「あ〜……ねみぃ……」

 朝市も終わりかけた大通りを歩きながら、フィネストが大きなあくびをする。
 隣を歩くケーフィアも、「あー……」とあくびで同意する。

「2人とも、口んの中に砂入る……」

 そういうナガリスは、ほとんど寝ながら道を歩いているため滑舌が怪しい。

 朝、太陽が昇りきる前に4人はルオルに帰りついた。
 で、そのまま昨夜の成果を師匠と首領に報告しに行って、今はその帰りだ。

「さすがにティルは居残り食らったな」

 フィオが、今来た道を振り返る。「当然だろ」とキファがまた大きなあくびをした。

「まだ新米の俺達が、あんな危ないマネして許されるわけないしな」

 とはいえ、彼らの首領は報告を聞いてまず笑っていたのだが。
 常に目の下に隈をつくって、普段から具合の悪そうなあの壮年の男は、笑えない話に限って腹を抱えて笑う。

 それに思わず怒鳴ってしまったことも思い出して、ケーフィアは砂埃が溜まってきた自分の髪をかく。
 ここ、プレアデスは上下関係の垣根が低いため、ある程度の口応えも許容される。しかしそれでも、目上の者に対してあんな挙動を取ってしまったかと思うと、ケーフィアは腹の底が冷える思いだった。

「私は先に家帰ってるよ。日差しがきつい……」

 表情を硬くするケーフィアの気持ちも知らずに、ナガリスが呻く。
 中天を少し過ぎた太陽は、砂漠の空らしくギラギラと照っていた。

「あー、俺も寝るー」
「俺も……」

 3人がそうやってひと際大きなあくびをした時だ。

「ティルダぁぁぁぁぁああああああ!!」

 聞き慣れた怒声が彼らの後ろから迫ってきた。

「なんで怒んだよ! これで俺の腕わかっただろ!?」

 直後、砂煙を巻き上げてティルダが3人の間を走り抜ける。
 反射的にナガリスとケーフィアが飛びのいたスペースを、さらに怒声の主、彼らの師匠リルニア=リニル・リゲルが駆けていく。

 それはいいとして……

「げふぁ!!?」

 反応が遅れたフィネストがリルニアにはね飛ばされ、道の脇の砂だまりに頭から刺さった。
 その時には当事者たるティルダとリルニアはとっくに姿が見えなくなっており、微かに道の向こうでリルニアの怒声が聞こえた。

「……フィオ、無事か?」
「……へるぷ」

 ケーフィアが恐る恐る砂の山に聞くと、涙声が返ってきた。





「あーぁ、疲れた……」

 フィネストをどうにか助け、家に帰るなり、ケーフィアは寝床にドタっと倒れ込んだ。そしてうつ伏せのまま呟く。

「で、師匠に何したんだよ」
「あ、バレてた?」

 全く悪びれた様子もなく、ティルダが天井から降りてきた。

「もろバレ」

 本当ならケーフィアも笑ってティルダを見上げたいところだが、今は疲れているので苦笑するにとどめた。
 対して、ティルダはケラケラと楽しそうに笑ってケーフィアの隣に腰を降ろす。

