夜の帳が降りきった京都の町を一組の男女が連れだって歩く。
その片割れである男は上機嫌だ。
ナンパに出たはいいものの、この時間まで釣果はゼロ。
日が悪かったかと舌打ち混じりに帰ろうとした時に、いま彼の横を歩いている女を見つけたのだ。
周りに友人らしき人物や男の影もなく、ぼうっと空を眺めていた女に狙いを定め、男はいつもの調子で声をかけた。
そこから先は、男が驚くほどのトントン拍子。結果としてこうやって二人で夜の京都を歩いている次第である。
横目に女を見る。
あまり表情の変わらないミステリアスな女だ。
見るものが見れば不気味に思うかもしれないが、男はそこに強く惹き付けられた。
男に誘われるままについてきた女。雰囲気に反して好き者なのかもしれないと下卑た思考が男に浮かぶ。
だが、何にしろ上玉は上玉だ。下半身と脳が直結しているが如き思考回路の男は、これから先のお楽しみに思いを馳せるばかりである。
不意に、袖口を引っ張られた。
引っ張ったのは誰あろう、男が誘った女だ。
「どうかしたかい?」
紳士的な笑顔を貼り付け男は尋ねる。
女は無機質な顔のまま、スッとある方向を指差した。
その先にあるのは明かりもない真っ暗な路地裏へと続く道。
「私、あっちの方がいいわ」
マジかよ、と心の中で男が呟く。
これからホテルへ向かう予定だった。
だが、彼女が指差したのは人通りも殆どなく、人目にもつかない路地裏。
ヤバイ女を引っかけたのでは?と、男の危機意識が警鐘を鳴らす。
なだめすかしてどうにかホテルへと連れ込むか、それとも適当な理由をつけてここで別れるかで揺れ動く思考。
曖昧な笑顔を形作りながら、男は視線を路地裏から女へと戻す。
すがるような女の顔が男の視界に映った。
「ねえ、いいでしょう?」
瞬間、男の中にあった危機感が霧散する。
陶然、という表現が相応しいだろう。
囁くような言葉と憂いを帯びた瞳が男の理性を侵食した。
"ちょっと変わった趣味の子なんだろう"、"こんなことで逃がすのは勿体ない"、"たまには一風変わった趣向も悪くない"。
靄にかかった思考が紡ぎ出す言い訳めいた理屈でもって本能が捩じ伏せられる。
女が手を引けば、誘われるようにふらふらと男がついていく。その様はさながら誘蛾灯に惹き付けられる羽虫のようだ。
月明かり以外にロクに光源のない路地裏に二人分の足音が響く。
不意に女は掴んでいた男の袖口から手を離し、2、3歩ほど歩いたところで足を止める。つられて男も足を止めた。
ここでヤるつもりなのか。興奮から男がごくりと生唾を飲む。
ゆっくりと女が振り返る。
女は笑っていた。ナンパをしてからここに来るまで見ることのなかった表情だ。
「ありがとう、ついてきてくれて」
女の口から溢れた言葉。
何故、急にそんなことを言うのかと男の心の内に疑問が生じる。
だが、全ては手遅れだった。
女が後ろへ跳び退ると同時に女と男の間の空間に二人を遮る様に巨大な影が姿を現す。
「へ?」と間の抜けた声をあげた男の胸めがけ、影かの背後から伸びていた突起物が風切り音を響かせながら突き刺さる。
何が起こったのかついぞ理解できないまま、哀れな男の意識は完全にブラックアウトした。
◇
岸田 百合 -72:00:01
岸田 百合 -72:00:00
岸田 百合 -71:59:59
◇
ぴちゃぴちゃと液体が滴る音。
くちゃくちゃと肉を咀嚼する音。
ゴリ、ガリと堅いものを噛み砕く音。
赤く染まった路地裏で響くのは人一人を喰らい尽くす際の音。
そこにいたのは異形の怪物 。
上半身は甲冑と角冠を纏った人間のそれだ。だがその両足は鳥を連想させる鉤爪であり、臀部からは先端を朱に染めた蠍の尾が生えている。
サソリ人間、と形容するのが妥当だろうか。
そんな怪物は無言で物言わぬ肉の塊となった哀れな男を貪り食っていた。
その光景を女は無感情な瞳で眺めている。
女の名前は便宜上、岸田百合としておこう。
本来の彼女の名ではないが、彼女を呼ぶのに適当な名前というのはこれ以外に存在しないからだ。
彼女は何をするでもなく、異形が食事を終えるのをじっと佇んで待っていた。
「やはり全然足りぬな。我が生を受けし神代に比べ、人の質は随分と劣化したものだ」
食事を終え、紅く染まった口許を拭いながら、怪物が不満げな口調で呟いた。
魂食いをかねた補食行為。しかし、人一人を食い殺したというのに彼が満足する程の魔力は得られなかったらしい。
「まだ、足りないの? アーチャー」
「我が門は展開させ続けることこそが真価である宝具よ、瞬間的に使用するならともかく十全に扱うとなればこの程度ではとてもとても」
