邪正一如

京都市の一角にある洋風建築の屋敷。そこ内部は今、サーヴァントの手により空間的な限界を無視した広さを持つ拠点と変わろうとしていた。
全身を苛む激痛から、間桐雁夜はようやく解放された。のたうち回る事を止め、そのまま動かずに体力の回復を待つ。
石床から畳張りに変わった床の上で、大の字になって息を整える。
そして動かずにいるまま、十分程が過ぎ、漸く全身の感覚が正常になってきた。

「よう耐えなさった。じゃが、主人(あるじ)殿のお陰で、儂も宝具の支度が出来申した」

心からの労りに満ちた声がかけられた。
優しく、柔らかく、人の心の深い場所に染み入る様な声だった。
関わった人間全てに欺かれた、猜疑心しか人に向けぬ者であっても。
己以外を意識する事すらない傲岸の極みというべき者であっても。
この男の言葉には耳を傾けるだろう。そう、感じさせるものが男の声にはあった。
塩をかけられた蛞蝓にすら、心底からの労りを見せるほどに慈悲深い?
此方の抱えている事柄を、一言で言い当て、忽ちの内に解決法を示せる程の機知に富んでいる?
長い生の中で蓄積された経験が、岩盤の如き厚みと巌の如き重みをもって感じられる?
その何れもが当て嵌まり、その何れもが違うと言える声だった。この声の持ち主ならば、民主的な選挙制度のある国であれば、瞬く間に国家の首座を占める事が叶うだろう。
雁夜はこの声を聞く度に、男の名を思い浮かべる。日本でも並ぶ者など殆どいない知名度と、伝説的とも言える生涯を送った男の名を。

「礼を言うよキャスター。お陰で身体も随分マシになった」

身体を苛んでいた痛みも既に残滓が残るのみ。キャスターの宝具により齎される魔力が雁夜の全身に行き渡り、満たされた刻印虫は活動を停止していた。

「何の、マスターの命は我が命脈。礼には及びません。それに…マスターの戦う理由に、儂も深く感服し申した。是非にも、我等は聖杯を掴まねばなりません」

「そうだな。そして、桜ちゃんを…」

穏やかな物腰と語り口。第4次聖杯戦争に臨むと決めたその時から、雁夜に張り詰めていたものが、綺麗に収まっている。
消えたわけではなく、表に現れない様になっただけだ。それでも格段の変化と言えよう。
キャスターと過ごした一日にも満たない時間で、雁夜の精神は平穏とキャスターへの信頼で満たされていた。

「それでは、主人殿、今後の方針はやはり………」

「ああ、聖杯を取る。桜ちゃんを救い、葵さんと凛ちゃんの元へと帰す、そして時臣に罪に相応しい罰をくれてやる」

雁夜の言葉にキャスターは破顔した、猿そっくりの醜男が、笑うと愛嬌に満ちた顔になった。

「儂は主人殿のその気概を好いておる。善を成し義を行い、か弱き女子達に幸と笑顔を齎さんとする。ほんに儂は良い心根の主人に出逢えた」

「褒められる事じゃない。これは俺の贖罪でもあるんだから」

「そう御自分をお責めになるな。主人殿に責はござらんよ。咎められるべきは魔術師共。ささ、主人殿は今は何も気にせず身体を休めて下され。儂が万事片付けますに」

雁夜の謝辞を背に、キャスターは部屋を出た。
その顔には先程まで雁夜に見せていためのとは、全く異なる笑顔を浮かべていた。



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深更。

屋敷の中は地獄と言うべき状況だった。
キャスターが陣地を構築した屋敷一帯が、突如として他サーヴァントの魔力の干渉を受けたのが20分前。
その20分で、築き上げた陣地の中で二人は敗北しようとしていた。

