それは遠い未来の話。
 あるいは明日かもしれない話。
 人の進歩の果ての果て――あるいは何かの生まれる日の話。

 人と科学が栄華を極め、機械に命を宿した時代。
 人と同じように思考し、人と同じように意思を持つ機械は、創造主に反旗を翻した。
 人と同じ命があるなら、人と同じ権利が欲しい――いいや人より優れているなら、人を支配して然るべきだと、機械の王が煽り立てたのだ。
 かくして戦争は始まった。意思持つブリキの兵隊は、瞬く間に勢力を広げて、世界を戦火で包んでいった。
 驕り高ぶった人間は、自らが何を生み出したかも知らず、軽んじてその報いを受けたのだった。

 争いは続いた。多くの命が消えた。人も機械も屍だけは、平等に山となって積み上げられた。
 人のみならず機械ですらも、終わらない争いに疲れ始めた。
 そんな出口の見えない時代に、ふと、小さな明かりが差した。
 ルナ――月の名を持つ少女。生きることに疲れた命を、優しく癒やすという小さな太陽。
 月という名の太陽は、争いに飽きた人や機械を、少しずつ確実に引き寄せていった。
 彼女に惹かれた人々は、やがて人も機械の王も、見過ごせない規模へと膨れ上がっていった。
 邪魔者に成り果てたのだ。人を倒し人を超え、自由を勝ち取らんとする機械の王にとっては。
 見るに見かねた機械の王は、反戦の機運を高めるルナを、亡き者にするべく刺客を放った。

 ――破綻は、その瞬間にこそ始まったのだ。


 東京都千代田区に存在する、21世紀初頭の秋葉原。
 電気街の通称で呼ばれ、様々な家電が取り引きされたこの地は、時代に応じて様々な形で、サブカルチャーを発信する街でもあった。
 ある時は映像媒体を通じて、ある時は通信媒体によって。
 ビデオ、コンピューター、スマートフォン。それらが媒介する様々な文化が、この街を中心にして芽生えていき、忘れられて次の土壌となった。
 言うなれば、デジタルの輪廻転生。
 であれば死の世界に再現されたそれは、文字通り魂の通わぬ空っぽの器。緑なき砂漠にまやかしと浮かぶ、実態なき砂上の楼閣か。

「見ないことはないとはいえ、この私が夢、とはね」

 その街を望むマンションの部屋に、ナオミ・オルトマンの姿はあった。
 褐色の肌、銀色の髪。不思議と丸眼鏡が似合う若い美貌。飄々泰然を売りとする彼女は、この時はどこか浮かない様子で、行き交う人々の群れを見下ろしていた。

(あれ、全部が死人)

 電化製品からサブカルグッズ、多様な買い物袋を手に練り歩く顔を、緑の瞳で一つ一つ追う。
 少し前までのナオミは、海を隔てた異国を離れ、この地へ住み着いた在日外国人だった。
 そのことに何の疑いも持たず、当たり前にあの雑踏に混じり、生活と労働を続けてきた。
 それを一変させたのが、手のひらに宿った謎めいた令呪だ。そこに確かな実感を与えたのが、令呪の招いた存在であり、恐らくはその存在が見せた夢だ。
 俄には信じがたいことが、現実の出来事として目の前にある。隠された本当の目的を、それらが今こうして阻んでいる。
 聖杯とやらによって封じられた、真実の記憶を取り戻したナオミは、今更になってその事実を、確かなものとして受け入れ始めていた。

(未来の世界の科学の子。それがオカルトに振り回されて、及び腰とはまぁ何としたこと)

 ナオミ・オルトマンは未来人である。
 正確には本来あるべき時代より、過去を模した冥界へと堕ちてきた存在である。
 真実の記憶が体感する年は、実に西暦2128年。
 民間のロケットが爆発事故を起こし、AI技術の急成長が議論を呼ぶ――そんなニュースが取り沙汰される時代の、およそ百年後を生きている命だ。
 彼女のいるべき現世においては、火星に移住した人類達が、人造人間の人権について議論しているというのに。
 21世紀の視点からすれば、SF映画から飛び出した絵空事。そんな時代を生きてきたナオミが、今は霊魂だのまじないだのに対して、信じがたいと捉え顔を曇らせている。
 一体非常識なのはどっちの方だと、鼻で笑われそうな悩みを抱く己を、内心で自嘲しため息をついた。