百合にアーチャーと呼ばれた男はそう答えると嘆息し、瞳孔の確認できない白一色の両目を百合へと向ける。
ギルタブリル。
バビロニア神話の冥界の門番にして、ティアマト神が産み出した11の怪物が1つ。それがこの異形の真名である。
「まだ暫くは貴様に贄を捧げてもらわなくてはならぬなマスターよ」
「いいわ、それでお母さんを解放することが出来るのなら」
剣呑なアーチャーの物言いに対し百合は平然と了承の意を口にする。
こうやって彼女が下心を見せて近寄ってきた男を誘い出し、アーチャーに魂食いをさせたのは何も今回が初めてではない。
聖杯戦争の舞台に呼び出された百合とサーヴァントとして召喚されたアーチャーが互いの望みの為に聖杯を得ると決めてから、既に何回も魂食いを敢行しているのだ。
百合に備わっている男を魅了する異能を駆使すれば、怪しまれることなく魂食いを行うことはそう困難ではなかった。
そしてアーチャーも百合も、己の目的の為に関係のない他者を犠牲にすることになんの忌避も躊躇もありはしない。
そのような人間的な感傷を、彼ら彼女らは初めから持ち合わせていないのである。
衣服に男の血液が付着してないかを念入りに確認してから夜の闇に消える百合を見て、アーチャーは僅かに目を細める。
岸田百合は反英雄の怪物である自身を呼び寄せるに相応しかった。
出会ってすぐに、かの英雄王の出自を一目で見抜いた審美眼が彼女が魔性のものであると看破した。
アーチャーが門番を務める冥界に近い、昏い世界で産まれた魔性。
その証左に心の弱い者であれば彼の姿を視界に捉えた時点で心停止を引き起こす程の濃密な死の気配を感じ取っても、彼女は眉1つ動かさない。
そして彼と同じく百合もまた世界の裏側に押しやられた大いなる母に作り出された怪物である。それが縁としてアーチャーを引き寄せたのだ。
自身の母を現世に蘇らせる。アーチャーと百合の願いは蘇らせる対象こそ違えど同一のものだ。
アーチャーの生前の記憶が脳裏に再生される。
神々との戦いでマルドゥークに敗れ、その身を裂かれた母。
母が死して後、憎き神々の軍門に下ってまで彼が生き長らえたのは、母を蘇らせる方法を探し、その復活の機会を伺うためだ。
冥府の門番としてマーシュ山に居を構え冥界へと足を運ぶものを監視する日々。
死者の安寧の為に奮闘を続けた冥界の女主人、尊大にして寛大なる太陽神、暴威を振るう美の女神、軽飄でありながら底の知れぬ牧羊神、そして神をも恐れぬ半人半神の王。
永劫とも思える程の長い期間と様々な出会いを経てもなお、彼の胸の裡に燃える宿願の炎は命が尽きるその時まで消える事はなかった。
(母上よ、今しばらくお待ちくだされ。このギルタブリル、必ず貴方様をこの神が消えた大地に蘇らせて見せます故)
アーチャーはその姿を霊体化させて姿を消す。
惨劇のあった路地裏に残っているのは血だまりと人であったものの残骸程度。翌朝にはこの惨劇の跡も誰かに発見され、この街の住人たちの知るところとなるだろう。
母を求めてさ迷う異形は今日も古都の暗闇に紛れ、その牙を研ぐ。
どこからか歌声の様な音が、あるいはサイレンの様な音が響いた気がした。
【CLASS】アーチャー
【真名】ギルタブリル
【出典】シュメール神話
【性別】男
【身長・体重】216cm・98kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】
筋力B+ 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具A
【クラス別スキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:D
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクDならば、マスターを失っても半日間は現界可能。
【固有スキル】
看破:B
視覚を介しての認識において、同ランク以下の変化や情報抹消といった偽装スキルの効果を無効化する。
物事の真実を見抜く力。
神性:B
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
ティアマトより直接神性を付与されているため、魔獣でありながら高い適正を持つ。
怪力:B
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
死の具現:B
アーチャーを視認した対象を本能的な恐怖によって怯ませる。精神耐性などによって防御可能。
