.
聖杯戦争のマスターとして不幸にも覚醒してしまった男が、目撃したのは『絶望』そのものだった。
日本の京都。
舞台に相応しい『僧侶』の役割を当てられていた・室井静信が、かつての記憶を取り戻すに時間は要しない。
彼が身を置いていたのは、自然豊か程度で済まされない。
閉鎖された古典的『ド田舎』。人口が僅か1300人だけの村。
そこと比較すれば大都会かつ有名な京都へ移ったのだから、違和感の一つや二つ。直ぐに抱いた。
――静信が人気ない、自身が在籍すると『されている』寺院で思い出した矢先。
目にしたのは自らのサーヴァント。
じゃない。
最早、原型のない血液の集合体であった。
偉大なる英霊とはかけ離れた『化物』そのもの。
何かと疑念を脳に発生させる必要なく、血液は独特の匂いを漂わせながら静信に接近する。
逃げるべきだが。
不思議にも静信は逃げる手段を取らずに、額に汗を浮かべながらも静観していた。
血液は静信の周囲を取り囲み。
『お前は――セイシン。嗚呼、ムロイセイシン。そう呼ばれているな。「情報」がある』
と、ゴポゴポと泡を立てながら。
確かに、血液から声が聞こえたのである。しかも人間の。
血液でしかないソレを果たして『人間』と称するべきなのだろうか。
聖杯戦争をすんなり受け入れた訳じゃないが、静信は酷く落ち着いた様子で聞き返す。
「情報?」
『お前の「血」の情報だ。お前は――自殺しようとしたな。手首をかっ切り、死のうとした』
自然と静信は、指摘された手首を抑えていた。
今尚、痕跡が残されている。血液に果たして視力があるか怪しいものの。
ソレの言葉は事実であり、真実だった。そして―――
『お前はこの世界に絶望した。とっくの昔に全てを悟り、死を選択し。だが結局のところ死なずに居る』
何故だか息を飲む。
絶望した。
そうなのかもしれない。閉鎖された村に対してじゃない……この世界全てに対して。
でも、実際は曖昧だった。絶望の衝動で刃を立てたのか。分からない。
困惑する静信に対し、血液は嗤う。
『お前の選択は最善だ。そうだとも。死ぬ必要なんて無い。死ななくても良いからだ』
「なら、どうして。ぼくにその話を」
『俺とてこの世界に絶望しているからな。こんな世界はクソでアホでバカで間抜けだ。
最も、世界を代無しに没落させた要因は、紛れも無く「人間」という最低最悪の生物だ』
「―――」
静信を差し置いて語り語る血液の形状は、見る見る内にヒトの姿になった。
年齢は明らかに静信よりも若い。
先ほど男の声だった気もするのだが、実際の姿は
木瓜紋があしらわれた帽子を被り、赤マントを靡かせる黒の軍服の黒長髪の少女。
軍に関わる年代と性別に大凡思えない容姿。
口調と違って可愛らしい声色で、堂々とソレは言う。
「だが、考えても見ろよ。こんなにも醜く哀れで地上の宝を湯水の如く消化し穢す愚かな生物が
滅亡すること無く、その文明を永続させられると思うか? 俺は思わないな! 人類は滅びる。勝手に滅びる。
確実に滅びる。滅んで当然の末路だ。クソ世界に絶望した俺の共感者(マスター)。お前なら分かる筈だぜ」
「……君は一体何者なんだ?」
震える静信の問いかけに、英霊は不敵に嗤い答えた。
「人類で最初に『殺された』間抜けだよ」
◆
人間が知らない神話。
人類最初の被害者と称された弟は、兄の嘘を告発する為、執念により大地に流れた自らの血液を利用した。
それを視た神は、弟を『人類全ての血の祖』にし。
死と引き換えに『血液』を通し、人類史を観測する地位を与えられた。
誰しも神からの恩恵に喜ぶ事だろう。
最初、弟も神から与えられた地位に心より感謝の意を表していた。
……だが。本当にそれは最初の内だけ。
人類が流す『血』の要因など、自ずと悲劇と非業と拷問や戦争……醜悪の塊でしかない。
無論。全てがそうでなかったとしても。
そうでなかった『希望』が『絶望』に塗り替えられるほど、弟の魂を摩耗し、精神を穢した。
あらゆる私怨や憎悪を抱く中。
弟がこれらが――兄の血筋が要因ではなく。人類という種族そのものが愚かであるが故の顛末なのだ、と理解するのに。
さほど時間はかからなかっただろう。
