「もし、私の家に何か用かな?」
神条紫杏が買い出しから帰り、自室へと戻ると扉の前に一人の女性が立っていた。
背後からでもわかる、大柄な体格だ。
人並な背丈と、平均よりも細い体格の紫杏と比べると大人と子供ほどはあるかもしれない。
「むーん?」
鳴き声とも取れる奇妙な声を発して女性が振り返る。
紫杏は見覚えのないその顔に、わずかに眉をしかめる。
醜女だった。
目も背けたくなるほど、とは言わないが、やはり平均よりはいくらか落ちる容貌。
おまけに香水を大量にふりかけており、紫杏の嗅覚にツンと刺さる。
のっぺりとした面と、服の上からでもわかる贅肉のついた
「キャンセル料」
「……なに?」
「キャンセル料を寄越すのです。他の女が居る中では規定違反となるのです」
むーん、と鳴き声を放ちながら手を差し出してくる。
紫杏は戸惑いを覚えつつも、同時に頭が痛くなった。
この醜女が何者なのかはさっぱり分からないが、この醜女がここに居る原因はわかりつつあったからだ。
「おおっ!来ておったか!」
そんな時に、ガチャリと扉が内側から開く。
そこから飛び出してきたのは、とびっきりの美丈夫だった。
身の丈は六尺を超えるであろう長身、ガッチリとした岩のように厚い胸板と神社のしめ縄のように太い腕と神木のように太く長い脚。
顔立ちは鋭さを持ちながらも、朗らかな笑顔を与える美丈夫。
だが、服のセンスは壊滅的だった。
一個の桃だけが大きくプリントされた白の半袖Tシャツと、大きな太腿をキュウキュウに詰め込んだタイトなジーンズ。
整えられてはいるが無造作な印象を与える、後頭部の高い位置で結われた黒の長髪。
そして、日本一と書かれた文字と桃の模様で描かれた白い鉢巻。
純日本人の顔立ちをしているくせして観光外国人のような姿をした美丈夫は、醜女を見ると盛大な笑いを見せた。
「フハハ、これは凄い!
猿め、フォトショップとやらをよくもまあ見抜いたものだ!
やはり犬や雉よりも、この手のことは猿のほうが頼りになるな!
紫杏、金は払っておけ。遠慮するな、中に――――」
「キャンセル料はいくらだ」
「むーん、これぐらい」
女が差し出した端末に映る金額に僅かに顔をしかめる。
しかし、財布から数枚ほどお札を取り出して手渡してみせた。
女は何も言わずに立ち去っていき、そこには怜悧な顔つきの美貌を持った紫杏と、体格の良い間抜けな格好をした男だけが残された。
「貴様、紫杏! 何をしている!」
「こちらのセリフだ。何をしている、アーチャー」
プンスカと擬音がつきそうな怒りを見せる男――――アーチャーへと紫杏は冷ややかな目を向ける。
初めて見る動物と対面したような、尊大な口ぶりの男が僅かにたじろいだ。
この整った顔立ちと鍛え抜かれた肉体だ。
紫杏の軽蔑するような目に慣れていないのだろう。
「アーチャー。
私が稼いだ金で買った服を着て、私が仕事用に使っているPCで探して、私の借りた部屋に呼ぶデリヘル遊びは楽しいか?」
「ブォッ」
そのまくし立てた言葉に反応したのはアーチャーではなく、部屋の奥に居た別の人間であった。
いや、人間という言葉は正しくない。
もこもことした柔らかな毛皮と、ハツラツとした笑みを浮かべ、シンバルを抱えた子猿の人形だったのだ。
そう、子猿の人形が喋ったのだ。
いや、子猿の人形だけではない。
「マスターに対して失礼だぞ、『猿』」
「あ、いや、すまぬ、『犬』。
しかしだな、我ら日ノ本の民が偉大なる主に向かって、まるで幼子に言い含めるように言っていると思うと、面白くてな」
キリッとした顔つきながら大きな瞳が愛らしい犬の人形も喋りだすではないか。
犬と猿の人形に挟まれたまま、アーチャーは目を見開いた。
恐らく、女に詰められるという未経験をようやく飲み込んだのだろう。
紫杏に向かって大声で抗議をしだしたのだ。
「阿呆め! この京の都はすでに戦場ぞ!
