民話「悪魔の剣」1





~悪魔の暇潰し~





むかしむかし、いまからずっとむかしのことです。


ヒマを持て余した悪い悪魔はこうつぶやきました。


「あぁ、なんか退屈しのぎになりそうなことはないか」
「人間をひっかけて破滅に追い込むなんて楽しそうだな」と


仲間の悪魔達は、人間に関わるのはやめろと悪魔を制止しましたが、
悪魔はそんなことも聞かず、地上に降りていってしまいました。










悪魔が向かった先はとある工房でした。
その中では、怖そうな親方とまだ歳の若い職人見習いがなにやら言い合いをしているようでした。

「しめしめ」

悪魔は薄ら笑いを浮かべると、話が終わり落ち込んでいる見習いの青年にまるで天使のようにキレイな女性に化けて近づきました。

「誰だ!?」

青年は大声を上げましたが、目の前の女性に化けた悪魔は聖母のような微笑を湛えこういうのです。

「私は神の使いです。迷える若人よ。そんな顔をしてどうしたのですか?」
「また親方に怒られてしまった。僕の才能はこんなものではないのに、どうして認めてくれないのだろう」

青年の悩みは、職人として一人前と認めてもらえないことでした。
幾度も幾度も作品を作れど、親方はそれを突き放し、壊してしまうばかり。

自分の努力が認められない青年は、涙を流しながら悪魔に訴えました。


「努力を認めてもらえないなんてなんて可哀想な!そんなあなたに、私が力を貸してあげましょう」
「ああ神様!僕を助けてくださるのですか」

信仰深い青年は目の前の神の使いの言葉に耳を傾け、うやうやしい仕草をとります。
そんな青年の大きな手をそっととると、悪魔はこういうのでした。

「大丈夫。私を信じて下さい。きっとうまくいきますよ」










「あそこにいるのは邪教の信徒です。彼女の血でこの剣を染め上げれば、神の加護を強めることができるのです」
「そんな・・・!まだ若い女の子じゃないか。それに・・・・」

街にでた二人は、道端で踊る少女を眺めていました。
少女の踊りは勇ましく、また優雅なもので街の人々はその踊りに拍手を送っています。

悪魔はそんな少女を視界に収め、微笑みながら残酷に青年の作った曲刀を弄ぶ。
そんな彼女に青年は後ずさりしながら、青ざめた顔で口ごもってしまったのです。


「それに?あなたはみんなに認めてもらいたいのでしょう?」
「いや、そんなことじゃない。いくらなんでも・・・」
「奴らは我々の神を侮辱し、この世界に災いを齎すのです。こんな者たちなど、人間とみなしてはなりません」

こんなことはいけないのではないだろうか。
青年の言葉を残酷にも悪魔は切り捨て、青年に甘い言葉をかけます。

何度も、何度もです。


「神を信じなさい。神は邪教徒を殲滅せよと仰っています」
「ほ、本当なんだろうな!?ああ・・・神よ・・・・!」

やがて悪魔の甘い囁きを完全に信用した青年はすっと震える手で刀を握り締めました。


そう・・・彼は


「なんて信仰深い青年なのでしょう。さあ、踊りが終わって人が退いた時を狙うのです」

悪魔は青年の背中を後押しする。
青年は、刀を持ったままその場を立ち去ろうとする少女の後をつけていきました。


「あなた、だれ?」
「・・・・・」

街から外れた森の中、人の気配を感じた少女が振り返る。
少女は放浪(ジプシー)の民。放浪の民を毛嫌いする人間の多い街の中には、寝泊りすることが出来ませんでした。
だが、青年にとってはこれがなんとも都合のいいことであったのです。

街の中では、人目が多すぎるからです。

青年の手に刀が握られているのをみた少女は、悲鳴をあげようとしますが、そんなヒマすら与えることなく青年の手にした刀が、少女の胸をすっと貫きました。
耳障りな鈍い音と、血飛沫が飛んで、少女はぐらりと地に伏せ動かなくなりました。



「・・・・っはぁ、はぁ・・・こ、これで・・・・!!」
「よくやりました。これであなたのその刀は、より強き神の加護を得られることでしょう」

物陰に控えていた悪魔は青年を褒め称えます。
少女の血がついた顔をそっと撫で、血を拭うとするのでした。


「あ、あああ・・・あああああ!!!!お・・・おおおおれは・・・・!!!」

悪魔は付着した血に怯える青年をそっと抱きしめ、子をあやすようになだめます。
そして青年の心の中は、もわもわとした罪悪感と狂気がないまぜになった感情に包まれていくのでした。

「そうだ。異教徒退治の記念にこの剣に名前をつけましょう。何かいいものはありませんか?」

長い沈黙の果て、悪魔の問いに青年は答えました。

「・・・・・赤い宝玉が5つついているから、コーネリア。どうでしょうか?」
「素敵な名前ですね。きっと彼女もさぞ浮かばれたことでしょう・・・ねぇ、コーネリア」

すると、なんと青年の手にあった刀がかたかたと動き出し、その手から離れたではありませんか。

「これは・・・・!?」

驚きおののく青年の目に映った光景は、先ほど切り殺した少女が自身の作り出した剣を手にこちらに向けている光景でした。
なにがなんだか解らない、混乱した青年を余所に少女は一歩一歩青年へ歩みを進めるのです。
悪魔にすがりつこうとしますが、その姿はいつのまにか消えていました。

「ひっ・・・!!?」

青年は更に後ずさりします。
しかし、剣を手にした少女の歩みは止まりません。


「うわああああああっ!!!!」

青年は、悲鳴をあげながらその場から逃げ出しました。


走って、走って、走って


コツコツ・・・


走って、走って、どこまでも走って


コツコツ・・・


遠くへ、遠くへ逃げても逃げても刀を持った少女は青年をただまっすぐに追ってくるのです。
そして、青年は森から街の外れまで逃げてきた所で疲れて転んでしまいました。


コツコツ・・・・・・・・




転んだ青年がはっと振り返った先には ――――――








その後、全身を切り刻まれ、バラバラにされた男の遺体が街外れから発見されたのはその日の夜のことでした。
しかし男の殺害に使用されたと思われる凶器だけは、どんなに探しても見つからなかったそうです。



その光景を天使を騙った悪魔は高笑いしながら見届けると、更なる獲物を探して彷徨うのでした。







最終更新:2012年05月03日 00:33