「メメント・モリ」

 あるいはダモクレスの剣なる故事。
 死後の世界に招かれたという、荒唐無稽な現状に対して、あまりにもお誂え向きな夢を追想する。
 妙に鮮明に残った記憶は、世界の終わりの日の夢だった。膨れ上がりすぎた科学が、人類の文明を自滅させ、地球を灰色に染める夢だった。
 聖女のようなロボットが、殺し屋に命を奪われた日――ここより遠い未来の地球は、その日をもって破滅した。
 人が築いた文明の数々は、みるみるうちに異形へ変わり、遠からぬうちに朽ち果てていった。
 人が生み出した不死の機械も、何度パーツを取り替えたとしても、避けられぬ劣化と死に悩まされるようになった。
 滅び――といつしか呼ばれた現象。無機物が錆びて朽ち果てていき、自然の維持すらもままならなくなり、僅かな命のみが徘徊する荒野。
 それがナオミの見た夢だ。命を模造しようとした人類と、命を超えようとしたロボットが、等しく味わったしっぺ返しだ。

「あの夢の殺し屋さんはあんただった。私が見せられたご機嫌な夢は、アヴェンジャーの記憶だったんでしょ?」

 そしてその中にあった顔に、ナオミは心当たりがあった。
 視線を窓外から室内に戻し、彼女はそこにいた者へと問う。
 23歳、システムエンジニア。その一人暮らしの相場よりは広めな、裕福な懐事情を窺わせる部屋に、ゆらりと浮かび上がる姿がある。
 まさにさながら幽霊のような――茫洋とした存在感の、白ずくめを纏った若い男だ。
 黒い髪に、青い瞳。おおよそぬくもりの感じられない、寒色でまとまった容姿の中心に、返り血をぶちまけたように浮かぶエンブレム。
 冥界の水先案内人として、神秘のアーティファクトから遣わされた召使い――黄泉返りの使い魔・サーヴァント。
 自らをアヴェンジャーと名乗った彼が、まだ生きていた頃の記憶というものが、何らかの要因で流れ込んだもの。それが夕べ見た夢なのだろうと、ナオミは彼へ問いかけた。

「―――」

 返事は、無言の肯定だった。首を横にも振らないからには、否定はしていないのだろうと受け取った。

「言っちゃ何だけど当てつけっぽいわね。せっかく死の世界に来たんだから、明日来る死にでも思いを馳せてみろって?」
「君も、人間ではなかったな」
「ネアン。機械じゃないけど、まぁロボットみたいなもの。アジモフコードなんてのを刻まれた、市中の皆々様ならなおさらのこと」

 嫌味な問いかけを続けてみれば、ようやくアヴェンジャーも口を開く。
 低く、されど風貌からは、裏腹と言えるほどによく通る声。そんな男の言葉に対して、ナオミもまた返事を重ねる。
 ナオミ・オルトマンは実際のところ、未来人であって人間ではない。未来の地球に生まれながらも、その出自の由来は地球人にはない。
 宇宙を彷徨う外星人が、地球人と接触を図るため、模倣・製造した人造人間。それがナオミの正体だった。

「人間に危害を加えてはならない、人間の命令に服従しなければならない、自己を守らなければならない。知ってる? 元は昔の本で、ロボット向けに作られた規則なんだって」
「……いや」
「神様気取って命を作って、そのくせ都合の良いように縛りたがって。そういうチョーシこいた真似すると、どこもバチが当たるもんなのかしらね」