戦場とは死が隣に立って手招きをしてくる場、そこで穢れを跳ね除けるような清廉な美女など抱けるものか!
抱くならば穢れを引きつけて押し付けることの出来る、とびっきりの醜女に決まっておる!
そんなこともわからんのか!」
「何もわからんが、まずはそのふざけたTシャツを脱げ」
紫杏は苛立ち混じりに答えると、犬が申し訳なさそうに頭を下げる。。
「我らが主はこのような御方。マスター、どうかご容赦を」
デカデカと桃の描かれたシャツをピチピチに引き伸ばしたマッシブな成人男性。
その成人男性をかばうように言うゆるキャラとしか言いようのない犬。
不可思議なその様子に、紫杏ははぁと溜め息をつく。
「いやぁ、あの糞ダサTシャツ、思いの外に気に入っちゃって。
この猿としてはジョークグッズのつもりだったんですがねぇ」
「西道将軍殿にセンスはないと見えるな」
紫杏が冷たい視線を向けると、今度は別の方向から、紫杏でもアーチャーでも犬でも猿でもない声が響いた。
「いけませんよ、マスター……みだりに皇子の真名を連想させる肩書を呟いては……」
聞くだけで神経質とわかる声。
声の方向へと視線を向けると、やはり神経質に見上げてくる瞳が特徴的な、『雉』の人形がそこに居た。
「壁に耳あり障子にメアリーさん……どこで誰が聴いているかわかったものではありません」
「当の本人が桃のプリントTシャツと日本一の鉢巻を付けていては説得力の欠片もないな」
「皇子は良いのです……頭は良いですが性格が馬鹿なので、馬鹿な考えがあるのでしょう……
貴女は頭も性格も馬鹿ではないでしょう……?」
褒めているのか、馬鹿にしているのか。
紫杏は何度目かになる溜め息をついた。
「貴様ら! 麻呂を馬鹿にしておるな!」
「いえいえ、滅相もありません」
そして、雉の言葉を聞いたアーチャーはどうやらそれを罵倒と取ったようだ。
雉は、はぁ、と重たい息を吐きながら弁解する。
だが、気にしている様子はない。
その様子にやはり腹がたったのか、よく通る美声でアーチャーは叫び始める。
「刀を持たせれば日本一、弓を取らせば三国一!
大和武尊、源頼光、宮本武蔵、何するものぞ!
天下に轟く大英雄!
さぁ、並ぶものなき、栄光に満ちた我が名を讃えよ!
千年前の童も、千年後の翁も、神州無敵と問えば答える麻呂の名を!」
天下無双!神州無敵!日の本一の兵!」
その名も高き――――」
そこで一度声を区切り、その巨体をぴょんと宙へと浮かす。
そのまま横を向き、片膝をついて大きく手を伸ばし、背筋を伸ばし、独特のポーズを取った。
そして、くるりと紫杏の方を向き。
大きく、紫杏の先程の発言など問題にならぬほどの、有り体に言ってしまえば。
「あっ!桃太郎!」
この日本という国で最も有名な英雄の名。
恐らく、日本一の英雄と聞かれれば多くの人間が口にするであろう名前。
そんな、自身の真名そのものとも言える名を口にした。
「いよっ!日本一!」
「あんたが大将!」
「……」
犬こと『犬飼健<<イヌカイタケル>>』が合いの手を打ちながら紙吹雪を撒き散らし、
猿こと『楽々森彦<<ササモリヒコ>>』がからかうように叫びながらパリーンパリーン!とシンバルを叩き、
雉こと『留玉臣<<トメタマオミ>>』が無言で空を舞いながらひらひらと『日本一』という文字と桃が描かれた旗をはためかせる。
恐らく、この三人、いや、三匹は慣れているのだろう。
この奇天烈な主の有り様に。
吉備津彦命。
『桃太郎伝説』のモデルとなった飛鳥の軍神。
おおよそこの日本で行う聖杯戦争において、もっとも有利となるであろう英雄。
当たりか外れかで言えば、恐らく大当たりの部類に当たるサーヴァント。
だというのに。
