しゅるしゅるしゅる。
紙の上をペンが走る。
殺風景な部屋に、こつこつとペン先が紙の上から机を叩く音が響く。
互いの息遣いさえ手に取るようにわかる。
…死刑宣告を待つ囚人のようだ。
…判決を待つ大罪人のようだ。
ただ"黙っている"という時間が、こんなにも苦しい瞬間があるとは思っていなかった。
ただ"何もしてはいけない"という時間が、こんなにも恐ろしい瞬間があるとは思っていなかった。
「―――じゃあ繰り返しますが」
褐色の男が口を開く。
若い、仏頂面な男だ。
年齢は二十歳…を少し過ぎた辺りだろうか。
男にしては比較的高めの声が、机と明かりしか存在しないこの部屋に響く。
―――この部屋には『灰色』という印象がとても似合う。
暖かいモノなど何一つ無く、ただ淡々と事実のみを確認するだけの部屋。
誤魔化しは許されない。嘘は許されない。
ただ、己が成した悪行を吐露する場。
此処が何処かなど、正直余り覚えていない。
"京都の警察署"だというのはわかっている―――その取調室だということもわかっているのだが、はて、その詳しい住所までは覚えていない。
何もしていない人物が此処まで運ばれることはない。
警察に事情を聞かれる『何か』をしたからこの場に連行されているのだ。
しかし、自分が何をしたかというのも余り覚えていない。
朧気ながら覚えていることもある。
自分は、週末に酒の場で、この拳で誰かを傷つけた―――それだけ。
何か、とても許せないことを言われた気がする。
何か、とてつもない衝動に身を焼かれた覚えはある。
しかし、それが何かも覚えていない。
「俺の話、聞いてます?」
「ああ、すいません、よく聞いてなかった」
「…繰り返します」
ぽうっと呆けている僕に声をかけた警察官は、不機嫌そうに此方を睨む。
警察という役職に似合わない白い服装は何かの行事が開かれる前だったのだろうか、取調室室の灰色の中では酷く目立つ。
「貴方は○月×日―――時刻22時38分。
偶々同席した男性と口論になり、殴り合いに発展。
相手の男性が『お前の面を見てると酒が不味くなる』と発言したことにより、貴方はカッなり男性を殴りつけた。
その場では居酒屋の店主に止められ『双方に落ち度がある』と納得し和解し、金を払って退出した男を見送った…そこまでは、良いですね?」
「えっと…はい。そうなんだと思います」
「そうですか。では、続けます」
調書、というものだろうか。
褐色の男が紙にサラサラとまた何かを書いていく。
…自分の仕出かした事の大きさを現実として突き付けられると、脳が揺れるような感覚がある。
くらくら、ぐるぐる、視界が揺れる。
カッとなったとは言え、僕はたったそれだけの言葉で人を傷つけるようなことをしたのか。
自分が自分を信じられない。
暴力的にも程がある。
もしや自分にはもう一つの人格があって、そいつがやったのではないかと疑いたくなるほどで―――
「そして相手の男性が退店した後を追い、その男性と交際関係にある女性が出会ったのを確認した。
居酒屋から歩くこと約20分、人気のない道に入ったのを確認し―――後ろから男性の高等部を手持ちのナイフで一突き。次に喉を切り裂き、男性は即死」
「…は?」
「慌てふためく女性が叫び声を上げる前に口内にナイフを挿し込み、そのまま下顎を抉り取り黙らせた。
その後、男性の両親指を切断しその女性の両眼孔部に挿し」
「ちょ、ちょっ、待ってください!」
机を叩き、立ち上がる。
その振動と衝撃で明かりを提供してくれていたライトが傾くが、些細なことだ。
「ぼ、僕が殺し……!?人、ひ、人を刺し殺したって何なんですか…!?」
「何、とは?貴方が仕出かした事の確認を取っているだけですけど。
口論の結果、男女を刺し殺した。それだけでしょう?」
「それだけって…そんな、ふざけるな!それだけで人を殺す訳がないだろう……!!」
戸惑いと怒りで頭が沸騰しそうになる。
確かに口論をした覚えはある。
確かに殴った覚えはある。
だが、それだけだ。
其処から先は何一つ覚えがないし、何よりそんな恐ろしいことをこの自分が出来るとも思わない。
人として。
そんな"愚行"を自分が犯したとは思えない。
「…そうですか」
「そうですかじゃない…!何かの間違いだ、今すぐ取り消せ」
「取り消せ、と言われましても。
何も俺は嘘で貴方を騙そうとしてるんじゃない。
本当に―――貴方が殺ったことなんですよ」
その時。
褐色のの男が、初めて"喜"の表情を見せた。
男が懐から取り出した袋を机の上に放り投げる。
からん、と音がする。
赤い、固形物。
親指の爪よりも……少し、大きい。
「…わかりませんか?
