点在する低木に、春先で伸び始めた草花。鮮やかな新芽の緑と、彩りのある花々がよく目についた。
街道の端にはるはずの町は見えないが、それよりはるか遠くの山はよく見えた。
それはどこにでもある、ありふれた平原だった。
今はその一画に、血や焼け跡が広がり、死体が転がっている場所がある。風に乗ってほとんど散ってしまったが、未だに爆煙や血のにおいも残っている。
そこで先ほど繰り広げられた賊との戦闘も、自分達にとってはありふれたものだった。
ありふれたものであるはずだった。
「お墓を建てましょう」
村正に声を掛けられ、
マウロはようやく荒れた一帯から目をそらした。
いつの間にいたのか、隣に村正が立っていた。今はマウロが座っているため、目線は村正の方が高い。
「墓?」
間抜けにも聞き返したマウロに、村正は凛とした声で「はい」と言った。
火傷や土で痛々しく汚れてしまったその顔は、死者を悼むよりもむしろマウロを心配し憐れむ想いで曇っているようだった。
反射的に頷いてから、マウロは小さく声をあげた。
「……死体、ない」
ミニマは燃えてしまった。それは確かなのだが、あちらこちらに戦闘の爪痕が残る状態では、それがどこなのかもはや判別できなかった。
お墓と言えば、死者を土の下に埋めそこに墓標を建てるものだ。
しかし、村正は首を横に振る。
「それは問題ありません。死者を弔う気持ちこそが大事なんです!」
そう言って、村正は小さく土を盛りはじめた。その少し後ろで、彼女の馬の枝垂が大人しく草を食んで待っている。
「なら……これ」
もそもそとマントの中を探り、マウロは土が入った小さな鉢植えを村正に差し出した。
ミニマを連れて歩く時に使っていた物だ。
マウロの意図を察し、村正は持った土の上に鉢植えを逆さまにして置いた。
誰が見てもわからないだろうが、小さな墓が完成した。
マウロとて、墓にはいろんなものがあることを知っている。
その中には、無名の墓や遺品が添えられているだけの墓があることも。
全て、等しく死んでいった者達を弔うために。
「あとはお花ですね」
「…………うん……そう、だな」
村正が近くの花を摘んできて供えるのを見ながら、マウロは今更のように気付いた。
自分は、まだミニマの死を認めきれていないのだ。
時間を置けば、きっとまた土から顔を出して不満そうに声を上げるのだろうと。墓を建てるなど、考えもしなかった。
もちろんそれを村正に教えることはないのだけど。
代わりに、持っていた食料と種を全て墓の近くに撒いた。
水も。
供えるにしてはぞんざいなやり方に、村正は首をかしげる。
「何をなさっているんですか?」
「はら、へった」
「はぁ?」っとさらに怪訝そうにする村正に構わず、マウロは唱えた。
「
リグロウ・ベリー
」
ぽそりと呟くような詠唱だったが、変化はあった。
撒いた種が、芽吹いた。それが墓を囲むように絡み合い、近くの食料も巻き込んで育っていく。
やがて、花も咲かずに大ぶりの実ができた。
マウロは三つなったそれをもぎ取り、一つを村正に、もう一つを様子見に近づいてきた枝垂に渡す。
「これは……?」
きょとんとなる村正をよそに、マウロは実を一口齧った。
「まほー。必ず、実がなる。うまい」
赤い色をした実はリンゴよりも大きく、中は瑞々しく熟れていて甘酸っぱい。
まだ腑に落ちないながらも、村正もマウロに礼を述べて実を食べる。口に合ったのか、わずかに村正の顔がほころんだ。
しかし次の瞬間、マウロが口にした一言で真っ青になった。
「俺、いたとこ、死者を食って弔った」
「っ!? っゲホ! ゴホッゴホッ!!」
盛大にむせた。
「都市伝説。今はふつーの土葬」
「あ、当たり前です! 死者を穢すような習慣など、廃れるに決まっています!」
村正が目を白黒させて怒鳴っても、マウロは微笑するだけだった。
「その実、今日のお詫び。多分、怪我にいー」
最後に「驚かせてごめん」と加えるマウロに、村正は不満そうでありながらもマウロを許した。
「ありがと」
マウロはさらに目じりを下げると、あとはひたすら実を租借した。
しかし、考えないようにすればするほどマウロの中で思考は巡っていく。
都市伝説の中では、人は死した親しい者を再び血と肉と骨にするために、食ったのだという。
その意味や価値観がどうであれ。
今自分の食べている実が、再び自分の中でミニマになるとしても。
もう、二度と自分の『種』を育てることはないだろう。
最終更新:2012年05月19日 22:21