世界は最初から間違っていて、始発点はとっくにずれていた。
少年はふらりと倒れかけた身体に喝を入れて、入れて――どうしたらいい。
とっくに出したはずの答えがわからなくなっていた。
自分が何をしたらいいのか、全くわからない。
どうしたら目的を果たせるのか教えてもらっていない。
一緒に戦っていた仲間は離れ離れになった。生きているかどうかすらわからない、もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。
護りたかった友達はあの島で死んでいった。自分達を助ける為に、犠牲になる道を選んでしまった。

「たすけてください」

 身体を張るべきは自分だった。最初に死ぬべきは自分だった。最後に残ってしまったのは自分だった。
そこで、歯車はもう取り返しがつかないくらい狂ってしまった。
抗うことしか知らない、誰かを助けることなんてできやしない。
残ったものは銃とボロボロの身体だけ。
握り締めた拳を誰に振るえば、友達は笑ってくれるのか。
それとも、拳を緩めて誰に手を伸ばせば、助けてくれるのか。
今更の話だ。全部失ってから気づく愚かな子供の順当な結末だ。

「たすけてください」

 これは報いだ。
世界が辛いから助けてください。自分のことはいいから、仲間だけは。『中川典子』だけは許してください。
罪は総て、自分が背負います。痛いことも、苦しいことも、寂しいことも、全部。
その言葉をもっと早く口に出せたら、誰か助けてくれただろうか。

 ――そうだな。頼りになる大人がいたなら、きっと。

「たすけてください」

 譫言のように吐き出される言葉は、疲れ切った子供の声だった。
とてもじゃないが、銃なんて持てない、くたびれた少年の姿だ。
自身はどうなってもいい、仲間だけは。繰り返すように願ってどれだけ経ったか。
歩く、倒れる、立ち上がる、立ちすくむ、倒れる、立ち上がれない。
顔にへばりついた泥と降りしきる雨が、少年の気力を根こそぎ奪う。
何でもいい。もしも、この世界を見ている神様がいるならば。
奇跡をください。仲間を助けてください。未来を与えてください。

 ――それ以外、何も望みませんから。

 最後まで、自分のことを度外視にして。少年の意識は闇に落ちていった。








 ――ずっと、後悔してたんだ。

 七原秋也の言葉には失望が溢れ出しそうだった。
それは他者に対してではなく、自身――妹への懺悔。
そして、分かり合えぬまま死別したクラスメイトへの追悼。
あの日の自分を夢を見るたびに思い出す。愚かで、無様で、革命家として失格な自分の姿を、思い出す。
クラスメイトを救えなかったのは自分だ。手前勝手な衝動在りきの行動で、絶望と向き合っていなかった。
プログラムに対して、本気じゃなかったから、皆死んだ。

「わかってんだ、わかってんだよ。人、殺して……世界潰して、最後にクラスメイトを蘇らせた所で、何の意味もねぇことぐらい。
 川田も、杉村も、三村も喜んじゃくれない、当たり前だろ。俺が喜んでも、あいつらはそんな人間じゃない」

 あの日からずっと、悔やんでいる。プログラムを生き抜いてから、革命の為にずっと生きてきた。
失ったものは戻らないけれど、少しでもまだ見ぬ誰かへと返せるように。
革命を企てたのだって、誰かの人生を後押ししたかったからだろう。
革命の為だけに生きる。それが秋也の新たな夢となった。

「それでも、願っちまった。あの日、俺がもっと行動していたら、さ。
 俺が少しでも、クラスメイトを気にかけていれば、誰かは助かったはず、俺が助けられたはずだって、なぁ?」

 それでも、喪ったものは喪ったままだ。
どれだけ取り戻そうと足掻いても、新しい居場所を作り上げても。
あの陽だまりは、クラスメイトが皆揃っていた居場所は元には戻らない。
その時、気づいてしまうのだ。どうして、自分の周りはキラキラ輝いていたのに。
自分だけが醜くくすんでいるのだろう。
秋也は閉じていた眼をゆっくりと開ける。
独白には同じく悔恨が籠っていた。たくさんのものを失って、擦り切れて、受け入れた諦観。
疲れ切った子供の姿だった。
遠き日の残響。革命の旅路。破綻したハッピーエンド。
それら総てを乗り越えたはずだった。
されど、後悔が、喪った時間が、少年の失敗が総て取り戻された訳ではない。

「迷って、苦しんで。挙句の果てが、聖杯戦争――漫画みてぇな物語の登場人物か。笑えるな」

クソッタレな世界はどこまでも地続きで、自分を追い詰めるものらしい。
歪んでいた日常だった。統制と規制による縛りが真綿のように首を絞める国だった。
それでも、自分達の世界だ。
例え、それがいつ壊れるかわからないものだとしても――青春として過ごしてきた。
秋也は子供だ。まだ友人達とバカなことをやって、ゲラゲラと笑い合う下らないものを是とするだけの青臭いガキだ。