紫杏は、何度めかになるかわからぬ溜め息をついていた。
◆
「いやぁ、すみません……皇子は押さえつけるとへそを曲げる人なので……」
雉が神経質な目をそのままに、無言でせっせと動く犬とともに散らかった紙吹雪を回収していく。
猿はといえば、アーチャー・吉備津彦命とともにテレビを見ている。
吉備津彦命が何かを言えばうまい具合に合いの手を入れる。
会話をしてわかった。
犬は生真面目な武人で、猿はお調子者で、雉は神経質ながらも気配りの人。
「ふむ」
紙吹雪の後始末も終わった頃、ニュースを見ていた吉備津彦命はピタリとテレビを止めて紫杏に向き直る。
紫杏は煩わしげに吉備津彦命と向かい合った。
「戦略は練れたか、大将軍殿」
「戦ばかりだな、この世は」
紫杏の言葉を無視するように、先ほどまで見ていた各地の紛争のニュースについて話題を振る。
やはり、溜め息をつき、紫杏は頷いた。
「ああ、戦争はなくならない。今の世の中も、昔も、きっと未来も。
きっと、人の業なのだろう」
「おかしなことを言うな、マスター。
必要でないなら人は戦争などしない、麻呂にもわかるぞ、これは背後に得をしている人間がいるのだろう」
「居るだろうな、だが、それだけじゃない。
多くの人には必要じゃないことだ、だが、必要なことだと勘違いしている」
吉備津彦命の、どこかドライな言葉を否定する。
世の中はおぞましいことに、計算だけでは成り立たない。
人の心によって動いているからだ。
「人は信仰というと軽く見るくせに、愛だと言えばまるで偉大なことのように褒め称える。
悲しいことだ。
世の中の悲劇の半分は、自分が持っている愛が特別なものだと勘違いするから生まれる。
愛も、信仰も、食欲と同じだ。
誰もが持っていて当然のことで、特別なものなんかじゃないのに」
「マスターの願いは、その勘違いを正すことか?」
「いいや、違う。
確固とした願いなど、私にはない。
ただ、今の世界は間違っているとは思う。
聖杯は奇跡の願望器、あらゆる願いを叶えるもの。
努力した人間が報われ、誰もが愛を持っていることを理解し、神を信じる心は誰も邪魔しない。
そんな当たり前のことを、当たり前に出来る願望器だ。
手に入るのなら当然欲しいだろう。
要らないなどと言うならば、それは単なるすっぱいぶどうだ。
今まで手に届かなかったものが届いてしまう、それが期待はずれだったら怖い。
だから、『簡単に願いを叶えてはいけない』としているだけだ」
そこまで言い切ると、少し熱くなったことに気づいたのだろう。
冷蔵庫の中から紫杏はミネラルウォーターを取り出し、一気に煽る。
それを見た吉備津彦命は笑った。
「マスター、貴様、真面目すぎて嫌われやすい性質だろう」
「だからどうした、見えぬ聞こえぬ批判など、所詮は箱の中の猫だ」
「箱の中の猫?」
箱の中の猫。
箱の中に猫を閉じ込め、その後に二分の一の確率で死に至る毒ガスを注入する。
箱の中からは猫の様子は分からない。
生きているのか死んでいるのかわからないのならば、存在しないのと一緒だ。
紫杏の使い方は誤用であるが、それを意図的に使っている。
確定させなければ存在しない、としているのだ。
「箱を開けねば中身は分からぬ。
分からぬものなど存在しない……しかし、世の中には開けねばならぬ時もある。
放っておきたいと言うのに、結果を確定させなければいけないこともある。
煩わしいことだがな」
そこで初めて吉備津彦命が顔が曇った。
思い返したくない出来事を思い出しているのかもしれない。
しかし、言葉を続けた。
初めて、紫杏は吉備津彦命が伝説に名を残した英雄の姿に見えた。
「我が宝具も箱の中の猫で説明できるな。
二分の一の確率で存在するものがある。