これ、女性の体内に残ってたモノなんですけど」
褐色の男の口角が上がる。
大きく口を開く。
ゆっくりとしたその動作はまるで、食事を前にした肉食獣のよう。
男は己の口内に指を差し込み。
コンコン、と音を鳴らし指先で指し示す。
「―――貴方。奥歯、今も『ありますか』?」
「……へ?」
汗腺が、活発的に動き出す。
脳内が嫌なビジョンを写し出す。
目の前の袋入りの"固形物"が存在感を主張している。
まさか。
まさか。まさか。
まさか。まさか。まさか。
「おく、ば」
ゆっくりと。己の口内に指を伸ばす。
動揺で唾液が分泌されニチャア、と音がする。
ふるふると震えた指が口内の奥に進んでいき―――奥歯がある場所へと、辿り着いた。
いや。
正確には、奥歯が『あった場所』か。
「相当腹が立っていたんでしょうねえ。いや、減っていたのかな?
刺し殺し、惨殺した後に喰らいつくなんて―――女の方が、肉は柔らかかったんですか?」
「い、いや、待て、そんな」
「でも肉は千切れても骨は硬いですよねえ。カルシウム足りなかったんじゃないですか?
奥歯…ほら。罅が入ってますよ。
肉は柔らかくて美味しかったのに、硬いものに当たったから痛くて痛くて、慌てて落としてしまったのかな」
―――視界が、反転する。
女性の肉に刺さっていたと言われた、僕の"奥歯"。
記憶はない。
自分がそんなことするはずがない。
殺しただけでなく、そんな、人を、人を喰う、なんて。
…動揺で息が荒くなる。
視点が定まらない。
記憶はない。
己がそんな"愚行"を起こすはずがない。
なのに。
だというのに。
「血液も現場と遺体から大分減ってましてねえ。遺体は二人分あるのに、血液量はおよそ一人分だった。
…まるで。
誰かが傷口から溢れるのを延々と吸ったか、と思わせるほどでしたよ?」
男が言葉を紡ぐ度に―――『記憶にない記憶』が甦る。
赤子の頃のホームビデオを見せられているような気分だ。
身に覚えもないそれは―――鮮明な感覚として、胸の中に訪れる。
喉を潤す血液。
男のそれは、まるでステーキを焼いた後の肉汁で作ったソースのように油が混じっていて、それだけで充実感を与えてくれた。
腹を満たす肉。
女の皮に包まれたそれは、まるで焼く前の餃子のように柔らかく。
それでいて、極上の北京ダックを食しているような奇妙な感覚があった。
…ああ、もう、否定できない。
直視してしまった。
認識してしまった。
これは、僕がやったことなんだ。
僕は。
人を殺し―――喰ったんだ。
「ほら……ここに、サイン。
"供述調書に間違いはない"、と。
書いていただけますね?」
褐色の男が、悪魔のような微笑みで此方を見る。
震える指でペンを取り、調書に名前を刻む。
これで、僕の罪は確定した。
ゆっくりと顔を上げる。
男は変わらず、此方をにこりと見つめている。
そうすると。
眼帯。
男の右目を隠していた眼帯が、偶然取れたのだろうか、はらりと落ちて―――
―――其処に。
赫い。悪魔の瞳を見た気がした。
▲ ▼ ▲
「可哀想だなあ」
褐色の男は、ふと、そんな感想を抱いた。
勿論本心ではない。暇を持て余す故に口から漏れた意味のない言葉だ。
コンビニエンスストアで注いだ暖かい珈琲を口に運びながら夜風に当たる。
夜風で白を基調とした服がゆらゆらと揺れる。
川…それとも海だろうか。