「師匠がすっげぇ口うるさいもんだからさ、俺達の腕を認めさせてやろうと思って、帰る時に師匠の財布をな、スった」

 その時、唐突にドア代わりの暖簾が跳ね上がった。

「スったのがバレたら意味ねぇけどな!!」
「ぎゃぁああああ!?」
「ひいいいぃい!!」

 その入り口に立ってる人物を見て、ティルダもケーフィアも悲鳴を上げて部屋の奥へ逃げた。

「師匠ぉ!?」
「げぇ、リゲル!!」

 ケーフィア、ティルダの驚愕の声が重なる中、リルニアがずかずかと部屋に入ってくるなりティルダの腕をがっちりつかむ。

「おら、表に出ろティルダ!」
「わあぁぁぁああ財布返すからたんま! たんま!! たんま!!!」

 ケーフィアは、なすすべもなく部屋の外へ引きずられていくティルダの生存を祈るしかできなかった。

「たかが弟子1人の仕置きに技使うな! テメェ殺す気か!?」
「大丈夫だ。せめてもの情けで木の棒使ってやるから」
「やあぁぁぁだぁぁぁぁぁ!!」
「食らえ!」

 外からは、おおよそ師弟の会話とは思えないやり取りがなされていた。
 で、そんな中ケーフィアはというと……、

「あぁー……ししょぉ〜……尋問だけは……俺なにもしらねぇ……」

 祈る途中で寝て、うなされていた。





 そして外がすっかり夜になった頃、2人は目を覚ました。

「あ〜、よく寝た!」

 再び4人連れだってルオルの町を歩きながら、ティルダがすっきり目のさめた顔で伸びをした。
 この町は夜であっても活気があって明るく、手に灯りがなくても充分に出歩ける。

「ティルはちゃんと寝たって言えないだろ」

 ティルダと同じく、ぱっちり目のさめたケーフィアが言った。

「私なんて盗むの失敗した夢見ちゃったよぉ〜……縁起悪い」
「気にすんなって! 今日と明日は非番なんだから! な?」

 気落ちしているナガリスは、楽天的に笑うフィネストが肩を叩いて励ます。
 いつもと変わらない4人は、ルオルの商業区へと向かっていた。
 ティルダはともかく、他の3人は昨日の夜から何も食べてないのだ。

 商業区は更ににぎやかだった。もし他の町の人がこれを見たら、祭りか何かだと思うかもしれない。
 しかもこれほど栄えているにもかかわらず、ルオルには貧富の差がない。

 理由は単純。
 この町全体、盗賊団プレアデスの本拠地なのだ。
 彼らが遺跡や豪邸で盗んできた金品は、全てここで娯楽に還元されるか、他の町も含めた貧しい人たちにこっそりと分け与えられる。
 町自体は表向きは商業で成り立っており、さすがに何もしなくても恵みや施しをもらえるほど甘くは無い。が、家族同然な彼らの関係においてこの町で路頭に迷うことは無い。

 それでいてネーベルや他の町から妬まれることは無い。
 ……妬まれる以上に、この戦時下中立を貫いているゆえに四方から睨まれている現状はさておき。

「今日はティルのおごりで食うぞー!」
「さんせー! ついでにぱーっと盛り上がろう!」
「いいなーそれ! 初仕事成功祝いで!」
「待てコラ! 話進めんな!」

 フィネスト、ナガリス、ケーフィアの3人で意見がまとまっていく中、納得のいかないティルダは言いだしたフィネストに軽く蹴りを入れていた。
 が、4人とも笑い声を上げながら商業区の喧騒にまぎれて行った。





 商業区の真っただ中、そこに看板を構える酒場、クモノス。
 壮年の銀髪男、コールタールが切り盛りするその店が、4人の行きつけの店だ。
 そしてもちろん、コールタールも盗賊の1人だ。

 別に穴場というわけでもなく、この町にいたら誰もが一度は行くほど名の知れた店だ。
 決して店も狭くないのだが、訪れる人数が軽く店の許容量を超えていつも大入り満員だった。
 町の中心部にあるというのもあって、客は彼ら盗賊以外にも商人風の人や、フードを目深にかぶったよくわからない人も数人混じっている。

「「「「かんぱーい!!!」」」」

 ガチンと4つのジョッキが重い音を立てて打ちあわされ、4人は一気に注がれていたワインを飲みほした。
 近くのテーブルに座っている怖い顔の人達まで、陽気に笑って一緒に杯を掲げている。
 豪快。そして楽しそうな空気には乗る。これがプレアデス流だ。
 隅のテーブルには、ひっそりとリルニアもいる。