望む結果を引き出せるのは、どうあがいても二分の一。
しかしだ、最初から二つの結果を用意してやれば良いのだよ。
温羅の神通力も強烈なものだった。
山をも分かつ麻呂の自慢の一射を、神通力によってたかだが岩の一つで防いでみせるではないか。
弓が描く結果など『当たる』か『当たらぬ』かの二択。
ならば、『当たる矢』と『当たらぬ矢』を同時に射ってみせたのだ」
「それは……規格外だな」
「麻呂は我儘なのだ」
知っている、という言葉を飲み込んだ。
吉備津彦命の瞳には憂いが帯びている。
子供のような破顔した笑顔が特徴的な男だけに、まるで別人のようだった。
「きっと、子供のまま大人になったのだろう。
折れることはしたくなかった。
折れなければいけないことがあるとわかっていたからこそ、なるべく折れたくなかったのだ」
「私とは正反対だな」
紫杏は空気に耐えきれないと言った様子で口を開いた。
「私は子供の頃から大人だった。
可愛げなど一つもない、子供の姿をした大人だ。
折れなければそれが成し遂げられないのならば、折れるしかなかろう。
そのような二射の極意など成し遂げず、私はきっと、別の方法で温羅を討つ方法を考える」
「……そうか」
吉備津彦命は寂しげに笑った。
紫杏の言葉に反論があったのだろう。
だが、それを飲み込んでいるような顔だった。
『結果を譲れないのならば、それは十分に折れたくないということなのだ』
吉備津彦命は、そんな言葉を飲み込んだ。
恐らく、子供の頃から大人だったと思い込んでいる、大人になっても真面目な子供である紫杏に。
恐らく、大人になっても子供のように振る舞う、しかし、子供の頃から大人でなければならなかった吉備津彦命は。
何も言うことはなかったのだ。
それは、自分で見つけなければいけないことだし。
あるいは、見つけずとも良いことだからだ。
子供のままでも死ぬことは出来るのだから。
◆
桃の木の下で。
二人の偉丈夫が向かい合っていた。
片方は六尺にも勝る大柄な体躯をしており、刃のごとき怜悧な美貌を水で濡らしている。
さらに大柄な体躯だが、片目を矢で貫かれており、激しく流血をしている。
一人は彦五十狭芹彦命、大和の国の将軍。
一人は温羅、吉備の国の戦神。
「見事……」
戦神・温羅は地の底から湧き上がるような恐ろしい声で、彦五十狭芹彦命を讃える。
勇ましきその面からは彦五十狭芹彦命への敬意が見て取れる。
神の例に漏れず、傲慢な温羅が浮かべるとは思えないものだった。
大和の国が吉備の国へと攻め入った。
これがことの始まり。
大将・彦五十狭芹彦命が率いる軍をこの地を治める神・温羅が迎え撃つ。
互いに陣を張り、遠く離れたその地から、彦五十狭芹彦命はなんと弓を射る。
温羅を射止めるどころか先行の軍にすらも届くはずのないその矢はしかし、先行の陣を薙ぎ払った。
豪傑揃いで評判の彦五十狭芹彦命の忠臣たちが作り上げた五人張りの剛弓。
彦五十狭芹彦命でなければ到底引くことなど出来ぬそれは、遠く離れた陣地でさえ、温羅の生命を十分に奪い得る射程範囲であった。
彦五十狭芹彦命が温羅の生命を奪うために、弓を引く。
しかし、戦神たる温羅がその程度で死ぬわけもなし。
神通力を持って、矢を岩で迎撃する。
本来ならば、迎撃された岩を砕き、威力を失わずに温羅を仕留めるであろう彦五十狭芹彦命の一矢。
本来ならば、迎え撃った矢を砕き、そのまま彦五十狭芹彦命を押しつぶすであろう温羅の投石。
しかし、矢と岩はぶつかると両者が砕け、互いに無傷。
それが幾度となく繰り返される、千日手。
いかに部下が戦功を上げようとも、大将である彦五十狭芹彦命と温羅の争いは終わりが見えない。
「見事だ、人の子よッ!
二矢同射の秘技、堪能したぞッ!
