いつから始まったのか。どうして始まったのか。
それを知る人がいなくなるほど、長い戦争があった。
敵は人間。
味方もまた人間。
違いは、魔力があるかないか、それだけしかない。
互いが互いに持つ力を恐れ嫌った末に起こった、よくある戦争だ。
長く続きすぎ、徐々に両者とも衰えていくその戦争のさなか、ひと際栄えた集団があった。
彼らの住む地は砂漠。
そして闇夜。
そんな彼らを指して、人々はこう呼んだ。
盗賊団。と。
今回は、そんな盗賊になったばかりの、4人のお話。
城下町レーベル。
魔力のない人間が住む町で、戦時下にあっても未だ豪奢な家々が建ち並ぶ土地だが、それは表向きの話。
こういった場所ほど貧富の差は激しくなるもので、路地を少しそれるだけでみずぼらしいバラックや、あるいは道端にじかに寝ている人も散見できる。
ただ、夜になれば話は別。
金持ちの家も貧乏人の家も、等しく平等に闇に沈む。
その闇の中、今日も4つの影が踊る。
「賊だ! 捕まえろー!!」
「げっ!!」
……かなり危ないが。
「ばかティル! なんでお前食料庫行ったんだよ!」
レーベルの豪邸の一つ、徐々に松明の火で照らされていくその廊下を、2人組の茶髪の青年、ティルダとケーフィアが全力疾走していた。
2人とも手には金目の物が入った袋を持っているが、ティルダの腕には、更に大量の食べ物が抱えられるだけ抱えられていた。
もはや解説するまでもないと思う。ティルダが勝手に食料庫へ忍び込み、ネズミ用の仕掛けに引っかかって衛兵に見つかってしまったのだ。
しかし当の本人は、全く悪びれもせず、いたずらっぽく笑って林檎を差し出す。
「小腹空いてたからなー。キファも食うか?」
「誰が食うか!!」
もはや小声で会話する必要もなく、ケーフィアは屋敷中に響き渡りそうな声で怒鳴った。
騒ぎがさらに加速し、バタバタと追手の足音と怒鳴り声が増える。
それを聞きつけ、どちらともなく舌打ちをした。
2人とも、速さならそこらの衛兵に負けはしない。
とは言え、範囲が限られている屋敷の中だ。地の利は向こうにある。
「ティル、前から来た!」
「挟まれた!?」
とっさに、ティルダが前方、ケーフィアが後方を向き、背中合わせに構える。
瞬く間に、廊下の両端を数人の衛兵に塞がれてしまった。
「ちょい待ち、俺両手使えねぇ!」
「知るか!」
ティルダが焦った声を上げるも、ケーフィアはその背中に肘鉄を入れた。何歩譲ったってこれはティルダが悪い。
「賊ども、観念しろ。なあにおとなしくして盗んだ物も返せば、命までは取らん」
衛兵の1人が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて2人に歩み寄る。
「あー……」
「絶体絶命?」
2人の呟きが、重なって漏れる。
けど、言葉に反して2人とも笑みを浮かべていた。
道なら、まだある。
「ティル、キファ、落ちろ!」
突然、窓の外から声がした。
「「来たっ!」」
自分達を包囲している衛兵よりも速く、2人は窓に突進した。
「待てっ、ここは4階――」
止めに入ろうとした衛兵の言葉が、割れ物が割れた時特有の騒音に掻き消えた。
盛大に窓のガラスをぶち破り、そのまま2人とも垂直に落下して行った。
その2人の体を、2階の窓から出ていた手ががっしりと掴む。
「ナ〜イスキャッチ、フィオ!」
「サンキュー、ナギ!」
ティルダとケーフィアがそれぞれ自分を掴まえた人物に礼を言い、彼らに助けてもらって窓から2階の部屋へ滑りこむ。
「礼は後だろ。ったく世話の焼ける!」
ティルダより頭一つ小さい青年、フィネストが、癖の強い自分の髪をくしゃりと掻く。
上階では、逃げたケーフィア達を追って衛兵たちが慌ただしく移動する気配がする。
「後で師匠にどやされちゃうね」
苦笑しながら、フィネストと同じく癖の強い髪の少女、ナガリスがポニ―テールを揺らして部屋をざっと巡ってドアの周辺に細工をしていく。
「よし、トラップの設置完了」
ナガリスのひと声を合図に、4人は再び窓から身を乗り出す。また屋敷中を逃げ回るよりは、ここから逃げる方が手っ取り早い。
「んひゃま、逃げまふか!」
「こんなときまで食うな!」
「そもそもテメェのせいだろーが!」
「そうだよ、ティルダのバカ!」
この期に及んで食べ物を口にするティルダに、残りの3人から一斉に突っ込みが入った。
さすがに悪いと思ったのか、ティルダは押し黙って口の中の物を飲み込んだ。
そうして衛兵を撒いて自分達の町へ走る道すがら、フィネストが尋ねる。
「そういや、ティルって今回ろくなもん盗んでねぇよな」
そう訊くフィネストの腰では、チャラチャラと金属音のする袋が揺れている。
フィネストの隣を走るナガリスも、同じ袋を持っている。
途中ティルダの凡ミスに巻き込まれたとはいえ、ケーフィアもそれなりの収穫を得ていた。
盗賊として、収穫なしはまずいんじゃないか?
苦笑するフィネストはそう言いたげだった。
が、ティルダはにやりと満面の笑みを見せると、前髪を掻き上げて見せた。
「ちゃーんと盗ってきたって、ほら」
さっきまでは前髪で隠れていて見えなかったが、ティルダの額で小さなダイヤが揺れている。
どうもネックレスをそのまま頭からかぶっていたらしい。
それはいいとして、
「それって、……さっきの屋敷の奥さんのか?!」
予想外の戦利品に、フィネストが目を輝かせてティルダのネックレスを指差す。
パチンとティルダが指を鳴らし、フィネストを指し返した。
「ご名答ー!」
ぱさっとティルダの前髪が元の位置に戻り、再び額のダイヤが隠れた。
「すっげぇ! あんたこれ絶対高く売れるぞ! マジか、本物のダイヤ!?」
「な! 俺天才だろ! もう師匠なんか目じゃねぇな!」
ティルダが盗ってきたのは、間違いなくあの屋敷の婦人お気に入りのネックレスだ。
ということはつまり、ティルダは大胆にも婦人の寝室に忍び込んでこれを盗んできたということになる。
「勇気あんのか……ただのバカなのか……」
しばらく唖然としていたケーフィアが、溜息とともに口を開く。
「……バカだと思うな〜……」
同じく唖然としていたナガリスが、ケーフィアに続いた。
彼らの走る先で、空が白んで夜が明けようとしていた。
最終更新:2012年03月27日 20:02