※展覧会とは関係ありません マルゾウが不老不死になる前のお話です。

「…………………………」

じい、と手にぶら下げた絵巻に描かれた絵を見つめる、着流しの男が居た。

薄汚れた、長屋のうちの一軒。

年の頃は40に踏み込んだあたりか。

巻物には、様々な異形達が描かれていた。

自分で描いたものだ。

その名は妖怪。つまり男が手に提げているものは所謂妖怪絵巻。

これを描く事は生業の一つで、こういう品を欲しがる物好きに売る為のものだ。

「ダメだ」

それを数分ばかり眺めた後、くしゃくしゃに丸め、近傍の屑篭に詰め込む。

男は目の前の、黒い机に置かれたもう一つ、描き掛けの物に手を加え始めた。

そうこうしているうちに、夜になった。

「………」

男はまた、巻物の絵を見つめていた。

昼間から手を付けていたものが完成したのだろうか。

「よし」

次は納得が行った様子で、丁寧にそれを巻いた後、徐に背後に倒れこんだ。

見つめた先の窓には、夜空が広がり星々が瞬いている。

荒涼としながらも、夏の夜には心地よい風が窓から吹き込んだ。

「…俺、後何年生きられるのかなあ」

そんな事はいつまでも考えまい、と自他共に認められてきた事を、男は40年ほど生きた今、それを考えた。

相応に生きていたら、いつの間にか死んでいるだろう。そう思っていたというのに。

根を詰めて想像を働かせた後に、星など見たからそんな気分になったのだろう、そう思った。

しかし、それが予想以上に男の胸を寂寞で蝕み始めた。

つつ。

「・・・・あ・・・・」

ふと、温かな雫が右目から流れ落ち、涼しい夜風に、床に滴る前に冷たくなった。

「なんだ・・・・これ・・・」

雫を手で掬い、ぽつりと。

いつもの、何事にも興味を持たない表情と声色だった。

言葉と顔どおり、何故それが流れ出したのか、結局は考えつかなかった。

………

昼だった。

日が眩しく、蝉の鳴き声の煩い事で、男は目が覚めた。

昨日何をしていたか、それすらとっくに忘れて起き上がると、巻物がしな垂れている。

「・・・・・・・・・描いたモン、出しに行かなきゃなあ・・・」

大口を開けて欠伸をした後、軽く顔を洗って、服装も何も整えず、巻物を積んだ背負子だけ背負い、玄関に向かった。

「きゃっ」

「お」

扉を開くと、女が居た。

黒い洋服に身を包み、整った長い睫の美しい瞳を、驚きにぱちくりさせている。

「…どなたです」

「丘の屋敷の娘です。」

「その娘さんが、こんな所になんのご用でしょう」

「あら、知らなかった?私、貴方の作品が好きなのよ。稲葉屋からいつも買い取っているのはほとんど私。」

「・・・ああ」

女がわざわざ訪ねて来た理由にあたりが付いた。先月から行き詰まり、出品がかなり遅れていたのだ。

(恐らく)もの好きで腕白なこの娘は、家を聞いてここに来たのだろうと。

「ね。円蔵さん。」

「はい?」

「あと、どのくらい生きたい?」

いきなり、女の口から訳の分からない質問が紡ぎ出された。

その時、唐突に円蔵と呼ばれた男の頭に、昨日の夜の事が思い浮かんできた。

「…」

数瞬の沈黙を経てみる。

不思議と、初対面のこの女性に昨日の事を話す気になっていた。

「あと何年生きられるかって考えて、何でか知らんけど、泣いたばっかりだ」

「不老不死はここに有るわ」

女は、円蔵の手を取りそう言い放った。

「屋敷にお招きしましょ。巻物はそこで買うわ」

女は、突然の事にぼうっとしている円蔵を引っ張った。

暑い日差しの季節、そうやって二人は家を出た。

最終更新:2012年03月27日 20:04