだ表情が厳しく歪む。単なる通常戦闘でさえ有利を取れなかった彼が、英霊に宝具を抜かれて勝てる訳がない。他でもない彼自身もそう理解していて、だからこそ。
「今だ――やれ、ランサー」
彼はそれ以上戦闘に執着する事なく声をあげた。
その声に応じて響くのは、天真爛漫な少女の声音。
「あいよーーーーーっ!」
葬者が先陣を切り、サーヴァントが後に控えるという掟破り。
聖杯戦争のセオリーに真っ向から背いた戦術が、此処で容赦なく牙を剥く。
天真爛漫にして、絢爛怒涛。
華々しい炎と魂を侍らせながら乱入を果たした少女が撒き散らすのは、触れるもの皆焼き焦がす葬送の蝶だった。
燎原の蝶。冥界にて舞う姿は、生まれついての葬者である彼女にとって最も正しい。
「恨みはないけどさようなら。陰陽に背く不遜な御先祖様に、とびっきりの火葬(ほのお)をご馳走しましょう!」
纏わり付いてくる葬送の炎が宝具解放のタイミングをずらし、更に触れた箇所から伝わって来る痛みがかの英霊に焦燥を懐かせる。
焦燥とは忌むべきもの。判断を狂わせ、また鈍らせるもの。だからこそ現に勇士の剣は鈍り、優勢だった筈の戦況を一転させて手を拱いている訳だったが――逆にこの少女・“葬者”にとって焦燥とは愛すべき強さの象徴に他ならなかった。
燃え上がる流星となって、天真爛漫の性を表したように繰り出される火炎の連撃。
性能であれば確実に下を行くだろう少女が予想外に次ぐ予想外を現出させている間に、英霊の真上から得物を携えた御子が墜ちて来る。
「そら、今だよ。やっちゃえ、零――!」
「五月蝿い。戦闘中くらい静かにしてくれ……!」
子哭――“塔”。
質量操作によって限界を超えたその棍棒は、最早只の長物の域には収まらない。
英霊の頭蓋をぶち抜いて霊核まで打ち抜きながら、冥界の大地に大きくめり込ませて沈ませる一撃は葬送と呼ぶには些か手荒が過ぎる物だった。
然しその分、結果は確実。地面に出来た人型の大穴の底からは黄金の霧が断末魔のように立ち昇っており、それがサーヴァントの消滅、そして零とその相棒の勝利を物語っていた。
「やったじゃーん! 初めてのサーヴァント討伐おめでとう、ぶいっ!」
「……やっぱ割に合わねえな。これだけ綱渡りしてようやく一匹じゃ普通に戦った方がまだ幾らかマシだ」
子哭棒の質量を元に戻しながら、零はアテが外れたように後頭部を掻く。
英霊という存在の戦闘能力がどれ程かを測る為に決行した冥界下りで、実際首尾よく初勝利も勝ち取れた訳だが、詰めの段階に移るまでの過程でやらされた綱渡りの回数は一度や二度ではない。
あの恐るべき星界無双程ではないが(逆に、あの廃人は何だって彼処まで強かったんだよと今更頭を抱えたくもなる)、それでも自分のような下手の横好きで勝ち切れる相手じゃなかったと断言出来る。
となるとやはり、セオリー通りに英霊は英霊が、マスターはマスターが相手取るのが順当と言う事なのだろう。
敵を一人消せたと言えば聞こえはいいが、なかなかに勉強代は高かった。
結果的に勝てたからいいものの、もしも敵がこんな子供騙しに引っ掛かってくれない手練れだったなら今此処に自分達は存在していなかった可能性さえある。
先人の教えには従えって事だな。溜息混じりに独りごちて、零は都市へ戻るべく歩き始めた。
「帰るぞ。眠くなってきた」
「あはは! 零ってばその見た目で寝坊助なんだよね。可愛いー」
「そういうお前は見た目通りの頭の軽さで何よりだよ。俺も一日くらいはお前みたいな脳ミソになりたい」
身体の奥底にズシリと伸し掛かるような疲労を感じる。
恐らくこれが冥界の“死”という奴なのだろう。人間が生存する上で必要な幸運を削り、死の瀬戸際で何とか踏み止まっている葬者を死に近付ける呪い――或いはこの世界の理か。
