その日、金の亡者は冥界へと墜ち、本物の亡者となった。
聖杯戦争と言う命懸けの闘争に巻き込まれた事を悟ったのは、そのすぐ後のこと。
金の亡者に絶望は無かった。何故なら、地獄の沙汰も金次第とはよく言った物で。
失墜した先の冥府には。亡者にとっての全てである、金銭の概念があったからだ。
更に聖杯より与えられる万能の願望器の知識。超特大の、ビッグ・サクセス。
乗るしかない、この商機(ビッグ・ウェーブ)に。
欄乱と光る眼(まなこ)で、金の亡者は力強く頷いた。


───そして、血風譚と浪漫譚(サクセス・ストーリー)のはじまりは。
百年の時を超えた新時代、東京下町にて。一人の大商人の来訪から───






▼   ▼   ▼




「ランサー、敢えてハッキリ言っておきましょう。
私は……この雅桐倫倶は、貴方の事を好ましく思っていません」



舐められない程度に豪奢に、しかし機能性を損なわない様に誂えられた執務室で。
高級そうなスーツを着て、ネクタイをきっちりと締めた眼鏡の男。
雅桐倫倶と名乗った、かつて死の商人だった男は、己の従僕にそう告げた。
一見何のメリットもない行いだった。
この聖杯戦争における最大の刃(サーヴァント)の心証を下げる様な物言いは。
最悪の場合、叛意すら抱かれかねない。危険窮まる意思表明。
それでも、男の瞳に臆する彩は全く宿っていなかった。


「才能と、弛まぬ研鑽の日々が裏打ちする、金では買えない力を備え、
英霊として世界に召し上げられた貴方は、私の信条と相反する存在であるからです」


己の内側にある──持つ者に対する餓えは聖杯戦争の中でずっとついて回る。
切り離す事は自分の金への信仰、矜持を捨てる様な物だ。
故に投げ捨てる事はしないし、するつもりもない。
内に伏せ最後まで隠し通す道も考えたが、それも棄却した。
どれだけ取り繕おうと、目の前の男は遅かれ早かれ己の内心を見抜くだろう。
商才はないだろうが、騙し通せる愚鈍な男では断じてない。


「それに加え、聖杯と言う望外の商機に対して、賭ける願いも無く。
ただ己の力を確かめられればいい。そうおっしゃる貴方は、ハッキリ言って鼻もちならない」


だから、最初に己の本心を開示した。即断で殺される可能性すら考慮に入れつつも。
それでも“合わない”相手である以上は今この時に“値踏み”しておく必要がある。
即ち目の前のサーヴァントを対等なビジネスパートナーであるか。
それとも、再び我が身を破滅させ文無しと不良債権であるか。
ギラリと、眼鏡の奥の眼光が煌めきを放ち、ランサーと呼んだ男を射すくめる。



「───貴様が何と思おうと構わん」



投げかけられた言葉に対して槍兵は、不動だった。
己を謗るような言葉も我関せずと言わんばかりに腕を組み、聳え立つ。
漆黒の道着とたっぷりと蓄えられた髭も相まって、巌の様な印象を抱く男だった。
彼こそが、観柳が引き当てたサーヴァント。
無手であるにも関わらず、魔槍(ランサー)のクラスを与えられた拳士。



「ただこのランサー、請け負った契約は果たす」



かつて、幕末の動乱で修羅さながらに人を斬ったという人斬り抜刀斎も。
この男の様な所作と瞳をしていたのだろうか。
そんな考えが過るほど、鋭利かつ揺るぎのない瞳で。
ランサーはマスターに──“黒木玄斎”は“雅桐倫倶”に対してそう宣言した。


「───成程、承知しました」




ランサーの宣言に対し、雅桐は静かに了承の意志を示す。
今度はランサーがマスターを見つめる番だった。
どの道主が納得しようとしまいと、己のやる事は変わらない。
だが、あれだけ剣呑な態度を取っておきながらあっさりと引き下がった姿勢に興味を惹かれたのだ。


「……誤解なきよう言っておきますと、私は貴女を評価しています。
価値あるものに正しい評価を下せない様では、商人として三流。
公私を分けられず無下にする方が私の商人としての沽券に関わる」


