※いつぞやのなりちゃ幕間のプロット的な小説でしたがせっかくのお気に入りなのでうpする事にしました。
※なので時間軸及び現行の登場人物との関係性などは一切ございませんご容赦下さい。
新月の夜だった。
星すら息を潜めた真っ暗な空の下、森に囲まれた村に点在する生活の灯が、今宵の星がわりである。
その灯を見下ろす影がひとつあった。……女だった。闇に溶け込むような黒づくめの簡素な衣装に、闇にぼんやりと浮かぶ月のように明るい山吹色の長い髪。それに縁取られた不健康な色合いの顔には、恐怖と不安とがない交ぜになった表情が浮かんでいる。
女が、動いた。蒼白な表情のまま、闇空に向かって利き手をあげて……そこで止まる。
―……駄目、出来ない。
葛藤渦巻く心中で、そう叫ぶ自身の声がある。ぼろぼろに壊れた女の精神に残された唯一の良心であり、臆病者だった。
―……駄目、出来ない。
―……出来ないんじゃない、やりたくない。
―……違う。やりたくないんじゃない。やってはいけない。
今日、夢を見た。悪夢だった。女の精神が壊れていく……否、壊されていく夢だ。
哀しくて、辛くて、解らなくて……そして、強く恨んだ。この世のありとあらゆるものすべてを憎んだ。そんな夢。
酷い吐き気と動悸に襲われて、女は飛び起きた。そうしてその衝動のまま着替えもせず飛び出して、今に至る。
―……駄目。これは、駄目。
―……これも、駄目。
―……あれも駄目、それも駄目。
―……じゃあどれならいいの?
―……解らない……。
頭の中を、記憶が、先程の夢が、嵐のように激しく暴れる。女の心中は更に荒れた。どうすればいいのか解らない。動いてはいけない、という声と、このまま考える事を放棄してこの衝動のままに動きたいという思いの狭間で揺れていた。
と、その時、突如女に声が駆けられた。口から心臓が飛び出るんじゃないかというくらい女は驚いて、次いで恐怖して、恐る恐る声のした背後を見やる。そこには、今現在女を『飼っている』―……と、女は思っている……―ロボットがいた。
―……ごめんなさい。逃げるとか、そういうつもりじゃなかったの。
―……ただ、嫌な夢をみて……。
―……何をしようとしていた、って?
―……ただの、八つ当たり……。
答えるとロボットは、寒くないか、とまた突拍子もないことを聞いてきた。春の夜はまだまだ冷え込む。女は寒かったので、素直に頷いた。けれど、身体が凍えそうなのは、寒さのせいではないだろう。するとロボットは質素な布を女にかぶせてくるませてやった。動かなかった利き手は、その時に下ろした。ロボットのくせに、と女は思う。今のロボットってみんなこうなのかしら。
そうしてロボットは問うてきた。八つ当たりとはどういうことかと。
―……わたしはおかしくて、でもおかしいなりに努力はしてきた。
―……それでも周りは認めてくれなかったの。わたしの努力が足りないとか、頭おかしいからいくらやっても無駄だとか。
―……もしかしたら本当にそうかもしれないし、どうしようもないことなのかもしれない。でも、わたし、頑張ったのにな。
―……そう思ったら、悪いのはわたしじゃなくて、認めてくれない周りなんだって思い始めちゃって。
―……そしたら、全部、憎くなって、ぶっ壊したくてしょうがないの。
―……でも、あの村はわたしがこうなったことに関係ないでしょう? だから、八つ当たり。
―……駄目、出来ない。
ロボットは、すればいい、と言った。そうして女の背後に立ち、女の利き手をもって上にあげさせる。それは、男女がペアで舞踏を始める前のポーズによく似ていた。
この手を振り下ろすだけ。やってみればいい。何かが変わるかもしれない。ロボットはそう言う。
―……駄目よ、怖い。
女は答えた。自身の中にこのような腹黒い感情があることが、恐ろしかった。女は自分が解らなくて怖かった。壊したい、やってはいけない、戻りたい、戻れない、理解したい、理解されたい、憎たらしい、怖い。
ロボットは少し思案したのち、妙案だと言わんばかりに、こう言った。
怖いなら、一緒にやってやろうと。
女は驚いて目を見開いて、手を取られたままロボットの方をみた。新月の夜は灯りが一つもなく、相手の顔を見ることは叶わない。故に、相手が何を考えているのか全く分からなかった。いや、顔をみても解らないだろう。
どうした、とロボットが丁寧に首を傾げる仕草をした気配を感じた。
―……どうして。
―……めんどくさいとか、おかしいとか。
―……思わないの?
解らない、とロボットは答えた。曰く、特に何も感じない、と。
それを聞いた女は、何故だか心がすっと落ち着いた。女は精神が破綻して、人間不信気味であった。それでもロボットとこうして話せるのは、ヒトではなかったからだ。
……その無関心さが、今の女には心地よかったのだ。そうして、臆病者は影を潜めた。……潜めてしまった。そうして明確になったのは、やり場のない憎しみ。
女が、動いた。ロボットに支えられた利き手を、眼下に広がる『星の煌めき(せいめいのともしび)』に向かって、振り下ろした。
瞬間、辺りの闇そのものが蠢いて、沢山の毒蟲や魔物の形をとり、灯火に殺到する。それは汲めども尽きぬ魔の泉の如く、溢れた闇が、眼下の星を覆い尽くした。
最終更新:2014年11月19日 23:41