(やっぱり町の外に出るのは旨くないな。なるべくなら町の内側で殺し回って、外での戦いは勝手にやらせておくのが良さそうだ)
零は聖杯を欲している。彼には、聖杯を手に入れなければ行けない理由がある。そしてそれは決して、冥界に落ちてしまった自分の死を覆したいなどという安易な物ではなかった。
死など怖いとも思わない。真に怖いのは、壊れた大切な物をもう直せない事だ。
そして自分はその“最悪”を避ける為なら……もとい、過日の日に迎えてしまった“最悪”を覆す為ならば何でもする。何だってする。この身も未来も全て捧げて構わないと、最初から今までずっとそう思っている。
そんな彼にとってこの聖杯戦争は、冥界で繰り広げられる死者達の乱痴気騒ぎはこれ以上ない好機だった。
願ってもない機会。降って湧いた天運。たとえその果てに、葬者たる自分自身の運命さえ喪われてしまうとしても――
(構いやしない。俺の命なんて、どうせ最初からゴミみたいなもんだ)
――零は、その落命に一切の頓着をしない。彼は目指す結末に向けて休みなく走り続け、いつかは理想の為に燃え尽きる流れ星だ。
出会った時から今まで変わらない、ほんの僅かさえも変わる気配のない相棒を見つめる天真爛漫な葬者(ランサー)の眼は何かを憂うような、彼女らしからぬ複雑な心境に彩られていた。
◆
ボロい、ゴミ溜めのような部屋だった。部屋の中には食った後の、いつのものとも解らないカップ麺の容器や、酒瓶やビールの空き缶がゴロゴロと転がっている。異臭を放っていない辺り生ゴミの処理は徹底しているのか、それとも生ゴミが出ないくらいインスタント食品に頼り切っているのか。
そのゴミ溜めのような部屋の片隅にトレーニングジムにあるようなベンチプレスマシンが置かれ、其処で一人の青年が汗を流していた。
室内には粗雑なテレビの雑音と、ベンチプレスの上がる重々しい音だけが響いている。青年は、見れば誰もが半グレや暴走族と言った社会から隔絶された者だろうと判断するような見てくれをしていた。
安物の整髪料で染めたのだろうくすんだ金髪。鍛錬によって鍛え抜かれた肉体は鋭く引き締まっており、見ようによっては地下格闘技の選手か何かを彷彿とさせるかもしれない。
だが何より異様なのは青年の顔だった。
“珠玉連心佳乃”と落書きのようなタトゥーが六文字刻まれ、折角の精悍に整った顔立ちを台無しにしてしまっている。
佳乃。その名前は女とも、男とも取れる。別れた女の名前を未練がましく顔に残しているのだろうと邪推するには、然し青年の放っている雰囲気はあまりに退廃的であった。
「零さあ」
これまたボロい、スプリングやら綿やらが其処かしこから飛び出したソファに身を投げ出してテレビを見ていた中華風の少女が名前を呼ぶ。
零。先刻、都市の外に広がる死の大地で英霊一騎を葬り去った青年は、まさしくこの荒れ果てた部屋の主だった。
星界由来のアバターを解けばこんなものだ。フルフェイスヘルメットとスーツ、そして得物である子哭棒が無ければ葬者“零”はこの通り、ゴミのような日常を送っている事が一目で察せられる荒くれ者でしかなかった。
「私、やっぱりあんまり良くないと思うんだよね。死んだ人間を蘇らせて、もう一回やり直そうとするってのは」
「またその話かよ。お前も懲りないな、馬の耳に念仏だぞ」
「何回でも言うもーん。私これでも葬儀屋なんだよ? 由緒正しい七七代目。あ、七七(ななじゅうなな)と言えば私の友達には七七(なな)って言うとってもかわいい子が居るんだけど――」
「それ聞くの三回目」
「ぶう。何回でも聞いてよ、先人の話はありがた~く聞くもんだぞ?」
「お前が本当に尊敬出来る先人とやらだったらそうしたかもな。でも現実お前はそうじゃないだろ。アーパー女が」
そんな零とは相反して、彼が召喚したこの“葬者”……ランサーのサーヴァントである少女は、見るからに華々しく快活な娘である。