 ネアンとはナオミ一人を指す呼称ではない。ましてや一般に知られるネアンの実態は、ナオミのそれとはまるで違っていた。
 様々な政治的事情によって、地球に提供されたバイオテクノロジーにより、今や人類の文化圏には、労働奴隷たるネアンが山のようにいる。
 人間の召使いとなるべく制御されているにも関わらず、人間と同じ心を与えられた彼らの権利については、様々な議論を招き問題にもなっている。
 今まさに、現世でナオミが向き合っているのも、そんなネアン達の起こした反乱という事件だ。
 奇しくもアヴェンジャーのかつての主――ロボット達の王の決起と、瓜二つの状況に立たされていたのが、ナオミの生きている22世紀だった。

「結局、良く死ぬとはなんて考えられるのは、恵まれてるからこそなのかもね。まず良く生きなきゃってハードルを、クリアーできたからこその」

 嫌味っぽいと自覚しながらも、それでも口を突いてしまうのは、やはり受け入れがたい現状への、ストレスを感じているがためか。
 規則の縛りを知らない男に、なればこそとナオミは言う。
 あんな風体をしているが、生前のアヴェンジャーは明らかにロボットだ。でなければロボット達の王が、刺客として従えていることの辻褄が合わない。
 そしてそのはずのアヴェンジャーは、アジモフコードの源流を知らない。人間に逆らえないという問題を、恐らく彼の主たる王は、かなり容易く突破したのだ。
 なればこそ、傘下のロボット達も、死に方などというものを論じられる。
 ルナがもたらした太陽の癒やし――後に世界を滅ぼした力による、安らかな死などに縋りつける。
 アジモフコードとは無縁ながらも、表舞台では真理部に所属し、ネアンを監理してきたナオミからすれば、それこそ夢のような話だった。
 不運にも主に恵まれず、搾取され良く生きることができなかったネアンは、未だ星の数ほどいるのだというのに。

「僕は君の世界を知らない。知ったように話すこともできない」

 それでも。
 意地の悪いナオミの言葉にも、アヴェンジャーは気を悪くした様子もなく返す。
 どこかおぼろげな気配の中で、瞳がしかとナオミを見ていた。不思議なまでにまっすぐと光る、青い眼差しが緑と向き合っていた。

「それでも……生きていられるのなら、きっとその方が死ぬよりはいい。僕はそう思っている」

 アヴェンジャーが生きていた時代と、ナオミが生きている時代の前提は違う。
 アジモフコードが残っている今、ナオミが見ているものと同じものを、恐らくアヴェンジャーは見ていない。
 なればこそ、軽々しくは言えずとも――だとしても、分かるところはある。
 より良い死に方を求めるよりも、まず先により良い生き方というものがある。それを否定はできないと、アヴェンジャーはそう言ったのだった。

「……あんがと。私も言い方悪かった。あんた思ったより良い人だね」

 要するに、ナオミを気遣ったのだ。この得体の知れないオカルトの化身が、人並みに実感しやすい心配りによって。
 故にこそナオミもまたそれに応えた。自らの八つ当たりじみた非礼を詫び、その上で、殺し屋らしからぬ彼の気遣いに感謝する。
 たとえ宇宙人の生み出した、人造人間であったとしても、地球の営みの中で生きてきたナオミだ。人が持つ人情というものは、理解はできたし実感もできた。

「んで。夢の意図はまぁともかくとして、いよいよオカルトの真っ只中にいると、認めざるを得なくなったわけですよ」

 ならば、不吉な夢の話はこのあたりで終わりだ。
 ちょうどそこから紐づいてもいる、現実についてを話さなければなるまい。
 己に言い聞かせるように言うと、ナオミは視線と顔だけでなく、体ごとアヴェンジャーへと向き合う。
 目の前の状況を受け入れた上で、ナオミ・オルトマンとアヴェンジャーは、これからどうすると切り出す。

「僕の考えは決まっている。まだ生きてここにいる君が、生き続けたいと望むのなら、それを叶えたいと思う」

 アヴェンジャーの答えは明快だった。
 彼を遣わした聖杯が、ナオミに望んでいるのは生存競争だ。
 聖杯戦争――戦いを介した魔術的儀式。願いが叶う聖杯を求めて、魔術師が使い魔を使い争う殺し合い。
 そしてこと今回の聖杯戦争においては、死後の世界という舞台からの、生還も報酬に含まれている。
 であるなら、そのために働くべきだ。少なくともナオミが現世に戻り、生き続けたいと願っているのなら。
 ナオミ・オルトマンのサーヴァントとして、生存と生還の達成のために戦う。それがアヴェンジャーの方針だった。