土地勘がないためどちらかは知らないが、流れる水を眼下に納めながら橋の上で口内の苦い液体を味わう。
男女二人を殺し、一部を喰らった男のその後はどうなったかは知らない。
後は一部のお偉い様の仕事だ。
凶悪殺人犯のその後なんて、一介の警察官に任せてもらえるはずがない。
"相次ぐ凶悪殺人。その原因は"とか、昼のワイドショーで特集されたりするのだろうか。
別に興味の欠片もないが、自分が関わった者の末路として録画ぐらいはしてやってもいいかもしれない。
褐色の男はそんな、次の瞬間には忘れているようなどうでもいいことを考えつつ、夜風に当たる。
…東京より、ここは少し肌寒い。
それだけで別の場所に連れてこられたことを嫌というほど実感させられた。
どのようなテクノロジーが使われているのかもわからない。
東京に帰ろうともしたが、何がどうなったのか不明だがそれも出来ないようだ。
…感傷にも浸りたくなる。
帰らなければならない。
一刻も早く。
俺は、俺はオレはおれは―――私は、会わなければいけないヒトがいるのに。
苛つきを抑えられず、指先でトントンと腕を叩く。
…何時からだろうか。此が、男の癖となったのは。
「ん、んー、んふ……?
あれ、お巡りさぁーん?白い制服のお巡りさん、めずらしっ」
すると。
前後すら不確かで、足取りも覚束ない女が現れた。
髪は波のようにカールしており、カツカツと鳴るハイヒールに纏っているものはピンクのドレス…の上に、野暮ったいジャケットを羽織っていた。
何処かのキャバクラの女だろうか。
こんな人気の少ない場所を酔って歩いているのだ、頭の出来は良い方ではないだろう。
キラキラと光を反射するドレスも目障りなことこの上ない。
「えっへ、眼帯、クールじゃね?おしゃれ?あっやべ足ふらっふらしてる。
ねえ~、いぬのお巡りさん」
酔った足でハイヒールなど履いているからか。
かつんと音を立てて、女はゆらりと男に倒れ込んでくる。
余程泥酔しているらしい。受け身を取ろうともしない。
「はいはい」
だから。
その無防備な首が。
余りにも、落としやすそうだったから。
「こうでしょ」
懐から取り出した二本のナイフで―――女の首を切断し、返す刃で両肩から先を切り離した。
へぴょっ、と女は空気が漏れるような音を奏でつつ、糸が切れた操り人形のようにバラバラに地面に散る。
「あ゛~~~~~~~~~~~」
「…女、嫌いだァ」
思わず声が出る。
生身の肉を裂いた感覚が気持ち良い。
この男にもし、魔羅があったなら。
天を衝くほど喜んでいたかもしれない。
『…あらやだ。まーた殺したの?
後始末するの、わたしなんですけど!』
脳内に言葉が響く。
いつ聞いてもこれは気持ちが悪い。
脳内に誰かもう一人いるような気分がして、とても気持ちが悪い。
「それ、やめろって言ったよね」
『…うちのマスターは気性の激しいお方だこと』
スウウウウ、と。
青い粒のような光が、ヒトのカタチを形成する。
身体に纏った白い布。ところどころに、派手にならない程度の金のアクセサリー。
黒い長い髪に、少々目付きの悪い赤い瞳。
…これが、サーヴァント。
バーサーカー、というらしい。
真名―――サーヴァントとやらには隠している"本名"があるらしい。
男にはどうでもよいので、特に興味もなく忘れてしまったが。
「…喰べなくていいのかしら?