真名を胡桃(ふーたお)。こんな見た目と言動だが、何やら由緒のある葬儀屋だったらしい。
その話について零は未だに半信半疑だったが、ある意味では納得もしていた。その理由は彼女が自分に対し、これまでに何度もこうして生死に関する諌言を掛けて来た事だ。
胡桃は死を尊んでいる。人間が生きて、そして死に、然るべき処へ流れていくその道理を重く見ている。
だからこそ彼女のような英霊にしてみれば、この聖杯戦争というシステムそのものが鼻持ちならないそれであるらしい。
何とも難儀な英霊を呼んだ物だと思うと同時に、英霊の座とやらももう少し人選という物をしっかりするべきだと零は思っていた。
死者が集って玉座を奪い合う椅子取り式の死亡遊戯に、よりによって“蘇り”嫌いの葬儀屋なんて奴を呼び出すなんて人選ミスも甚だしい。
一々こうしてご高説を垂れられる葬者(マスター)の身にもなって欲しいと、そう感じて溜息を溢した回数は一度や二度ではない。
「……それに、お前は勘違いしてる。俺は別に死人を生き返らせたい訳じゃない」
「え? ――うそ、違うの? こんな世界の聖杯戦争だから私てっきり、零もそのクチなんだと思ってたんだけど」
「助けたい奴が居るのはその通りだけどな。其奴は俺が知る限り、まだ生きてる。何なら此処に来るすぐ前にも話したよ」
ズコー、と胡桃はずっこけるような仕草をした。とはいえこれに関しては悪いのは零の方だ。此処まで彼は只の一度も、彼女に対して自分の願いの詳細を話してはいなかったから。
「えぇえぇえ……。ちょっと零、そういう大事な話はもっと先にしてよ。そしたら私だってもっと純粋に応援出来たのに」
「聞かれなかったからな」
「……じゃあ、零が助けたい人ってのはどんな人なのさ。一応相棒なんだもん、そのくらい聞かせてくれてもいいんじゃない?」
「…………」
最早習慣となって久しい、今となっては後にも先にも何の意味もないだろうトレーニングを止めないまま零は少しの間沈黙した。
それから観念したように口を開く。確かに、このくらいはもっと早く話してやっても良かったかも知れない。そう思いながら。
「良い奴だった」
長らく使われていなかった、錆び付いた蛇口を捻った時のように短い言葉が出た。押し殺していた感情の水が赤錆の這う道を通って、水流になって顔を出す。
聖杯を求めて戦う孤独な御子、その秘められた願いが葬儀屋へと伝えられる。
「喧嘩もした事ないようなチビのガキの癖して、他人に頼られると助けずにいられないんだ。相手がどんなに身勝手な事を言って来たとしても、それも自分の責任だってしおらしい顔して受け止めちまう。
親に捨てられて道端で燻ってたクソガキにさえ手を差し伸べて友達にするようなクソの付くお人好しさ。そんな事したって、手前の為にはならないのにな。アイツは結局全てが壊れるまで、その事に気付いてないみたいだった」
その“捨てられたクソガキ”というのが零自身の事を指しているのは胡桃にも解った。荒廃した生活習慣。自立はしているが生活力に乏しく、また対人関係にも不慣れさが目立つ言動。少し甘い話を持ち掛けられればすぐ揺らいでしまうような脆さ。これまで零と接して来て感じた印象の全てが、彼の明かす過去と結び付いていく。
「そしてアイツは、当たり前に破綻した。誰でも彼でも受け止め過ぎたんだ。誰でも彼でも優しく受け入れて来たアイツに突き放された奴は、まるで酷い侮辱をされたみたいに憎悪を燃やして」
「……それで?」
「アイツの顔に酸を掛けた」
「っ……」
飛び出して来た強烈過ぎる話に、胡桃も思わず顔を顰める。
「さしものアイツも顔をグチャグチャに溶かされて、平気な顔で今まで通りに暮らせるなんて事はなかったよ。アイツは部屋に閉じ籠もるようになって、俺達の日常は壊れちまった。