また、同ランク未満の冥府に由来するスキルおよび宝具に強い耐性を持つ。
冥界へと続く門の守り手であるアーチャーは濃密な死の気配を漂わせ、目視した者に死を激しく想起させる。
【宝具】
『我が背にありしは不帰の門(カ・クル・ヌ・ギ・ア・ラ)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1000
一時的に冥界へと続く門を召喚し、周囲を冥界へと作り替える。
冥界への耐性、あるいはAランクの神性を所持していないサーヴァントの幸運を除くステータスが1ランク低下する。以降この空間に継続して存在している場合は時間経過と共にステータスの低下が発生し、この効果により耐久のステータスがEにまで低下した場合、対象は強制的に冥界へと送られる。
時間経過と共に冥界と化した空間は拡張されていくが、それに比例して魔力の消費量も増大していく。
ティアマトが敗北後、神の軍勢に下ったアーチャーが守り続けていた冥界の門を召喚し世界を作り替える大規模な魔術結界。実際の冥界を呼び出す程の力はなく、冥界へと繋がる微かな綻びを作り出す程度のものだが、神代の世界からの干渉はそれだけでも現世に絶大な影響を及ぼす。
魂すら凍てつかせる寒気と障気は居合わせた者の体力と気力を奪い続け、抵抗の意思を失ったものを強制的に冥界へと引きずり込んでしまう。
また、この門は現世と冥府を隔てる壁の役割も持っており、仮にこの宝具が発動した後に門が物理的に破壊されるような事があれば、現世と冥府の境界が混ざり合い周辺一帯に甚大な被害を及ぼす事になるだろう。
【Weapon】
サソリ毒を塗布した矢とそれを撃ち出すショートボウ型の弓
【マテリアル】
自身を排斥しようとする神々に対抗し、ティアマトが産み出した11の怪物の1つ。名前は"サソリ人間"を意味する。
ティアマトが神々に敗れた後は、母の仇である神々の軍門に下り冥界へと続く門のあるマーシュ山にて門番の役についた。不死の薬を求め冥界へと赴いたギルガメッシュとも面識があり「行けば生きて戻れぬ」と警告したうえで冥界への通行を許可した逸話を持つ。
本作では神々の軍門に下った後もティアマト復活を願望に虎視眈々と機会を狙っていたとしている。
人語を介するなど他の怪物に比べると理知的。
魔の血を引きながら人であり続けた女武者の在り方に美しさを見出すなど、尊敬に値する相手に敬意を持つことこそあれ、彼にとって何よりも優先すべきことは母であり、その為なら何をも切り捨てられる冷徹さも併せ持っている。
【外見的特徴】
上半身は精悍な成人男性。短く刈り込んだ黒い頭髪と茶褐色の肌を黒色の角冠とサソリの甲殻を思わせる甲冑で覆っている。目は白目のみ。
下半身は腰から下が鳥のもので両足は鋭い鉤爪。臀部からは自身の身長の半分ほどのサソリの尾が映えている。
【聖杯にかける願い】
母たるティアマトの復活
【マスター】
岸田百合@SIREN2
【マスターとしての願い】
お母さんの復活
【Weapon】
なし
【能力・技能】
任意の対象の視界に映る光景を盗み見ることができる。
異性に対しての精神干渉。無差別かつ無条件に魅了するというよりは、対象と接触、会話する事によって作用するタイプと思われる。
魅了された相手は彼女の"お願い"に従いたくなる様に思考を誘導され、また、彼女に危害が加えられそうな状況に直面した場合は例えそれが不可解な状況であっても彼女に味方をしてしまう。
精神干渉に耐性を持っているものや、最初から彼女に何らかの警戒心を持って接された場合、この効果は無効化される。
【人物背景】
感情の起伏に乏しく憂いを帯びたミステリアスな雰囲気を纏わせた美女。
その正体は遥か昔に光の洪水という現象によって地の裏(冥府)へと追いやられた闇霊の集合体・母胎が現世へと復活を遂げるために作り出した"鳩"と呼ばれる端末である。
"鳩"は複数存在するが、その中でも彼女はもっとも母胎に近い存在であり母胎の命令(=母胎の復活)に忠実。殺人などの犯罪行為も厭わずにやってのける。
岸田百合というのは偽名であり、本来の岸田百合を拉致監禁してその名前と戸籍を奪って使用。
母胎の封印されている夜見島(よみじま)において、迷い混んだ男性達を誘惑し母胎復活の為に暗躍した。
弱点は強い光。当てられると怯んだり不快な表情を露にする
【方針】
アーチャーが十全に宝具を使用できる様に当面は人目につかないよう気をつけつつ魂食いで魔力の補充をする。
利用できそうな男性のマスターがいれば魅了のうえで同盟を組み、最終的には優勝を目指す。
最終更新:2017年12月30日 19:55