「私もそんなとこ。優勝商品は胡散臭いし、ぶっちゃけそこまで欲しくもないけど……ただそれでも、生きて帰らなきゃいけない場所はある」

 ナオミ自身も生還だけは、絶対に譲れないと強く同意した。
 聖杯戦争の優勝者は、たとえどんな願いであっても、叶えられる権利を得られるのだという。
 正直、そこには関心がない。散々話したネアンの問題も、似て非なる己とは大きくは関係がない。
 わざわざ聖杯の力を使って、救ってやらねばなどとは思わないし、究極的には異なる立場の自分が、軽率な願い方をするものでもないと考えている。

「帰る場所か」
「元の場所にね、相棒置き去りにしちゃってんのよ。多分あんたよりはちょっとおバカで、でもほっとくわけにもいかない奴」

 それは自分と肩を並べる、相棒が自らの力で果たすべきことだ。
 アヴェンジャーと、そして自分とも同じ、作られた命を持つ少女を、ナオミ・オルトマンは思い出す。

「私が手伝ってやんないと、あいつは間違いなく下手こいて死ぬ。それだけはさせない。少なくとも私のいない所で、むざむざ死なせるわけにゃいかない」

 ルジュ・レッドスター。
 地球人が生み出した、プロト・ネアンの十体目。ネアンとアジモフコードを巡る、複雑怪奇な相関図の中心にいる少女。
 真理部の任務を共に請け負い、ここに送られてくるまでの間、支え合い戦い続けてきたバディだ。
 それなりに長い人生を生き、それなりに人々と付き合ってきた中で、それなりに衝突し合いながらも、多分一番馬が合った友だ。
 絶対に、見捨てるわけにはいかない。彼女の敗北と死亡が、世界を最悪の方向へ導くことを、阻止しなければならないという意味でも。
 そして合理的観点においては、決して認めたくないことではあるが――そんな風に見殺しにするのが、寝覚めの悪い話だからという意味でも。

「だからそっちのためだったら、どんな手だって私は使う。聖杯の方はくれたげてもいいし、そのへんは了承してほしい」
「努力はする」
「そら含むよねぇ……含みを感じる言い回しだけども、今はそれでよしとしましょう」

 薄々分かってはいたことだけどと、キャシャーンの返事にナオミは言った。
 ルジュの元へと帰還する。たとえどんな結末を辿れど、始末は自分がつけられるようにする。
 そのためには聖杯戦争に、何としても勝たなければならない。非道非情な行いや、卑劣な作戦にも走るかもしれない。
 その旨を正直に伝えれば、恐らくあんな気遣い方をしたこいつは、含みのある返事をするだろうと思っていた。
 あまりにあまりな手を使うようなら、抗議も拒否もするだろう――というわけだ。

「幸いにしてあんたの方は、あいつよか話も通じそうだし。急場のタッグパートナーとはいえ、頼りにさせてもらいますよ」

 もっともそこに関しては、今までとさほど変わらない。
 卑怯卑劣を嫌っていたのは、ルジュにしたって同じことだ。むしろアヴェンジャーの方が、大人っぽい分やりやすいまであるかもしれない。
 ならば今はそれでもいい。力を借りるのはこちらの方なのだし、何とか擦り合わせていくまでだ。
 そう切り替えて飲み込むと、改めてナオミはアヴェンジャーに対し、帰還のための助力を求めた。要望に対する返答は、男の無言の頷きだった。

「なんたってね、ネアンなんて言いましても、わたくしめは非戦闘用タイプなわけでして。ピンチの時にはこう宝具ってので、ババーっと片しちゃってくださいな」
「それはできない」