「これは俺からのサービスだからな! たくさん食べてけよ!」

 即行で空けたジョッキにまた新しくワインが注がれ、気を利かせたコールタールが大皿に盛られたオードブルをふるまう。

「うおぉおお!」
「きたーー!」
「おいしそう!」
「コール大好きー!」

 我先にと料理の奪い合いが起こる中、フィネストだけがコールタールに飛びつく。

「フィオ、早くしねぇとまた食い損ねるぞ」

 しかしコールタールも慣れたもので、小柄とはいえ立派な青年のフィネストを軽々と片腕で抱き上げる。

「そんなことねぇって!」

 フィネストが異を唱えて「ちゃんと俺の分あるだろ? な?」っとテーブルの方を向くが、

「あ? 遅れた奴なんて知らねぇよ」

 ティルダの無情な一言と、空の大皿だけの現実があった。
 申し訳なさそうにケーフィアとナガリスが黙り込んで目を逸らすのも、逆につらい。

「テメェらもう仲間じゃねぇ!!」
「言った通りじゃねぇか!」

 半泣きで叫ぶフィネストを降ろし、コールタールは豪快に笑った。

「で、お前らまだユニット名決めてないのか?」

 取っ組み合いに発展しそうだったティルダとフィネスト、さらに杯を空けようとしたケーフィアとナガリスの動きが止まる。

「あー……まだ……」

 ケーフィアが気まずそうにつぶやき、苦笑してごまかす。
 他の3人も似たり寄ったりな反応だ。

「早めに決めとかねぇと、ぐだぐだしちまうぞ?」

 プレアデスの盗賊は、入団すると必ず2人以上で組んでユニットと呼ばれる小グループをつくる。
 そのとき必ず、グループの名前を決める必要があるのだ。
 何かに名前をつけるという行為は、彼らの間では一種の儀式やおまじないのようなもので、人によっては相当こだわったりする。
 しかしだからといって、いつまでも名前が決まらないままでは意味がないし、そのせいで結局無難なユニット名になってしまうことも多い。

 そんなコールタールの忠告をよそに、フィネストはまたジョッキを高々と掲げる。

「それじゃ今日飲みながら決めっぞ!」
「「「おおおーー!!」」」

 フィネストと同じくジョッキを掲げる3人を見て、コールタールは小さくため息をついた。






 まあ当然だけど、酔った頭でそんなこと決まるわけもなく。
 4人とも酔っぱらうまで飲み明かして帰路に着いた。
 ただし、4人の中で一番酒に強いティルダだけはまだ足取りがしっかりしている。

「決めた! チーム・ケフェウス! これでいこう?!」
「やらねぇから耳元で叫ぶな!!」

 今夜限りは、このままボケと突っ込みが逆になったまま終わりそうでティルダは苦笑した。
 別にティルダも悪乗りしてバカ騒ぎに乗じればいいのだが、そうもいかない。

「まだまだ飲むぞやろーどもぉおお!」
「ナギ、もうやめとけ飲みすぎだ!」

 ナガリスは紅一点と見せかけて肉食系女子だし。

「けひゃっひゃひゃひゃひゃひゃ」
「笑い上戸とかふざけんなお前ぇ!」

 ケーフィアは羽目を外しすぎてキャラ変わってるし。

「ナ〜ギ〜っ」
「んにゅ」
「路上でイチャコラやめれ! 爆発しろ! 爆発するならまだ許す!」

 フィネストはナガリスといちゃつきだすし。

「てぃるら……」
「……ケーフィアさ〜ん、その目はちょっとおかしいんじゃないかなぁ?」
「てぃるらぁ〜、俺も〜」
「待て! だから待て! 来るな見るな寄っかかんなテメ……ぎゃぁあああああああ!!!」

 そのバカップルを見たケーフィアがなぜか対抗し出すし。
 とてもじゃないがティルダまでふざけている余裕がないのだ。
 それでいてそれらを傍から見ていた酔っ払いたちが好き勝手にはやし立てるもんだから、ティルダ以外3人の悪ノリは更に加速していく。

「お前ぇら朝になったら覚えてろぉぉおお!!」

 ティルダの絶叫も、町の喧騒にむなしく飲み込まれていく。



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最終更新:2012年03月27日 20:02