「嫌だねぇ、戦争って。勝手に呼ばれて強いられて、プログラムと何ら変わりはしねぇ」

 そんな子供を、無理矢理に大人にさせたのも、自分達の世界だ。
喪失と諦観と決意を植え付けた、こんなはずじゃなかった未来だ。

「ギター弾いてライブバトルとかの方がよっぽど文化的だと思わないか、アーチャー?
 何でも願いが叶う、どんな奇跡も叶う黄金の盃ってのも胡散臭いし。酒でも入れて乾杯したらどうなるんだか」
「知るかよ。グダグダと軽口をペラ回しやがって。んなこと言っておきながら、奇跡が欲しいんだろ?
 そりゃあ何でも叶うもんなぁ、ゴミカスの屑人間が抗える訳ねぇんだよ」

 貴方は戦争に選ばれた。勝ち残れば、黄金の奇跡――何でも願いが叶う権利を得ることができます。
その迎え入れを前に、秋也の表情は落ち着いていた。
笑いながら聖杯を揶揄する秋也の言葉は軽く、表情もすまされていた。
けれど、眼だけは笑っていなかった。隠し切れない嫌悪感がにじみ出ている。
相対する赤の少女はその様を見て呆れているのか、侮蔑しているのか。
どちらにせよ、少女にとって秋也はゴミ同然の肉袋だ。

「……履き違えるなよ。はっきり言うぜ、聖杯も奇跡もくっだらねぇ。強制された道程を歩かされる時点で、黄金もくすんでるんだよ。
 お前が言うゴミカスの屑人間様でも、選ぶ権利はあるだろう?」

 失くしたものは元には戻らない。
殺さなくちゃ生き残れない――世の理となったプログラム。
蔓延した諦観は信じるという簡単なことさえも奪い去った。
それすらできなかったクラスメイト。それをするには遅すぎた自分。
たった二人しか生き残れなかった惨劇。
全部、起こってしまった事実で、今更の話である。

「お前はムカつかないのか? 何の因果か知らないけど、勝手にあてがわれて、勝手に戦えと強制されて。
 奴隷だぜ、立場的には。幾らでも令呪で命令してやんよってなったら終わりだ」
「はん、珍しく同意見だな……してみたらどう、令呪に願って、やってみろよ。勿論、する前に殺すけど」
「わかってることを聞くなよ。自殺志願者ならお前みたいな美少女に殺されるなんて大喜びだが、生憎と俺は人生を謳歌し足りない若者なんだ。
 奇跡をぶら下げた戦争はどうでもいい、勝手に殺し合えよ。でも、自ら死ぬことだけはしないね」
「はいはい、言ってみただけよ。それにしても、アナタ、よっぽど奇跡が嫌いなのね」
「正確には、信じられないだけだ。強制の奇跡、最後の一人になるまで生き残れ……ああ、信じられる要素が何一つありはしねえ。
 それが通用するのは三流の人間くらいだ」

 それら総てを奇跡なんて言葉でやり直して、みんな仲良しハッピーライフに塗り潰す。
秋也は、それが我慢ならなかった。
他者を蹴落とすのが嫌だとか、人殺しはいけないこととか。
そういった倫理からくる嫌悪ではない。
クソッタレで唾棄すべき過去でも、今の秋也を形成している大事な思い出だ。
それらを取り除いて、元通りなんてご都合主義、あるわけないだろう。



「お前からすると、こんな戦争に巻き込まれた上で、何を言ってるんだって話だろうけど。
 俺は奇跡を信じない。たった一つの奇跡に、心身の総てを委ねられない」

 騙し、隠され、裏切られ。プログラムで培った経験は、子供でいさせてはくれなかった。
もしも、プログラムに巻き込まれる前の秋也だったならば、奇跡も信じたかもしれない。
けれど、大人になってしまった。いや、ならざるを得なかった経歴が、秋也の疑念を加速させる。

「この戦争についての有識者が巻き込まれてると助かるんだが、そんなうまい話があるとは思えないのが、目下の悩みだね」
「勝ち残る気はねぇんだな。負け犬根性たっぷりかよ」
「負け犬なりに勝ち残る気はあるさ。ただ、正攻法の攻略ってのは性に合わなくてね。
 実は目下のプランニングはハッピーエンドでさ。皆で仲良く、手を繋いでゴールしようと思うんだ。最高だろ?」
「口先だけは一流ね。プランニングの過程で何でもする算段を立てている癖に。
 その表情をする者は決まって諦めない、意地汚さのある表情よ。あなた、本当に子供?」
「ワガママな子供だよ。ともかく、俺には死ねない理由――プログラムで生き残った俺じゃなきゃやれないことが元の世界に残っている」
「お友達を殺して生き残った屑がよく言うぜ」
「……俺は、俺自身がやってしまったことから目をそらさない」