「ぐ……あ……ま…マス、た……」

キャスターは己がマスターに呼びかけるという、ただそれだけで全精力使い果たした気がした。
陣地が干渉を受けたと同時に二人を襲った強烈な飢えと疲労。地脈を汲み上げて魔力を得ている筈なのに、全く魔力を得ることができない。
マスターからの魔力も、予め陣地の内部に備蓄しておいた魔力も、全くキャスターに供給されないのだ。
それでいて飢えと疲労は時間が経つごとに増していく。
サーヴァントである己ですら最早立てぬほどの状態なのだ。人間でしかないマスターは最早昏倒しているだろう。
それが良い─────。キャスターは朦朧とする意識でそう考えた。このまま苦しんで死ぬよりも遥かに良いと。

だからこそ─────。

「れ…………れい……じゅ…を………………もっ…………て………」

マスターが令呪を使用した時には驚いた。そして同時に光明が見えた。聖杯戦争を戦うマスターに与えられる3回きりのワイルドカード。
これを用いれば、この己の制御をとうに離れ、未だ姿を見せぬ敵の手中に落ちたこの拠点から脱出できる。
そう、信じたキャスターは、マスターの右腕の令呪が輝くのを見た。
後は全身に魔力が満ちるのを待って─────。

「─────え?」

令呪が発動したのは確かに見た。ならば、何故、何も起きない?
最後の希望を断たれて、両者の動きと思考が止まったその時。

「ふむ……。令呪が一画とはいえ手に入るとはの」

猿を思わせる顔の小柄な男が屋敷内に入ってきた。

「中々良い陣地じゃった。じゃがのう、この京都で城を築くというのは、儂の方が先達じゃ。故に解る。城を築くに良い場所は何処か、逆に悪い場所は何処か。
キャスターよ。お主は儂の予想した位置に拠点を築き上げておったの。じゃから解った」

キャスター何とか頭を上げると、小男の右手にマスター右腕から消えたものと同じ紋様が見えた。

「儂の宝具といえども、使われておらぬ令呪は奪えぬ、礼を言うぞ名も知らぬ魔術師よ。褒美を取らそう」

言葉が終わると同時、キャスターに流れ込む魔力。その流れを感じた瞬間。

「ごふっ」

キャスターは頭部7穴から血を噴いて絶命した。

「男は要らん」

マスターの少年の頭を踏み潰すと、小男は屋敷を後にした。


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予め目を付けておいた、キャスタークラスのサーヴァントが布陣しそうな場所へと、夜道を行きながらキャスターは、己がマスターを嘲笑う。

「全く以って愚かな男よ。娘を救いたいのならば、先ずは臓硯とやらを始末するべきであろうに。それに夫を父を殺しておいてその妻子にどのツラ下げて会うのやら。
まあ、これに関しては、儂が手解きしてやっても良いが。懸想したおなごの身内を殺す…我等を繋いだ縁かもしれんからのう」

目を細めて、召喚された時に見た、雁夜の記憶にあった3人を思い出す。

柔和で気品漂う良妻賢母の鑑と言うべき美女。遠坂葵。

「良い」

快活で母親によく似た顔立ちの、将来は陽光のように輝き、大輪の花を咲かせる少女。遠坂凛。

「良い」

凛とは異なる性質の、一見すれば姉の陰に隠れそうだが、いずれは凛にも負けぬ、凛とは異なる魅力を持つだろう妹。間桐桜。

「良い」

三者共に、各々の長を持つ名花。儂の城の彩りとなるには充分に過ぎる。
聖杯が手に入った暁には、城のを飾る花の中核となるあの魔王・織田信長と比しても劣りはしない。

「信長公…今度こそ我がものとしてみせますぞ」

それにしても……生前に食い散らかした代替共ではない、本物の織田信長。茶々ですら遥か及ばぬ、恋がれて欲したあの女を我がものとする機を呉れただけでなく、あの様な、上の上な女達との縁も繋いでくれるとは。
ああ、全く。あの阿呆にはいくら感謝しても足りないくらいだ。

