民話「悪魔の剣」4
~狩人と大熊~
*
○の月××日
聖域各地の民俗学を探求している私は、運よく古くから狩猟を生業としている亜人の部族の女性と知り合った。。
彼女は集落の禁忌をおかしてしまったようで、村八分にされ渋々街へ出てきたという。
そんな彼女は自嘲気味に笑う。
「私、よそ者を集落にいれてしまったのですもの。しかたないわ」
どうやら彼女の部族が暮らす集落は非常に閉鎖的な所らしい。
そんな所の話を聞けるなど滅多にないチャンスだ。
そして、彼女は重い口を開く。
「随分昔はかなり開放的だったというけれど、こうなってしまったのには理由があるらしいの」
「理由・・・ですか」
大変興味深い話なので、手記に記しておこうと思う。
「これはね、私の部族に古くから伝わる話なんだけどね・・・」
「古くから・・・ですか。どれくらい古い時期のものかご存知ですか?」
夜の帳の中、ぽっとランタンに明かりが灯る。
私の目の前の女性はそう呟くと、ごくごく落ち着いた様子で話を始めた。
「そうねぇ・・・大体300年前くらいとは言われているのだけど、詳しいことは解らないわ」
「そうですか」
「なにしろ、噂話というか・・・言い伝えのようなものだしね。でもみんな今でもそれを信じていてね。それで余所者に厳しいのよ」
*
その日は大変雨の強い日だったそうです。
部族の女性である若き狩人は、狩りを終え、集落に戻るべく森の中を駆け巡っておりました。
彼女は非常に足が速く、力も強い逞しい女性で、部族内では男も女もみな彼女には到底勝てないほどでした。
そんな時のことです。
雨の森をまるで風のように駆ける彼女の目にふと、何かが倒れているのが入り込んできました。
「・・・あら?なにかしら」
彼女が何かに近寄り、まじまじと見てみると、まるでこの世の人間とは思えないほど美しい美少年がそこに倒れていたのです。
長い黒髪の少年で、体格は華奢。まるで女性のように肌もきめこまやか。
思わず嫉妬をしてしまうほどの容姿の少年に、狩人は一目ぼれをしてしまったのです。
「君、大丈夫!?」
「う・・・うう・・・・・」
少年は衰弱しきった様子で、苦しそうに呻き声をあげています。
どうやらこの森に迷い込んだ旅人のようでした。
「・・・待っててね。今、助けてあげるから」
女性は華奢な少年を担ぎ上げると、集落へ急ぎました。
数日後、降り続いた雨はすっかり止み、あの日森で助けた少年もみるみる内に回復していきました。
少年にどこから来たのかと尋ねてみると、少年は近くの街から逃げてきた迫害された民族の子であるようで、行くあてがないと女性に泣きすがりました。
そんな少年を哀れに思った女性は、集落に少年を匿うことにしたのです。
少年は集落の一員として迎えられ、女性に狩りを教わったり共に笑いあいながら親睦を深めていきました。
その笑顔の奥に、残酷さを隠しながら。
*
数年後のことです。
すっかり恋人同士となった狩人と少年は、婚約の約束をしていました。
おかしなことに、少年はあの雨の日の姿のまま髪も爪も伸びることがありませんでした。
ですが、亜人種の中にはそういった民族もたくさんいることを集落のみなは知っていましたので、特に疑うことはなかったといいます。
「いよいよ明日が婚約の日だね」
「そうね・・・嬉しいわ。それじゃ、今日も狩りにいってくるわね」
そういって口付けを交わす二人。
少年に手を振ると、狩人は狩りへでかけていきました。
狩人の背中を笑顔で見送った少年は、まるで人が変わったように邪悪な笑みを浮かべ、口元を吊り上げるのでした。
そうして、少年は誰にも行く先を告げず森へ入っていったのです。
「今日の獲物はあの大熊ね・・・」
それから少し経って、森を駆け巡っていた狩人が、獲物を発見しました。
大きな黒い大熊です。
少年が作ってくれた弓に矢を番え、女性は大熊を狙います。
凄まじい勢いで放たれた矢は、熊の脳天を貫き、そのまま疾風のように消えていきました。
「やったわ!!」
女性が仕留めた熊に駆け寄ってみると、おかしなことに熊の姿はありません。
「・・・・・あ」
その代わりに、夥しい血の池の中で倒れていたのは、
村で狩人の帰りを待っているはずの少年でした。
少年の変わり果てた姿を見た狩人は、おぼつかない足取りで森の奥へ入り、
高い崖から飛び降り、風となって溶けていったといいます。
その後のことです。
集落付近に大風が吹きすさぶようになり、まるで余所からの侵入者を阻むようになったというのは。
後に彼女の末路を聞かされた集落の呪術師たちが、供物を捧げ彼女の御霊を鎮めると、
この大風はぴたりと止まったといいます。
ですが、再び彼女が悲しまないように、彼女のような人間を生み出さないように。
この集落は余所者にとても厳しくなったそうなのです。
「・・・あぁ、女ってちょろいものだね」
*
当初この手記を手渡された筆者こと私○△は、一連の民話の元となった悪魔「××××」が引き起こした惨劇とは結びつかないだろうと考えていた。
しかし、調査を進めるに当たって、多くの類似性が発見されることとなった。
この逸話の真相は今や不明だが、恐らく彼女も悪魔に人生を狂わされた哀れな犠牲者であると私は考えている。
先にも記したが、このような悲劇を繰り返してはならない。
一人でも多くの人にこの悲劇を知ってほしい。
そこで、私は古くからの友人である民俗学者に手記の写しを貰い、民話の一つとして編集し、掲載したのである。
四話 ~狩人と大熊~ あとがきより
最終更新:2012年05月05日 03:24