モノには役割があるという。
例えば食料には腹を満たすという役割。しかしこの食の娯楽化した時代、それだけでは人々は満足せず、食料には舌を満たすという価値も求められるようになっている。
それはまぁいいとして、そのようにモノには何らかの付加価値があり、その価値を誰にでも視覚的に捕らえられるように値段という形で表しているのだ。
しかし、その値段が零となったモノに・・・価値がないと見なされたモノは捨てられる。
尽きてしまった電池など、誰も必要としないように。
私の名前は鉢屋。契約型召喚獣の一種。
一種というのだから、「鉢屋」というのは私特有の名前ではなく種族名みたいなものだ。つまり「鉢屋」はこの世界にいくらでも存在している。
「鉢屋」の特性として、他の召喚獣とは違うところがある。我らと契約したいという意志と魔力の保有量に縛られないところ・・・つまり我らが主を選ぶ権利が最大限に保障されているところだ。
我らが契約したいと望む者の前に、自ら望んで足を運ぶことができる。
まぁそんな特性があるせいか享楽的な性格・・・否、野次馬根性持ちなやつらが多い鉢屋衆。
けれど、このように考える私は、その「鉢屋」の中でもかなり違うようだ。
私にはそれが理解できない。何故なら私にとってはこれが当然として心の中に存在しているのだから。
「・・・・ッ!!!」
プツン、と糸が切れる感じがした。
それは驚くほど軽く、簡単に切れてしまった音だったが、鉢屋にはまるで身を引き裂かれたような衝撃が襲い掛かってきた。
主と自分を繋いでいた、契約という名の糸が切れたのだ。
では主は・・・死んだのだ。あの工廠で、傭兵達に討たれたのだ。
鉢屋は遁走していた足を止め、虚空をつけていた狐の仮面越しに見上げる。
そこには目が痛くなるくらい、雲ひとつ無い真っ青な空が広がっていた。
視線を前に戻すと、仮面が少しずれる。それを直してから、また人知れず走り出した。
そうして鉢屋がたどり着いたのは秘匿された研究所。自分の主が所属していた場所だった。
自分の仲間に合流しろ、というのが彼の命令「だった」。
そう、契約主がいなくなったその時から、彼は既に契約主の持ち主ではない。だからその瞬間から命令に従う必要は一切ないのだ。
つまりそれは召喚獣としての役目を一つ終えたことである。
しかし鉢屋は研究所内部へと歩を進める。これは気まぐれだ。最初にここにきたときと同じように。
ガシュウッ、と鉢屋を認識すると独りでに扉が開いた。
ガラス張りの大部屋、そのむこうには大小様々な光が湛えられている。その目の前にいたのは、廃人同然になった女と車椅子・・・・否、それを押す男。彼がこの研究所の最高権利者だった。
彼はわかりやすく眼をまるくして鉢屋をみた。
「おや・・・もう二度と戻って来ないものかと思ったよ!ハハッ!」
「いえね、合流するように言付かってましたモンで。」
「亡き主からかい?」
「・・・ええ、まァ。」
内心で、もう知っているのか、と狐の仮面の下の眉を潜めた。いや、この近代文明機器、関係ある施設に何らかの異常が発生したら信号か何かが発信されるようになっているのだろう。
「・・・・で、オレはどうすればいいですかネ。」
「ハハッ、主の遺言に従うのかい、感動するね!」
「そりゃドーモ。」
「・・・命令に従ってもらうよ、合流した以上はね、ハハッ!」
本来ならば契約主亡き今、鉢屋が自由の身で、ましてや契約主でもなんでもない彼に従う理由も義理もなかった。しかし。
「・・・まぁもともとこの事件が面白そうだからとついてきたわけですし、報酬(魔力)ないのには目を瞑りますよォ。」
そう答えて、鉢屋はくるりと軽やかに回って闇に溶けて消えた。
そうだ、私とて「鉢屋」だ。
最初ここに来たのだって何かが渦巻いていたからだ。それを真実を知りえる立場から見届けたかった。契約型召喚獣として、ヒトとは違う時を歩む身、何か刺激がなければ、怠慢なただ時だけが流れる日々などつまらなくて気が可笑しくなってしまうだろう。
我々はそういう生き物だ。
そして「私」は、これでも「召喚獣」なのだ。
だからヒトに仕え、使役されることが至幸。それが召喚獣の本能なのだという。
事実私はそのとおりだ。しかしそれは今失った契約主を大事にするということとは違った。
仕える相手のいない召喚獣など、一体なんの価値があろうか。
(・・・価値がないモノは・・・・存在しないモノのように、無視される・・・・・。)
くつ、と鉢屋は嘲笑(わら)った。やはり自分は鉢屋としても、召喚獣としても可笑しいのだろう。
そんなこと、知ったこっちゃない。
私はまだ、召喚獣で在りたい。或いは、この身泡沫に消えるまで。
最終更新:2012年03月28日 00:58