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ここはどこなのだろう――――
茶髪の女子高生・綿原加奈は、不安というよりも困惑に近い面持ちで起床したばかりの眼を擦る。
呑気に欠伸なんかを漏らしている姿はどこから見ても普通なことこの上なかったし、現に彼女はごく普通の女子高生だった。
ちょっとばかし内気で臆病な、どこにでもいるような逸材。
スポ―ツが万能というわけでもなければ不思議な力を持っているわけでもない、ただちょっと日常から遠ざかってしまっただけの少女。
加奈は未だ寝ぼけた様子で周囲を見渡す。
どうやら、彼女のいる場所は神社らしかった。
大きな赤色の鳥居を見えるし、自分が凭れ掛かって寝ていた場所を改めて確認してみれば、それは賽銭箱だった。
木の素朴な感触が心地よくて、もしもこれが本格的な睡魔との闘争だったなら、迷わず二度寝を選んでいたろう。
ふあ、ともう一度欠伸をする。
どうやら現在は朝らしいけれど、いやに目覚めがいい。
寝起きは目がひりひりと痛んだり、妙な気だるさがあるのが常である筈なのに、今の彼女にそういった障害は何もなかった。
あまりにもクリ―ンな目覚め。
しかしだ。
自分の置かれている状況への疑問さえ抱かないほど、彼女は間抜けな人間ではなかった。
臆病であったからこそ、現実逃避が出来なかったのだ。

(あれ……? 確か、私電車の中に……)

思い出すだけでも身体が震えてくる。
一瞬悪夢だったのではないかと思ったが、いくら何でもそれは都合が良すぎるというものだ。
あんな夢を脳内で描けるのなら、それこそ作家にだってなれるだろう。
思い出す。思い出さなくてもいいことを、思い出す。
いつもの帰宅途中に自分は電車に乗った。
いつも一緒にいる友人と、その元クラスメイトに、帽子を被ったまだ子供らしさが抜けていない腕白な少年がいた。
しかし電車は人身事故のために止まり、そこから――

(そうだ、私たちは電車の中に閉じこめられてたんだ)

――電車の中で、ホラ―映画さながらの事態に陥った。
消えた乗客たち。
目の前で黒焦げになって死んだ乗務員。
正体不明の、おおよそ人間とは思えない数々の化け物。
背筋が粟立つのを感じた。
こうして記憶を掘り起こすだけでも歯が小さく震えるのだ、あの電車にあのまま居続けたら発狂していたかもしれない。
いや、それどころか――自分だって、死んでいたかもしれない。
大切な友達の安全が保障されていないのが気掛かりとしては気掛かりだったが、やはりどうしても助かったことへの安堵が勝ってしまう。

(でも、ここどこだろう……?)

問題は、ここがどこなのか分からないことだ。
少なくともこんな神社に見覚えはない。
加奈の住む町に確か神社なんて――あったかもしれないが、それでもこんな風体ではなかっただろうと確信さえ出来る。
これでは、一難去ってまた一難。
面倒事が一つ消えたと思ったら、また面倒が舞い込んできたようなものだ。
ついてないなあ、と加奈はため息を漏らす。
それでも加奈はあの電車の中にいる時と比べて、格段に精神を安定させることが出来ていた。
閉じこめられているという極限状況下での緊張や不安が、広い外の世界に放たれたことによって一気に和らいだからだ。
知らない場所とはいっても、ちょっと探せば交番か公衆電話くらいなら簡単に見つけることが出来るはず。
そこからお家に電話を掛けてみるなり、お巡りさんに相談してみるなりすればいいや。
何か忘れているような気もするけど、思い出せないくらい些末なことなら別に後回しにしたって損はするまい。
電話があったら、まずは友人の綾乃に電話をかけよう。
彼女たちの安否も気に掛かっていることだし――まぁ、自分だけが助かったとは考えにくいし、多分大丈夫だとは思うが。

(それにしても、怖かったなあ――……)