罪人として『生き続ける』兄の方が安息に思えるほど、弟は『悪』を目にし続ける。
弟の名は『アベル』。
京都の地において『ライダー』のクラスで召喚された英霊。
◇
翌日早朝。
ふう。と静信は、寺院の清掃を終えた。
枯れ葉をゴミ袋にまとめ、観光客の姿もまばらなのを確認し、自室へ移動すると今時珍しい原稿用紙を机に敷き。
小刻みにペンで音立てて執筆活動に励む。
僧侶ながら副業に小説家を持つ人間は、珍しい部類に属するだろう。
「おい、何してる?」
静信のいる部屋に面した縁側で、胡坐をかいて呆れた風に声をかけたのは、夢でもない、静信が召喚したライダーである。
……なのだが。
静信がペンを落としかけるのも当然。
ライダーの姿は形状を露わにした黒髪の少女そのものだが、格好は現代らしいラフなものへと変わり果てていた。
木瓜紋をあしらった帽子はそのまま。
現代のジャケットと『Buster』とロゴがある赤いクソダサTシャツ、あげくにミニスカ。ロックなヘッドフォン。
彼――性別は彼女だが――の真名を看破できる存在など、現状いるのか怪しいほどだ。
流石に静信も溜息をついて、一旦ペンを置く。
「君こそ、世界に絶望しているにも関わらず。謳歌しているのかい」
「仕方ないだろう。現代がこのような格好を求めているのだから」
「君が『女性』だったとは思えない」
馬鹿真面目な態度で返事する静信に、ライダーは舌打つ。
「俺本来の姿になったところで何の意味がある? 京都に縁ある英霊の姿を借りて何が悪い?
確か名前……オダ、オダノブナガ。これは『織田信長』の姿だ。お前の国の英霊だぜ。名くらい知ってるだろ」
「なんだって?」
否。織田信長が女性である方こそ『おかしい』のだが……
頭をかかえる静信を気にも留めず。
ライダーは悠々と問いかけた。
「おい、共感者(マスター)。お前の願いはなんだ。言っておくが人類滅亡も衰退も願う必要はない」
「僕は……まだ分からないよ」
真剣な面持ちの静信に対し、ライダーは鼻先で笑う。
どのように罵倒されようが静信は続けた。
「君の提案する人類の衰退も最初から願いになかったし、特別な願いも僕にはない」
「つまらんな。本当につまらん。小さな箱庭で満足するキチガイめ」
「僕はそれでいいと思っているよ。今もね」
「今もか? こんな世界を知っておいて。良いと思って死のうとした癖に」
「そう」
「……お前はきっと俺に失望しているんだろうな」
「そうだね」
「馬鹿だな。何故、嘘をつかない」
「君には嘘が通用しないと知っているからだよ。英霊の力は逸話通りじゃないのかい」
ライダーの表情は心底退屈そうなもの。
静信が察する通り、ライダーの逸話に準え『虚偽』を明かす能力が備わっている。
英霊であれマスターであれ。ここに配置された無銘の住人ですらライダーに嘘を暴かれる。
しかし。だからこそか。
ライダーは本当につまらなそうな様子だった。
「もう俺は嘘が嫌いじゃない。嘘がないほど面白みが失われる。
なあ、どうだ。共感者(マスター)。世界を混沌極まりない残虐かつ残酷な土台に変えたのは人間か? 神か?」
「どうなのかな」
「俺を殺した男は典型的な卑怯者だが、神に対し泥を塗ったのは滑稽で面白いと思うぜ」
ゲラゲラ嗤うライダーは、最早悪魔のようだった。
そんな彼――アベルに静信は失望していた。
聖書で語られたアベル。その存在に身勝手な尊さを抱いて、自滅し、失望しているのか。
あるいは……神に対し失望しているのか。
死して終わる筈のアベルに対し、清らかな心を穢すかの如く。あらゆる醜さを味あわせるなど。
「君は、観測者には相応しくなかったんだ」
皮肉めいた静信の発言に、アベルが目を見開く。
「やっぱりお前は俺の共感者(マスター)だ。俺もそれを願おうと考えていた」
所謂、自らの消滅。
通常願う事ない自殺を願う。
だけど静信は当然のことだと考えていた。何故ならアベルに『罪』も『罰』もない。きっとそうだ。
故に地位を捨てる事も赦されるのだ、と――勝手な理想を描いていた。
【クラス】ライダー
【真名】アベル@旧約聖書