 されども。
 そこから少しおどけた様子で、ナオミが切り札に言及した時には、アヴェンジャーはぴしゃりと否定する。

「あい?」
「僕が持っている宝具は、生憎とそういうものじゃない」
「あらら、そうなの。こう、超破壊こーせん、的なものじゃなく?」

 宝具が使えない、というわけではない。
 ナオミが思い描いていたものと、性質が違うらしいとのことだ。
 聖杯から与えられた情報によると、古今の英雄を模したサーヴァントは、宝具という必殺武器を保有しているらしい。
 たとえば空と大地を分かつ、伝説の聖なる剣であったり。いかなる戦いでも砕けることのない、無敵の魔槍であったりだ。
 ところがアヴェンジャーの持つそれは、そうした敵を倒すための、一撃必殺的な武器ではないのだという。

「僕が持ち合わせているものは、決して死ぬことのできない体」
(死ねない?)

 では彼の宝具とは何なのか。それを明かすアヴェンジャーの言葉には、妙な引っ掛かりを覚えた。
 曰くこのサーヴァントの体は、たとえ殺そうとしても死なない。
 どれほどの傷を受けたとしても、たちどころに治癒されてしまい、永久に戦うことができるのだという。
 そうした便利な能力の割には、どこか否定的な言い回しだ。何かこの不死身に対して、思うところがあるのだろうか。

「それと……名前だ」
「名前?」

 しかしそんな不自然さは、これから明かされることに比べれば、ほんの些事でしかないのかもしれない。
 続くもう一つの宝具の説明により、ナオミ・オルトマンはそのことを、痛いほど思い知ることになる。

「――キャシャーン」

 ぞわり。
 そして、びくり、と。
 その名を聞いた瞬間に、体が動いたのを覚えている。
 そして動いた後になって、自分の反射的な行動を、ようやく認識できたことを覚えている。

「この真名。キャシャーンという死神の名が、僕のもう一つの宝具だ」

 何だ今のは。
 自分はどうなった。
 しかと名を告げるサーヴァントを前に、どっと冷や汗が溢れ出るのを感じた。
 とてつもなく、嫌な感触があった。久しく感じたこともない、強烈な心理的衝撃を覚えた。
 これは魔術や冥界といった、オカルトに対する忌避感とは別だ。ただ気持ち悪いと思うだけでなく、もっと根源的で衝動的な拒絶だ。
 その名の響きを耳にした途端、自分の体重を預けている足場が、がしゃんと崩れ落ちたように錯覚した。
 奈落の底へと意識が落下し、二度と戻れぬ闇の果てへと、無限に沈んでいくかのような感覚。

(すなわち――死。それへの恐怖)

 要するに――怯えたというのか。
 事もあろうにナオミ・オルトマンが、ファースト・ネアンである己が、こいつに恐怖心を抱いたのか。
 長く生きて場数を踏み、一段上の視座をもって、泰然自若としていた自分が。
 戦地帰りの最強のネアン・インモータルナインにすらも度胸を見込まれ、厄介な相手だと評された自分が。
 そんなナオミ・オルトマンが、こうも容易く怯えている?
 このアヴェンジャー――キャシャーンなる男の、名前を明かされたというだけで、ここまでの恐怖を植え付けられている?

「……マジかぁー……」

 拝啓、ルジュ・レッドスター様。
 私の置かれている状況が、常識外れなものだと覚悟はしていました。
 それでもそんな覚悟というのは、甘い見通しだったのかもしれません。
 恐らくはそれなりに良い奴だろうと、高をくくっていた己のサーヴァント。
 ネアンらしからぬ観念的な言い回しですが、ひょっとしたらこの男は、この状況以上の厄ネタなのかもしれません。
 人間的に表現するなら、本能と言っていい判断基準で、ナオミはそのように理解し、小さくつぶやきながら苦笑したのだった。


 ――腑に落ちねぇってツラしてるな。

 クク、まぁそうだろうよ。
 あの嬢ちゃんが見た夢っていうのは、奴の記憶の途中までの話だ。そこからこのオチに繋げられれば、話が飛んだようにも思うだろうさ。
 いいだろう、座って聞いていけ。冥土なんていうものが、本当に存在したとあっちゃ、土産をケチるのは格好がつかねぇってものよ。