魔術師の魔力は体液によく溶ける…血液は充分魔力源になると思うけれど。
魔力のない一般人だとしても…ほら。
貴方が血肉を吸い私が魂を貰えば足しにはなるわ」
バーサーカーが女の死体を指先で指し示す。
「それとも。
"先程の男"のように、貴方の罪を擦り付けて楽しむのかしら?」
上機嫌なのは見るまでもなく理解できた。
バーサーカーは人が悶え苦しみ、仲違いし、憎しみ合うのを観察するのがそれはもうたまらないほど好きなのだ。
愛しているのだ。
バーサーカーに嘘はない。
つまり。
"男女二人を殺した"と取調室で自供した男は、その実、人など殺していない。
ただ、褐色の男にその夜の『獲物』として選ばれた男女は、その場の気分で殺され、バーサーカーに後始末を任せたのだ。
結果。バーサーカーの『能力』で男は自分の記憶にすら疑心暗鬼になり、奥歯などという言葉に騙され、ありもしない記憶を勝手に作り上げ、やってもいない罪を自供した。
殺したのも喰ったのも褐色の男。
何もしていない無実な男は檻に投げ入れられ、『本当に自分が殺したのだ』と一生自責の念に苛まれ続ける―――哀れな憐れな冤罪の出来上がりだ。
バーサーカーの『能力』。
狂気の檻に自らを閉じ込めるクラスであるバーサーカーだが、彼女の狂気は自らを犯すものではない。
己より発せられ、拡がる狂気―――伝染する狂気なのだ。
ソレに魅入られた者は理性も記憶も届かないところに放り投げて、己を蝕む疑心暗鬼に苛まれ愚行へと手を伸ばす。
マスターの褐色の男だけはバーサーカーとパスが繋がっているため"外からの狂気"に耐性が産まれたようだが、仕方ない。
それはそれで、まあ別にいいかと投げやりな判断を下す。
「ん、でぇ?
マスターは、この聖杯戦争どうするの?
血肉と魂を注いだ杯に、何を望む?」
バーサーカーの口元がニタリと歪む。
願い。
俺の、私の、たった一つの願い。
「会いたいなぁ」
思うと、ぽつりと言葉が漏れていた。
思い出が甦る。浮かぶのは、白と黒が混じったような"先生"と呼ばれる男。
料理を作る先生。
訓練をする先生。読書をする先生。
寝不足で資料を纏める先生。庭に水を撒く先生。武器の手入れをする先生。珈琲を飲む先生。泥棒猫と一緒にいる先生。殺す。久しぶりに出会って驚いている先生。クソ猫泥棒猫に唆された先生。ねこころす寝間着の先生先パーティーを生する生先生くそ猫先生次はバラす先生あいしてるだいすきどこにも先いかな先生いであなたがいないとわたっしは先生あのクソ猫だけには絶対に渡さない―――
「―――先生」
濁流と化し、混沌とした愛に身を捧ぐ。
この身は、たったそれだけの為に。
▲ ▼ ▲
―――サーヴァント・バーサーカーは、女神だ。
主神と女神の間に産まれた子。
"愚行"を誘発する女神。
サーヴァントとして呼ぶには大きすぎる存在。
しかし、実際現実として、彼女はこの京都の場に召喚されていた。
「……」
その事実が、バーサーカーを少し不愉快にさせた。
規格外の神の娘、女神であるにも関わらずサーヴァントとして呼ばれ、こうして現界しているということは。
それ即ち―――バーサーカーは、"英霊"程度にまで格が落ちているということだからだ。
バーサーカーは主神から人間界へ追放された女神。
神々の元へ帰ることを許されなかった女神。
人間界に溶け―――人間共の感情の一つとなった女神。
その事件が原因で、彼女から女神としての格が奪われ召喚可能な域にまで落ちぶれてしまったのかもしれない。
勿論、召喚されたということは少しでも召喚に応じるつもりがあったということだ。
…事実、少し程度なら現代を見てみたいなー、とは思った。
もう少し掌で慌てふためく虫けら同然の人間を見てみたいなー、とも思った。
故に、少し興味本意で召喚に応じてしまった。
失策である。
聖杯なんて興味はない。
手にしたところで叶える願いなどない。
神々の山へと帰りたい。故郷へ帰りたい。
そのような願いが無いと言えば嘘になる。
だがしかし、聖杯程度の奇跡でそれが成し得るとも思えない。
故に、バーサーカーは聖杯を欲しない。
スケールの低い杯など貰っても置き場に困るだけだ。
(ま、今回の主人はそうでもないみたいだけど)
マスターは、屈折している。
屈折し、捻れ、歪み、愛は崩壊している。
少女の如き純粋な恋心と、痛みしか知らなかった人生が絡み合い醜悪なコラボレーションを産み出している。
"不和"を司る女神を母に持つバーサーカー故に、視認しただけで理解できる。
この男―――いや、この"女"は。
とっくの昔に、心が壊れている。
それが生まれつきなのか、幼少期に何か痛い目にあったのかは知らない。
だが、決定的に人としての何かが欠けている。
愛情を痛みでしか表現できない。
そんな己自身を許容している。
とってもとっても性格が―――タチが悪い、恋に恋する少女の在り方。
(……でも、いいわ。
聖杯なんていらない。英雄の戦争なんぞに興味はない。
でも―――ねえ、トオル?