佳乃って言うんだけどな。本当に……俺みたいな野良犬には勿体ないくらい、良い奴だったよ」
「……じゃあ零は、その佳乃君を助けたいんだ? 聖杯を使って佳乃君の顔を治してあげて、また昔みたいに――」
「いいや。それじゃ駄目だ。それだけじゃ、もう何も収まらない」
始まりは、三人だった。零が居て、『佳乃』が居て、そしてもう一人の少女が居た。
零と佳乃は歪ながらも強い絆で結ばれていたが、佳乃に対して傾倒する少女は零の存在を許容する事が出来なかった。けれど佳乃が本当に大切に思っていたのは親友である零。その“違い”が、徐々に彼らの歪みを押し広げていった。
そしてあの日が来た。少女の執着によって狂わされた、佳乃に依存していた女がトチ狂った真似をした。
佳乃は硫酸で顔を焼かれ、全てが壊れた。そして零は佳乃の顔を治す資金を稼ぐ為、元凶であるはじまりの少女と手を組んで仮想世界の星界に身を投じていく事になった……というのが、此処までの経緯だが。
然しそれは、佳乃を救う手段が現実的な側面でしか見えていなかった頃の話だ。
今の零はもう違う。彼は黒い鳥に接触し、世界というものが幾つもの枝から構成されていて、その枝を打つ事で未来を変更する事が出来るのだと知った。知ってしまった。そしてその矢先に、彼は聖杯戦争を知ってしまった。
聖杯の力があれば、佳乃の顔の治療を医者に任せる必要もない。
……いや、それだけではなく。そもそも悲劇自体が起こらなかった枝なんて絵空事を実現させる事さえ、恐らくは可能だろう。
「アイツの顔が焼かれた日を“なかった事”にしたって、絶対にまた別の誰かがアイツを傷付ける。それは硫酸じゃないかもしれないが、アイツを終わらせようとするって意味じゃきっと大差はないんだ。
元を断たないと結末は変わらない。切り落とすべき枝が……あるだけで誰も彼もを腐らせる不幸の根源がある限り」
そう、然しそれさえ対症療法だ。
大元の病巣を取り除かずに末端の症状を一つ一つ解決していたって、結局それはいずれ来る結末とのいたちごっこでしかない。
現実の範疇を超えた“知識”は、零に“答え”を与えた。佳乃を本当におかしくしたのが誰だったのか。少女を、リズを狂気に染めてしまったのが誰だったのか。
本当に打つべき枝とは、諸悪の根源とは、何処の誰であったのか。
その答えを、彼は得てしまった。
「……なるほどね。何を考えてるんだろうなって思ってたけど、これはちょっと流石に予想の斜め上だったかも」
胡桃が零を見つめる。その眼に、普段の天真爛漫な彼女の面影はもうない。
其処にあるのは、取り返しのつかない行動に出ようとしている友人を見る懸念の眼だった。
「零、あなたは――他の誰でもない、自分を消すつもりなの?」
「そうだ」
零は胡桃の詰問に対し、迷うでもなく即答を返した。
「佳乃は良い奴だった。だから俺みたいな、誰がどう見ても関わるべきじゃないクソガキに手を差し伸べちまった。疫病神ってのはやっぱり居るんだよ。生きてたって何処の誰の為にもならないロクでなしってのが、この世界には時々生まれて来るんだ」
「……そんな事ない。生まれて来ちゃいけなかった命なんて、この世には何一つとしてない。往生堂の堂主として、生と死を、陰と陽を見届けてきた葬者として断言するよ、零。その結論は、絶対に間違ってる。それは誰も救わない愚行でしかない」
「いいや、違う。俺は生まれて来るべきでもなかったし、ましてやアイツらに関わるべきでもなかった」
青年は、生まれた時から今に至るまでずっと野良犬だった。ホームレスという意味ではない。誰にも愛されず、顧みられる事のない存在だったという意味で、彼は間違いなく野良犬だったのだ。
荒廃した家庭に生まれて育児放棄され、ロクな社会常識も学ばないまま昼夜を問わず徘徊する日々。
そんな愛のない日常を生きて来た零にとって、佳乃という友人は間違いなくこの世に生まれて初めて目の当たりにする光で、世界の全てだった。