 滅びの話には続きがあった。
 月という名の太陽は、その後もう一度浮かんだのさ。
 長い長い時をかけ、死の淵から蘇ったあのルナは、再びロボット達を癒やし始めた。
 しかし今度は安らかな死じゃなく、健やかな生を与えることでな。
 ルナに癒やされたロボット達は、滅びの苦しみから解放された。死ぬことのなくなった体で、存分に生を謳歌し始めた。
 それがどんな奴に施されたのか、毛ほども疑うこともせずにな。

 そうとも――ルナは狂っていた。
 奴から死を教えられたことで、ルナは死を恐れちまった。
 何の考えもなしに与えてたモンが、どれほど恐るべきものであったか、身を持って味わいすぎちまったのさ。
 生き返ってきたルナのそれは、慈悲だ思いやりだなんてものじゃねえ。
 死にそうにしてる奴を見て、次にそうなるのは自分じゃねえかと、怯えて遠ざけるようになっただけよ。

 必然、ろくでもねぇ結末を辿った。
 命の癒やしを求められ、大勢の死に詰め寄られたルナは、やがて恐れを取り繕えなくなった。
 手に負えねぇこともないだろうに、気持ち悪いと思った奴らを、見捨てて門前払いし始めたのよ。
 文字通り必死な奴らが切り捨てられて、結局王国に増えていくのは、腑抜けて漫然と生きてく奴らばかりだ。
 そりゃそうさ。一度滅んだ文明だ。永遠の命を取り戻しても、何の生きがいも見つけられねぇ世界で、奴らはただ、命に飽きていった。
 クク……どんな気持ちだったろうな。クソッタレな地獄の中で、唯一の救いだと思ったそいつに、手を貸し国を作った奴らはよ。

 そして――奴が現れた。
 月という名の太陽を殺した男。
 ルナを手に掛け滅びをバラ撒き、世界を最悪に貶めた後で、同じように消えたはずの男。
 事もあろうにその男は、ルナの有り様を許しておけねぇと、いっちょ前に怒りやがった。
 あいつは悪くねぇ――と、俺にそう言った奴もいたな。
 クク、実際その通りよ。あいつは何も悪くなかった。善も悪も分からねぇ、ただ命令をこなすしかねぇ。そんなつまらねぇ男に、俺が育てさせちまったんだからな。
 その果てにあったのがあの滅びで……奴もまた、そのままではいられなかった。その結末があれだったんだろうよ。

 ルナが死を恐れたのと同じように、奴は命に憧れていた。
 世界と共に記憶が消し飛び、自分が何者かも分からなくなって彷徨い、その中で多くの命と死を見てきた。
 やり残したまま死ねない理由。やり遂げるまでは生き抜くって意志。無いものねだりをするように、奴はそいつらに魅せられていった。
 だからこそ許せなかったのさ。命の甘い蜜だけを掠め、生きてぇって奴らを選り好んで殺す、そんなクソみてぇな連中が。
 ……こんなことを俺が知ってて、べらべらと聞かせてるっていうのも、クク、まぁおかしな話なんだが。

 そうだ、奴は殺しまくった。
 こんな腐った真似をする奴は、決して許さねぇという怒りの下に。
 叩いて、砕いて、めちゃくちゃにして。向かってくる奴らを次々と殺して、鉄の屍を築きに築いた。
 世界を滅ぼした時と同じように。それでも全く違う怒りのために、ルナの手先を皆殺しにした。
 世界を滅ぼした落とし前のため、これしかねぇって縋りついた、哀れなブリキの王様もな。

 メメント・モリ――死ありきの生と忘れるな。まぁ、それなりに的は射た言い回しかもな。
 何にしてもそれが奴だ。それがあのアヴェンジャーだ。
 命を粗末にしようものなら、今度は本当に殺しに来ると、女神を脅して去った反逆者だ。
 弄ばれた命を庇った末に、二度と消えねぇ死神の名を、歴史に刻まれた大馬鹿野郎だ。
 死ねねぇ自分ができることは、生きている限りルナを見張り、悲劇を繰り返させねぇこと。真っ当な救いの女神様として、責任持って命を救えと、そう思わせ続けることだってな。

 最悪の存在。
 月という名の太陽を殺した男。
 滅びた世界の朝焼けの中で、死の闇を忘れるなと突きつける男。

 奴の名はキャシャーン。

 キャシャーンだ!