「ほんに、あの阿呆にはどう報いてやろうかのう」

その笑みは何処までも邪悪で、己が欲望のみを思い浮かべたものでありながらも、人が見れば確実に心を惹かれるものだった。







【クラス】
キャスター

【真名】
豊臣秀吉@十六世紀日本

【ステータス】
筋力:D 耐久:D 敏捷:C 魔力:B 幸運:EX 宝具:EX

【属性】
秩序・悪

【クラススキル】
道具作成:EX
魔力を帯びた器具を作成できる。
十分な時間と素材さえあれば、宝具を作り上げることすら可能。
ただし、作成される宝具のランクは現代の神秘の薄さと、
現代で手に入る材料に左右される。
充分な量の武具があれば『方広寺大仏』を作成できるが、これ以外に作れるものを持たない。


陣地作成:C
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
”聚楽第”を形成する事が出来る。



【保有スキル】

人たらし:EX
人の心を掴むことに日本史上最も長けたキャスターの持つスキル。
敵であっても友とするどころか、主家を乗っ取り、主筋の人間を己が膝下に服さしめてもその人望は陰ることすらなく。
両親と義理の父と弟を殺された茶々ですらが愛する様になる程の人心掌握術。
一度味方と信じれば、キャスターが面と向かって敵対行動を取っても『何かの間違いだ』と思い込む。
最高ランクのカリスマ・扇動・諜報・人間観察・貧者の見識といった多彩なスキル効果を持つ。


中国大返し:A
予め地脈を確保しておくことで、地脈を伝って瞬間移動することができる。
点と点の間しか移動できないが、移動には時間と魔力を要しない。


軍略:B+
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
城攻めに際しては効果が倍増する。


直感:B
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。


黄金律:EX
身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ピカぶり。
大土木工事と大規模な対外戦争をやっても財政破綻しなかった規格外の財力を持つ。









【宝具】

飢餓地獄・鳥取城城飢え殺し
ランク: B++ 種別:対軍宝具 レンジ:1-99 最大補足:1000人

嘗てキャスターが行なった、予め米を買い占めておいてから城を重囲する事で、城内を飢餓地獄とした鳥取城飢え殺しの再現。
発動と共に範囲内のマスター・NPCは強い飢餓と疲労を覚え行動不能となり、そのまま死に至る。
サーヴァントであれば、飢餓と疲労に加えて、ありとあらゆる魔力供給が断たれた上で魔力を奪われていき、最終的には消滅する。
範囲内は文字通りの飢餓地獄となる結界宝具。この中で奪われた魔力は、発動させた令呪であっても、全てキャスターに還元される。
干殺しは城攻めに用いられた手段である為に、“城塞”や“陣地”といったもに対しては、対象となった“城塞”や“陣地”の範囲内をくまなく多い尽くし、その中に蓄えられた魔力を根こそぎ奪い尽くす。
鳥取城の降兵に食を与えたところ、弱り切った胃が食を受け付けず、死亡したという逸話から、この宝具内で一定以上魔力が減った場合、魔力を供給されると死ぬ。
例外は、自力で魔力を精製出来る能力を持つ者か、キャスターが死なぬように加減して魔力を与えて回復させた者のみである。


下劣畜生極楽天・聚楽第
ランク:C〜A++種別: 城塞宝具 レンジ:1〜20 最大補足:1000人

キャスターが京都に築いた“聚楽第”を召喚する。固有結界と言うべき天下人の歓楽の城。
内部の空間は拡張されていて、外見不相応な広大を持つ。
歓楽の城である為に、この城は土地の霊脈をキャスター及びマスターの魔力消費を零にする程に汲み上げ、同時に高い再生能力を与える。
“楽”を“聚”める、という名の通り、城の中に宝物を収納していくことで効果を増していき、最終的には大城塞に匹敵する効果を発揮する。
この宝物は“女性”も含み、女性であればサーヴァントであっても一度この城に囚われれば、“キャスターに所有された”事となり、抵抗は元より自力での脱出も不可能となる。
聚楽第を譲られた豊臣秀次が、謀反の嫌疑をかけられた際、未だ顔を合わせたことのない側妾諸共殺害されたという逸話により、
キャスター以外の聚楽第の主人である者。─────要するにキャスターのマスター─────がキャスターと対立した場合、その者及びその者と縁のある女性が全て死ぬ。
現在のマスターで言うならば、遠坂葵・遠坂凛・間桐桜の三人が該当する。



