呼吸ができている。頬をつねっても痛みはある。
辿った思い出の総てを覚えている。
つまるところ、今回は生き永らえてしまったということだろう。
生徒達を全員逃がす殿の役目は果たせたとはいえ、きっと怒られる。
たぶん、擁護してくれる生徒はいない。
……お説教は嫌だ。
キヴォトスで教職を務めている『先生』の溜息はいつもより深い。
しかし、今回の生き永らえの代償は大きい。
一組。いうなれば、一人しか生き残れない戦争への強制参加。
ふざけた奇跡だ。善悪の是非もなく、生きる為には殺し合うしかない。
けれど、そんな不運を踏まえた上でも、自身が生きているのは奇跡である。
無くなったはずの命が維持できている、なんて。
戦争に参加させる為の一時的な奇跡が起こったのだろうと先生は思った。
アトラ・ハシースの戦いで総てを終わらせ、箱舟の爆破と共に自らが死にゆく瞬間――別の奇跡が割り込んできた。
どれくらい時間が経ったのだろう、どれくらい世界を渡ったのだろう。
先生にとっては数瞬であったけれど、気づいたら、この世界にいた。
聖杯戦争をする為に与えられた偽りの人生、本来辿った歴史とは違った自分。
そして、死者という概念に縛られた、不自由な世界。
勿論、元の世界のように人間はいるけれど、それは生身のオリジナルではなく。
――最後まで、生き抜いたのに、これかあ。
先生にとって、自分の世界はあの世界だ。
争って、苦しんで、喪って、行き止まりに何度ぶつかったかわからないけれど、確かに勝ち取ったものがある、あの世界だ。
無論、このような人生で、満足はしていないし、後悔は腐る程ある。
生きたい。やりたいことだってたくさんあった。
それでも、世界の為に、生徒達の為に。自分がやらなくてはいけなかった。
例え、世界の為に死ななくてはいけなくても。歩んだ旅路は自分だけのものだ、と。
落ちていきそうなくらい澄み切った青空は元の世界と同じだった。
どこまでも、どこまでも、変わらないものとして通じ合っていた。
「死人でできた道を歩くには、我ながら面の皮、薄すぎたね」
生きたい、死にたくない。その思いは確かにある。それでも、他者を踏み台にして願いを叶える程、強欲になれなかった。
それが与えられたものだとしても、人を殺して願う奇跡は、いらない。
世界の為とか、誰かの為ならともかく。自身の為にそんな奇跡は望めない。
だからこそ、奇跡を求めないという顛末はある種、当然だった。
無論、わかっている。
大抵の道は死人云々の理屈を抜きにしても、綺麗なものではない。
先生が殺さなくとも、戦争はたぶん回るだろう。
自分の抵抗は無駄な足掻きだ。
――まさか、世界も、人間も、全部救えるとか思ってない?
切り捨てたくない。自分自身を滅ぼしておきながら、今更何を、と。
魔女を倒した時だって、辿るはずだった未来の自身を倒した時だって。
何かを得るには何かを捨てなくてはいけない。
それでも、先生は生徒と自分を秤にかけて、世界を選んだ。
そして、今この世界で捨てるべきものは自分の生。ただそれだけの話だった。
「思っていない。でも、最後まで、諦めもしない。例え、誰も救えなくても、私がそうしたいからそうするんだ。
そうだよね、私のサーヴァント――『■■■』」
「………………………まだ、その名前で呼ばれるなんてね」
■
――――奇跡の一握、あまねく絶望の始発点。
■
世界は奇跡に包まれている。
ちょっとした奇跡、だいそれた奇跡。
けれど、総量は決まっている。総てを照らす奇跡は絶対に存在し得ない。
誰かの絶望が始発点となり、波紋を生み、伝播する。
ご都合主義――デウス・エクス・マキナは絶望が好きなのだ。
誰かが苦しみ、嘆き、叫ぶ。終われ、終われ、終われ、と。
こんなはずじゃなかったと悲嘆の結末を迎えるモノ。
そして、そんな絶望を覆したい、あまねく始発点を奇跡で塗り替えたい。
「奇跡に縋らないといけない、それしか道がない人の存在を、貴方は理解できていませんね」
「理解ってるさ」
「絵空事を口にした人の結末は総じて、破綻だ。
断言できます。誰の奇跡も叶えない、そんなものは、きっと認められない」
二人は語り合った。世界について、戦争について、願いについて。
聖杯戦争とは、願いに直走る以外の行為は不要。
ただ、疾走れ。焦がれ。歪まず。
正義とは? 過去とは? 現在とは?