貴女の行き先だけは、興味がある)
かつて世界に神秘が溢れていた時代。
そんな世界でも見つからなかった逸材。
そんな素材が、どのような結末を辿るのか。
それが、とても興味があった。
バーサーカー。
主神ゼウスを父に持ち、不和と争いの女神ヘレナを母に持つと言われる女神。
狂気の神格化。
妄想。疑心暗鬼。破滅。
人間の愚行を司る存在。
真名―――女神アテ。
主神ゼウスにより神々の座より追放された、堕ちた女神である。
▲ ▼ ▲
女の死体は細かく切り刻んで水底にばら蒔いた。
別に自棄になった訳じゃない。
バーサーカーによる犯人の捏造は完了しているし、サーヴァントの偽装を通常の人間如きが感知できるはずもない。
もし死体が一般人に見つかったとしても、それは自分じゃない誰かが捕まるだけ。
ただ、余りにも女臭かったので、消臭の意味も込めて海に消えてもらった。
夜景を見渡す。
其処に、彼が―――"喰種捜査官"という職に就いている彼が一番に向かうべき場所はない。
どうやらこの京都には、自分が所属していた組織―――日本における対喰種機関"喰種対策局"は存在しないようだ。
喰種対策局の本局は東京にあるとして、京都ぐらいになら支部があってもおかしくはない。
"喰種"。人ならざる眼を持ち、捕食器官を持ち、人しか喰えない生物。
人の形でありながらも、人ではないもの。
それらを捜査し、人を喰らう前に駆逐するのが喰種捜査官の仕事だ。
だが。
喰種の姿は、此処に連れてこられて一体も確認できなかった。
匂いどころか、痕跡すら確認できない。
故に喰種対策局、通称"CCG"が存在しないのか。
CCGが存在しなければ、手に入れられる情報量は大きく減る。
それは困る。
一匹でも多く喰種を殺したいし、何なら人でもいい―――それに何より、『先生』を探すことが出来なくなる。
しかし、何の技術を使ったのか知らないが―――この場では自分は喰種捜査官ではなく、警察官などという職業に就いていることになっていた。
…RPGゲームで言う、役割(ロール)というやつだろうか。
同僚ほどゲームに詳しくない彼はそんなことを思いつつ、白い息を吐く。
右の目を隠している眼帯がゆらり、と揺れる。
彼の右目は―――いや。
そろそろ、此処で明かしておくべきかもしれかい。
褐色の男―――本名、六月透は男ではない。
所謂男装というモノだ。
ある年齢を過ぎてからは男として生きてきた。
別に、性同一性障害を患っている訳ではない。
ただ、男の女(じぶん)を見る目線が余りにも気持ちが悪くて。
自分が女であることに、酷く嫌気が差して。
だから、そう生きているだけ。
……ああ、でも。
"先生"だけは、違った。
穢らわしい男のような目線もない。
見ているだけの女のような図々しさもない。
勇敢で。
清廉で。実直で。
博識で。柔和で。それでいて―――
思い浮かべているだけで感情が溢れそうになる。
ああ、好きだ。
大好きだ。
何処にもいかないでほしい。
私のモノになってほしい―――ああ、一刻も早くあの泥棒猫から助けてあげないと。
その為には、此処から東京に帰らなければいけない。
運命があるのなら、此処に"先生"もいるのかもしれないが、確証はないのだから。
「ねえ、バーサーカー」
「…呼んだ?」
「君、強い?」
戯れに名前を呼ぶと返答と共に実体化した。
姿が見えなくとも常に側にいるらしい。
とんだオカルトだ、と思う。
「…そうね。じゃあ一つ教えてあげる。
