一夜の夢 [#o82d6bc0]
天高く広がる青い空。
何処までも広がる紺碧の海。
春にもかかわらず夏のような陽光。
そんな中を、一筋の流れ星がカショカレーダの王城へと飛び込んでいった。
「失礼しますよ
デュランさん。手紙を届けにきましたよ。」
「・・・ああ、よくきたな。」
ノックも消えきらぬうちにガチャリと扉を開けて入り込む。
やりなれた行動。見慣れた人物。
ただ、その表情は、いつもとどこか違っていた。
「おや?どうしました、何か悩み事ですか?」
「わかるか。」
「当然ですよ。」
「そうか。実は今夜、社交パーティがあるのだが、それが面倒でな」
「いやそこは出ませんと。」
間髪いれず放たれるツッコミ。
速さこそが彼女の信条であり、心得である。
「何が面倒かといえばパートナーを探さなければならないのだ。」
「確かに、それは大変かもしれませんねぇ」
二人して考え込む。
考えてどうにかなるものではないのは分かりきったことだった。
しかし、その答えは間も無く出された。
「そうだ。お前がオレのパートナーになってくれ。それならオレもやりやすい。うむ、我ながらいいアイディアだ。そうしよう。」
野鳥のさえずりがやけにはっきりと聞こえる。
「・・・・・・・・・はい?」
「さっきも言ったが、パーティは今夜だ。よろしく頼むぞ。」
「ちょちょっと待ってくださいどういうことですかパーティって社交パーティってことはダンスですよねデュランさんのパートナーってことはつまり俺は一緒に踊るんですかドレスを着るんですかいやちょっと待ってください今戻っても何とかならないわけではないですなんせ俺は最速ですからいやそうじゃなくてなんでここで俺なんですか第一俺ドレスなんて持ってないわけでくぁwせdrftgyふじこlp;@:」
凄まじい勢いでまくし立てる。
この間実に8秒。
「ああ・・・」
「分かってくれましたか」
ほっと一息つく。
これで何とかなる・・・。
「大丈夫だ、ドレスならすぐに作ろう。問題ない。」
「いやそうじゃなくてですね!」
そう思っていた時期が、トルメンタにもありました・・・。
「仕立て屋を呼んでくれ。トルメンタにドレスを作ってやってくれ。」
「ですからちょっと待ってくださいいやがっちりホールドしないでくださいちょHANASE!」
デュランがポンポンと手を叩くと瞬く間に二人の
メイドがトルメンタの両腕をホールドして連れ去っていった。
部屋を出る最後の最後まで足掻きは止まる事はなかった。
「デュラン様、トルメンタ様の準備が整いました」
「そうか、わかった。」
時は経ち、空には星たちが姿を現し始めた。
間も無く刻限。
己のパートナーを迎えに、一室の扉をぐっと開く。
「どうだ、トルメンタ。」
「ああ、デュランさんでしたか。いや、こういうのは、その、なんといいますか・・・よくわかりませんね・・・」
今までに見たことのない姿だった。
普段身に纏っている男性的な姿は完全に形を潜め。
可愛らしい、ドレスをまとった女性の姿が、そこにはあった。
「いや、可愛らしいな。似合っているぞ。」
「そ、そうですか?そう言ってもらえるんでしたら、そうなんでしょう」
落ち着かないのか、先ほどから髪をいじる手が止まらない。
顔も赤く染まり、その姿からは普段の様子は全く連想できなかった。
「ああ。では、行こうか。」
「え、ええ。」
落ち着かないトルメンタの手を取る。
しかしそのまま会場へと導くわけではない。
すっと、その前に跪き、
「・・・?・・・!・・・・・・!?」
取ったその手に、そっと口づけをした。
「よろしく頼むぞ」
「ぁ・・・・・ぇ・・・よ、よ、よろしく、頼み、ます、よ・・・」
真っ直ぐな表情が向けられる。
目があわせられない。
目が合ったら、動けなくなりそうだった。
そして二人はゆっくりと、会場へと足を進めていった。
トルメンタにとって今までで一番長く、一番忘れられない夜が、幕を開けた。
最終更新:2012年03月27日 19:58