それは、以前の雅桐が成しえなかった姿勢だった。
金で買えない力を有する者達を見下し、使い潰し、非道に手を染めて。
最期は敗北し、築いてきた金と地位の全てを喪った。
だが、敗北してなお雅桐の存在は此処に在り、
敗北で得た知見を活かす再起の時に恵まれた。
なれば再び挑むのみ。

悪事に手を染めてでも。
牢獄に繋げられてでも。
糞尿を掻き分けてでも。
本物の亡者になったとしても。
世界に存在する限り金を稼ぐ。稼ぎ続ける。


生れた時から貧乏という苦界に墜ちた彼にとって。
持たざる者である彼にとって、ランサーは。
否、英霊と言う存在そのものが、彼の矜持と相反する存在だ。
何故なら彼等は須らく、金で買えないモノを備えた者達だからだ。
才能。血統。家柄。容姿。
金で買えないモノというのは人に賛美されがちだが、その実差別を生む。
故にこそ、雅桐は英霊という超常に対して安易に迎合する事はしない。
しかし今この時を以てランサーは正当な契約の元に関係を結んだ契約者だ。
ならば取引相手であるランサーを無下に扱う事は彼の商人としての信条に関わる。
以前の破滅と同じ轍を踏むつもりも毛頭ない。



「私の目は誤魔化せません。ランサー、貴方が今しがた見せた姿勢は虚偽や韜晦ではない。
既に英霊三騎を屠った実力も含め…対等な契約者(ビジネス・パートナー)と認めます」



デスクから立ち上がり、雅桐は背筋を伸ばして。
静かに、だが力強くランサーにそう告げた。
そして、雇用主として彼はランサーに命じる。


「私は他の英霊を見てきた訳ではありません。
ひょっとしたら、貴方より強い英霊だって存在するかもしれない
もし貴方が敗れれば、私は商人として“次”を探すでしょう」


だが、それでも。
雅桐は静かに、しかし揺るぎのない声で続けた。



「それでも、貴方が人斬り抜刀斎や御庭番集よりも……
どんな英霊をも超えて最強である事を証明しなさい。
私も、そのための取引(どりょく)は惜しみません」



雅桐は商人だ。奈落に墜ちてなお商人だ。
だから、きっとランサーがより強い英霊に敗れれば。
それで潔く諦めたりなどせずに、次の取引相手を探すだろう。
それが彼の商人としての矜持だからだ。
だが、そんな実利と商人としての信条とは別の、雅桐個人の感情として。
勝て、と。勝って、かの拳願仕合で成し遂げた様に、最強を証明して見せろと。




「雇用主として。この世界に訪れた日のように、貴方の魔槍の活躍に期待しています」


雅桐がこの世界に訪れた日。
冥府を彷徨い、不運にも死霊と、他の主従に同時に追い立てられた時に。
両者を己の槍で貫き、救ったのがランサーだ。
そして、彼の魔槍を目の当たりにした時。
雅桐の脳裏に浮かんだのは、彼の名前の由来となった兵器を初めて握った日の事だった。
空手にて無双の騎士を倒した、ランサーの姿は。
自分の中に在った、劣等の情を打ち砕いた“力”が重なって見えたのだ。
彼の力は、人斬り抜刀斎にすら後れを取らない。確信があった。
故に例えほんの一瞬であっても、現在の雅桐の全てである“力”を重ねた存在として。
ランサーに、彼は己の願いを託した。


「無論だ」


ランサーの返事は簡潔だった。
だが、聞く者に「その一言で十分だ」そう思わせるだけの力を伴っており。
雅桐はその言葉を聞いて、笑いかけたりなどはせずにただ一度、鷹揚に頷いた。
その直後の事だ。



「優勝し、願いを叶えた時には」



そんな彼に、今度はランサーの方が問いかける。
低く、重厚な声だった。



「貴様も“闘る”のか?」



ランサーの視線の先には。
雅桐の現在の夢の出発点であり。
資本主義社会が形成された百数十年後の日本においてすら。
未だ達成されていない悲願である鉄の塊が、鎮座していた。
六連装の銃身を備えた、最新鋭の回転式機関砲と超大量の弾薬が。
違法に愛想をつかし、脱法を旨とする現在。
実業家として名を馳せる雅桐の執務室に、何故これがあったのかは分からない。
聖杯に与えられた住居、その執務室に最初からあったものだ。
どのような経緯で、この回転式機関砲(ガトリング・ガン)がここに運び込まれたのか。
雅桐には知る由も無かった。
敢えて理由を推測するなら、それは惹かれ合う運命と形容する他ないだろう。