英霊なんてのはね、どいつもこいつも自信があるの。剣が得意だったり、槍が得意だったり。
それだけじゃない。
騎士なんて連中は弓だけじゃなく剣にも魔術にも精通してるから"騎士"と呼ばれる。
英雄なんて連中は狂っていながらも偉業を成したから"英雄"と呼ばれる。
何か一つ。英雄には他の誰にも負けない"何か"があるの。
…わたしより肉弾戦で強いのなんて沢山いる。それこそ群がる羽虫のようにね」
「……」
「でもね」
使えないな、と思った先に言葉が続く。
どうせなら即座に聖杯戦争を終わらせるような、強い者が良かった。
しかし。
そんな思いを見抜いたかのように、バーサーカーの赤い瞳が此方を向く。
…その瞳は。
喰種の"赫"より、澄んだ神々しい"赤"で。
「―――こと『狂わせる』ことにおいて、私の右に出る者はいない。
破滅。愚行。自らの罪で消えていく呪い。
不義、不仲を増長させる病。
それが、わたし。
わたしの前では―――どんな英雄だって、正気じゃいられない」
それは。
"誰にも負けない"という、己の主に向けた宣戦布告でもあった。
ああ、良い。
女は嫌いだが―――このサーヴァントは、使える。
「そう。
じゃあ……殺そう?」
返答は、簡潔に。
歪みに歪んだ、殺人鬼の主と狂気の女神。
誰よりも狂った、暗い道が京都の闇を指し示す。
【CLASS】バーサーカー
【真名】女神アテ
【出典】ギリシャ神話
【性別】女性
【身長・体重】165cm・52kg
【属性】中立・狂
【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運E 宝具A
【クラス別スキル】
狂化:EX
バーサーカーのクラス特性。
理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル―――だが、彼女の場合、このスキルは宝具と彼女の在り方にて変質している。
よって、この狂化は彼女に施されるものではなく―――
【固有スキル】
魔力放出(雷神):A
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
アテの場合痺れ・焼き唸る雷が魔力となって放出され、それによる高速移動や飛行なども可能にする。
その由来は『主神・ゼウスを父に持つ』ことにより、『神ゼウスの娘である』という自己認識が彼女にほんの一部であるが父の雷撃を分け与えられている。
その一撃は上級宝具に匹敵するほど。
神性:A
神霊適性を持つかどうか。
ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。
本来は主神の血を引くとも、女神の血を引くとも言われているため本物の女神なのだが、失態の責任を追わされ地上へと落とされたため神性は大きくランクダウン。
サーヴァントとして召喚可能になった。
狂気の顕現:EX→A
破滅・愚行の女神としての恐るべき伝染する不和。
他者の理性・秩序を崩壊させる力。
強力な恐慌状態を付与することを主体としたカリスマスキルの一種で、他人を疑心暗鬼や後先を省みない愚行へと走らせる。
在りもしない罪。覚えのない闇。
疑心暗鬼は己への不信へと繋がり、身に覚えのない罪悪を植え付けられる。
本来ならEXランクだが、人間界へと落とされたことにより女神としても神格が下がり、Aとなった。
【宝具】
『迷妄と愚行の果てに滅び逝きよ(イーリアス・ディアフォンノ)』
ランク:A 種別:対人間宝具 レンジ:? 最大捕捉:?