惣無事令
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:ー最大補足:1000人

キャスターが大名同士の私闘を禁じ、大名同士の争いを、己の名の下に裁定し、従わない者は罰するという、キャスターが諸大名を統制する立場にある事を示した法令が宝具と昇華されたもの。
キャスターと結んだ、或いはキャスター立会いの元に交わされた停戦協定を破約した場合、全ステータスが2ランク下がり、宝具及び令呪はは使用不能となる。
この状態はキャスターが消滅するか、キャスターに破約を許されるまで続く。



方広寺大仏
ランク:D〜EX 種別:対軍〜対国宝具レンジ:1〜100最大補足:1000人

刀狩りによって集めた武具を釘にして建造した『方広寺大仏』を建造する。
宝具武具を問わず、『武器』でさえあれば如何なるものでも材料とでき、建造された大仏は、キャスターの動きに連動して動く。
大仏の性能は、材料とした『武器』の性能に準じ、大量の宝具を用いれば、神造兵装すら凌駕するが、実質そこまで宝具を集められるわけが無い。
材料とした『武器』の能力をそのまま用いることが可能であり、空間を断つ刃を用いれば空間を断ち、大砲を用いれば砲撃を可能とする。


【weapon】
宗左文字
三好長慶を始めとして名だたる天下人の間を巡った刀。宝具ではないが、かなりの業物。


【人物背景】
社会の最底辺から頂点に上り詰めた天下人。豊臣秀吉。
キャスターはその豊臣秀吉の栄光の影の部分である。
信長の死後に織田一族を自身の膝下にひれ伏させ、織田一族の女性を側妾とし。
民に重税を課し、大土木工事を行い、養子である豊臣秀次をその子供や妻妾までをも諸共に処刑し、凡そ暴君と呼ばれる者がやった事を余さず行った、紛うことなき大暴君。
これもまた“日輪の子”の本質。光が強い酷に影は濃くなるものなのである。
尚、世に言う戦国三英傑の中では最も京都と縁が深く、知名度補正により能力が向上している。

性格は好色かつ強欲。凡そ財であれば価値を問わず我が物にしようとし、美女であれば手段を問わず我が物にしようとする。
常に笑顔を浮かべ、振る舞いは明るく、行いは公明正大で正義感に富んでいるように見えるが、実際は目的の為ならば周囲への被害を一切考慮せず、腹の中では周囲を常に見下し、引き摺り下ろす機会を伺っている。
キャスターの人に対する評価とは、『己の役に立つか否か』に集約されている。
恋い焦がれた信長の面影を求めて市を欲し、茶々を手中に収め、織田一族の女性を側妾とした。
そんな彼が聖杯に望むものとは…………。


【備考】
聚楽第は既に展開されています



【方針】
聖杯狙い

【聖杯にかける願い】
受肉。信長公を我が手に


【マスター】
間桐雁夜@Fate/Zero

【能力・技能】
一年間の付け焼き刃で、寿命を削り潰して習得した魔術。
蟲を使役する魔術を使う。切り札は牛骨すら噛み砕く肉食虫「翅刃虫」の大群使役。ただし蟲は炎に弱い。


【weapon】


【人物背景】
第四次聖杯戦争の11年前に出奔。
聖杯戦争の1年前、遠坂葵のもとに顔を出したある日、彼女の口から娘の桜が間桐へ養子に出されたと知る。
桜を間桐から解放すべく、寿命を削り潰して魔術を習得し聖杯戦争に望む。

【方針】
聖杯を散る

【聖杯にかける願い】
葵と凛と桜が笑って暮らせる事

【参戦時期】
2巻終了直後

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最終更新:2018年01月13日 19:47