我が御業をあのような例外で乗り越えてくるとはな!」
そんな時、彦五十狭芹彦命の夢枕に住吉大明神の神託が降りる。
神託と、当代無敵と謳われる武芸の極みへと至った彦五十狭芹彦命だからこそたどり着ける弓の極地。
この二つによって生み出された、ニ矢同射の極意。
同時に放たれる二つの矢。
片方は温羅の岩により砕かれ、しかし、片方は温羅の目を貫いた。
彦五十狭芹彦命の魔技は、温羅の神通力を打ち破ったのだ。
「見事はそちらよ、温羅!
貴殿の神通力に参り果て、ついにはあのような魔技を生み出してしまったわ!
山を貫く麻呂の一射、とうとう貴殿の岩を貫くことを出来なんだ!
挙句の果てには麻呂すらも慌てる変化の術!
逃げられてその傷を癒されるかとヒヤヒヤしたわ!」
その後、温羅はこれは不味いと変化の術を用いて雉になり、傷を癒やすために逃げようとした。
しかし、はるか彼方ながらもその姿を映した彦五十狭芹彦命は、そうはさせじと鷹へと変化する。
このままでは捕まってしまうと、温羅は慌てて鯉へと変化し水中へと逃げる。
だが、彦五十狭芹彦命は鵜へと変化し、見事温羅を捉えた。
そして、二人は向かい合っている。
この戦を決める一騎打ちの始まりである。
「だが、戯れもここまでよ!
麻呂の必殺の魔技である二射の極意も、貴殿を殺すには至らなかった!」
彦五十狭芹彦命は鞘から刀を抜き、勢い良く鞘を後方へと投げ捨てた。
しかし、これに慌てるは遅れてやってきた三人の忠臣。
犬飼健、楽々森彦、留玉臣である。
いずれも剛将、彦五十狭芹彦命の信頼厚き勇猛なる戦士である。
「ぬぅ!
彦五十狭芹彦命様が鞘を投げ捨てられた!
鞘を捨てるは合戦の心得ぞ!」
「数多の兵士が沸き立つ戦場においては命など放たれた矢のようなもの!
彦五十狭芹彦命様は刀を鞘に治めて生きて帰るなどという甘えを捨てられたのだ!
しかし、彦五十狭芹彦命様の目には温羅が千の、いや、万の軍勢にも映っておられるのか!」
「いや、わかる、わかるともさ!
この場にいても感じる、温羅めの強大な神気!
彦五十狭芹彦命皇子は本気だ、本気で死ぬ覚悟をしておられる!」
温羅は彦五十狭芹彦命の命懸けの決意に笑みを深める。
戦神、争いの神である温羅に刃を向ける異国の勇者。
勇者は嫌いではない、戦いに身を捧げたものだからだ。
すなわち、戦いの神である自身に身を捧げるものだからだ。
「来い、勇者・彦五十狭芹彦命!
貴様を殺し、儂の神殿にてその名を讃えてやろう!
貴様は百年の後に吉備国ににて、異国の勇者『彦五十狭芹彦命』として崇められるのだ!」
「いいや、それは違うぞ、『悪鬼』温羅ッ!」
ピクリ、と。
悪鬼の言葉に温羅の表情が凍る。
先程までの勇者を前にした嬉々とした表情はない。
彦五十狭芹彦命を見る目は絶対零度。
敵意すら凍った、恐ろしき目だ。
「悪鬼!
儂を悪鬼と言ったか、人よ!」
「千年の後に讃えられるは我が『吉備津彦命』の名!
軍神・吉備津彦命が悪鬼・温羅を成敗したと謳われる伝説よ!」
彦五十狭芹彦命、いや、吉備津彦命は勇ましく啖呵を切った。
温羅の凍った表情が溶けていく。
怒りという炎で、溶けていく!
「貴様、奪うつもりか!
儂に勝った挙句、土地を、民を、儂の命を奪うに留まらず!」
「温羅よ、貴様は異国の神などではない!
大和に逆らいしまつろわぬ民として、民を苛む悪鬼に過ぎん!」
「儂の神性を奪うつもりか!
儂の歴史を、儂の有り様を、儂の戦を!」
「悪鬼成敗!