 秋也は特段に自分の経歴を隠してはいない。
元の世界では指名手配を受けている犯罪者扱いだということも、クラスメイトを蹴落として生き残ってしまったことも。
そして、そんな論理を強いる祖国に対して革命を起こそうとしていることも。
同じく生き残った中川典子とは違い、自分は明確に祖国への害意を抱いている。

「まあ、そこまで言うなら付き合ってあげるわ。別に自殺して帰る理由もないし」
「助かるよ、サーヴァントなしでは俺も、堪える。お前は要石である俺を生かし、俺も同じくそうする。
 仲良くしようぜ、俺らが殺し合った所で何のメリットも生まないだろ」
「雑魚の人間風情がよく言うわ。は~、がっかり。貴方、言葉で嬲っても全然揺らがないし。
 もっと追い詰められた、縋るしか道がない人間じゃないと、苛めても面白くもねえ」

 赤い少女――バーヴァン・シーからすると秋也の身の上話なんて興味はない。
知りたいと思わないし、知ってどうするかといえば、変わりなかった。

「つーかさ。どうしてここまで私に話したんだよ。アナタ、別に私に内情を話す必要なかったんじゃない?
 表面上だけでも媚び諂ってさ。そうしたら、協調も苦にはならなかったのに」

 もっとも、そうしてたら、殺していたかもしれないわね、と。
嗜虐的な笑みを浮かべながらそう言い放つトリスタンに、秋也は乾いた笑いで答えた。
相変わらず、脅しは欠片も通用しない。見たところ、まだ年齢としては幼い方なのに、この胆力の据わり様は珍しい。
妖精國にはいなかったタイプの人間だ。


「例え、最後に裏切って殺し合うとしても。その一線だけは越えられなかった。
 結局、俺もどんなに粋がっていても、まだまだ“子供”なんだ」
「……何それ」
「それに――」

 ――俺には、お前も、奇跡に戸惑っている子供のようにみえたから。

 そんなこと、秋也は口が裂けても言えないけれど。






「――奇跡は誰にも認めさせない」






【クラス】
アーチャー

【真名】
バーヴァン・シー@Fate/Grand Order

【ステータス】
筋力A 耐久C 敏捷A 魔力B 幸運D 宝具E

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:EX
決して自分の流儀を曲げず、悔いず、悪びれない。
そんなバーヴァン・シーの対魔力は規格外の強さを発揮している。

【保有スキル】
祝福された後継:EX
女王モルガンの娘として認められた彼女には、モルガンと同じ『支配の王権』が具わっている。
汎人類史において『騎士王への諫言』をした騎士のように、モルガンに意見できるだけの空間支配力を有する。

グレイマルキン:A
イングランドに伝わる魔女の足跡、猫の妖精の名を冠したスキル。
妖精騎士ではなく、彼女自身が持つ本来の特性なのだが、なぜか他の妖精の名を冠している。

妖精吸血:A
バーヴァン・シーの性質の一つ。
妖精から血を啜り不幸を振り撒く、呪われた性。

騎乗:A
何かに乗るのではなく、自らの脚で大地を駆る妖精騎士トリスタンは騎乗スキルを有している。

陣地作成:A
妖精界における魔術師としても教育されている為、工房を作る術にも長けている。

【宝具】
『痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:無限 最大捕捉:1人
対象がどれほど遠く離れていようと関係なく、必ず呪い殺す魔の一撃(口づけ)。
相手の肉体の一部(髪の毛、爪等)から『相手の分身』を作り上げ、この分身を殺すことで本人を呪い殺す。ようは妖精版・丑の刻参りである。
また、フェッチとはスコットランドでいうドッペルゲンガーのこと。

【weapon】
フェイルノート。汎人類史のオリジナル、トリスタンが扱うものとは形状も性質も異なる。

【人物背景】
世界に愛されなかった子供。

【サーヴァントとしての願い】
思いつかない程度にはアンニュイ。

【マスターへの態度】
――バーカ。

【マスター】
七原秋也@バトル・ロワイアル(小説版)

【マスターとしての願い】
奇跡は認めさせない。/奇跡が欲しいよ、皆を返してくれよ、帰ってきてほしいよ、頼りにさせてくれよ。誰か、俺を――許してくれよ。

【weapon】
拳銃

【能力・技能】
殺し合いを生き抜いた経験、胆力、技能。

【人物背景】
大人にならざるを得なかった子供。

【方針】
生存。

【サーヴァントへの態度】
――バカな子供でいたかったよ。

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最終更新:2024年04月29日 10:50