零はかつて佳乃に依存する女達を嫌悪していたが、今にして思えばとんだブーメランだと自分自身でさえそう思う。他の誰より佳乃に依存し、彼の人生を食い物にしていたのは……他でもない自分自身だった。
だから、零は答えを出した。不幸になる人間を限りなく少なくして、零が好きだった世界と日常を存続させる方法を見つけ出した。
それこそが、彼が聖杯にかける願いだ。栄光でも、救済でも、ましてや蘇生などでは断じてないささやかな“枝打ち”。
きっと世界の誰も気にしない、違和感を覚える事もない、路傍に転がる石ころが一つ減るだけの過去改変。
「――俺は、他の誰でもない俺自身を葬る。そして佳乃の、アイツらの……みんなの世界を治してやるんだ」
……胡桃は、零の言葉を聞きながら思っていた。
自分がこの聖杯戦争に呼ばれた理由はきっと、“葬儀屋だから”なんて安直なものではない。もしかしたらそれもあるのかも知れないが、主となる理由はきっと違うと確信する。
胡桃は葬儀屋。由緒正しい、往生堂の七七代目堂主。生まれついての葬者。命を葬り、弔う者。
だからこそ、自分は葬る為に呼ばれたのだ。他の誰でもない、自分は消え去るべきだと信じているこの青年を。
彼は世界の礎になろうとしている。自分の大切な人間が、そしてその周囲の者達までもが救われ、誰も壊れず狂わずに存続する世界。そんな月並みで、されど彼にとってはどんな金銀財宝よりも得難かった未来の為に喜んで棺桶に入ろうとしている。
それを踏まえた上で、胡桃は――
「……認めないよ。零。私は、胡桃はあなたのそれを認めない」
そんな悲しい終わりはやめろと、唇を噛んでそう諭していた。
その先に待っているのは地獄だ。生死だとか陰陽だとかそういう話ですらない、誰が見ても解る……それでいて誰の想像も及ばないような最悪の地獄が口を開けて待っているのだと断言出来る。
だからこそ胡桃は、それを放っておく事が出来なかった。
由緒ある往生堂の葬者として、そしてこの救世主と呼ぶにはあまりに生き方の不器用過ぎる青年の友人として。
「好きにしろよ。無駄だから」
必ずや、その愚かしい自己犠牲をこそ葬送してみせるのだとこの日そう決めた。
部屋の中にはテレビの音とベンチプレスの音だけが響いている。
世界の終わりのその前日は案外こんな風に静かで淡々としているのかもしれないと、どちらともなくそう思った。
【CLASS】
ランサー
【真名】
胡桃@原神
【ステータス】
筋力:E 耐久:A 敏捷:B 魔力:B 幸運:C 宝具:C
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:D
神性:E
【保有スキル】
葬者:A
葬儀屋である。普段は奇妙奇天烈なじゃじゃ馬を地で行くランサーだが、こと葬り見送る事にかけてはとても真摯。
死を尊重する事、死が持つ価値については強い信念を持つ。
サーヴァントを含めた死者・死霊に対しての攻撃に補正が加算される。
魔力放出(炎):B
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
ランサーは炎の元素を駆使して戦う。
天真爛漫:C
理性蒸発とまではいかないが、賢人も認める奇人である。
精神攻撃に対してランク相当の耐性を持つ。
【宝具】
『安神秘法(あんしんひほう)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:100人
元素爆発。敵や環境から得た元素エネルギーを蓄積させて放つ切り札だが、サーヴァントとなった事で過程は省略して放てるようになっている。
胡桃が操る灼熱の魂を振り回して敵全体を攻撃する、広域攻撃宝具。更に敵に命中した場合、その分だけランサーの体力を回復させる。