貴様は戦神として雄々しく戦ったのではなく、悪鬼として麻呂に成敗されたと容易く唄われるのだ!」
「儂の『全て』を奪うのか!」
温羅の怒気が、世界を揺るがした。
真金吹く吉備の国。
すなわち、戦神、戦いの神である温羅の権能によって約束された製鉄の恵み。
吉備の大地とはすなわち温羅そのものなのだ。
大地が震え、割れ、顎を開き、大和の兵士のみならず吉備の兵士をも飲み込んでいく。
海が震え、逆巻き、龍となり、大和の兵士のみならず吉備の兵士をも咥え込んだまま天へと昇っていく。
「恐ろしき神気!
こ、これが、これが戦神・温羅か!」
「真金吹く吉備の国、その名に相応しき敵将どもすら容易く飲み込まれていく!
荒ぶる神そのものだ!
もしや、もしや……彦五十狭芹彦命様といえども……」
「負けぬ!」
その恐ろしさに犬飼健は震え、楽々森彦もまた心に隙が生まれる。
溢れ出る神気を前に、心が挫けそうになる。
しかし、留玉臣は声を張り上げた。
大和の兵士たちの視線が、留玉臣に集まる。
「負けるものか、彦五十狭芹彦命皇子……いや、吉備津彦命様は我らとは違う!
我らの剣など、所詮は魔を退けるだけの退魔の剣!
しかし、吉備津彦命様の剣は特別なのだ!
鬼すら慟哭し、魔すら滅する、鬼哭魔滅の剣よ!」
「……応よ、留玉臣!
吉備津彦命様ならば神すら恐れぬ!
神すら斬って捨てようぞ!」
「戦神・温羅……いや、悪鬼・温羅なにするものぞ!
我らが主は軍神・吉備津彦命よ!
一騎打ちぞ、邪魔立てをさせるな!」
留玉臣の言葉に、犬飼健は獰猛な笑みを浮かべ、楽々森彦もまた兵士に喝を入れる。
吉備津彦命と温羅の間に、空間が生まれた。
誰も邪魔などせぬ、二人だけの死合の空間だ。
「神すら冒涜する愚者、彦五十狭芹彦命よ!」
「民を苦しめる悪鬼、温羅よ!」
吉備津彦命は刀を地面へと這わせるように構える。
温羅は固く握りしめた右拳を弓をひくように大きく後方へと持っていく。
「いざ!」
「いざ!」
桃の木の下で。
二人の視線が重なる。
瞬間、空間が破裂した。
「「尋常に勝負!!!」」
その激闘は、もはや誰も知らない。
結果だけは誰もが知っている。
それで良いと、吉備津彦命は笑う。
大事なものは、結果に過ぎないと。
平和なる世に必要な武勇は、一点の曇りもない輝かしいお伽噺で良いと。
【クラス】
アーチャー
【真名】
吉備津彦命
【出典】
日本神話
【性別】
男
【属性】
秩序・中庸
【ステータス】
筋力:A+ 耐久:C+ 敏捷:C 魔力:B 幸運:B+ 宝具:A
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
その場合、大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:A
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクAならば、マスターを失ってから一週間現界可能。
【保有スキル】
陣地作成:A
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
"工房"を上回る"社"を形成することが可能。
神性:B
神霊適性を持つかどうか。
高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
神を祖に持つ万世一系の皇族の皇子であり、死後も神として高い信仰を得ている吉備津彦命は神性を持つ。
無窮の武練:A+
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。
神秘殺し:A+
人に寄り添ってあらゆる鬼や魔といった魔性を切り払ってきた吉備津彦命が持つスキル。
その有り様と信仰が神秘殺しという一つのスキルとして形となり、魔性の類や人ならざる英霊に対して大きなアドバンテージを得る。
変化:B
変化の術、借体成形とも呼ばれる。