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:D+++ 魔力:D 幸運:C 宝具:EX
【クラス別スキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
騎乗:EX
アベルの騎乗の真価は『血液』の騎乗にある。
【保有スキル】
変化:EX
血液そのものと成ったアベルは、大地に流れ続ける人間の血液と同化し続けている。
血を流した人間であれば誰にも変身可能。
どこかの英霊も体現可能だが、英霊としてのスキルや宝具は獲得できない。
文字通りの見かけ騙し、姿だけのハリボテ。形は本物なので初見殺しになりえるだろう。
アベル本来の姿は保てない訳ではない。
愚かな兄に殺された自分自身を『弱い』と嫌悪している。
血脈集束:EX
大地に流れた人間の血液と同化状態にあるアベルは、それらから『情報』を得る。
所謂、ほぼ人類史巨大サーバー。あらゆる情報が集束されたネットワーク。
当然ながらアベルが全ての情報を即座に引き出す事は不可能。
そうしようとしたら彼自身に膨大な負荷がかかり、自滅に終わる。
一つ一つ、特定の情報を『検索』する作業となる。
無論、情報検索における魔力消費も必要。ある程度、検索条件を加えれば魔力消費も少ない。
精神汚染:C+
精神が錯乱しているため、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
一応、会話は可能だがハメをはずして、命令を聞かない。
マスターの静信があれこれ言っても、素直に応じる事もない。
ただ『共感者』として意気投合できると思っている。
真紅の告訴:A
かつてカインの嘘を暴いた逸話によるスキル。相手の虚偽を暴くもの。
アベルの認識範囲に留まる全てが対象。嘘をつけば嘘を述べた者の足元。
もしくは肉体等に血液に似たものが浮かびあがる。
【宝具】
『人類の不浄よ、地上を潤したまえ(クリムゾン・レコード)』
ランク:EX 種別:対血宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
あらゆる世界。人類が大地に流した血液の集合体であり、そのものであるアベルは
前述にある変化や血脈情報の他にも、血液そのものを使役する事が可能。
血液中にある鉄分を利用し、武器を創造。血液を使い魔のような生命体に変化。
巨大な血液で構成されたモンスターに形作ることすら出来る。
舞台の京都そのものを血液の海に沈める事も……可能だが、魔力が圧倒的に足りない為、行わない。
使役する血液の量により、魔力消費は変化する。
【人物背景】
旧約聖書に登場する人類最初の被害者。
兄・カインから嫉妬され、殺され、大地に流れた血液と成った。
死したアベルは、神より人間の血を通し人類史の観測者となる恩恵を与えられる。
しかしながら、戦争等非業の歴史と所業。
血に流される『情報』は人間の醜さが凝縮されたものだった。
これは罪人として生き永らえ続けるカインの行いではなく。
人間という生物が至った醜さだと理解し、絶望している。ヤグされている。
人類滅亡を望んでいるものの。別に願う必要なく人類は自滅すると過信している。
【容姿・特徴】
スキルにより姿はコロコロ変わる。『姿だけ』であれば血を流した者に限り、誰でもなれる。
現在、京都所縁ある英霊・織田信長(FGOのノッブ)の姿でいる。
それも水着verのラフな格好だったり、魔人アーチャーの軍服verだったり様々。
本来の姿は、二十前半の青年。短髪黒髪。細みだが筋力ある体つき。一枚布を体に纏っている。
【聖杯にかける願い】
観測者の恩寵という呪いを解く
【マスター】
室井静信@屍鬼(漫画版)
【聖杯にかける願い】
まだ分からない
【人物背景】
人口わずか1300人の村にある寺院の息子。
本業は僧侶で、副業は小説家。ワープロに抵抗がある為、原稿用紙で執筆している。
性格は典型的な温厚だが、学生時代に自殺未遂を起こす。
【能力・技能】
特になし。
魔力なしマスターである為、魔力源は心もとない。
最終更新:2018年01月08日 23:09