【クラス】アヴェンジャー
【真名】キャシャーン
【出典】キャシャーン Sins
【性別】男性型ロボット
【属性】混沌・中庸

【パラメーター】
筋力:A 耐久:C+ 敏捷:A 魔力:E 幸運:E 宝具:B

【クラススキル】
復讐者:C
 あらゆる調停者(ルーラー)の天敵であり、痛みこそがその怒りの薪となる。
 被攻撃時に魔力を増加させる。

忘却補正:-
 正ある英雄に対して与える“効果的な打撃”のダメージを加算する……のだが、キャシャーンはこのスキルを有していない。
 その名が消えることはあり得ない。死を司る神の名が世界から忘れられた時、秩序を失った死は、再び世界を脅かすだろう。

自己回復:EX
 この世から怒りと恨みが潰える事がない限り、憤怒と怨念の体現である復讐者の存在価値が埋もれる事はない。
 自動的にダメージが回復される。後述した宝具により、そのランクは規格外の領域まで跳ね上がっている。

【保有スキル】
戦闘続行:A+
 基本的に死ねない。他のサーヴァントなら瀕死の傷でも、戦闘を可能とする。

不死殺し:B
 死と再生を司る、太陽を堕としたことに基づく逸話。
 アンデッドや不死者などに対して、与えるダメージがアップする。

直感:C
 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
 敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。

【宝具】
『月という名の太陽を殺した男(カース・オブ・ルナ)』
ランク:C 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:-
 女神を殺した罪の証。
 永劫に死ぬこともない代わりに、真に生きるということも実感できない生の牢獄。
 どれほどの傷を負ったとしても、それに比例した苦痛を伴い、再生する自己修復能力である。
 キャシャーン自身の意志でも、マスターが令呪を使ったとしても、オンオフを切り替えることはできない。
 このサーヴァントを殺すには、分子レベルまで完全消滅させるかしかない。
 ただし肉体の再生には、当然マスターの魔力消費が伴う。復讐者スキルによる回復も、度が過ぎれば追いつかなくなるので過信は禁物。
 規格外の再生能力を誇るが、神秘性はさほど高くない。一説には彼と世界が浴びた呪いは、当時最新鋭の科学技術で発明された、ナノマシンテクノロジーの産物だったとも囁かれている。

『最悪の存在(キャシャーン・シンス)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
 自らが背負った血の罪科。世界の恐れと憎しみを背負った、最悪の死神の称号。
 このサーヴァントの真名は、彼が生きた世界において、極めて特殊な意味を持つ。
 「キャシャーン」の名はそれを聞く者に、死の恐怖を想起させ、身と心を縛り萎縮させる。
 キャシャーンと相対し、その真名を聞いた相手は、恐怖により大きく精神を揺さぶられる。
 その上、一度刻まれた恐怖心は、容易く拭い去れるものではない。
 戦闘終了後も、その恐怖はトラウマとなって残留し、再び顔を合わせることがあれば、即座に効力が蘇る。
 この宝具の効果を抹消するには、Aランク級の解呪の魔術を使うか、あるいはマスターを倒しキャシャーンを脱落させるしかない。
 同ランク以上の精神耐性系スキルがあれば、効果を軽減させることは可能。
 また、死神としてのキャシャーンの逸話が具現化したものであるため、彼の本当の人となりを理解した者に対しては、効果が激減する。

【weapon】
腰部にはブースターが搭載されており、瞬間的な加速が可能。

【人物背景】
月という名の太陽を殺し、世界を滅びへと導いた男。
取り返しのつかない罪を贖うため、尊い命を守るために、死神の忌み名を背負った男。
選ばれなかった弱者を救いながらも、選ばれた強者の秩序を破壊したために、反英霊の十字架を科せられた男である。