「…闘りませんよ。どこぞの刀馬鹿力馬鹿と違って、私雅桐倫?は商人です」



たった百年余りの時間でも、兵器の進化は目覚ましく。
戦車や戦闘機、ミサイルなど回転式機関砲を超える人殺しの道具が跋扈していた。
更に最高位の神秘の具現たる英霊に対しては、神秘宿さぬこの力は無力に等しい。
それを知らぬ訳でも無かろうに、ランサーの問いかけは商人雅桐には愚問と言える物だ。
資本主義社会の申し子として、目指す場所は勝利。回転式機関砲の合法化。
愛しいモノと大手を振って一緒に居られる世界。それが悲願であり、それ以上は蛇足だ。


「───そうか」


にべもない主の回答に、ほんの僅かに残念そうな声を上げて。
ならばこれ以上話すことはない、とランサーは部屋の扉の前へと歩いていく。
雅桐はそんなランサーの背中を見て「ランサー」と声を掛けた。
そして、声を張り上げて、己のかつての名を告げる。





「私は武田観柳と申します!!!」



雅桐倫倶はそんな勝っても何の得にもならない選択をしない。
勝てぬだろうし、勝っても何にもならぬ相手と張り合う愚行はしない。
だから、そのバカな言葉を吐く瞬間だけ、彼は全てを喪った“武田観柳”に舞い戻った。
ただ、己が愛した者が最強なのだと胸を張って目の前の武人に宣言する為に。


「大商人雅桐倫倶は、一銭にもならない力比べなど愚かな真似はしません。
だが……もし聖杯戦争が終わった時、隣に立っているのが貴方であった時は……」


鎮座する回転式機関砲に歩み寄り、ニッと笑って。
観柳はランサーへ告げる。



───その時は雅桐倫倶ではなく武田観柳として。この子と共に。
───貴方と、闘りましょう。



毅然とした態度で、そう告げる観柳の瞳は。
かつての悪徳商人とよく似ていたが、ハッキリと非なる物だった。
拝金主義はそのままに、挫折と敗北と破滅が彼を変えたのだ。



「承知した」



観柳の挑戦を、振り向かぬまま。
筋肉が隆起し、阿修羅を宿した背中でランサーは受諾した。
考えてみれば、ランサー自身何故闘るのかと問いかけたのか。曖昧だった。
だがきっと。傍らの友と供なれば、目の前の男は強い。
そう確信し、今自分に向けられた言葉を聞きたくて。
だからこそ自分は問いを投げたのかもしれない。そう結論付け、言葉を返す。
相も変わらず簡潔に。しかし不動不変の意志を籠めて。
ランサー、魔槍、“黒木玄斎”は己の主に誓う。




「───この黒木も全力を賭す」
「えぇ、大商人武田観柳───いざや再起の刻!!」




かくして商人は闘士の魔槍に命運を託し。
闘士は再び商人の命運と己の命を賭けた、“拳願仕合”に挑む。





【クラス】
ランサー

【真名】
黒木玄斎@ケンガンアシュラ

【属性】
中立・悪

【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷A 魔力E 幸運D 宝具B

【クラススキル】
対魔力:D
ランサーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。
一工程(シングルアクション)の魔術を無効化。魔力除けのアミュレット程度の耐性。

【保有スキル】

中国武術(唐手/空手):A+
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかを示す。修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく“修得した”と言えるレベル。
純粋な唐手の流れを汲む流派の為、このランクに留まる。

怪腕流:A+++
沖縄空手や琉球伝統武術、中国拳法の流れを汲む沖縄発祥の暗殺拳。
その技術は琉球王朝時代、帯刀した薩摩藩士との戦いを想定して生まれたと言われ、
空手だけでなく経穴・経絡や気功すら修めた武術をランサーは極めている。