愚行。妄想。破滅。精神を犯す甘き毒。
誰しもが持つ『魔が差した』などという悪感情。
彼女が司るのは、"ソレ"である。
どんなに信頼していようとどんなに愛し合っていようとその仲に必ず存在する『不和』『疑心暗鬼』を強大化させ、『破裂』させる。
決定的な瞬間に『致命的な過ち』を犯してしまう。
意志疎通が不確かな精神状況。一種の『狂化(ステータスの上昇効果は無し)』を付与させる。
女神アテを認識してしまうか、または女神アテに認識されてしまうと最後―――彼女が存在する限り心に産まれた疑惑の火種は消えない。
徐々に疑心暗鬼は膨れ上がり、内部からの崩壊を誘発する。
人としての知能がある限り避けられない、『対人間宝具』である。
神の力でもあるため、精神耐性でも防げない。
しかし、パスが繋がっている己のマスターには狂気への耐性が付与されるためこの宝具は効かない。
この宝具により彼女が生来から纏っていた狂気及びバーサーカークラスとして彼女に付与される狂気は、他者へと伝染するものとなったため、彼女はバーサーカーでありながら理性的な存在として君臨している。
『神託導きし女神の予言(ミュケナイ・マディス)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:一人 最大捕捉:?
女神アテとしての予言能力。
己を、他者を『その者にとって』有意義な方向へと導く予言。
戦闘や生涯、その場における最適解を読み取る神の力であり、これを覆すには同じく神の力でなければいけない。
……が、ゼウスの一件で少しトラウマがあるので他者にはあまり使いたがらない。
「どうせわたしが使ったときに限って違う神様が現れて覆したりするんでしょう?わかってるわよぉ……」とは彼女談。
少し、いやかなり卑屈になっている。
【人物背景】
主神ゼウスと争い・不和の女神エレスの娘。
元はオリンポス山で神々と暮らしていた。
そしてある日、予言の能力を持つアテは父であるゼウスに一言申したのだ。
「次に生まれるペルセウスの子供に王座あげなよ。その方が良いって」
その助言を信じたゼウス。ヘラクレスを王座に迎えようと、次のペルセウスの息子に王座を与えようと宣言する。
それを聞いた正妻ヘラはこれまた怒り、叫んだ。
正妻ヘラは常々夫の素行に警戒していたが、今度もまた深い妬みを抱いたのだ。
「エイレイテュイアを呼びなさい…!あんにゃろ、また勝手なことを…!」
ヘラの一声で呼ばれた安産の女神エイレイテュイアはヘラの言う通り、アルクメーネー(ヘラクレスの母)のお産を遅れさせ、ヘラクレスの従兄弟であるエウリュステウスを早産させた。
次の息子が玉座に迎えられるなら、従兄弟を先に産ませちゃえばいいじゃない!
そうして神の加護により予言が外れ、エウリュステウスは玉座へ。
ヘラクレスを迎えようと思っていたゼウス神はこれまた大怒り。
おまえの予言で当てが外れた、と怒り散らしアテの頭をむんずと掴み、地上へと投げ飛ばしたという。
「…わたし、悪くなくない…?正妻が悪いんじゃないの…?」
地上へと追放されたアテ。
しかし神々の元へ帰ることは許されなかった。
だがアテは往生際が良くなかったので、その力を存分に発揮し人間界にて愚行へと人を走らせる力を存分に使ったという。
人々が愚行へと走るようになったのを見かねて『祈願(リタイ)の神』を送り、アテの世話をさせた―――というのが女神アテの物語である。
【外見的特徴】
ギリシャ神話らしい衣に身を纏った長い黒髪の女性。
母譲りか、目付きが悪い。
争いと不和の女神エレスの陰湿さと主神ゼウスの奔放っぷりが混ざり、嬉々として人の愚行を呼び起こす嫌な性格の女神となった。
しかし誰かに予言をし導いたり根は(少しだけ)良い子の部分もあるので好きに悪行を成した後に「またやっちゃった…」と少し自己嫌悪に陥ることもしばしば。
【聖杯にかける願い】