総て、切り捨てる。願いはそうさせるだけの重みが在る。
「……踏み躙る覚悟も恨まれる責任も、理解している」
「妥協する、とは言わないんですね」
「できないことを口にするもんじゃないよ」
「行動の可能不可能に関わらず。
人の争いは止まらない。英霊の願いは揺らがない。この戦争は世界が死滅で溢れるまで続く」
淡々と。感情の籠らない言葉を紡ぐ少年の手には、拳銃があった。
たくさんの、人も悪魔も天使も、ありとあらゆる総てを撃ち抜いた暴力だ。
銃口は主へと。一切の澱みがなく、指にかかった引き金は秒で引かれるだろう。
「貴方は言った。“奇跡”を認めない、と」
先生は語り合いの際、聖杯戦争≪奇跡≫を終わらせる、と。
この世界の存在を否定して、抗うことを選んだ。
「奇跡を謳う世界にいながら、奇跡を否定する。
それは、矛盾を孕んだ欺瞞です。到底、他の主、英霊を説得できないでしょうね」
「だろうね。追い詰められた人間は、奇跡を否定できない。
未練と再誕を抱いた英霊は、奇跡を跳ね除けられない。
私が招かれたのは…………バグかな。絶対は絶対に有り得ない、どんなものでも予定外はあるものさ」
正直、少年はどちらでもよかった。
善良な参加者を鏖殺することも、悪質なる参加者の野望を挫くことも。
今となっては、もう何も感じない。それだけのことをしてきたし、されてきた。
何ならコイントスで適当に決めてもいいくらい、少年は聖杯に興味はなかった。
ならば、何故主へと銃口を向けているのか。
きっと、気まぐれだ。聖杯が必要な人間が、願いを捨てるということが理解できなかったのだ。
この主には未来がない。奇跡を勝ち取らない限り、死ぬ。
その上で奇跡を否定するのならば、ここで討ち取ってしまっても問題ない。
「純粋に疑問だったんです。何故、貴方自身の願い――生きることを諦めてしまったのか」
「諦めてなんかいない。確かに、奇跡を用いたら、私は生き残れるかもしれない。
ただ、そんな自身を優先した道を、許容できないだけだ」
銃口を前にして、主は目を逸らさなかった。
曇りない純粋な目だ。かつては抱いていた、過去の自分の目だ。
「総てを救うことはできないだろうし、私は志半ばで死ぬことになるだろうけど。
それでも、奇跡の否定を、私は諦めない」
もしも、このような強い人間がいたら。少年の結末も変わっただろうか。
導き手は総てが狂っていた。世界は犠牲を強いてきた。
世界がおかしいのだから、生き残るモノも、おかしいに決まってる。
「それに、聖杯の恩寵が良質だなんて、私は信じちゃいないんだ。
奇跡が生んだ波紋が他の可能性を潰すかもしれない。
誰かの涙が無くなる代わりに、もっと多くの涙が生まれるかもしれない」
だから、久しぶりに見る“人間”が眩しかったのか。
銃口はいつの間にか地面へと向いていた。
これはそういう脅しが効かない人間だ、するだけ手間の無駄である。
「これは私のエゴ≪グランド・オーダー≫だ」
主の言葉は本気だ。死ぬまで、否。死んでも曲がらない。
数秒か、数分か。沈黙の後、少年は言葉を口にした。
「…………世界か、自分か。僕が変えられるのはどちらかだけだった」
少年の言葉は、かつての強いられた選択だ。
委ねられた手は震えていたのか、それすら覚えていない。
ただ――――順番が来たのだ。
後悔はない。間違ってはいない。フローチャートで示された道は僅かだった。
無限の可能性なんてありふれた言葉はなく、誰かが損をしなくてはいけない世界だった。
「僕は力があったから、前者を選んだ、確実に変えられる絶対を求めた。
貴方は力がなかったけれど、両方を選んだ。変えられるかわからない不確かさに懸けた」
少年が辿った道程は控えめに言って、地獄だった。
母親は殺された。思い人は灰と消えた。親友は裏切った。
全部殺して、全部救った。ただ一つ、その全部の境界が曖昧なのが、世界だ。
世界は――――? 自分は救えたのだったか。
この拙い頭に残っているものは――何もない、空っぽの結末だった。
そして、答えはもう泡沫となって消えてしまった。
「あの時、選ばなかった選択肢を貫いた結果、どうなったのか。知りたくなったんだ」
もしもの話だ。
世界と自分。あの日、あの時、地獄が顕現した瞬間。
両方を選んでいたら、と。
「この戦争の終着点までにはわかるさ。それができるだけの強さを君は持っているだろう?」
「勝って進むか、負けて下がるか。貴方が選択を決めた以上、僕も選びます。
今だけは、この戦争の間だけ。貴方の“生徒”としてね。『先生』」
座に持ち帰れるかすらわからない最果てを、見てみたい。
人間性を摩耗させた英雄――『
ザ・ヒーロー』に蘇った興味は、一つの始発点を生み出した。
「――――奇跡は誰にも渡さない」
【クラス】
■イ■ァー
【真名】
ザ・ヒーロー/■■■@真・女神転生
【パラメーター】
筋力A 耐久A 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具A
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。悪魔を率いて世界を駆けた英雄の姿が此処に在る。
対英雄:A
英雄を相手にした際、そのパラメータをダウンさせる。Bランクの場合、英雄であれば2ランク、反英雄であれば1ランク低下する。
彼が相手にしてきたのはいつだって誰かにとっての英雄《大切な人》だった。
【保有スキル】
英雄:A
精神干渉も致命傷も総て踏み越える。その殺戮に一切の緩みなし。
それが英雄の極点であり、最果てである。
英雄でありながら、英雄を殺してきた彼は、たった一人になった。
精神干渉の無効化、戦闘続行といったスキルの複合体。
【宝具】
『悪魔召喚プログラム』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:1
悪魔の召喚を可能とするPCプログラム。
高度な知識と莫大な霊力、そして難解な魔法陣の構築や生贄の準備。
これら総てをすっ飛ばして、コンピューターの知識があれば誰でも悪魔を呼び出せる代物。
呼び出した悪魔が言うことを聞くか知らないけれど、悪魔を使いこなす方法を
ザ・ヒーローは熟知している。
『救世主の始発点/救世主の終着点』
ランク:A~E 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:1
生前の
ザ・ヒーローが使った武器、防具の総て。
他者に譲渡も可能だが、彼以上に使いこなせるかは別問題。
【人物背景】
護って、死ぬはずだった子供。
【サーヴァントとしての願い】
自分が選ばなかった道を征く彼を見てみたい。
【マスターへの態度】
『先生』
【マスター】
先生@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
奇跡は誰にも渡さない。
【能力・技能】
卓越した戦術考案、不屈の意志。
【人物背景】
護って、死ぬはずだった大人。
【サーヴァントへの態度】
『生徒』
最終更新:2025年05月11日 01:00