圏境:B
サーヴァントになる過程で獲得したスキル。
気を使い、周囲の状況を感知し、また、自らの存在を消失させる技法。極めたものは天地と合一し、その姿を自然に透けこませる事すら可能となる。
今回はランサーとして召喚された為、完全な『気配遮断』程には到達していない。また、精神統一効果もある模様。

老練:A+
精神が熟達した状態で召喚されたサーヴァントに与えられるスキル。いかなる状態でも平静を保つと同時に、契約を通じてマスターの精神状態を安定させることができる

【宝具】
『魔槍』
ランク:- 種別:対人 レンジ:1 最大捕捉:1
その英霊が修得した武術が唯一無二の至宝となった時、
“技”そのものが宝具として昇華する事があるが、この宝具もその1つ。
狂気の部位鍛錬により鍛え抜かれた「槍」に等しき四肢と指を使った貫手や前蹴りの総称。
岩を砕き鋼すら貫く貫手を、至近距離で放たれたライフルの銃弾すら防御してのける“無道“という先読み技術と共に放つ。
この宝具が直撃(クリーンヒット)した場合、相手の耐久値とDランク相当の概念防御を無視し、それ以上であっても効果を減退させたうえで貫通・固定ダメージを与える。

『拳願阿修羅』
ランク:B 種別:対人 レンジ:1~20 最大捕捉:1
ランサーが己の最強を証明した『拳願仕合』の舞台を再現する概念及び結界宝具。
対象一人を拳願仕合の舞台となったリングに引きずり込み、一騎打ちを挑む。
結界内のランサーの魔槍は敵が伝説と称される程に強大であればあるほど、貫通力、命中率、クリティカル発生率、クリティカル補正ダメージに莫大な補正が掛かり、
逆に敵サーヴァントの攻撃判定の不発(ファンブル)発生確率が著しく上がる。
また、宝具展開中は座標を無視して自己と敵サーヴァントのマスターを不可侵領域である観客席へと招聘できる(効果終了後は元の座標へ送還される)が、
展開中はマスターは双方戦闘行為は愚か令呪を使用してサーヴァントをサポートする事もできない。
己のサーヴァントの拳に全てを託すしかない拳眼/拳願仕合の逸話が再現された効果となる。

【weapon】
鍛え上げた己の肉体と、怪腕流の武術。

【人物背景】
正徳五年から連綿と続く、商人たちの利権を賭けた代理戦争である拳願仕合の優勝者。
強くなりすぎた事によって生まれた自身の「孤独」を埋める強者を探している裏社会屈指の暗殺者。暗殺武術『怪腕流』を流儀としているがそれ以外では空手の技も操る。
寡黙で厳格な性格だが友の仇討ちに挑む、弟子の仕合を観戦しに足を運ぶ等情は広く豊か。
戦闘では鋼の精神力と沈着な思考能力。重傷を負っても微塵も揺らがない空手の技の冴え。
そして、その場における最適解の戦術を瞬時に導き出して冷徹に対処する判断力と対応力で武装した武人である。

【サーヴァントとしての願い】
特になし。聖杯戦争でどこまで己の空手が通じるか挑む所存。

【マスターへの態度】
契約を果たす。




【マスター】
雅桐倫倶(武田観柳)@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-北海道編

【マスターとしての願い】
生還。再起。及び回転式機関砲(ガトリングガン)を合法とする。

【能力・技能】
全ての資産を失い、無一文になっても便所の糞を掻き分け再び身を立てる商才。
また、ガトリングガンの腕に関しては歴戦の御庭番集や人斬り抜刀斎すら圧倒する腕を誇る。

【人物背景】
阿片の密売で成り上がり、人斬り抜刀斎に倒され破滅した悪徳商人。
脱獄を契機に、便所の糞を掻き分けて得た金で再起。
その際違法はダメだ。これからは脱法だと心する。
破滅と引き換えに、己の中の拝金主義を不屈のモノとした男。

【サーヴァントへの態度】
ランサーは気に入らないし、仮に敗れれば商人として迷いなく次を探す。
しかし彼の魔槍はあの人斬り抜刀斎すら超えると確信しており、取引の契約者として扱う。

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最終更新:2024年05月04日 09:10