神霊レベルになると聖杯レベルの奇跡などいくらでも起こせる―――のだが彼女は追放され人間界に落ちた女神なので不可能。
出来るならば普通の女神として戻りたい気持ちもあるが、それもいいかなー程度で強く願っている訳でもない。
この聖杯戦争は楽しそうなのでそれでいっか…という、ゼウス譲りの後先考えない快楽主義。
【マスター】
六月透@東京喰種:re
(東京喰種:re147話後より参戦)
【能力・技能】
人ならざる姿で人を喰う『喰種』を狩るための組織『喰種対策局』が作り出した、『喰種の力を持った人間』―――それが彼ら、クインクス(Qs)である。
喰種の器官"赫胞"をセーフティをつけた状態で移植しているため、人間を遥かに越えた身体能力と視力・動体視力、そして人間を遥かに越えた再生力を持つ。
そして最大の特色としてその"赫胞"から『赫子』という器官を伸ばし、戦闘に利用する。
堅くしなやかで切れ味のある赫子、腰の辺りから生える『尾赫』というタイプを使い複数の尻尾のような形状を作り出し、厚い鉄板すらも切断する。
人肉を捕食することで細胞が活性化し、傷の修復や瞬間的な火力の増強にも使われる。
ナイフの扱いにも長けており、十数本を舞わせ、斬り、投擲し己の身体の一部のように扱うこともできる。
【weapon】
- 赫子(尾赫)
- クインケ『イフラフト(鱗赫)』&『アブクソル(鱗赫)』
二本のナイフ。喰種の赫子で作られているため普通のナイフより遥かに強度と切れ味がある。
- クインケ[甲赫]『黒のリンシルグナット16/16』
- クインケ[甲赫]『白のルスティングナット16/16』
白色のナイフ状のクインケ16本、黒色のナイフ状のクインケ16本。
合わせて32本。
甲赫素材であるため普通のクインケより堅くそれを、まるで曲芸のように振り回し投げ切り刻む。
【人物背景】
クインクス班の一人。褐色肌に眼の制御が出来ないため赤く染まった右目を眼帯で隠し、線の細い容姿をしている。
女性であるが自身の性を嫌悪し男性から「女性として」見られることを酷く嫌悪している。
故に男装をしているが、同一性障害ではない。
両親と兄を喰種に殺された孤児で、何かと問題児の多い『CCG第二アカデミー』出身。
当時、講師であった佐々木琲世と面識があり名残として“先生”と呼び慕っている。
弱気だがその弱さを飼い慣らし強くなりたいという願望を持ち日々成長している。
……が。
手足・首を切り取り胴体のみを愛する喰種"トルソー"に手足を切り取られ暴行を受けたことにより蓋をしていた記憶が開かれる。
父から殴る蹴る、溺死する寸前まで虐待を受け続け時には性的暴行すら受ける悲惨な少女時代。
母は父を恐れて彼女を助けようとはしない。
そして。
「―――"喰種"が殺した」
自宅にあった斧を持って父と母を虐殺。
犯行中の記憶は封印していたため、己がやったとは思っていなかった。
警察は彼女の犯行だと断定したが、如何せん『少女であること』『記憶がないこと』があるため、孤児としてCCGアカデミーに送られた。
それからも猟奇的な殺害衝動は収まることを知らず、同級生に犯罪者扱いされた時も「俺はやってない」と泣きながら猫を解体し、その舌を収集していた。
クインクスとなり、負傷してからはそれを治すために死体も喰らった。
そして似た者同士であったトルソーを殺害後、己の正体(少年殺人犯)を自覚した六月はその記憶を自分のモノと受け入れ―――力に溺れ殺人鬼として暴走していく。
【方針】
早急に帰りたいが、とりあえずはいつも通り職務を全うするだけであるが―――はて。
参加者に襲われたら、殺すしかないし。
参加者を見つけたら、殺すしかないだろう。
【聖杯にかける願い】
先生(佐々木琲世、または金木研)を探して止める(殺す)。
自分のモノにする。
―――が、今は聖杯そのものを絵空事としてしか認識していないため、帰ることが最優先になっている。
最終更新:2017年12月23日 03:01