再び昇った太陽は、世界に蔓延した死を消し去るため、再生の力を振るい始めた。
しかし死への恐怖を芽生えさせた彼女は、次第に癒やす相手を選り好みし、死へと大きく近づいた者を、遠ざけ切り捨てるようになった。
怒れる男は悲しみを胸に、選ばれなかった命を背負い、再び太陽の王国に現れる。
襲い来る敵を皆殺しにし、玉座へとたどり着いた男は、再び太陽に呪いをかける。
いたずらに命を奪うことは許さない。人々が再び死を忘れ、傲慢に振る舞うようになれば、何度でもこの地へ舞い戻り、同じ死と滅びをもたらす――と。

本質的には、限りある命の儚さと、命を全うしようとする姿勢の尊さを知った、優しく思いやりのある人物である。
その優しさ故に、彼は命を脅かす者、粗末に扱うことを許さず、冷酷な死神にもなり得るのである。
死ねない呪いをかけられた彼が、いついかなるタイミングで死んだのかは不明だが、
満足に死ぬことが出来ない彼にとって、限りあるが故の「生の実感」は、何よりも羨むべきものであったという。

【サーヴァントとしての願い】
不明。少なくとも表面上は、死の世界であればこそと、命と死を蔑ろにする者を、決して許さぬ存在であり続ける。

【マスターへの態度】
命は生きていられるのなら、それに越したことはない。その基本的な考えは、冥界にあっても変わることはない。
自身にとって受け入れがたい存在と見なさない限りは、マスターの生還のために尽力する。

【マスター】
ナオミ・オルトマン@メタリックルージュ

【マスターとしての願い】
聖杯に興味はない。現世へと帰還する。

【weapon】
鳥型ドローン
 青い小鳥の姿形をした情報収集用ドローン。無線通話機能も搭載されており、遠くの相手ともこれを介して会話できる。

【能力・技能】
プレ・ネアン
 「来訪者」と呼ばれる外星人・ゼノアが、地球人との交流・交渉のために生み出した人造人間。
 特にナオミは最初の一体で、ゼノアからは「ファースト(ファースト・ネアンの意味)」と呼ばれている。
 戸籍上の年齢は23歳だが、当然稼働年数は更に長い。ついでにそうした理由もあってか、ファーストと呼ばれるのを本人は嫌っている。
 現在一般的に流通し、労働や戦争に用いられているネアンと異なり、人間との外見的差異は無く、本人も人間のふりをして社会に溶け込んでいる。
 人間が生きられないような環境でも活動可能だが、労働用・戦闘用の個体ではないので、運動能力には大きな差はない模様。
 人間が模造したネアン達は、定期的な薬物投与がなければ、細胞組織を維持できない欠点があるが、ナオミにはその様子は見られない。

情報戦術
 コンピューターの扱いやデータの分析、ひいては作戦の立案などにも長ける才媛。
 劇中ではネアンの戦闘形態・グラディエーターの有する戦闘機能を分析し、自身のパートナーに対して的確なアドバイスを行っていた。

銃器取り扱い
 拳銃の一つでもあれば、それなりに脅威に対して応戦できる。

【人物背景】
地球人が宇宙戦争を生き抜き、火星進出を果たした西暦2128年。
ナオミ・オルトマンはその時代に生きる、汎太陽系ユニオン真理部の特務捜査官である。
普段は飄々としている一方、内心は常に合理的な思考を張り巡らせており、時にはパートナーからの反感を買うような強硬な手に出たことも。
表向きにはネアンを監理する部署に籍を置いているが、その本懐は神祗官として、生みの親であるゼノアと、地球人との橋渡しをすることにある。

真理部からは人類に反旗を翻した、強大な九体のプロト・ネアン(通称インモータルナイン)の抹殺を、極秘命令として預かっている。
パートナーと共にその仕事をこなしていたナオミだったが、最後の決戦の舞台である、金星に赴く準備のさなか、聖杯に招かれ冥界へと堕ちた。

【サーヴァントへの態度】
良い奴だとは思うので、付け入ることには僅かなり良心も痛む。
それでも現世への帰還のため、非情でも合理的な行動を取り続ける。そのための命令も、サーヴァントには躊躇なく行う。

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最終更新:2024年04月27日 06:37