人とはあんなに簡単に死んでしまうものであることを、これまで綿原加奈はまるで知らないまま生きてきた。
だから怖かった。
自分や他人が死ぬのが怖かった。
助かって良かった。
家に帰るまでが遠足というわけではないが、自分の家にたどり着くまでは決して安堵することは出来ないだろう。
れでも安堵する。
自分は死ななくて済むのだから。
生きて帰れるのだから。
帰れる。
だってあの電車の悪夢はどういうわけかこうして終わっているし、あとは大人の人でも捜して助けを求めればそれでいい。
学校にだってもう一度行ける。
決していい思い出の場所ではないけれど、一度は死の淵すれすれまで追い詰められたからか、ひどく恋しくさえ思えた。
何か忘れている?
――いいや、何も忘れてはいない。
思い出せないくらいどうでもいいことなら、あとでゆっくり考える。
お風呂に入りながら、テレビを見ながら、部屋で音楽でも聴きながら、ベッドに寝っ転がりながら、考えてやる。
今はどうでもいいことだ。
今はどうでもいいことだ。
今はどうでもいいことだ。
今はどうでもいいことだ。
加奈は自らのディパックを持たないまま、自分を助けてくれる大人を捜して歩き出した。
交番がなければ何ならコンビニだっていい。
人を捜そう。
電話をかけよう。
帰ろう。帰ろう。帰ろう。
怖いものなんてもう何もない。
悪い夢のお話はもう終わったんだ。
あの電車からも解放されているし、怖いものはどこにもない。
空も明るいし、お化けが出るにはちょっとばかし早すぎる時間帯だ。
朝帰りなんてしたら怒られるだろうけど、理由をちゃんと説明すればきっと分かってくれる。
そういえばあの電車はあれからどうなったんだろう。
人が死んでるんだから、たぶんニュ―スにはなっているはず。
思い出したくないけど。
加奈は様々な想いを胸に秘めながら、鳥居をくぐって目当てのものを探しに行こうとした、しかしそんな彼女を、呼び止める声があった。

「ちょっと、そこのアンタ!」

男性の声だった。
どこか女性らしさを演じようとしている、俗に言う『オネエ系』と呼ばれるような雰囲気があった。
心臓がどきりとしたが、恐怖から開放されたとはいえ独りぼっちで心細い状況だったのだ、素直にここは喜ぶべきだろう。
くるりと身を翻すと、向こうから走ってくる紫髪の青年の姿があった。
手にはディパックを持っている。
神社に置いてきたそれを、わざわざ持ってきてくれたらしい。

「良かった。とりあえず他の参加者と会おうと思ってたんだけど、まさかこんなにすぐ会えるなんてね」

参加者――?
覚えのない単語に、加奈は首を傾げる。
その動作に青年も訝しげな表情を浮かべ、僅かではあるが困惑するような様子を示した。
参加者って、なに?
加奈は脳内でその単語を何度か反芻して、それでも疑問符を浮かべた。
参加者という単語そのものの意味は分かるが、自分は別に何かのイベントに参加を表明していたような覚えはない。
そのディパックだってそうだ。
それは私の物じゃない。私はそんなもの持っていない。
だから持って行く理由がなかったし、神社に置いてある物を勝手に持って行ったら罰が当たるような気もしたし。
この人は何を言っているんだろう。
ここは普通の世界なのに。
化け物なんていない世界なのに。
人は死なない世界なのに。
広い世界なのに。
殺し合いなんて起きるはずもない――平和な平和な――

「――――?」

今、なにかおかしくなかったか?
どうして殺し合いなんて言葉がそこで出てくるんだ?
どう考えたって殺し合いなんて物騒なことをしていた覚えはないし、今のタイミングで出てくるのは絶対におかしいのに。
…………なにか、わすれている?
違う、忘れているのではない。
無理矢理頭の中の隅っこへ追いやって、その上から沢山のものを乗っけて見えなくしているだけだった。
―――ああ、知っている。
でも思い出したくはない。思い出したが最後、本当に自分は死んでしまうような気がして、怖くて怖くてたまらない。
そのくらいなら思い出さない方がいい、と加奈は思う。
ずっと目を背けていれば、怖いことなんて何もないんだから。
ずっと目を背けていれば、無視していれば、いやなことなんてどこにもないんだから。
”学校のみんな”が私にそうしてきたように――見なければ、なにもいやな思いをしなくて済むんだから。