魔術に秀でていた吉備津彦命は変化の術も得意とし、吉備平定の逸話でも鷹や鵜に変化している。
【宝具】
『住吉連理之極意(すみよしれんりのごくい)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:10~100 最大補足:999
住吉大明神より夢枕で授かったニ射の極意。
吉備津彦命は同時に矢を射ることで、『当たる矢』の代わりとなる『当たらぬ矢』を同時に放つと嘯くが、その実は因果の固定。
片方の矢に吉備津彦命が『望まぬ結果』のすべてを押し付け、もう片方の矢に吉備津彦命が『望む結果』だけを乗せて放つ射法の極意。
犬飼健や楽々森彦を代表とする怪力自慢の部下達も協力して拵えた五人張りの剛弓から放たれる、10km以上離れた場所からでも射抜く必殺の射撃。
その射撃を確実とするための、神州無敵とまで称される日本一の英雄である吉備津彦命のみが可能とする秘技。
吉備津彦命は原理を簡単に語るが、当然、誰もがたどり着けるような境地ではない。
神州無敵である吉備津彦命を持ってしても生涯の難敵、百発百中の結果すら捻じ曲げる温羅。
この魔王を殺すため、天下無双の兵である吉備津彦命が、住吉大明神の協力のもと、秘奥のさらに奥とも呼べる境地に立って編み出した極意。
放たれたその矢を回避するためには吉備津彦命以上の因果操作か、因果を捻じ曲げるほどの高い幸運と必殺の因果干渉を跳ね除ける対魔力が必要となる。
『桃印之三獣士(ももじるしのさんじゅうし)』
ランク:C 種別:対獣宝具 レンジ:1 最大補足:3匹
大きな瞳を神経質に見上げるように固定した、しかしその陰鬱な表情がどこか愛らしい子雉。
キシシと大きく口を開き、シンバルを片手に持った親近感の覚える子猿。
しっかりした固く結んだ口元とは対象的にまるっとした可愛らしいつぶらな瞳を持つ子犬。
普段はそんな愛らしいデフォルメ調のゆるキャラ。
しかし、吉備津彦命が納めた吉備の国の銘菓、『桃印の吉備団子』を食することで神獣変化する。
ジェット機を軽々と超える速度とあらゆる得物を啄む嘴を持った、『怪鳥・留玉臣』は空を飛ぶ。
握りつぶす強大な握力を持った、魚よりも自在に水中を泳ぐ『巨大狒々・楽々森彦』は海を行く。
鎧の如き堅い黒々とした体毛に覆われ、牙は刀剣を思わせる鋭さを得、『大狼・犬飼健』は地を駆ける。
これは吉備津彦命と同じ優れた魔術師でもあった三人の臣下たちが生前より持っていた変化の能力である。
地球の平和を守るため、鬼の城を壊すため、世界の未来を開くため、吉備津彦命の号令とともに敵へと襲いかかる。
『神州無敵之桃太郎(しんしゅうむてきのももたろう)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人
吉備津彦命の生涯とその後の信仰が生んだ、国民に由来する宝具。
端的にいうと、『何かにおいて世界一の存在だったとしても、日本では二番目』となる能力を持つ。
『桃太郎』こそが日本一の存在であると無邪気に信じる人々が居る限り。
吉備津彦命は『天津神』と『国津神』、そして『日本という国の象徴』を除く全てに対して大きなアドバンテージを得る。
また、対象が日本を由来しない英雄や神性を持つ場合は、魔性属性の付与と権能を削ぐことが可能となる。
例外的に、吉備津彦命の心が折れた場合はこの宝具は効果を失う。
【Weapon】
『無銘・剛弓』
豪傑五人が必死に拵えた、吉備津彦命だけが扱える五人張りの剛弓。
力自慢の楽々森彦でさえもこの弓を扱うことは出来ない。
『無銘・直刀』
『真金吹く吉備の国』に相応しい製鉄技術で作られた上等な刀。
天下無双の吉備津彦命の剣術には、あらゆる武術の達人である犬飼健も敵わない。
【マテリアル】
吉備津彦とは、古代皇族の武人である。
『古事記』『日本書紀』に記載のある人物。
『五十狭芹彦(いさせりひこ)』『彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)』とも言う。