多くの敵に当てれば当てるほど回復量が向上するため、多人数戦や乱戦においてこそ真価を発揮する宝具。
既にこの世を去った者がまだ元気そうにしていると、往生堂は焦燥や不安に駆られる。
火葬はランサーの心を一番落ち着かせることができる手段である。そのため、彼女は焦燥すればするほど、火力が上昇する。
『蝶導来世(ちょうどうらいせ)』
ランク:C 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大捕捉:1人(自分)
自身の体力を削り、“冥蝶の舞”と呼ばれる状態を自らに付与する。
攻撃力を上昇させ、『魔力放出(炎)』スキルのランクをA+にまでアップさせる自己強化宝具。
更にこの状態のランサーの攻撃を受けた敵は“血梅香”という状態異常効果を被る。
血梅香を被った存在は炎属性の継続ダメージを受ける。対魔力で軽減可能だが、それを持たない者には甚大なダメージソースになるだろう。
『神の目』
ランク:D 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大捕捉:1人(自分)
神に認められた者が得るという、外付けの魔力器官。手のひらサイズのブローチのような形をしているのが特徴。
神の目を持つ人間は、人を超越しないままに元素力……風、岩、雷、草、水、炎、氷のいずれかのエネルギーを引き出せるようになる。
胡桃はこの神の目に選ばれた事で、炎属性の元素を引き出す事に成功した。
神の目を持つ者は死後、神々の領域たる天空の領域に入る事が許されると伝わり、故に彼女達は“原神”とも呼ばれる。
この性質により、所持者は低ランクながら神性スキルを有する。
所持者の消滅後に神の目は元素力を失った抜け殻となるが、極めて低い確率で共鳴し、再利用出来るようになる人間も存在する。
【weapon】
槍
【人物背景】
璃月で葬儀屋を営む往生堂の77代目堂主である少女。名前は“ふーたお”と読む。
普段は笑顔を絶やさず、堂主という立場を偉ぶることもなくじゃじゃ馬のごとく遊び回っており、あちこちの人間にちょっかいを出したり驚かせてはその反応を楽しんでいる。
が、前述の通り自分の仕事である葬儀……死と生の在り方については独自の信念を持つ。
【サーヴァントとしての願い】
願いはない。マスターの為に戦うつもりだが、聖杯戦争の仕組みそのものが気に入らないのであまり気乗りはしていない。
【マスターへの態度】
放っておけない相手。生でも死でもない処にさえ喜んで身を埋めてしまいそうなその在り方には懸念を懐いている。
【マスター】
零@グッドナイト・ワールドエンド
【マスターとしての願い】
佳乃を救い、これ以上の悲劇を引き起こさない為に自分という人間が存在した事実を消し去る
【能力・技能】
略式『子哭零』。質量を操る。
本来はVRMMORPG『星界(プラネット)』の中での固有能力だが、葬者となった今も使用することができる。
普段は金髪に顔面タトゥーの青年。アバター使用時にはフルフェイスヘルメットを着用したスーツ姿の男の外見となる。
【人物背景】
ネグレクトを受けて育った青年。
親友で幼馴染の少年『佳乃』の顔を硫酸で焼かれ、部屋に閉じ籠もってしまった彼の顔を治す為に奮闘していた。
原作第17話にて“黒い鳥の王”を下し、自分自身を枝打ちする為に佳乃の部屋を訪れる直前からの参戦。
【方針】
容赦なく優勝を狙うつもりだが、如何せん絆されやすく騙されやすいのが玉に瑕。
【サーヴァントへの態度】
鬱陶しいが、今は頼れる相手が此奴しかいないのも事実。
優勝の為に必要なら乗り換えも検討したいと考えているが、自分に甲斐甲斐しく接する姿には僅かな罪悪感を懐いてもいる。
最終更新:2024年04月25日 21:39