「ねぇ、もしかして――覚えてないの?」

紫髪の青年は困ったような顔をして問いかけるが、加奈はそれに答えない。
答えたら、必死に取り繕ってやっと手に入れた平穏の幻想が打ち砕かれてしまう――また、怖いことがやってくる。
だから答えない。
しかしながら、沈黙とは時に肯定をも表すのだ。

「いい、よく聞いて?」

青年に悪気はなかった。
ただ、知らなかっただけなのだ。
そう、知らなかった。
今自分が目の前にしている少女が、人よりもずっと脆くて繊細な心を持っていることを、知らなかっただけなのだ。

「ここはね、殺し合いなのよ」

瞬間、もう堪えることなんて出来やしなかった。


「い、やぁぁあああああああああああ――――――――――――――――――――――あああああああっっ!!!!」


視界がぐにゃりと歪んで、がつんと鈍い痛みを感じた。
最後に、慌てて駆け寄ってくる青年の姿を視界に捉えながら、綿原加奈は恐怖に堪えきれずに意識を手放していた。


    ◇    ◇


「どうやら、目立った怪我もなさそうね」

最初に加奈が目を覚ました賽銭箱の前で、すぅすぅと寝息を立てる少女の姿を観察しながら青年・ギャリ―は安堵の吐息を漏らした。
目の前で眠っている彼女は、どうやら殺し合いが行われているという現実そのものから目を背けていたらしい。
だから真実を知らされて、ショックのあまりそのまま失神してしまった。
別に悪いことではないと、ギャリ―は思う。
むしろまだ十代半ばの女の子が突然こんなことに巻き込まれて、平然とした顔をしている方がおかしいのだから。
何にせよ、少しこの場を離れている間に目を覚ましでもしたら本当に彼女は壊れてしまうかもしれない。
彼女が目を覚ますまでは、動けないわね――ギャリーは加奈の寝顔を見つめながら思う。

(イヴ……それに、メアリー)

ギャリーもまた、綿原加奈と同じく日常から非日常の世界へと道を踏み外してしまった人間だ。
彼の場合は美術館の展覧会を訪れていて、気が付けば周りの来館者たちが一人残らず消えていて、終いには得体の知れない空間へと迷い込んだ。
結局、一生分を遥かに越えるくらいの怖い思いをしながら無事美術館を出ることができたが――まさかこんな仕打ちがあるとは。
自分だけならまだいいが、あの美術館から一緒に出た少女と、自分が事実上殺した『作品』までも、名簿に記載されている。
イヴ、僅か九歳にも関わらずしっかりした強い少女。
彼女にはハンカチを返す約束もあるし、マカロンを食べさせてやる約束もしている。
ここで死なせるわけにはいかない。
もう一人の見知った人物に、メアリーという少女もいるが、彼女が此処に存在している事実が、既に相当不可解なものだ。
メアリーは人間ではない。
画家ゲルテナが描いた一つの作品だ。
そしてメアリーそのものである絵画は他ならぬギャリーがライターで燃やし、彼女を完全に消滅させた筈なのだ。

「とりあえず、この子が起きたらイヴを捜さないとね……」

その前に、眠る少女を落ち着かせるのも大変そうだが。
やれやれ、とギャリーはため息をついた。
殺し合いは、まだ始まったばかりだ。


【一日目/朝/D-1・神社】


【綿原加奈@カノウセイ】
[状態]健康、精神恐慌、気絶
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本:――――――――
1:…………
[備考]
※少なくとも、常盤(偽)の感電死の後からの参戦です。また、仲間は誰も死んでいないと記憶しています

【ギャリー@Ib】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本:殺し合いには乗らない。イヴを連れて帰る。
1:女の子(加奈)が起きるまで待つ
2:メアリー……?
[備考]
※ED『再会の約束』後からの参加です


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最終更新:2013年01月17日 21:35