七代天皇孝霊天皇の息子で第三皇子。
兄弟の稚武彦命(わかたけひこのみこと)と共に吉備国を平定させ、十代目崇神天皇の代に四道将軍の一人に任命され、西道(山陽道)に遣わされた。
吉備(岡山県南部)には彼が温羅という鬼を討伐したという伝説が残っている。
伝説によると、鬼ノ城に住んで地域を荒らし、暴虐ぶりで現地の人々を苦しめていた悪鬼・温羅。
この鬼を、吉備津彦命が犬飼健・楽々森彦・留玉臣という3人の家来と共に討ち倒し、その祟りを鎮めるために温羅を吉備津神社の釜の下に封じたとされている。
この伝説が後代に昔話「桃太郎」となったとされる。
温羅の本拠地鬼ノ城が鬼ヶ島、討伐にあたって引き連れた臣下はそれぞれ、犬飼健が犬、楽々森彦が猿、留玉臣が雉のモデルとなったとされる。
上述の吉備平定の活躍と、岡山県(吉備国)の温羅(うら)伝説は、共に古代の大和政権と吉備国の対立構図を、桃太郎と鬼の争いになぞらえたとするものとされる。
つまり鬼とは当時の地元民の抵抗勢力の隠喩とも言われ、蝦夷などの古来民族を敵視する古事記や日本書紀などの流れを組んだ部分が強いことを示唆している。
この伝説は、岡山県において広く語り継がれている後に上田秋成が手掛けた読本『雨月物語』中の1編である『吉備津の釜』に登場する 、同神社の御釜殿(重要文化財)における鳴釜神事の謂われともなっている
ちなみに、家来の1人である犬飼健は犬養氏の始祖で、五・一五事件で暗殺された犬養毅首相の祖先であると言われている。
【外見的特徴】
六尺を超える大柄な体格に、岩を連想させる分厚い胸板と、神木さながらの太い手足をした偉丈夫。
黒い艶のある長髪は後頭部できつく結んでいる。
顔のパーツは怜悧な刀のような鋭いものだが、普段は子供のような無邪気な笑みを浮かべているために冷たい印象は与えていない。
日本一や桃といった衣装を好んで身につけようとする。
【聖杯にかける願い】
英雄は大きな願いは持たない。
【マスター】
神条紫杏@パワプロクンポケット11
【能力・技能】
何かに成り切ることを得意とする。
『もしもこんな人物だったらどう動くか』をシミュレートして、自らの人格ではなくその人格で動くことが出来る。
【人物背景】
神条紫杏は高校に入学するまで、生真面目でどこか尊大な、自分のことを大人だと思う大きな子供であった。
子供だからこそ、欺瞞に満ちた世界を理解でき、それが我慢できなかった。
努力をしていた人が馬鹿を見て、ズルをしたり嘘をつく者が幸福になる世界。
それに対する怒りに似た感情を抱いており、常に世界を正そうとしていた。
例え、鏡に映った自分の姿がどれだけ醜いものでも。
高校在学中、表社会にも裏社会にも大きな影響を及ぼしている大グループ『ジャジメント』の幹部候補として渡米。
彼女はその渡米の最中、『人間が滅ぶ最悪の未来』からやってきた男・ミスターKと接触する。
ミスターKの語る滅びの未来が十分に信じることが出来るものだと確信し、彼の仲間である『六人組』に入る。
その後、18歳の春には日本支部の社長として就任。
ジャジメントと敵対している『オオガミグループ』も支配し、二つの組織を統合。
こうして、紫杏の『世界征服』は成功し、最悪の未来を回避するための『世界支配』を開始する。
燃料や食糧問題から生まれる人間同士の滅びの戦争を、世界人口の大半を殺すことで世界を維持する。
そんな『一撃計画』を実行した。
その後、ほどなくして暗殺される。
しかし、『六人組』は『一撃計画』を実行するだろう。
六人組としての彼女は、『見ることの出来ない顔も知らない誰かの笑顔』のために動いている。
世の中の不正義を直視し続けたため、自身が幸せになることを諦めている。
暗殺された直後、『自身が体験できない遠い未来をやり直そう』とする意思を以って、聖杯戦争に招かれた。
【マスターとしての願い】
より良い世界を、もっとよい世界を。
最終更新:2017年12月30日 19:53